センチメンタル・ドライブ
会社の帰り道、車を運転しながらカセット・ボックスを開けて手に触れたテープをプレーヤーに押し込む。
「今日は何が聞こえてくるかな?」
何時もこんな調子である。
今宵はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲 第3番(K216)が第一楽章の途中から聞こえてきた。 しばらくこの曲を聴いていないな・・・。やがて第二楽章が始まる。ヴァイオリンが時に朗々と、又繊細に歌い出す。 本当に一点の曇もなく、あくまでも澄み切った気品のあるモーツァルトの歌・・・僕はこれを聴いていると何時だって胸にジーンときてしまう。 僕は、この曲が好きなのだ。
道が混んできた。 今年の秋は雨ばかり、今夜は台風の影響で特にひどい。 道路が浸水しているのだろうか、迂回の指示が出ていて細い脇道に次々に曲がって行く。 焦るまい、こんなひどい渋滞のときは、車の中は音楽に耳を傾ける絶好の場所かもしれない。
考えてみると、もう50年以上もモーツァルトを聴いているのだが、その始まりは何時のことだったかな・・・そして全く忘れていたのだが、きらめくような記憶にぶつかる。当時姉が習っていたピアノの先生に勧められて、原智恵子さんのピアノコンサートに兄、2人の姉、僕の4人で日比谷公会堂に行った。 中学1年のころのことだ。
勿論、僕にとって初めてのコンサートであった。 その日のプログラムはもう覚えていないのだが、その中にモーツァルトのイ長調のピアノソナタとショパンの即興幻想曲が入っていた。 ということは多分、ポピュラーなクラシック曲が当日のプログラムだったのだろう。 60年前も今と同じような感覚だったかどうか分からないけれど。
しかし、この2曲が傑作中の傑作であることは今も昔も変わりはない。 とにかく、この2曲が特別に記憶に残ったし、多分、理解できたのであろう。 又、それにもまして原智恵子さんのノーブルで美しい容姿に幻惑されたことも確かである。 僕は1週間ぐらいその雰囲気によっていた。それまでクラシックの音楽をほとんど聴いたことがなかったし、有名な「モーツァルトの「トルコ行進曲」がピアノソナタ(k331)の第三楽章であることも知らなかったのに、いきなり、この曲が僕を捕まえてしまったのだ。
そして、僕が初めて買ったレコードがモーツァルト「ピアノソナタK331」 エドウィン・フイッシャー
ショパン「即興幻想曲・子守り歌」 マルグリット・ロンであった。 このレコードを本当に繰り返し聴いている内にモーツァルトではトルコ行進曲よりも第一楽章の変奏曲に、ショパンでは「子守り歌」に惹き付けられた。 そしてクラシック音楽の中に未知の魅惑的な世界があることを知ったのだった。
僕の記憶の中にある、あの情緒纏綿たるロンの「子守り歌」はよかった。 もう近頃のピアニストは絶対にあんなふうには弾いてくれない。
そういえば、去年の夏の終わりに、娘たちに誘われて黒姫高原に行ったおり、夜、星を眺めながら、スカイメモ(ポータブル赤道儀)で天体写真を写していると、何処かのペンションから団欒の声にまじってイ長調のソナタの変奏曲が聞こえてきた。時々音の間違いが分かるから誰かが弾いているのであろう。 内輪なコンサートのぬくもりと星空が微妙に調和して、心楽しい一時であった。渋滞は何処まで続くのだろう。 あちこちと迂回させられたので、もう何処にいるのか分からない。 ただ前の車の後をつけて走るだけ。 そのうちに見覚えのある道路に出るだろう。
又カセットボックスから、手当たり次第テープを取り出して交換する。
「今度は何かな」
ショパンの「ピアノ協奏曲第一番」
珍しく、頭から始まる。 おかげでオーケストラの長い提示部・・・。 ショパンだったらいきなりピアノで入ってくればよいのに・・・・。たしかこれはアルゲリッチが弾いたものだ。 僕はこの曲は、おおらかに弾いているルビンシュタインのレコードが好きだ。 近頃あまり聞かなくなってしまったが僕の好きな曲だ。 第一楽章を聴いていると、ヨーロッパの桧舞台に出て行く青年の夢と、憧れと、かすかな不安が僕には聞き取れる。
そして第二楽章のロマンツェ、ショパン自身が語っているように「春の夜の月明かりのもとで・・・」。 第三楽章のロンド、ピアニストショパンが自在に活躍する。
もう何も言うことはない。 ここでは20才のショパンの話に耳を傾けよう。僕自身があまり味あわなかったかもしれない青春がここにはある。
やがてショパンは極度に美しいけれど、心の見えない音楽を書き始めるのだが。僕がレコードを集め始めたのは第二次大戦中のことだ。もうその頃には欲しいレコードを手に入れるのが難しくなっていた。 どうしてもショパンの協奏曲が欲しくって、あちこちのレコード店を探し回ったことを覚えている 。
