今年、9月23日、秋分の日。韓国ツアー前、『英彦山学』日帰りバス・ツアー「毛谷村六助の虚像を求めて、毛谷村の山里探訪」に途中から、夫婦で飛び入り参加。

昨年、英彦山参拝の時、南岳から下山の道中、梵字ヶ岩の近くで「天狗鼻」への標識、発見!今度来た時には、必ず行こうネ!と固い約束。で、勇んで、ルート入り。が、山路・カイモク不明?これ以上、踏み込むと迷うゾぉ〜!で、ムナシク断念…。


すると、小天狗の歯がウズキ始めた。南岳への鎖の行場で、痛みはマサに絶好調★、脂汗がニジミ出た。紺ペキの青空に突き出た、白く輝く岩場を登りツツ、こりゃ、マサしく苦行だぞォ!と感じ入る。


上宮では、歯が浮きシャベるのも、苦痛…。拝殿のスグ脇にて、アルピニストを気取った登山者達が、鉄板で焼きソバの宴会?英彦山は、古今東西、修験道の霊峰なり。少しは、ワキまえてヨぉ!って、無性に腹立ったら、歯痛がホンわか?和らいだ。


上宮で参拝を終え、奉幣殿へ下りの道中。信仰心なきアルピニスト達と、スレ違ったり・追い抜いたり。こんにちワぁ〜と、山での挨拶交わすが、小天狗内心イカりマクってた。冬のスキー場でもあるまいし、何でストックなのヨぉ!参拝用の杖は、お店の優しい皆様が、有り難く無料で貸して下されてるのに…。先の鋭くトガった金属製のストックなんぞ、危険な所持品!(最近、英彦山登拝の度、密かにイカってる。)


歯痛こらえツツ、下り山伏を発揮して下山。すると、お店のおばさんが、ソノ格好で上宮まで行かれたのォ〜?との、ご質問。いつもの半袖に短パン、サンダルに帽子姿の軽装に驚かれたらしい。けど、もう、痛みでハイ…としか答えられなかった。


五分遅刻で、毛谷村にある六助の墓前で、長野先生達と合流。月木さんから、六助物語を聞く。六助は類い希な剛力で、ニセの親孝行にダマされて…と語られる。実に親孝行で、心優しい正直な人だったと熱弁!だけど、物語より、脂がギトギト浮き、相当マズい!という、『巻猪』(まきじし)の味噌汁を飲めば、歯痛治るんじゃナカろうかぁ〜?と心密かに思った。故に、先生の資料から、『巻猪』に関するの部分を引用。物語の詳細は、「天狗と修験情報」にて…。


《略》毛谷村の人は怪我をしたときのために猪の脂肉を保存している。それを入れた味噌汁を吸うと傷口の肉が盛り上って直りが早いという。大怪我の危険を伴う猟師や杣人の対症療法といえるのではなかろうか。(小天狗、歯茎の肉がモリ上がり治るカモ!と、脂汗かきつつ、真剣にソウ思った。)


保存された猪肉のことを「巻猪」と称し、明治時代のものまである。狩猟したとき、脂肉の部分を藁で包み、藁縄で固く巻締め、吊しておけば何十年でも保存が効くという。藁・縄・形・大きさも「巻柿」と瓜二つである。このことから巻柿は、干柿を一段と高級な商品にしたとみるよりも、当初は干柿よりも永く保存しようとして、山人の作る巻猪の知恵を応用したのではなかろうか。救荒食にそなえたのかも知れない。


日本列島の沿岸漁村には、鰤を巻猪・巻柿と同じ要領で「巻ぶり」として保存するところがある。《略》巻柿・毛谷村・巻猪のことは、修験道の色濃い山地に生活した人の、歴史と民俗の虚像や実像が投影されているように思える・・・《略》。


長野先生、何やら紙袋からゴソゴソ、高級な『巻柿』六本も取り出され、会員の皆様に、是非、召し上がって下さい!(グルメの先生、又もヤ自腹キッテの差し入れだヨって。江藤さん達とニカッ!)有り難く頂き、小天狗も歯痛忘れるホド美味だった。


 それから、毛谷村六助・論介(ノンゲ)の供養碑へと向う。戦後、その土地をタマタマ購入された上塚さんが、六助物語に因む『提灯掛の松』があったコトから(現在、二代目の松ゲナ)、お園と妹のお菊を祀るお堂と、立派な六助の供養碑と論介のお墓を建立。


 当初は、日韓友好のお祭りが、盛大に行われてたらしい。だが、敵将の六助と、妓生の論介を一緒に祀るなんてモッテの他!となってしまったソウで、日韓の交流が、途絶えたという。歯より、小天狗の小さきムネが痛んだ…。長野先生が、長寿の泉さん(96歳)が、ゆっくりと腰掛けてオラれた樹木を発見し、「仙人・泉さん腰掛の木」とでも名ヅケましょうかぁ〜で、皆して笑いコケた☆。


帰宅の車中、山中の突然の歯痛?「天狗鼻」、山の神様天狗様を拝せなかったからジャろかァ?と思案してた。その晩、旦那様の姉さん達が、母屋の仏壇に彼岸参りに来てくれた時、右の頬が相当ハレ上がってた。ト・ホホ…。

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