子育て、天狗研究・空洞化時代。長男には、メチャ・カチャ悩まされた。精神科をのぞく、全ての病院でお世話になった。赤ん坊の頃、夜泣きヒドすぎ?その原因が、サカサ・マツゲと判明し手術。肺炎で入院したかと思いキヤ、再び風邪から中耳炎を患わせ、難聴障害…。長年に亘る、耳鼻科通い。

次男は、夜泣き一つセズ、食っチャ寝・食っチャ寝!だったが、毎月恒例の風邪で、コレまた→病院通い。


だから、ともかく身体を鍛えなきゃ!で、次男三歳の頃から山入り。近場の清水山から開始して、ショッチュウお山の中。当時、都落ちシタテの旦那様は、高校の非常勤講師。安月給から、格安3,800円のテントを筆頭に少しずづ買いソロえた山用具…。


英彦山でも、幾度も登拝したり、キャンプしたり。だから、息子達も豊前坊天狗様との御縁がある。長男の大学合格祈願のお守りを授かった時も、家族皆して一緒に登拝。ところが、受験で上京の折り、お母さん、大変!大変!大〜変!お守りなくしたぁ〜。ぼく、絶対落ちるバイ!と、大騒ぎのпBそして、見事にスベテ落ちゃケ、岐阜で一年間の浪人生活…。


 長野覺先生の「英彦山学講座」には、入試がないから安心だけど、やっぱりシッカと学習いたしまっショ!
 今回の課題は、『彦山勝景詩集』 正徳五年(1715)彦山座主相有編
―英彦山勝景地の今昔を対照―です。


『彦山勝景詩集』について 『田川の文学とその人々』瓜生敏一著。
今回の資料も、あまりにも膨大なので、小天狗チョィとハシょリますわぁ〜。


彦山勝景詩集』は、彦山の十二景と八景の漢詩を集めたもので、その殆どは題詠である。画は、題詠の対照となった彦山の勝景たる十二景及び八景で、一頁に一景づつ、二十景が二十頁にわたって描くかれてある。


俳画風の省略された描法であるが、稚拙な感じをまぬがれない。しかし、そこにかえって雅致があるともいえようか。


ここで、先生。稚拙なんて、そんなコトないですよねェ―。大変、良く描かれていると思います。小天狗も、全く同感!先生の素晴らしい資料を、皆様にお見せできないのが、とっても残念!漢詩の下にある画のコピーには、現在の英彦山におけるソノ場所、先生による傑作写真などなど。何とも、多彩で美しき☆。


【十二景】 彦山山々中に点在する勝景
[牛玉霊廟] [中宮幼鹿] [円通瀑布] [講堂明月] [掛笈紅梅] 花月坐石】
[雪舟仮山] [報恩晩鐘] [雲母晴嵐] [断橋杜鵑][竹台洞天][含玉神泉]
この内、天狗様にちなむ【花月坐石】と、【竹台洞天】を、ご披露、ご利益!


【花月坐石】
童子久伝花月名 遺蹤有石在林庭 擲弓自警殺生戒 一語堪為千古銘
謡曲に「花月」という一番がある。花月というものが、幼少の時彦山に登り天狗にさらわれ、今は京は清水のあたりにはかない遊芸をしてさすらっているが、ある日ふとその父なる法師にめぐりあうという筋。花月坐石は、これに因んで花月の坐った石として伝わっていたもの。


【竹台洞天】
狐台秀出白雲端 竹樹森森風物寒 魔仏両頭倶拶透 洞天高処八窓寛
竹台洞天とは高住神社豊前坊(山の神様天狗様なり!)のこと。その社殿が嶮崖にあり、鬱蒼たる竹樹の中にあって、その上空のみ蒼空を望むところより、かく名づけられたものであろう。


彦山勝景詩集』とは、「われわれは、こうした一大詩歌集をのこしてくれた先人への敬意を表したい。」とあるように、ツマリ英彦山は、古今東西・日本全国に知れ渡る絶景の勝景地で、天狗様が住む霊山だと言うコト!


小天狗も、いつだっケかぁ〜忘れたが、英彦山上宮で、青空へとソビえる樹林の合間に、ポッかり浮かぶ純白の美しき満月を拝したのを鮮明に覚えている。


 息子達のササぃな今昔物語。長男は一浪し、何だか?経費がカカった。次男は、天狗様のお守り大事にしたからスンナリ合格し、ムダな経費カカらズだった。けど、訳のワカらんAO入試とヤラ?を案じ、心痛計り知れず→苦悩の一年を過ごした。


今じゃ、精神的負担はカカらヌが、恐るべき金食い虫に変貌してる。毎月生活費の三分割…。まだまだ子育て終わってネェー!だから、お参りをカネ、英彦山学講座『英彦山学』の英彦山・日帰りバス・ツアーに、旦那様と飛び入り参加しょう!となって、又してもフトドキなる参加許可を、長野覺先生から有り難く頂いた☆

 

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