虫の影
            川中子義勝
 
 
  虫だ 虫だと
  そのひとは懼れた
  湯呑に蜂が浮かんでいると
  きれいな茶を怖々と捨ててしまった
 
  虫はそのひとの目のなかに棲んでいた
  目を瞑ると
  瞼を透ける明るい闇を
  蠢めく黒点として
 
  目を瞑ると
  閉ざされた空の隙間から
  足長蜂の群が
  侵入する機を窺っているのだった
 
  感覚を肯(うけが)う命が
  むしろ錯誤によって
  あやうく支えられている
  残された時を蝕むものへの抗いとして
 
  命は衰滅によって支えられている
  わたしたちはみな懼れる
  目を瞑ると
  しずかに星が瞬くことさえも
 
  敵蜂の襲来が過ぎ去って
  そのひとはいま
  冬空の下に静まりかえっている
  野の隅に置かれた蜜蜂の巣箱のように