テネシーワルツ
敗戦後まもなく、僕が大学に入った年(昭和23年)の夏に父が脳溢血で急死した。父は戦前、手広く商売をしていたが敗戦で商売の基盤をすっかりなくしていた。 その再建のために随分と苦労したのであろう。
すさまじいインフレの中で。誰かが店を継がなければならなかった。 そして、なりゆきで僕が何の確信もないままに店を継ぐことになった。
あの混乱期に、20そこそこで、モーツァルトやショパンを愛する僕に商売ができる筈もなかった。 そして3年ほどで商売はゆきずまってしまった。 僕は商売を続けるべきか、止めてしまって、技術者としてやっていくべきか思い悩んでいた。
清算したら、ほとんど何も残らないことは分かっていた。 僕は、絶望的な気持ちで街を歩いていた。 当時ヒットしていた江利チエミの「テネシーワルツ」を町角のパチンコ屋のスピーカーが騒々しくがなりたてていた。
数ヶ月の間、散々考えた末に、自分がこの重圧に押しつぶされない内に店を閉じる決心をした。 その後、母や姉に随分苦労をかけてしまったことを思うと胸が痛む。先日、ふとTVのコマーシャルを見ていたら、「テネシーワルツ」が聞こえてきた。 誰が歌っているのだろうか、とてもしっとりとした情感のある、懐かしい歌声だった。 きっと有名な人が歌っているのだろうが、残念ながらクラシックオンチの僕にはわからない。
なんとなく気になって、会社の帰り道、レコード屋を覗いたのだが、クラシックの棚はすぐ分かるけれど、この老人には「テネシーワルツ」が何処にあるのか見当もつかなかった。 店員に聞くのも気恥ずかしく、何時か、偶然の機会にこのCDに出会うかもしれないと思いながら店を出た。昨日、ピアノの上に「ピアノでポップスを」(NHK)という楽譜をみつけた。多分、娘が買ってきたものだろう。 その中にこの曲の連弾用の楽譜があった。
夜中に、弱音ペダルを踏んでそっと弾いてみたが、これは人の声でなければ物足りない。解説の中にこの歌は1965年にテネシー州の州歌になったと書いてあった。失恋の歌が州歌とはいかにもアメリカらしいが、テネシー州を故郷に持つ人々にとって、たしかに懐かしいものになるだろう。
この数十年の間に沢山の流行歌が耳元をかすめていった。 その中でこの歌だけが僕の心に残った。 おそらく、生まれて初めて厳しい現実に直面して、思い迷い、悩んだ時期に聴いたこの歌が記憶に深く残った原因なのだろう。 何故か、僕はこの歌を声を出して歌ったことがない。メロディーは知っているが歌詞を知らないのだ。
偶然見つけた楽譜に歌詞が載っていたので、写しておこう。
・・・ Tennessee Waltz ・・・ I was waltzing with my darlin' to the TENNESSEE WALTZ When an old friend I happened to see Introduced him to my loved one and while they were waltzing My friend stole my sweet-heart from me I remember the night and the TENESSEE WALTZ Now I know just how much I have lost Yes I lost my little darlin' the night they were playing The Beautiful TENNESSEE WALTZ(1993.3)
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