About me

自己紹介

氏名:藤井 勝巳(ふじてぃ)
生年:1972年(昭和47年)生まれ
住所:東京都(出身も東京)
趣味:アマチュア無線(JG1SFO)、アコースティックギターで弾き語り
職業:電波の環境問題(EMC)の研究
座右の銘:人間万事塞翁が馬(以下の経歴をみれば、お分かりいただけるかと)

経歴
1986年12月(14歳・中2):重症筋無力症を発症。ものが2つに見えて眼科を受診。わけが分からないまま小児科に回されて、そのまま2週間入院。診断がつかず治療ができずに大変な思いをする人がいるという話がある中、さっさと診断がついて治療を開始できたのは幸い。入院した日(12月10日)を、自分にとっての「MG記念日」と定める。

1988年8月(16歳・高1):開かない指、挙がらない腕、重い首を抱えながら高校受験をクリアして、夏休みを使って胸腺摘出。心膜炎で留年しそうになるものの、重症筋無力症の症状は改善。無事に進級できたのでギター部に入部。
1990年3月(17歳・高3):また症状が出始める。腰に力が入らなかったり。ギターを弾くのもしんどくなる。メスチノンを1日4錠服用。

1991年4月(18歳・浪人):重症筋無力症の症状は改善するが、白血球が減少。発熱や口内炎が酷く、食べられない日が続き激ヤセ。
1992年3月(19歳・大1):合格発表の3日後に入院。夏休みにプレドニンを、毎日100 mg服用し治療を行う。メスチノン服用中止。9月にボルタレンの副作用で腎臓が壊れて転院したりして、成人式は病院から参加。はじめての選挙も病院から参加。その後、3月まで入退院を繰り返す。この入院の間に考えたこと、尊敬できる多くの人たちとの出会ったことが、その後の自分に大きな影響を与える。入院したおかげ。
1997年(24歳・修2年):環境電磁工学(EMC)という研究に出会い、インターネットに出会い、コミケにも出会って、大学院に進学。高熱が出て1か月ほど入院。翌年、風邪を引いた後、咳が止まらずにいたら気管支喘息を患ってしまう。
2001年(28歳・博3年):無事に3年で博士号を取得し、仙台に就職が決まるが、就職のための健康診断で、腎臓が壊れていることが発覚。尿潜血(2+),尿蛋白(2+)くらいが、その後、半年以上続く。虫歯の治療が悪くてIgA抗体が産生されていたようで、歯医者に通って治療していたら、ある時から、尿潜血(-)・蛋白(-)になる。

2006年(33歳):転職して東京に戻る。このころプレドニン 隔日9 mg。メスチノンは必要な時に服用。
2007年2月(34歳):重症筋無力症患者と家族のための応援サイト "MGsky" を開設。
2007年10月(35歳):腎臓が壊れる。ステロイドの塗り薬でIgA抗体が産生されたのが原因?尿潜血(3+)・蛋白(3+)、足がむくんで歩くだけで息切れするようになり、3ヶ月入院。ステロイド・パルス500 mg、毎日60 mg服用。副作用で血糖値が上昇している間、インシュリン注射を経験。低たんぱく食を始める。

2010年12月(38歳):腰椎椎間板ヘルニアを発症。初めて救急車に乗る。一時期、左足が麻痺するも何とか日常生活が送れるまで回復する。

2015年1月現在(42歳):(重症筋無力症)プレドニン 7 mg/隔日、メスチノン 2錠/日。(IgA腎症)ペルサンチン、ミカルディス、ザイロリック、リピトール。(喘息)オノン、アドエア。その他、たくさんのクスリに頼りながらも、人生を満喫中。 独身。