2004年

 この年は自治会役員の年でした。当自治会は例年7月に総力を挙げて納涼大会を催すのですが、この準備が大変で自治会活動をサボって山に行くわけにもゆきません。
それでも6月末だけは自治会活動の予定が無いので唯一のチャンスでした。早池峰、礼文で撮り損ねているトチナイソウを見たいので、春先から5年ぶりに解禁となる「崖山」の情報を集めていたのですが、この年も抽選とのことなので、山に行ける日が制限される年ではとても無理です。そこで近くの夕張岳に登ることにしました。
又、8月は足慣らしとこの年に買った新しいデジタルカメラ慣らしの目的で北岳に登りました。
北岳 (2004年8月16日〜8月18日)

 夏の納涼大会が終わっても自治会関係の雑用でなかなか山に行けません。ようやくお盆の休みに北岳に登ることにしました。山梨交通のホームページでバスダイヤを調べると、以前は朝は1時間間隔であった広河原行きが不思議なことに大幅減便になっています。朝の6:00の後は9:30までありません。一日目が御池小屋泊まりなので、9:30でも良いのですが、早め早めに行動したいものです。登山客が多い『スーパーあずさ1号』で甲府に行けば、タクシーの相乗り相手も探し易いと予想しました。
 甲府駅で降りると、いつもは沢山いる登山客が疏らです。バス停前にはリックサックの行列が少しは出来ていますが持ち主の姿は見えません。それでも広河原行きの相乗りを呼びかけていると、タクシー乗り場の近くで寝転んでいた登山客が、「この時間帯は通行規制で広河原には行けないよ。」と教えてくれました。ところが、タクシー運転手に尋ねると「そんなことは無い。」とのことです。念の為、運転手が無線で問い合わせた相手も「行ける。」という返事です。そこで寝転んでいた人と夫婦連れの4人の相乗りで広河原に向かいました。8:40頃甲府駅を出発し夜叉神峠まで行くと、案の定通行止めでした。どうやら夜叉神峠〜広河原間は大崩落の修復で6:00〜8:00、11:00〜13:00、16:00〜18:00の3回だけ通行を許可し、あとの時間帯は道路を閉鎖しての大復旧工事らしいのです。おかげで、夜叉神峠で1時間半以上も足止めをくらうハメになりました。広河原といえば、毎年多くの登山客がタクシーを利用する場所だし、そんな場所の道路工事など地元のタクシー会社なら当然知っていなければならない情報の筈です。そんなことも知らないで漫然と車を走らせるなんて、甲府のタクシーは日本一最低の業者です。現地まで来て、山梨交通バスの不思議なダイヤの理由がようやく判りました。通行許可時間帯に夜叉神〜広河原間を通過するようなダイヤを組まざるを得なかっただけのことなのです。結局、夜叉神峠で9:30のバスに追いつかれてしまいました。運転手が多少はスピードを出したので、バスよりは10分くらい早く広河原に着いたのですが、割り勘でもタクシー代は3200円、バスなら1700円なのですから、差額の金を返せと言いたいところです。
 この年は、非常に暑い夏で一昨日まで東京は真夏日が40日も連続し、昨日寒冷前線が通過して雨が降り、ようやく記録が途切れたばかりです。今日は再び晴れたのですが、明日からは前線が近づき曇るとの予報です。白根御池小屋までは順調に進みました。昨年から朝夕の通勤に歩くようになって体力が回復したのか、バテバテだった2年前を上回るペースで御池小屋に到着しました。99年4月の雪崩で全壊した小屋はこの年から再建工事が始まったようで、コンクリートミキサーまで置いてありました。「白根お池」は土砂の流入で毎年小さくなっているのですが、この年は2年前の更に半分程度の大きさになってしまい、水溜まりといった感じです。
 夜の間に雨が降りましたが朝には上がっていました。しかし、小屋の朝食を食べている間に再び雨が降り始めました。次の前線が早めに近づいてきたのなら、今日は雨でも明日は期待が持てそうなので、先ずは北岳山頂を目指しました。時々激しく降る時もありましたが小太郎尾根までは風もなく順調な登山です。尾根に出ると流石に長野県側からの風が強いです。それでも雨は一旦小降りになり、強い風に時々よろめきながらも北岳肩の小屋に到着しました。小屋でコーヒーを飲んでひと休みし、山頂を目指します。小屋を出て暫くすると再び風雨が激しくなりました。北岳山頂では、毎回記念の写真を撮っているのですが、今回はカメラを出す気にもなりません。直ちに北岳山荘を目指して下り始めました。この頃から更に風雨が強くなり、吹き飛ばされそうです。