敗戦の年の前年だったか、銀座通りも荒れ果てていた。 十字屋が店仕舞いして、その時倉庫に入れてくれて勝手に捜してくださいとのことだったが目指すレコードはなかった。ショパンの「ピアノ協奏曲No.1,2」を手にしたのは戦後も随分経ってからのことだ。レコードもLPになり、STEREOになっていた。 10年以上も、僕は1枚のレコードもなく過ごしていたのだが、記憶の中の音楽があった。 随分聴き込んでいたから何時でも心の中で沢山の曲を思い浮かべることができた。 ただ長い間に随分変質してしまっているものもあった。 隠れキリシタンの信仰のように・・・・・。
戦後の貧乏暮らしの中で、やっと自作のステレオ・プレーヤーができて、最初に買ったレコードがルビンシュタインの弾いたこのコンチェルトだった。
何時の間にか、雨はすっかり上がって雲間から月が出ている。 しかし、先ほどから車は全く動かない。 赤い尾灯の列がずっと続いている。
今度は車内灯をつけてカセットのタイトルを確かめる余裕がある。
シューベルトの「即興曲集」がある。 何故か僕はいつもこれを積んでいる。そして、いつか、何処かの海辺で、落日に一面に金色に輝く海を見ながらOp90−4を聴いてみたいのだ。 この曲と風景の間にどんな関係があるのか自分でも分からないのだが、シューベルトの曲の中に僕の心に近いものを感じるのだ。ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」たしかポリーニが弾いている。 ブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」もある。 これはズーカーマンの弾いたもの、一時、僕はこの曲も、演奏もとても好きだった。
モーツァルト「ピアノ協奏曲K271」、僕の永遠のモーツァルトの中の一つ、この曲のテープは沢山あるから誰が弾いているか分からない。 「弦楽四重奏曲 ニ短調K421」もある。 以前、東京クワルテットがこの曲の第三楽章のメヌエットのなかのトリオを弾いているのを聴いたことがある。
あのテープは何処に行ってしまったのだろう。 胸に匕首を突き付けられたような、鋭い切れ味。 あれは感動した・・・というより精神的ショックであった。 岩本真理さんの魂にふれたような演奏であった。結局、モーツァルトの「クラリネット協奏曲」を取り出してプレーヤーに押し込む。 これも久しぶりだ。 モーツァルトやショパンの青春の音楽を聴いた後ではこれがよい。 僕は、本当に、この曲が限りなく好きだ。そして自分の下手な文章でその思いを書きたいと思い始めてもう10年にもなるだろう。 しかし、全く手も足も出ない。
第二楽章のアダージョを聴いていると
「晩秋の午後の日だまりの孤独」
と、口を衝いてそんな言葉が出てくる。 そして孤独という言葉がいかにも陳腐に聞こえる。 モーツァルトがコンスタンツぇに宛てた、あの有名な手紙の一節が一番よく説明してくれるのだろうか。
「一種の空虚・・・それが僕には辛いのだ。 一種のあこがれ・・・それは決して満たされず、したがって止むこともなく、たえず続いていて、いや、日に日に嵩じてくる。 ・・・・・」そんな心境のときに書かれた曲である。 ト短調の交響曲を書いたすぐ後に「ジュピター」を書き、ニ短調のコンチェルトの次にハ長調のコンチェルトを作曲したモーツァルト。そして注文があればセレナーデでもメヌエットでもなんでも書いたモーツァルト。 だから曲想と心境とは全く別物だと知りながら、ここまでくると区別があやしくなる。 ある日、自分の心象風景をクラリネットに託して語ったのだとしたら・・・・・僕にはそのように思えるのだ。 本当に、これは音楽なのだろうか。協奏曲がでてくると、どうしても「クラリネット五重奏曲」を思い浮かべてしまう。 こちらの方は、妙な言い方だが、はるかに音楽として作曲されている。 1,2楽章のハッと息を呑むようなフレーズがすぐに心に浮かんでくる。 そして終楽章の変奏曲、この曲も限りなく好きな曲だ。 ただこちらには余裕がある。 協奏曲になるとクラリネットの柔らかい音色にもかかわらず何か切迫した、深淵を覗くような気持ちにさせられる。 この協奏曲は1971年10月に作曲され、その年の12月5日モーツァルトは死んだ。
会社を出てもう2時間半もたっている。 いくつかの十字路をやっと抜けて、少し流れがよくなってきた。 気がついてみると、何時もの道を走っている。 やがて渋滞は終わるだろう。
駐車場に車を入れてスイッチを切る。 フッと緊張が解ける。 この曲を聴きながら、悪路を走る二重の緊張ですっかり疲れてしまった。選曲を間違えたな、こんな重い曲だということをつい忘れてしまっていた。 しかし、異次元から又帰ってきたのだ。 センチメンタル・ドライブは何時かは終わることになっている。
ドアを閉めて、空を見上げると月のまわりで雲が激しく動いている。「おやすみなさい、モーツァルト」
('91.12)
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