スナップU
スナップUについて
スナップU「ピアノの響き」
スナップUについて
もう随分昔の話ですが、会社の社内報に「スナップ」という題で2,3書いた事があります。 そして、「スナップ」という題についてこんな言い訳をしたことを覚えています。
「全く関係のない人が写っているスナップ写真を見ても面白くない。 ところが、どんな写真でも自分に関係があると、いろいろな事が思い出されてとても懐かしい。 これは僕にとって、とても懐かしい、写真に写らなかったスナップだ」
多分、こんな内容であったと思います。今また、こんな事を書いてみようと思った動機の一つは、偶然に、竹山道雄の「あしおと」(*1)というエッセイを読んだのがきっかけです。
その一節
「・・・こんなことを、あなたはもうおぼえていないでしょう。 しかし、わたしはあの光景を、ときどき−−夜眠りに落ちる前ならまだしも、混んだ電車の中に立っているときとか、新聞を読んでいるさいちゅうなどに、ちらとおもい出すのです。
とはいっても、こうした思い出はあまりに断片的だし、人に話して感慨を伝えるよしもなく、ただ自分一人の記憶にしまっているのです。 ・・・・・」
「・・・われわれにとって貴重で忘れがたいけれども、しかし他人に物語るによしない揺曳する心象を、しるしてみようと思いました。・・・」
と、ここまで書いてきて「あしおと」の主題をどうしても書いておきたいのです。
それは、こんな話です。
勤めからの帰り道、家路を歩いていると、ふと背後に子供の足音が聞こえてくる。 軽くスキップして落ち葉を蹴散らしながら・・・。
そのあしおとをきいて、なにか嬉しいような痛いような気持ちで「ああ、うちの娘だな・・」と思う。 きっと気取られないように近寄ってきて、そのうち「わっ」と飛びついてくるのだろう。
わざと気がつかない振りをして驚いてやろう。
しかし、背後の足音はいつまでも近寄ってきません。 そのうちに足音がフッととぎれて、振り返ると、よその小さな女の子が路地を曲がって、すぐ見えなくなりました。・・・・・・・・・・
今の自分には、あの足音ほど心をときめかすものはないな・・・
まとめてしまえば、これだけのお話なのですが、僕には痛いほど作者の気持ちが分かります。
いや、この話は娘を持った父親なら、きっと経験のあることでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
知らなかった振りをして驚いてやろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「本当に気がつかなかった? ワーイ、音を立てちゃったから気付かれちゃったかなと思ったの! 驚かしちゃった!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
それにしても、子供が、期待に胸を膨らませて、そっと近づいてくる時の・・・、そしてそれを待ち受ける父親の・・・そんな、ちょとした家族の微笑ましい心理劇。華奢の少女のスキップする足音、そして落ち葉を踏む音、・・・。
また、別のところで、こんなことも書いています。
「・・・活動している成人の男には、こういうことは絶無です。彼等が生きているのは、がっちりとした鋼鉄の機械のような論理の世界で、役に立たない無駄なものはみな吐き出されてしまいます・・・」と。
でも僕は、しばらくの間、こんな個人的な、淡い心象を追ってみようと思うのです。
行き着く先が分からないままに・・・・・。
スナップU
ピアノの響き
僕は、ピアノの音が好きです。 自分では、もういくら練習しても上手になれるはずもないのですが、子供の時から沢山の名曲や、名演奏を聞いてきたおかげで、ピアノはいつだって心の友です。
でも、いま、音楽の原点のようなピアノの響きを思い出しています。あの戦争の末期(・・・といっても若い人にはピンとこないかもしれません。 今から50数年前の第2次大戦のことです)、我が家は、新橋と洗足池と2手に別れて住んでいました。 両方が、一度に焼け出されることはないだろう、と父は考えていたようでした。
僕は兄、姉と三人で洗足池に住んでいたのですが、ピアノは新橋の方にありました。 ある日、新橋の家に行ったおり、(一週間に一度ぐらい誰かが、食料を運びにいったものです。)久しぶりにピアノの前に座りました。街はすっかり荒れ果てていたし、人の出入りの多い新橋の家もひっそりとしていました。
ピアノのある部屋も調度こそ変わらないものの、全く使われていないので、ピアノにも薄く埃がつもり、どこにも生気が感じられませんでした。以前は、2人の姉もピアノを弾いていたし、兄の友人だった(後の芥川賞作家)堀田善衛さんもここでよくピアノを弾いていました。 戦前のよき時代の賑わいは、汐止サロンとして後に堀田さんの小説「若き日の詩人達の肖像」(*2)に描かれています。
(近頃、セピア色の写真が流行っているそうですが、これは、完全なセピア色の写真の世界かもしれません。)敗色濃厚なこの時期に、大きな音でピアノを弾くなどということはできませんでした。 僕は、ピアノの蓋を開いて、そっとド、ミ、ソ、ドの和音を弾いてみました。
すると、一瞬、よどんでいた空気がふるえ、薄暗くなっていた部屋が、やわらかい光に満たされたように思われたのです。
不思議な経験でした。 もう一度、心を集中して pp で和音を弾いてみる。 ご存知でしょう、音と音が絡み合いビートを起こし、うねりながら吸い込まれるように消えて行くあの美しさを、・・・。僕は、思い付くままに、いろいろなコードを pp で・・・・・・・。 その度に部屋の中の輝きが変わり、色が変化します。 そして最後はすべて夕闇の中に溶け込んでゆきます。
僕はこの時はじめて純粋にピアノの音の美しさに気付いたのでした。 僕は、興奮している自分を感じながら、ピアノの音が大きくならないように最大の注意力を集中して、ppで弾きつづけました。誰にも伝えられないけれど、この感動を忘れないように、・・・・・。
そして、この魔法にかかったような一時が、二度と起こらないかもしれないと思いながらピアノの蓋を閉じたのです。
部屋の中はすっかり薄暗くなって、ピアノの音の消えた室内は、またもとの索漠とした姿に戻っていました。
(*1)
竹山道雄 「あしおと」
これは見つけにくいかもしれません。 僕は、昔子供にプレゼントした
ジュニア文学名作選 「ビルマの竪琴」 竹山道雄
のなかにあったのを読みました。
(*2)
堀田善衛 「若き日の詩人たちの肖像」 新潮社
('97.11)
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