大正13年(1924年)インターカレッジレガッタに初出場するに当たり、高商第1回(大正12年)、

第2回(大正13年)卒業のOBが端艇部の後援のために組織したものてある。


 当初はアルコクラブと称した。

これはOKURAを裏から読めばARUKOとなり、OBは裏方であるとの主旨であった。
     間もなく葵水会と改称し、昭和5年(1930年)5月に会則を制定した。

現在登録されている正会員は400余名(物故会員は除く)で、ほかに特別会員・賛助会員がいる。

活動として
 1.端艇部にコーチンングスッタフの派遣、
 2.合宿所、艇の購入、艇庫の経済的支援、
 3.卒業生の就職活動の支援等を中心に端艇部に物心両面に亘り指導・援助している
端艇部卒業生約450名からなるOB会で、活動としては、
(1)端艇部に監督・コーチ派遣
(2)合宿費、艇購入、遠征等の経済的支援
(3)卒業生の就職活動の支援
(4)メルボルン研修の支援
物心両面に亘り端艇部の活動を支援している。

ボート部の前身は水上運動部で学校挙げてのスポーツでした。

当時の会則の一部を紹介します。
◇葵水会会則 (昭和5年5月制定)
  総 則
第 1条 本会ハ葵水会ト称ス 
第 2条 本会ハ会員相互ノ親睦ヲ計リ母校端艇部ノ後援ヲ以テ目的トス
第 3条 本会ハ大倉高商生並ニ本会主旨ニ賛同スルモノニシテ会員3名以上ノ推薦
     ニヨリ理事ノ承認ヲ得タル者タルコトヲ要ス
第 4条 本会本部ハ東京市ニ置キ事務所ハ理事之ヲ定

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