短歌 2009.12 更新
『人来瑠』の庭
北美瑛じゃがいも畑をくだり来て五右衛門風呂に天の川見る
五本指の軍足好む夫今朝も満員電車に揺られてゐるか
自死せむとして戻り来し妹と並び食べゐる天麩羅定食
家々の屋根に雪積む 音を消し色々なこと思ひ出すため
『人来瑠』の庭の木高くリスの歯は仕事のやうに松毬齧る
裏庭にまあるく積み上げ陽に風にあづけし薪の出番近づく
市場前のマクドナルドに出た熊の事件の真相知る喫茶店
雪降れば手足もがれて凍りつく七段ギアの自転車である
梯子かけ蔓を引けども動かざるコクワの実空の高きに笑ふ
10.01
助手席
駅通路すれ違ふひとに笑顔なく顔まで鎧を着込みし我も
決心がこころから逃げ出さないやうに髪を切らむと行く道に決む
午前三時救急外来の灯かり車椅子捻れる体を乗せくれしひと
月満たず産みし吾子らの戻る場所を捨つる期限の宣告を受く
空港に麻薬探査犬傍らの仔犬は麻の手提げのお菓子探査犬
ルームミラーに行き先を告ぐる我の顔を見つつ運転手言ふ「おめでたですか!」
虫除けの薬入れ忘れし衣装箱よりひょっこり顔出すひとつの記憶
自転車屋のことば「無理をしないこと。遠くまで行くのが目的だから」
手術前の最後の旅と自転車のペダルに深山峠を登る
助手席の無き旅に出会ふひとびとと言葉を交わしペダルこぎ出す
お隣りの町内会長さんが物置のシャッター降ろせばもうすぐ雨です
言い訳を責めずに居くるるひとの背の体温に心もたれて眠る
長すぎるお芝居に幕を下ろして 誰か物語の終わりを書いて
草や木や風のことばが聞こゑない辺りは人の、人の声ばかり
乗り込みし私のバスを追ひかける田んぼの間を青空走る
あたたかなひととつながる あたたかなそのつながりに 名前はいらない
はじまりは終わりの始まりやさしきもかなしきも時間の河に
遺言の「ゆい」とふ文字と遺書の「い」と同じこと気付く夜静か
子どもらに残せる物無し日々生まれ来ることばのみなり
たくさんのブーケを抱へ幸福のケーキのやうに開く紫陽花
哀しみの糸幾重にもなり蜘蛛の巣のやうにこころを揺らす雨粒
お子さんが居るんですかと驚かれ私に足りぬ母親オーラ
月足りぬ子を産み落とし還り来ても揺り籠となる場所すでに無し
「せふれ」とふ言葉の意味を夫に訊きお菓子じゃないのかよせばよかった
命終わることなど怖くないのです会ひたいひとが待ってゐるから
残る雪消ゑゆく山を見るなにもかも隠してくれる雪よ降れ降れ
子どもらが遊びにいっている間にポケットを失くすカンガルーわれ
野の鳥群れず
空港の到着ロビー出迎えの人の林を抜けバス停へゆく
富良野行きのバスまで一時間観光客の大きな鞄を遠巻きに待つ
「ナブの家」今日も野の鳥群れ成さずそれぞれに来てそれぞれ帰る
「おかえり」と他には聞かず採りたての行者にんにく我を待ちゐし
かたくりの花咲く辺りブランコは白樺の木にくくられてをり
柳葉の型なす中州を飲み込みて轟々と力を見せつける川
雪解けに余白残さぬ空知川この身投げれば水を汚さむ
昼にまだ早き食堂にラヂオ鳴る「卵焼き定食」カウンターに一人
刻々と黒くなる空破れてくれよ逃げるふりして土砂降りを待つ
ブランコ
「おかあさんはぼくがいらなくなったんだよ」ブランコのまわりを歩く児の手を握る
「せんせいと二人だけでつかおうね」母無き児に渡すボックスティシュー
せんせい、せんせい、聴いてほしいことがいっぱいの子どもたちの列長く伸びゆく
母の無き子とする交換日記に書き来る絵空事に今日も返事す
蓬の葉摘んで摘まれてひとがごを母と満たしし土手今は無き
目の前を歩きゐし背中やせぎすの背中次々と消えてしまへり
どか雪のやうに屋根から落ちて来た哀しみ青い光を放つ
ふるさとの色あざやかに鉢植えのハイビスカスのまだ咲きくるる
夕飯のタルタルソースの玉ねぎを刻んで刻んで やっと泣く
目に見えぬ思ひになるべく似合ふ服を着せてあげやうそれがことば
白 波
彼岸花寄り咲く見れば真白なる産着に包み抱きし児の顔
をさなごの死に美しき物語りを拾ひ集めてニュースの踊る
子を殺め喪服に遺影を抱く母の白波見つめゐし人無きや
物言へぬ者ばかり逝く幼子も異国に暮らす荒野の民も
洋上の戦の船に乗る命自死する者の後絶たざると
我の得る報酬に同じ隣国の若者の名前「八十八万ウォン世代」
