♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

これか あれか
詩誌「ERA 第2号」 2004. 3


●炉
            Enten - eller


牡牛を象った
青銅の炉に込められ
弱火でじりじりと焼かれる
その苦痛の叫びが
妙なる楽の音を響かせたという
シケリアの暴君ファラリスの
残忍な楽器に喩えられるように
詩人の魂の
奥ふかく責め苛む苦悩を
せつせつと訴える嘆きのことばに
世人はこぞって拍手喝采し
もっと歌え もっともっとと
よろこび囃しつつ
地獄の炎を掻きたてたという

ことばが追い越されたとき
文字通り灼かれた叫びは
燃えあがる隙もなく蒸発してしまい
炉の蓋は閉ざされたまま
溶けた粗鋼があからさまに
ぶちまけられることもなかった
その沈黙に拮抗する
いかなる挽歌もありはしない
炉の外壁から剥がれおちた呻きと
記憶の熾から集められた呪詛は
苛酷の徴として遺されたが
その韻律を躊躇わず培養するものは
いかに技倆を尽くしても
野卑のそしりを免れえない

清浄の天も地獄の焦火も
昏い時代の名残と
久しく顧みないこの惑星は
それ自体 ひとつの熱き溶鉱炉に似て
今もなお外壁のあちこちに
ふつふつと炎の舌をのぞかせて巡る
その惨憺たる知性の似姿を
隣りの楕円軌道にも確認しようと
ときに秋波を送りなどするが
むしろばーんと炸裂して
超新星が生まれるときに
散華するガス星雲の光背のなかに
人もことばも揮発して
大団円ではないのか

天翔りゆくことばが
命を穿つものとなりうるか
広大な暗黒の果てに
忌まわしき高炉をうち空けられるような
真の空虚を尋ねつつ
荒涼たる夜の転落を
支える者の手を懐かしむか―
背理を告げようとも
真に怖るべき者の手に陥らんと
ただそれぞれの魂の丈にみあった
ちっぽけな炉の沸騰を携えて
呻きを光冠の闇に注ぎだしていくか
万象を灼き尽くしてやまぬ
戦慄の炉の中へむしろ墜ちていきたいと

            Enten - eller 「これか あれか」。キルケゴールの著作名。
                   僭主ファラリスの故事を記す。





「都市の風光・ケプラー記念碑」へ

「はじめの扉」へ

表紙に戻る