♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

詩集『廻るときを』
    連祷・ぶなの森 1〜3


●ぶなの森で
        Ettersberg

     1 柵山(Etteersberg)

   十一月もやがて終わろうとする
    初冬にしてはどこまでも澄みきった朝
     木立に残る葉を透けてくる光が
      歩むごとに紋様を虹彩に趨らせる

   バスを幼い笑い声で充たしていた
    通学の子供たちとは反対の方角へ歩む
     麓はなお霧に覆われているのか
      町の姿はもう見定められない

   かつてひとりの詩人が好んで通った
    その同じ道を往ってみようと
     きっと同じ風がふいているから
      鳥たちがまた還ってきているからと

   かつて一人の過ちすら偉大だった時代
    その偉大な錯誤に終わりを告げたのは
     この地に達した一条の鉄路
      そのとき山稜は鉤型に斬り開かれた

   ひとたび斬りはらわれた山肌には
    ふたたび木立が生い育つことはない
     乾いた小石はそれぞれの向きに俯いて
      無表情をいつまでも装っている

   どこまでも遮られぬこの明るさのはて
    見晴らしのゆきつくその境界のあたり
     整列する木々はみなよそよそしく
      黙って空を指さしている

     2 麓の町(Weimar)

   車輪を水に落としたまま
   沼の畔に荷車が止まっていた
   荷台は嶮しく傾いて
   積荷の端は水面に没していた

   嘶きは遠くから聞こえていたが
   もはやそこに動くものの気配はなかった
   麻袋は水面から泥水を吸い上げて
   自らの重みで覆っていった

   詩人は最後の床で総てを見ていた
   もはや鳥の囀りも揮発して
   木々はみな黒く焼け焦げていた
   もうすこしだけ光がほしいと

   若い妻の見慣れた手から放たれて
   小春の空に飛び立つように
   一羽また一羽と
   白い翼よ羽ばたいてほしいと

   妻は懼れるしかなかった
   粗雑に積み上げられた
   洗濯物の端が水に触れている
   そのさまを不安げに見つめていた

   水槽の水を吸い上げ
   衣服がそれ自身の重みでかしいで
   水の中に落ち込んでいくさまを
   なすすべもなく見つめていた

     3 ぶなの森(Buchenwald)

   ひとはみな上着を脱ぎ下着を脱いで
    灰色の部屋へと入っていった
     天井は低くひとはみな直立して
      汗と汚物の臭いに堪えていた

   遺されたその無数の翼が
    鳥たちを逐っていったのでなければ
     ひとつまたひとつと舞い上がり
      飛び去っていったものは何だったのか

   小春の空にたなびくように
    立ちのぼる雲を町の人々は見ていた
     冬空に染みついた沈黙と
      風に凍りついた眼差しを覚えていた

   斬られた樫の株にはのちに
    ゆかりの詩人の名が付されたが
     檻と血の臭いは町の紋章から隔てられ
      樹木の記憶だけに委ねられた

   十一月もやがて終わろうとするこの朝
    木立はなお葉を残していて
     陽射しにじっと背を向けている
      枝間を縺れくる光が地を叩いている

   小石ひとつの重みは
    小石ひとつに勝りはしないが
     このとき黙して陽射しに耳傾けている
      礫石だけが自らの重みを知っている



          註 「指定のエッタースベルク・KL(強制収容所)
          という名称は用いるわけには参りません。ヴァイマルの
          国家社会主義文化協会が、エッタースベルクは詩人
          ゲーテに縁の名だからと異議を申し立てておりますので」
          (テオドル・アイケよりハインリヒ・ヒムラー宛の手紙)。
          「ブーヘンヴァルト(ぶなの森の謂)」の名称が付され
          ることとなった。



「詩と素描の部屋」へ

表紙に戻る