江の島の変遷と貝廣の歩み
鎌倉時代 源頼朝を始めとする諸武家が弁財天を尊崇したといわれている
鎌倉〜室町時代 将軍や公方がしきりに参詣する    
江戸時代 武士ばかりでなく、商人や芸人など広く庶民に慕われ、信仰の島として栄える
宝暦11年(1761) この年より7年に1度、相州江の島岩屋弁財天開帳が始まる   
文政12年(1829) 「御岩屋道」の石造道標が4箇所に建立

<江の島岩屋の賑わい>
歌川 広重作 相州江の島弁才天開帳参詣群集の図
7年に1度の御開帳の時に、多くの参拝人で賑わう様子が描かれている


  <貝を扱うお店の賑わい>
版画 作者不明
貝を扱うお店に多くの人々が訪れる様子が描かれている

 
江戸の末期 岩屋弁天の信仰が盛んになる  
明治6年(1873)
江の島桟橋が初めて架けられる
<絵葉書に残された桟橋の姿>


明治初期 貝廣創業者廣吉の義父である利八が、江之島西町で貝を扱う商売を始める

利八には子供がいなかった為、江の島神社の宿坊の一つとしての歴史をもつ旅館 金亀楼の次男 福島廣吉が養子となる
明治8年(1875)
東大教授 ヒルゲンドルフが江の島で貝を買い、その後、オキナエビスが新種であることが分かる    
明治10年(1877)
東大教授 E.S.モースは太平洋地域での最初の臨海実験所を江の島に創設した    
明治18年(1885) 英国貿易商 サムエル・コッキングは江の島の頂上に日本最初の温室植物園を創設した    
明治35年(1902) 日本最古の私鉄 江之島電気鉄道開通  
明治40年(1907) 江の島海水浴を開始 明治44年 貝広創業
片野廣吉が渡邊貝細工店より妻ラクを迎え、明治44年に貝廣を創業
その際に、西町より現在地 江の島2-4-8(鎌倉郡川口村200番地)に店舗を構える
家訓 : 貝廣ハ一人一業主義デ終始打通ス
      <創業当時の店構え>
「貝類標本」と描かれた看板あり


大正6年(1916)


大正12年(1922)


小田急線 海水浴客用の直通列車の運転が開始される

関東大震災により、江の島桟橋が津波で流失する
大正2年 <貝廣店前で集合写真>
チフスが大流行し、一家全員 健康無事だった事を喜ぶ
前列左より廣吉 息子延次 娘サキ 妻ラク 息子義一
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    昭和4年 <旅館 金亀楼の主人らと共に正月の記念写真>
大正天皇植樹の球の木の前にて(現在 みどりの広場)
右端 妻ラク 後列左端 息子義一
(写真クリックで拡大表示)
     
    昭和4年

二代目 義一へ
創業者廣吉没後、息子義一が引き継ぐ
家訓 : 貝廣ハ年中無休トス (江の島に来たお客さんの為に、いつも灯りをつけておく)
仕事は明日に延ばすな

    昭和13年 約20年間に渡り江の島神社の氏子総代を務める
貝細工組合長を務める
藤沢市 商工会議所の理事を務める
魚貝類の標本を趣味とし、日本貝類学会会員となる
昭和20年(1945)


昭和24年(1949)
戦後になると、江の島がまた多くの参拝客で賑わうようになる

この頃から、江の島の山開発が進み、江の島植物園開園、展望灯台完成、旅館 江の島館(旧金亀楼別館)や江の島エスカーなどが続々と開業する

多くの修学旅行の生徒が江の島見学に訪れる

 
昭和33年(1958)

昭和39年(1964)
コンクリート造りの江の島大橋が完成する

東京オリンピックで江の島ヨットハーバーが会場となる

その後、開発が進むにつれて、自然破壊により海産物が大幅に減少する
  <春の訪れを告げる貝祭の様子>
江の島大橋を稚児行列が渡る
貝の中には貝姫が座り、華を添える
左端 二代目義一
(写真クリックで拡大表示)
昭和46年(1971) 風化による落石事故により、江の島岩屋洞窟が閉鎖され、岩屋に祀られていた裸弁財天は江の島神社 辺津宮へ移される
<絵葉書に残された岩屋入り口>
 
    昭和51年
三代目 義雄へ
義一没後、義雄が三代目となる

世界の貝の博物館
江の島岩屋の崩落後、先代義一のコレクションであった魚貝類の標本を貝に絞り、世界の貝の博物館として4,500種類の貝の収集に努めた



平成5年(1993)
平成になり 藤沢市が都市計画の一環として、江の島の地区整備が始まる

改修工事により、観光施設として22年振りに江の島岩洞窟が再開する


平成3年 江の島の一連のまちづくり活動として貝のミニ博物館に本腰を入れ、その功績により、藤沢市の「第1回ふじさわ都市デザイン賞」に選らばれる
平成15年(2003) 江の島サムエル・コッキング苑がリニューアルオープンする 平成15年 展望灯台の建替えに伴い、藤沢市が江の島植物園の新名所を募集. 「江の島サムエル・コッキング苑」とネーミングし、採用される
    平成18年 藤沢市商工会議所より優秀店舗とし表彰される
平成19年(2007) 江の島岩屋弁財天開帳の年 辺津の宮の先から岩屋洞窟までを「御岩屋道通り」として命名される 平成19年 御岩屋道通り推進委員会 委員長として、 「御岩屋道通り」の定着へ向けて活動中 
 
辺津宮 中津宮入り口
中津宮境内 奥津宮