朝焼け美しい朝、小天狗身動きできズ。大きなモチの木に、バサ・バサ!と鳥の集団がヤッて来た。タワワな赤い実を美味しそうにホオばってる。バード・ウオッチングの趣味はないが、物音立てれば驚いて飛び去るだろぉ…。それが、お気の毒で、洗濯・掃除ホッたらかし、ジィーとしてた。こんな事、生まれて初めての体験である。

我が家の歴史が、ふっと蘇った。モチの木だけは枯らしてくれるな!と遺言し、他界した義父。義母は、毎日落下する落ち葉を、早朝静かにハキ掃除。


息子達が小学生の頃、狭い軒先に雀が巣を作っては失敗し、子雀が落下して死んだ。彼らは可愛そうだぁ〜!と、ダンボールでヘタくそな巣箱を作り、モチの木にヨジ登った。義父が、あぶなか・あぶなか!と連発してたっケ…・。


義父も・義母も亡くなり、息子達も巣立ったら、イキナリ鳥軍団が出現。沢山・沢山!食べて行ってねぇ〜☆、が、サン・ザン食い荒らされ、山の如くの落ち葉?


小天狗、ブゼン!!!モンク、ぶつ・ぶつ…独り、ワビしく、掃き掃除★、★、★。
で、今回の先生の課題は、豊前の仏!(何と、しょうもない・ダジャレ!あぁ〜寒む…)で、『英彦山の歴史』なり。


長野覺先生曰く、今まで学習してきたように、霊峰英彦山も、修験道であり神仏習合でした。その開山伝承については、『彦山流記』と『鎮西彦山縁起』が、英彦山研究の根本となるので、修験道や仏教については良く知られてますが、あまり神道については研究されてないとのコト!そこで、今回、英彦山に関する珍しい【神道編】ですゾぉ〜。


◎田川郡下   『太宰管内志』 伊藤常足 天保九(1838)年 復刻・歴史図書(1969年)
〇彦権現社
[彦山記]曰云云《略》是大己貴神既娶田心媛尊與三女神倶宇佐島来ト北嶺鎮座時蒼鷹一雙翔然東来影向霊石大己貴命謂三女神曰是天太子水盈尊奇魂也即辞北嶺奉之日胤(ヒコ)尊崇山之本主従是名日子山時又白鷹一雙天降共影向石上敬曰天祖乾坤分魂也分奉南岳

大己貴神が、田心媛尊・湍津媛尊・市杵島媛尊の三女神を伴い、宇佐より来て北嶺(北岳)に鎮座してた頃。アオ鷹(若いカップルの鷹)のツガイが、東から霊石に飛来!あれは、天太子(日子神)と水盈尊(水神)の奇魂(クシ・ミタマ)であると告げ、パパの大己貴神は、天太子(日子神)に、北嶺(北岳)主神の座を譲って日子山と名づく。今度は、白鷹(純白の老鷹)のツガイが再び飛来。それは日本国の天祖、乾(イザナギ命)と坤(イザナミ命)であると悟った、大己貴神は南岳と中岳に崇め立て奉った。


大己貴神は、争うことなくアッサリ主神の座を譲ってる。身ぐるみハガされ、マル裸で泣いてたウサギを助けた大国主命を筆頭に、出雲系の神様達は、ホンにお優しい。ウソをつきダマしたウサギも悪いのにィー!とか、小天狗は思った…。


先生は、中・高校生の頃、雀を筆頭にアリとアラユル種類の鳥を捕まえて、焼き鳥にして食べたソな。中でも、ヒヨドリが一番うまい!メジロは、相当マズかった模様…?そんな先生の青春時代、貴重な山岳宗教・体験談。


 ある時、友達から空気銃を借り、勇んで山入り。山雀(ヤマガラ)を発見!見事に命中し、10m前方に落下。うまぁ〜い焼き鳥!食べれるゾォって、喜び勇んで捕獲しょうとしたげナ。すると、天空から一羽の小さな山雀が舞い降り、動かなくなった山雀の周りを、いつまでも心配そうにグルグルと飛び回っていたのです。おそらく、仲の良いツガイだったのでしょうネぇ〜。大変、お気の毒なコトをしてしまいました…。


 先生は、空気銃を即座に友達に返し、それ以来、山で狩猟しなくなったソウです。だから、先生は、実に・実に・お優しいのだ!!!

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