あなたに
                   川中子義勝
 
 

   1 懐

 駆けまわる少年の
 ズボンのポケットの底に
 丸く磨りへった蝋石のように
 知らず知らずあなたを持ち運んでいる

 洗いざらしのシャツか
 襟巻きのようにあなたをまとい
 きっとわたしのこころではなく
 肌があなたとことばを交わしている

 あなたを想うとき初めて
 目のまえに昏い淵がひらき
 わたしのことばが帚星のように
 尾を曳いて墜ちていくのが見える

 あなたが沈黙に隠れていても
 遙かむかしに拾った櫟の実のように
 わたしは内ポケットの底に灯り
 あなたの深淵に運ばれている


   2 漣

 夕の風すらもひとを欺こうと
 沼の呟きを運んでくるとき
 わたしのことばがこれに抗い
 ことさら冷たく沸きたたぬように

 悪しき風の向きを転じようと
 樫の木のように身構えることなく
 足もとに草穂の祈りを感じつつ
 夜の頂に向けて糸杉は囁いている

 おのれを厭うことばの打擲に
 拉かれ 穿たれ 砕かれるとも
 川はどこまでもこれを湛えてゆき
 正義を復讐と紛れさせることがない

 呪う者の口吻があなたを装うとき
 わたしは隔たる岸のあいだを流れる
 しずかなことばの水流でありたい
 あなたの沈黙がそうであるように