言葉さえ発すること無く燻れる若者を「不発」と呼ぶひとのあり
言葉狩りの標的となりし流行り歌ことばの空は小さくなりぬ
ただひとつの言葉にて人を斬ることの畏れに震え石となりをり
ピースボートの資料に見入る日本語を捨て海渡る企みのため
ことばを教えて
吹き抜けた風はわたしのなかに在つた温かな色を濃くしていつた
喜びは喜びの終はり悲しみは果てしなく続く時の始まり
伝はり過ぎるか伝はらないかのいつもどちらか 誰かわたしにことばを教えて
命を幾つも産み出してしまつた生きることと引き換へに重き哀しみ授け
パソコンに操作され底引き網で買ひ漁る古本の定価二八十円
引き出しを探してもノートが見つからないひたすら引き出しを引き続ける夢
悲鳴あげる踵にサンダルを脱ぎ揃へ左手でつまみ自森坂下る
まづ壁を立て話し出す人ばかり我が膝に来て丸くなる犬
作戦などといふものを成功させた肩に吹いてくる風ただ寒々し
秒針が舐めるやうにして延々と円の内側を拭き取つてゆく
「ございます」取る
子どもらとの垣根が高くなるやうで今日からおはよう 「ございます」取る
「ていねいな言葉を使ひましょう」こころを通はせることばは何処
「せんせいせんせい!あのねあのね!」「なあに?」で続きを考える子ら
四つ葉のクローバー見つからないと嘆く吾に「深呼吸してごらん」と言ふ一年生
子らを捨て学校の門を出で二十年 門の青ペンキ錆び剥がれをり
体育館に令響く 学校に日本国憲法はまだ届いておらず
いいかみんな、地震が来たらせんせいのお尻にしがみつくんだぞぜったいにだぞ
学校もひとの話も速すぎて急行を過ごし各停に乗る
自由の森とふ学園の寮より帰り来て昼寝する娘の寝顔見てゐる
「可愛かったあんたはどこに行っちゃったの」「前のアパートに全部置いてきた」
感謝のカード
卒業の吾子の笑顔すぎ穏やかな週末とならむ 夫と宿取る
卒業まであと五日、四日と数えゐる吾子の眼の輝きの増す
担任の説明するいじめのピラミッド一番上は担任なりし
学校では本音は言えぬと言ふ子らの未来に居場所あれと祈らむ
「卒アル」と子の持ち帰るアルバムに十五センチの上履き写る
幼き日遠足に付き添ひたる子らの声低くなり背は高くなり
いじめとは暴力の連鎖 不登校の子らの笑顔のアルバムを抱く
それぞれの中学へ別れゆく子らが交換するはメールアドレス
誰のための卒業式かこどもらのお辞儀の角度は四十五度と
卒業式への出席迷ふ 言葉とふ暴力ふるひ続けし教師
担任へ渡す「感謝のカード」あり感謝は横にことば書き継ぐ
雪の音
雪原に白樺は立つ声立てず己が木肌を真白に変えて
生きることむつかしき若き主人公の余命宣告の映画が流行る
仰向けに寝てみれば涙は目尻から右と左に分かれていつた
雪の音聴かむと口をつぐんでる土草も木も屋根も電車も
横断歩道を確かめ渡る老人を大型トレーラーどっかりと待つ
別々の箱に入つた平和あり ぶつかり合ひて空を闇にす
自閉症とふ名を付けられし青年の六角形の時計の絵を買ふ
お土産のミルクチョコレート包み紙に咲く福寿草切り抜いて貼る
真つ白にして放さむと思ふ寒空へ飛び出してゆく子を見送りて
一本の毛糸の玉が転がつて二本に分かれる色鮮やかに
今日は色白
お弁当箱の隙間に詰めたコーンだけのマカロニサラダ今日は色白
トイレットペーパー消費量上がる夏休み親鳥のようにせっせと運ぶ
発表会くねくねと鳴るバイオリンにおへそがよじれそうになるも愉しき
透明にくわらんくわらんとカルピスをかきまわす棒になりたい
黙々と働くせんぷうき意思固く決して首を縦には振らず
八月に溢れる命蝉時雨押し潰されそうになりつつ歩く
迎え火を焚かなくても帰って来られるね今年もおかえりおかえりおかえり
あそぼあそぼ まとわりつき来し風の子がさらさらとゆく秋の日近し
夜の畑の一面に広がる虫の音をイアリングにしてもらって帰る
映画の中のワイドショーのようなワイドショー自由に物言うひとうらやまし
観覧
名も知らぬどこかの星の誰かさんとはんぶんこしたような半月が好き
ありきたりの色のバケツしか見つからず可愛がれそうも無いのでやめる
首かしげ見上げる仔犬ことばなく会話する穏やかさ 鈴鳴らし来る
全日本サッカーの試合競り合えば隣家より大きく上がる声援
仔犬飼う あなたは母さんより長生きしてね
ひとつ書くとかさぶたがはがれたようにしてことばが少しずつこぼれて来ます
