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書窓の隙間
雑録・折りにふれて(新)

 


★2003.11.30 雑録を再開する


 久しく雑録を記すことが途絶えていた。忙しかったから? たしかに忙しい日々ではあったが、それだけが理由ではないだろう。伝えるべきこと、また伝えたい人が身近にあるときに、ひとはあえて文をしたためたりはしないものだ。だが、それは本当に伝えたいこと、伝えたい人だったか。ともあれ、いま静かな時を得て、ようやくことばをもとめる。つきなみな心の動き。だが、これからは、それで済ませてはならないのでは。
 今年は、詩人クラブの「詩界」編集をひきうけたりして、その「研究会」の構想・準備などで時が費やされた。ことが右から左へとすぎていくとき、その過ぎゆくさまを醒めて見ているこころがある。多くの「詩人」たちに会った。けれど、ほんとうに誰かに会ったといえるのだろうか。
 柴崎聰氏を紹介する文章が「詩と思想」12月号に載った。11月号に「古代都市と文明」というテーマで「旧訳預言者の詩人としての側面」を紹介したばかり。今年は、切り売りするように、単文ばかりを書いていたような気がする。
 教文館に、R・ボーレン著「日本に想う」の翻訳原稿を送り、M・ルター「卓上語録」の書評も終えた。頼まれた仕事には、締め切りがある。期日に追われる状態もにようやく一区切りが着いた。人間関係から与えられる仕事は、できるかぎり誠実に果たしたい。それが、新しい仕事の契機となる。そう考えていたが、いま、そのような関係からの仕事を本当に必要としているのだろうか。先の歩みのことを考えず、久しぶりに無為な週末をすごした。ホームページを更新したりしながら。あるいは今、もっと深くおおきな目標を必要としているのかもしれない。
 一昨日は、夏から秋にかけて、インターネット放送のために収録した講話の第2回目。ぼそぼそと語っている自分の姿は我ながら堪えがたい。録音はしたが、聴くつづける気にはならなかった。だが、いずれはテープをおこして小さな冊子にまとめておくべき主題なのだろう。J・G・ハーマンを日本の読書界に紹介する。これまで生きてきて、自分のした仕事になにか意味があるとしたらそれくらいであろう。
 
 「待望しつつ読む ‐ハーマンの視点から見た近代とキリスト教‐」
 FEBCインターネット放送 http://www.febcjp.com/net/hama_top.html

 教室で講義をする人間。毎月の聖書研究会を主宰する人間。詩を書く人間。どれもわたしだ。どれも私だが。


★2004.9.3 一年近い時を経て


 雑録を再開すると記して、再び途絶えてしまった。一年は経っていないが、ずいぶんと時が過ぎた。やはり、読み手としての「あなた」を具体的にイメージできないときは、文を記す意欲がわいてこない。
 その間に、二つの学期が終わった。冬学期の終わりは、自分を省みる余裕もないうちに新年度を迎えていることが多い。今年の4月もそのようだったのだろう。
 夏学期は「預言者アモス、ホセア」について、また「グリムと民俗学・口承文芸」の抗議をした。講義は語る側では充実していた。聞く者にとってもそうであったか? 
 秋からは、預言者の問題を日本という場に移して考察する。ドイツ専攻の学生にはキリスト教の手ほどきをすることになるだろう。非常勤先では、詩の可能性について、手探りの講義をする。これが一番しんどいかもしれない。
 この夏は、2週間をドイツに過ごした。レーゲンスブルクに1週、ライプチヒを経て、ベルリンにまた1週ほど。宗教とその文学表現との関係について、資料を集めた。ベルリンではノイエ・ナツィオナールガレリーのMoMA美術展の行列が印象的だった。滞在最終日、ポツダム広場、ソニーセンターでの写真を、「プロフィール」欄に掲載。今回印象に残った画家は19世紀のWaldmueller。写実と、微笑みを誘う民俗的な場面が見る者の心を引く。物語的時間を写しとる絵画のひとつ。


★2004.9.7 詩論研究会


 4日は詩人クラブ現代詩研究会。藤井貞和氏をむかえて、「意味創発の機制」という表題のもと、興味深いお話をいただいた。質問も熱意を窺える者が多く、研究会がはじめて研究会らしい雰囲気を形作った。参加者数がかんばしくなかったのは、せっかくの講演に、もったいないという思いを残した。参加されなかった方は、もちろんそんな憾みを抱くことなどないだろうが。
 9月23日には、自分が3者シンポジウムの発題者として、発言する。「詩における神話性」という題をもらったが、神話を正面から問題にはしないだろう。ドイツ出発前に、小川英晴氏の仲介で、今道友信氏を迎えて「詩と宗教」というようなテーマで対談した。その時のテーマをある程度繰り返すことになるだろう。これ自体が、同人誌ERA3号に記した「風と空、Aura論」を下敷きにしている。
 ERAは9月末刊行の予定。そのほかに「詩界」の編集、入稿と、出発前はむやみと忙しかった。10月に同人会を組んでいる。同人誌編集に対する創刊号の頃のような一途な思いはない。人の集まりにつきものの問題が悩ませる。コリントの教会のよう。パウロはその育成のために総てをかけたが、同人誌の存続に関してそのような思いにはならない。
 『日本を思う』の初校はドイツにまで持って行くはめになった。『源氏物語と神学者』と、インパクトのある表題に変えて、10月19日刊行の予定。7日は編集者と顔をつきあわせて、夜の10時頃まで、初校の仕上げをした。


★2004.9.17 パステル画ほか


 10日、日本キリスト教団出版局「信徒の友」の依頼原稿「内村鑑三の再臨信仰」を書き上げた。執筆していたら、空が白んできた。久しぶりの徹夜である。
 『源氏物語と神学者』のために表紙装幀用の絵まで描くことになった。12日に、半日かけて仕上げた。鳳凰堂に雨の降る場面。空が半分を占める。久しぶりに感興を覚えた。
 14日、ERA第3号校了。16日、昨日宣伝を見た富岡幸一郎氏の『非戦論』を早速購入して読んだ。不思議な書である。感想などは次の欄に。


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