特に東南斜面近くまで下ると長野県側の強い風に何度もよろめいてしまいました。いっそ八本歯のコルに出て下山することも考えたのですが、明日の天気に期待して北岳山荘まで行くことにしました。このまま稜線沿いに北岳山荘に向かうコースもあるのですが、あまりにも風が強いので東南斜面を下り、巻き道経由で北岳山荘に向かうことにしました。巻き道は稜線から吹き下ろす風はあるものの稜線上の風に比べればたいしたことはありません。それでも時々山梨県側の谷から強い突風が吹き上げて来ます。北岳山荘近くになると、巻き道と稜線の道が近づき何ヶ所かで交錯するのですが、ガスで視界が効かないのでうっかり稜線の道に上がってしまいました。最後の10分間は、おそらく瞬間的には風速30mは越えそうな強い風に何度もよろめくながら北岳山荘に到着しました。ひと休みして、自炊場で昼食の準備です。以前は広かった自炊場も小さくなってしまった上に激しく雨漏りしていました。昼食を作り終えガスコンロを消そうとしたのですが、消火出来ません。息を吹きかけて強引に吹き消し、コンロからガスボンベを外しました。一昨年は雨合羽、昨年は登山靴、そしてこの年はコンロと20年前に山に登り始めた頃に買った道具が寿命を迎え始めたようです。
 19時の天気予報を見て唖然としました。日本の近海で台風15号が突然発生し、この台風からの湿った風が前線を刺激して、この大荒れの天気の原因になっているのです。明日は多少は前線が北上するらしいのですが、これでは天候の回復は望めません。台風が近づいているのなら早く下山するのが一番です。シュラフ部屋に泊まったのですが、今はシュラフの人は僅かで、部屋の半分以上に蒲団が敷いてありました。ツアー登山の団体客が泊まっていましたが、この荒天で明日の予定について論議の最中です。どうやら白根三山を縦走して奈良田に下る計画らしいのですが、同行のガイドが広河原への下山を薦めても、なかなか聞き入れません。間ノ岳方面から来た人が見かねて、間ノ岳付近は更に強風で大荒れだから止めた方が良いとアドバイスしても聞く耳を持ちません。メンバーの中の中年女性は、「私は、『まのだけ』だけにはどうしても行きたい。」と叫んでいました。この会話を聞いていて、自分が登る山の名前さえ正確に知らないで、単に百名山だから登るという愚か者に呆れ果てました。こういう人たちは、山に登る目的を持って登っているのでしょうか。ブームにつられて安易に登っている人が貴重な自然を破壊しているのです。これほどの馬鹿者が登るようでは、もはや百名山公害です。
 その晩は更に風雨が強くなり、雷まで鳴りました。北岳山荘も築後約25年を経て老朽化しているようで、深夜12時を過ぎると雨漏りし始めました。 朝になると霧は深いものの風雨は昨晩よりは収まりました。6:00に山荘を出て巻き道経由で八本歯のコルを目指します。時々強い風によろけますが、台風から送り込まれる南からの湿った風なので、寒くないのが助かります。慎重に八本歯コルまで下りました。大樺沢に入ると荒天はウソようです。雨は降るものの風が無いのが助かります。落石だけには充分注意して下りました。大樺沢の雪渓はこの年は小さく、雪の固まりが2箇所残っていただけです。二俣まで下ると晴れ間さえ出て来ました。この悪天候なのに、これから登ろうとする人がいるのには驚きました。確かに広河原近くまで降りて来ると晴れているので、これから登る人は稜線の荒天が信じられないのかもしれませんが、台風が近づいているのだから、どうかと思いました。大樺沢の増水は激しく、崖崩れの箇所を右岸に迂回する渡渉地点では流されそうになりました。今回は余裕を持って広河原山荘に到着し、飲んだ生ビールが美味しかったこと。
 今回はデジタルカメラ慣らしを兼ねていたのですが、写真は御池小屋周辺で数枚撮っただけでした。私の登山経験の中で最も悪天候でもありました。全体に花暦は例年より1〜2週間は早い感じで、多くの花が終わりかけていました。花期だったのは、トウヤクリンドウとヒメシャジンくらいでした。ヒメシャジンは本来はもう少し遅い花ですし、トウヤクリンドウもこの天気では花を閉じたまま暴風雨に身を縮ませていました。
夕張岳 (2004年6月27日)

 新しい山として夕張岳に登ることにしました。5月の連休前に夕張岳ヒュッテを管理する夕張市の教育委員会に電話をすると、「まだ予約は早いので、1ヶ月前にしてくれ。」とのことでしたので、5月31日に再び電話すると、今度は「6月26日は山開きの日で来賓客が多いので、泊まれない。」との回答です。そこでやむなく、夕張市内のホテルに泊まることにしました。
