【天狗の名を冠された自然景観】2

そこで、天狗の名がつけられた特定の場所で発生した怪異現象に着目してみよう。「天狗の仕業」とされる怪異現象で良く知られているのは、天狗のご機嫌良い時には、笛や太鼓の調べが聞こえてくると言う「天狗調子」や「天狗太鼓」。


逆に、ご機嫌が悪い時には、嘲笑う大きな笑声が突如響きわたる「天狗笑い」や、突風が吹き荒れ木々が次々とナギ倒されるような爆音が響く「天狗倒し」が起こる。また「天狗の礫」とは、天空からバラバラと岩石が飛んで来るという同じような怪音現象である。


 人の気配が全くないのに音響の調べが聞えたり、なぎ倒されたはずの樹木や、降ってきたはずの岩石の痕跡がなく、怪音の正体も全くわからない。山中は何事もなかったかのように深閑と静まり返っている。こうした不可解な状況を、「天狗の仕業」とされてきたのである。


 元来、山中で起こる奇怪な自然現象は、喜怒哀楽の激しい「山の神の仕業」とされていた。俗世に住む人間が、聖なる山を荒らした〈穢した〉時、天狗は山の神と同様に機嫌を害ねる。


山の神が歌や舞を好むことから、山中ではむやみに田植え歌や謡曲を歌ってはならないという山入りのタブーがあった。同様に天狗も「天狗舞」「天狗調子」「天狗太鼓」など、歌舞音曲好きな性格がある。


 山の神と天狗との唯一の相違点は、天狗の名が付けられた場所で起こった怪異現象が、「山の神の仕業」でなく「天狗の仕業」とされたことである。それは、姿のない山の神より、実体を持つものとして具象化されてきた要因ともなった。


 山は、末広がりに裾野が広がる。それぞれの里から拝した山容が異なるように、姿のない山の神は共通性に乏しく、極めて曖昧かつ漠然と伝承されてきた。


天狗は、特定の場所(岩場の多い場所など)を持ったことから、そこで奇怪な体験を共有した人々が、「天狗の仕業」として語りつつも、旺盛な好奇心から、その姿を豊かに想像してきたのである。

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