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書窓の隙間
雑録・折りにふれて(新)

  ★2005.5.4 ひとやすみ(?)


 連休の初めの29日、詩誌ERAの同人会のため倉敷を訪ねた。20年ぶりくらいになるだろうか。岡山の詩人、三沢、秋山、岡、斎藤の4氏にも加わっていただいて造酒屋の離れでの合評会。土地の雰囲気の直中に入って、なごやかながら真摯な時を楽しんだ。
 翌日は観光地区を散策。大原美術館を巡っていると好みが変わっていないことに気づく。中村彝の「頭蓋骨を持てる自画像」に再会。この画家の他の絵は知らないが、いつも惹きつけられる。昼過ぎ帰途につく。瀬崎祐夫妻には本当にお世話になって感謝。
 休日といっても、あまりぼうっとしていられない。2日には講義。3日には早稲田で独文学会。発表にはあまり心惹かれなかったが、レーゲンスブルクで詩人フーヘルを紹介してくれた斎藤氏に会えた。4日は母を訪ねて石橋へ。立教で1年間グリムを扱うこともあって、近くの「グリムの館」へ足を向ける。明日5日はほんとうにひとやすみ。




★2005.4.23 風薫るとき

 ホームページのサイト名を少し変えた。「こまは」は「駒場」の地名、また「ハーマン」の響きを重ねたもの。書き誤りではない。いずれも私には大切な響き。響きといえば、マールブルク留学時代、仲間の学生にYoshiと呼ばれてた。いまではそう呼ばれることは希だが、私の人格にむすばれた大切な響きであることには変わりない。
 ミンナに縁のひとから幸いを知らせる便りが届いた。その将来へ願うこと多い。また、サイトを巡っていたら、なかにしけふこさんと釘宮明美さんの「苑生」が第2号を出すという。こちらもひそかに楽しみにしている。
 編集した「詩界」246号が刊行された。藤井貞和さんを迎えた昨年の研究会報告などを載せている。あと2年編集の任にあたることになりそう。詩誌「ERA」のほうも第4号を出したばかり。同人会は4月末。今回は瀬崎祐さんのお世話で倉敷に伺う予定。
 夜、敬愛する杉山信太郎さんから電話。先週、百合ヶ丘集会で久しぶりにお会いした。恵泉女学校園芸科の教授を退いてから、タイに有機農法を伝えることに使命を燃やしておられる。化学肥料を用いないと、稲が自らの光合成に有用な藻をまわりに育て、これがまたイトミミズを育てて、土を肥沃で抵抗力のあるものに変えていくという。タイの農場での経験を熱く語るその言葉が強く印象に残った。78歳、父母の歳とかわらないが、お元気で、ビザがとれたら来月末にはまたタイに飛び立つという。その活動への意欲は頭が下がる。




★2005.3.24 あらたな年度に向けて

 2005年は、授業で「神話」や「メルヒェン」など口承文芸の問題を講義する一年になるだろう。計画としては「詩と宗教」の問題を翻訳などもふくめて進めていかねばならないのだが、こころして時間をつくっていかねば到底不可能。身が二つ欲しい。ただ、そのテーマのもとで今年の夏はドイツの風景を眺めてみたい。楽しみにしている。
 ようやく研究室の引っ越しも終わって、仕事の場所は確保された。窓から新宿の高層ビル、またとおく横浜を望みながら、新学期の始まりに備えている。



★2005.3.23 年度の終わりに

 2004年度も間もなく終わろうとしている。今年は「矢内原忠雄」の本(日本の説教11 日本キリスト教団出版局、2004/4)を出すことから始まって、なかばには内村鑑三の再臨信仰について書く機会があった(「信徒の友」2004/11月号)。
 また、神学者R/ボーレンの「日本の黙想」という文章を翻訳した。これは『源氏物語と神学者 日本のこころとの対話』と題して教文館から刊行された(2004/10)。これは好意的な批評を得ているようだ。
 今年は日本のキリスト教について記す機会が多かったといえよう。
 私の最重要のテーマ「ハーマン」については、シェリング協会のシンポジウムで「ハーマンにおける神話」と題して語ったが、多忙のために文章にまとめるに至っていない(これは次年度のテーマとなろう)。大学の講義などで扱いながら深めていきたい。
 余韻として「神話と詩」の関係について話す機会も多かった。雑誌「詩と思想」のシンポジウム(2004.11「特集・ポエジー」)、また詩誌「鮫」のシンポジウムなど。
 多忙の一番の原因は、日本詩人クラブ刊「詩界」編集長を1期2年間務めたこと。クラブの研究会を組織して、講師を招く。その原稿テープを起こして「詩界」に掲載する。原稿依頼と編集。また詩誌「ERA]の編集にもあたった。締切がちょうど重なって、その時期は大変である。合評会などの企画もあり、すべてが重なってくる。さらに詩誌「地球」の編集にも加わる予定。その方面でますます忙しくなっていくだろう。自分のことだが、正直いって当惑しているというか、あきれているというか。
 ひさしく、かかえていた「ユリアと煙の侏儒(こびと)」の主題が急に形にまとまり、久宗睦子さんのご行為で詩誌「馬車」に載せていただいた。このサイトの「はじめの扉」にも載せている。この話は「ミンナと人形遣い」の続編。ユリアはミンナがさらに年月を加えた姿。私が女性についていだいているもっとも奥深い願いを体現した存在である。こちらも、いつかはまた絵本の形にまとめたい。



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