 久し振りに登山道具を担いで飛行機に乗るのですが、同時テロ以降空港での手荷物検査が更に強化され、ガスボンベは取り上げられるし、受託手荷物中の食事用のフォークやスプーンまで調べられました。 その割には一緒に梱包してあったナイフに気が付かないなんてどこか間抜けです。千歳空港に着いて、総合受付の女性にガスボンベを売っている売店を尋ねると、「空港内には危険物を売っている店などありません。」という冷たい答えです。仕方なく、タクシーで市内のアルペンまで買いに行きました。消費税込みで僅か312円のボンベですが、タクシー代が3090円もかかった高いガス代となりました。
 夕張行きの普通列車はキハ40の1両のみで、石勝線に入ると途中の信号所で特急の通過やすれ違いで長い時間止まります。列車は時間をかけてようやく夕張駅に到着しましたが、駅前に温泉ホテルはあるものの何も無い駅です。石炭産業が衰退して夕張の町はほんとうに寂れてしまったようです。バスも暫く来ないので、携帯電話でタクシーを呼んで予約したホテルに行きました。
 夕張岳は公共交通機関が全く無いので、迎車予約していたタクシーで4時半にホテルを出発しました。1時間ほどで登山口に着きました。天気は曇りです。夕張岳ヒュッテに炊事道具やシュラフなどの荷物を預け、身軽になって冷水コースを上り始めました。暫く登ると森林の中でシラネアオイの大群落に出会いました。エゾノリュウキンカが咲き揃った雪渓の残る沢を何度も渡ります。急な上りは少ないのですがコースは長いです。ようやく着いた『吹き通し』と呼ばれる蛇紋岩崩壊地で今回の最大の目的であるユウバリソウに出会いましたが、残念ながら花期は既に終わりで、枯れ花が目立ちました。枯れている部分が目立たないように撮影するのに苦労しました。この季節に見られるもう一種の特産種であるユウパリコザクラは全く見かけることが出来ません。山頂でひと休みしている間に高山植物監視員の方から、「蛇紋岩崩壊地の登山道から30m位下の場所にユウパリコザクラが咲いている。」と聞いたので、帰りは目を皿のようにして登山道の下の方を見ながら下りました。確かに遠目ではミヤマアズマギクと紛らわしいのですが、サクラソウのような花が咲いています。望遠レンズを持って来なかったのが恨めしいです。それでもズームレンズの望遠側でなんとか撮ったのですが、帰ってから拡大でもしないと確認出来ません。ユウパリコザクラも盗掘などで絶滅の危機に瀕しており、こんな場所にしか残っていないと思うと悲しくなりました。望岳台までのほぼ平坦な道の脇にはシロウマアサツキやタカネタンポポの群落が広がっていました。夕張岳のミヤマアズマギクの花色は、他の山に比べて随分と青みが強いと感じました。ユウバリアズマギクとして別品種として扱われるせいかと思ったのですが、高山植物監視員の方も今年は花色が青いと言うので、酸性雨などの影響かと心配になりました。フギレキスミレは咲いていたものの固有種のシソバキスミレを見かけることはありませんでした。やがて登山道は馬の背と冷水のコースの分岐点に出ました。上りが冷水コースだったので、帰りは馬の背と思っていたのですが、山頂で高山植物監視員の方から「馬の背の周辺には随分と熊の糞が落ちていた。」と聞かされていたので、冷水コースをヒュッテまで下りました。
 ヒュッテに戻ると丁度冷や麦を使ったそうめん流しの最中で、たっぷりとご馳走になりました。夕方になって、ようやく1人だけ宿泊客がやって来ましたが、今晩泊まるのは私を含めて2人だけです。昨晩は山開きで50名くらい泊まったとのことですが、80名は泊まれるヒュッテなのでまだ充分余裕があったとのことです。これでは、宿泊を断る必要はなかった筈です。市の教育委員会は商売気が全く無いと思いました。夜もジンギスカンをご馳走になりました。おかげで、昼食も夕食も作らずに済んでしまったので、何の為に高いガスボンベを買ったのか判らなくなりましたが、でもこちらの方は嬉しい誤算です。
 さすがに翌日の朝食だけは作りました。どうせ帰りも空港で没収されるので、ヒュッテでボンベを使ってもらうことにしました。昨日と同じタクシーの運転手に今朝も9時に迎車予約しておいたのですが、8時半に駐車場に下ると、もう来ていました。なんでも3時に来たお客さんの帰りで、そのまま待っていたとのことでした。タクシーで清水沢に出て、バスで札幌に向かいました。

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