昨年末の『日本山岳修験学会』は、九州の秘境・椎葉で開催。夜を徹して行われる12月13日の夜神楽がメイン。今回、小天狗、パス!する予定が、突如、次男の初参加。で、翌日、三徳山三佛寺の米田ご住職さんと、鳥取県立博物館学芸員の福代さんを、学会の会場までの送迎をカネ、結局〜参加?

道中、青空・晴天に誘われ、通潤橋へと寄り道して下された旦那様☆。グッド・タイミングで放水!光り輝く・清々しい爆流の飛沫に、皆して大感嘆!学会より、ヤッパり天狗旅の方が、超・楽しい。ムツカシキ学業は次男に譲り、小天狗・引退・引退!で、学会の懇親会には参加させず、次男を連れ真っ暗闇中、スタコラさっさ退散…。


後日、「椎葉村の民宿で同宿した礼儀正しい学生の母親が小天狗様と知り、さすがシツケがいい」と、会員の石森さんからメールが来た。我が息子達のシツケの親は、山の神様!


しかし、頭の方は、どうやら小天狗ユズリ。せっかく学会参加したのに、修験?サッパリわからん、ヤッたらしい…。ですから、やっぱり先生の講座で、学習致しましょ!


修験道】 
Α、山の行場化(悟りを得る霊場)
山岳曼陀羅・神仏習合
☆権現(本地垂迹思想→仏様が、日本では仮に神様の姿で化現する)
煩悩を離脱し山での修行により霊験を習得し、山の神・神仏様との交流。
→山岳抖藪(とそう)=峰入(入峰) ☆十界修行(天台教学)

Β、山と里との交流(地域の環境・生活に触れ、自然や諸文化を実践学習にて施行)
《験力の披露》 
峰入の秘守性(シークレイズム) 宣伝性(デモンストレーション)
@祭礼と芸能 (椎葉の夜神楽も、ココに所属!)
A加持祈祷
B施薬・治病 (先生のお料理教室(^o^)、ココに所属!) 
《山伏(修験)集落形成・宿坊》 

C、信仰圏(旦那場)の形成 
〇〇講の普及→山岳登拝 (エコツーリズムの先駆け)


平安時代後期までに知られた日本の諸霊山は、修験道の成立に先立ち、延喜式式内社が所在していた【神道】。又、平安末期〜鎌倉前期以前の諸国霊山では、独自に開山・中興祖の伝承を多く残している。【山の行場化】→【神仏習合


最澄(天台宗)・空海(真言宗)により、山岳寺院が重要視され始めると、山寺で奉仕したり、巡歴しながら、【山林抖薮・籠山】…修行する者の多くは教学より、山での実践を旨とした。


その後、秀でた霊験を得た修験者(山伏)達が大峰山根本道場と位置づけ、修法や教理を確立した時期は、役行者様が修験道の開祖とされた頃らしい…。


あぁ〜ダメ。小天狗の軟弱頭、イタくなって来た。でも、へぇ―知ランやったぁ…と、妙に感心した先生の資料中、原文ママ抜き書きにし、シメとしましょ!


【長野覺「ものがたり修験道史」『別冊太陽、日本のこころ111山の宗教・修験道とは何か』平凡社】より。


(近世)講【○○講の普及】による山岳登拝は、信仰と信心の練成と慰安を兼ねた多目的の旅であり、各地で初参加の資格を十五歳前後としていたことは、成人式を意味する通過儀礼の意義も大きかった。明治維新前の修験道霊山は、ほとんど女人禁制であったため、無事に登拝を終えた少年に、成人の証として帰路は童貞を失うことも許されたという。


我が息子達は、誠にシャイで、実に晩生(オクテ)!いつ、『成人の証』♂になれるんジャロかぁ〜?

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