
トイレと同じように、生活にかかせないのがお風呂
得に日本人はお風呂好きですよね、温泉の露天風呂でちょいとお酒でも
一杯しながら入る風呂、はたまた公衆浴場で足を伸ばしてはいる風呂
最高ですよね、ここではお風呂について調べた事を書いてみます。
ではでは!
お風呂ってどこから来たんだろ?
体をぬぐうとか洗うって言う行為は宗教的、または祭事的な、体を清めるって事から
始まっていると言うことらしいね、ガンジス河の水浴びなどを考えるとなるほど・・って思う。
そうすると生理的な体を清潔にするとか、楽しむって言う風呂はどこから発生したものか?
うーーーん! やっぱり本能か? 野生の動物が自然の温泉に入って傷を癒してるのを
見て、真似てみると快適だったとか、海や湖や河の近くに住んでいる人は自然にそこに
入って水浴びを楽しんでいたことは想像できるんだけどね!
まっ オイラなりに考えると
1:信仰 、宗教上の儀式 2:保健衛生上のもの 3:傷などを治す医療上 4:温泉など娯楽性
などがあって発展したものではないのでしょうか?
銭湯の起こりは定かではないらしい、しかし平安時代にはもうあったといいます。
それまでは「施浴」と言って僧侶達が仏像を洗浄するためと、沐浴のために
設けられたもので、しばしば病気などの治癒用などにもつかっていた
これが参拝者など一般に開放された。これは無料で開放されていた。
銭湯はこれをお金を取って商いとしたもので銭をとるから銭湯と言われる
ようになったとか・・・
今の銭湯の形、のれんをくぐれば番台があり脱衣所があり流し場から湯槽
へと言う手順の銭湯は天正19年伊勢与一と言うひとが江戸の銭瓶橋の
たもとで、永楽一銭の入浴料で店開きしたのがはじまりだといいます。
江戸時代の銭湯は浮世風呂とも言われ、江戸っ子にはかかせないもの
だったそうです。朝早くから営業しており、気の早い江戸っ子は
ねまき姿や頭に手ぬぐいを置いてやってきて「おい、開けろ!番頭!」などと
入り口の戸をたたく者がいたり
客どうしで近所の噂話などをして開くのを待ったようです。
やっと戸があくとドヤドヤと客がはいり、あっと言う間に大混雑したようです。「
朝湯の時間帯が終わると、女湯のほうに芸者さんや、御妾さんが下駄の音を
させて、しゃなりしゃなりとやってきた、夕方になれば、湯槽から出て
二階で、碁を打つもの、腹ばいで怪しげな春画をみている者
近所のおばさんは、近所のうわさ話、嫁の悪口、亭主のグチなどを
言って、うさを晴らせていたようだ。
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| 湯女が髪を結ったりお酒のお相手をしてる 様子 |
正面の上が柘榴口 |
柘榴口(ざくろくち)
湯槽から蒸気を、逃がさないように板壁で囲い湯浴と同時に蒸し風呂として活用させようと
考えで作られた、くぐるようにしてはいる湯槽の出入り口。
その意匠は、金色の金具で飾られた豪華なもので、そこに描かれているのは、皆さん ごぞんじの
富士の山だったり三保の松原が書いてあったらしい、それが少し前の銭湯の壁によく書かれていた
絵のなごりのようです。
湯女と三助
江戸時代の銭湯の二階は浴後の休憩室でオトコの娯楽施設のようなものだったらしい
そこにはサービスをする女の人がいた、湯女と言われる女の人である
湯女はあかをかいたり髪をすいたり、ときには秘め事の相手もしたそうな・・・
三助はこの湯女の廃止令が出た、明暦3年(1657年)あたりに湯女に変わって
あかすりなどをする男の人です
うーーん 一度くらいは女風呂の三助になりたいなど思った不埒なオトコの人は
いるでしょ??? オイラもその一人ですけど・・・・・・・・・・・・ウフッ!
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まだまだ調べて紹介する予定ですけどなんか、資料があれば教えてね
外国の風呂なども興味深々ですよね!