♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

詩集『廻るときを』
    an Johann Georg Hamann


●魚の腹の中から
              ――Jona
 

   生まれながらの人に
   そなわった五感にまさり
   この道をゆく者とは
   十弦の楽器を担いゆくもの

   けれども己がうちに
   真の実感を欠けば
   新しき人よりはむしろ
   喧しい鐃鉢に似たものとなろう――

   とっさに掴んだ言葉ひとつを
   幼い使いの駄賃のように
   かたく拳に握りしめ
   ひとり村落を駆けだしていた

   かけぬけた荒地のはて
   行くてにひろがった海原の
   風すさぶ沖に礫を抛ち
   彼方をめあてに漕ぎだしたが

   この日おおきな凪にとらわれ
   萎れた主帆のしたにひとり坐して
   若き想いの不遜と
   恃んだ技倆とを恥じるばかり

   とおく望んだ命の言葉の
   響きは骨のうちにいまも灯るが
   知命をむかえなお船縁に
   そこなき淵はふかぶかとひらく

   ひとよ あなたが身罷られた
   その齢をもとうに越えて
   迷いの航跡のみあきらかな
   不肖の来歴をゆるしてほしい

   辿りきた船路をかえりみて
   人はみな時の儚さに愕然とするが
   まこと万人向きのことではない
   また商いの対価のように

   誰とでも交わしうることではない
   われらの内なる天国にして
   また地獄なのだ 朋友よ
   われらの信とその言葉とは

   かろうじて蒐めたこの言葉を
   放擲つかあるいは遺しおくか
   握った拳ひとつをもはや
   掌にひらくことはわが分ではない

   この十年あまりの交わりと
   篤き見りにこころより謝する
   あわせて衷心からの否を告げる
   その心は痛みなしではありえない

   絶望と祈りは日々にあたらしく
   よろこびと悲しみのみがあきらかだ
   あなたの眼差しから逃れられず
   浮標をはるかに遠ざかる

   やはりこれは招きなのだと
   いまようやくにして実感する
   朋友よ 君もまた君自身の天国を
   また地獄を通って往きたまえ



「詩と素描の部屋」へ

表紙に戻る