新しい餌の置き場にすずめたちがようやく慣れてくれたようです
避難所の辛さを想う一番に浮かぶは一人になれないということ
国会議員のお金の単位は五万円か 財布の一円玉を集めて払う
居そうで居ない場所を探して走り回るかくれんぼの鬼が好きだった
夕方のグラウンドに赤鬼が立って居てよく見ればキャッチャーのお兄さんでした
独楽のようにひとり愉しんでいるつもりでいて観覧車になろうとしていたみたい
タルタルソース
雷だーお爺ちゃんがお父さんを正座させてさっきからずっとお説教してる
換気扇を夫が回す あ、ごめん、標高の低いとこに住んでるもんで
画用紙に一度みんなで「暴力団風」の男というの描いてみましょう
「高校の女子はありがとうって言うんだよ」息子、新大陸発見
道徳の感想、先生の言って欲しいことをちゃんと知っている子どもたち
後ろ手にドア閉める自分を守ることばは何処へ持ってゆけばいいのか
主人公が剣を封印するように自分のことばを封印できたら
足で見た面白いもの写すとき町が街へと変ってしまう
五年かけ育てた山野草の鉢と詩を物々交換 ほくほくと抱く
タルタルソースのお弁当用パック発見明日は鮭のフライに決定
階段の三段上から話す人の話は竹馬に乗って聞きましょう
がりがり
見えるよう見えぬよう書かれている看板「精神科」の文字画数多し
ゆっくりと開いてゆく自動ドア背中で閉まってゆくを気づかず
ビルのドア、エレベーターのドア、クリニックのドア 守られている
首筋にがぶりと噛み付いて離れない蛇を外してもらう夢見る
十字架のような二本の竹組みの案山子を背負い枯れ野を走る
聴診器も血圧計も無い診察室 涙だけ出るあきれるほどに
顔の腫れ引くまで歩く 病院に近きスーパーのカゴを手に下げ
知らぬひと知るひと目を合わせずに歩ける帽子の数だけ増える
憎しみを通り越したる哀しみを通り越したる母を記憶の外へ追いやる
父と息子の溝描きたるドラマあり舞台となりし雪の町行く
カウンターに豆を挽かせる店に寄るマスターは寺尾聡にあらず
がりがりと珈琲の豆挽くがりがりと今日我何を砕いているか
ツッコミ大王
偏差値が息子に見えたら終わりなり受験とは親が試されるもの
他人との競争はたくさんと言へば子は難しき学校に挑戦すると
塾帰り現代国語の攻略法を嬉々として語るは息子にあらず
「親友になって」と言はれ後ろ足で水濁し逃げるカエルのやうに
足のある蛇の化石の見つかりぬ進化か退化かは永遠の謎
海原に険しく在りし島ひとつ生かせぬ我らは進化してゐず
一枚のおせんべ半分こして食べようね大人の星では困難らしき
ニュース見てひとつひとつに突っ込みを入れるわたしはツッコミ大王
もういちど生まれ変はるなら解説者言ひたい放題安らかならむ
わからない、知らないと言へぬ大人たちの嘘を見てゐる少年たちは
十三回忌
秒針の正しく刻むと見えて日に、日にすこしずつ狂ひゆきたる
鳥の声花の声相手に暮らす夢夜には覚めて時は流れず
春がすみ富士見えぬ日の多くなり土空風に春あふれ出す
母からの詫び状素焼きの鉢に入れ千切りて燃やす火は柔らかし
彼岸入りくろしお一待つ客ら外の空気を連れ乗り来たる
子の骨を分くれば僧侶はひとかけら残して連れて帰るが善しと
咲きかけの桜の花の木の下を取り戻したる子の骨抱く
桜木の下子の骨を抱く吾の肩を抱きくるる夫と寺坂下る
おそらくのひとつの石に過ぎぬ日を今日はすべてと為して過ごさむ
四人掛けの特急弁当を囲む輪に袱紗に包まれゐる吾子もをり
生み出だせゐず
虹色の蠅が知らすと野次馬の背に独り居の人の死を知る
流行は発光ダイオードの青ちかちかと街に祈りなきクリスマスあふる
何故に記憶戻りしか未だなほ憎しみに代わるもの生み出だせゐず
母の影消し去らむとする夕暮れの鍋にくつくつがんもどき匂ふ
家中のごみ掃き集めちりとりに追ひ込む鬼退治をする心地にて
万年筆の青きインクは試し書きの後黙り込み文字書きくれず
処方さるる安定剤を待つ窓の金柑の実にアゲハ蝶来る
動くこともうなき義父の唇が大人の仕事は生きてみせること
生きむとする乳癌の友と我ふたり他愛なき会話に車走らす
透明なるトンネルの外の空青し時々風も吹きてゐるらし
二〇〇三ねんからの歌
第一歌集『 雛のよこがほ』
短歌雑誌掲載作品
独楽つぶりノート表紙へ