イギリス旅行ー3−
第3日目
バイブリー
コッツウォルド_ウール工場
ケルムスコット・マナー
ホワイト_ホースの丘
さよなら_コッツウォルズ
3日目はこの旅行のハイライト。 相変わらずドンヨリ曇っているけどイギリス名物のボリューム朝食をすっかり平らげて、元気に出発。
かのウイリアム・モリスがイギリスで最も美しい村と讃えた村。来たかった所。
緑の谷の間でひっそり息をしているような、小さな村。 真ん中にコーン川がながれて、静かに静かに。 一つだけあるホテル_ザ・スワン。 1650年からずっと。
アーリントン・ロウは 14世紀に建てられた羊小屋。 17世紀に織物職人が住むために屋根がついて、今も人が住んでいる。 おとぎ話に出てくるような家並みに向かって歩いて行くと、奥へ行くほど絵本の中に入り込んで行く。
はちみつ色の壁には、夕焼けの残り色のサーモンピンクの蔓バラ。 小川にかかる木の橋は、光の粒とうす黄緑の葉のまざった場所へ案内している。
夢のような場所。
昔から来たかった所だから。
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やっぱりここは、ウールの本場。機織り機械が実際、働いているところも見せてくれるというコッツウォルド・ウール工場へ。なんかいいもの見つかるかな?
誰もいない小さな工場に勝手に入り込んでは見たものの、雑然としていて何が何だか分からず、ただ一つだけ一心不乱に機械が機を織っていた。
工場の隣に小さなお店。ここで織られた生地でストール、コート、スーツ、帽子etc. デザインはちょっと古いかな。 でも、色はなかなか。 コッツウォルズの自然の色かな。 お値段は安いです。
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あー、ここも、こここそが来たかった所。なんていい旅行なんだ。ありがとう、ダンナ君。
ここは19世紀後半に活躍したテキスタイル・デザイナー、ウイリアム・モリスが別荘として使っていた屋敷。4月ー9月の水曜と第3土曜、午後2時から5時までしか開いていない。それに合わせてのコッツウォルズ巡りだったわけですが。
ケルムスコット自体は本当に小さな集落。この村の終点に屋敷がありました。2時にはまだ少し間があるので、ちょっと周辺を散歩しようとしたら、係りの人が私達に気がついて、時間まで屋敷の周りを一周、案内してくれた。
とてもこの屋敷に愛着があるようで勝手に、ここで写真を撮りましょう、この屋敷は築500年、この木も屋敷と同じ歳、あの人はモリスの孫だよ(冗談) etc.
庭先にはテムズ川からの支流が流れ、彼はロンドンの仕事場から仲間と一緒に、船でやってきてここで週末を過ごしたそうです。
時間になると、数人のお客さんが玄関に集まり中に招き入れられました。 各部屋には、案内の人が待っていて、質問するとなんでも答えてくれるようです。
家の中は、彼が暮らしていた当時のようにインテリアが残されています。 つまり、彼のデザインした壁紙、ソファのファブリック、ベッドカバー(これに施されている刺繍は奥さんの手による)。
図柄はかなり大きく大胆で、これをインテリアファブリックとして使ったら、いったいどれだけうるさい部屋になることだろう、とまえから「?}と思っていました。 しかし、百聞は一見にしかず。 部屋には窓があったんです。 当然! その窓から見える風景とこの大きな図柄は、とてもよくあっていたんです。 窓の外はとにかく、緑と空の色のみ。 とても単純。 大きく納得しました。
ところで、ウイリアム・モリスは日本でもかなり取り上げられている人物だし、ファンも多いのは知っていましたが、まさか週一回しか開かれないこの屋敷で日本人に会うとは思わなかった。 40代の御夫婦で奥さんはかなり熱心なファンのようで、たくさん質問をしていました。
私はデザインに興味あるものの、彼自身にはほとんど興味がないので、その奥さんの話に聞き耳を立てさせてもらいました。
見学を終わって4時近く。 またお昼ご飯を食べ損ねている私達は、この屋敷の隣でおばさんたちがやっている喫茶室でまたスコーンを食べました。 この喫茶室といい、各部屋にいた説明の人といい、とても素人っぽくって村の人が総出でこの日に屋敷を開けに来ているような感じがとても素朴で、みんなウイリアム・モリスが好きなんだ、という印象を受けました。 ま、貴重な観光資源なわけですが。
充分この場所の空気を吸って、満足してここを後にしました。
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今度は、ダンナ君のリクエスト。 鉄器時代の人が、緑の丘の斜面の草を刈り取って馬の柄になるように下の白亜層を浮かび上がらせたもの。
車を止めて、なだらかな丘を登って行くこと何分だろう、上にあがってゆくにつれ、眼下に広がって、今まで通ってきた村が箱庭のような土地の中にかたまってあちらこちらに点在するのが見える。
頂上まで登ると、その足元から馬の絵が始まっている。 ダンナ君はここがこの旅行中、一番気に入った場所だと帰ってきてからもずっと言っているとおり、物凄い強風のなか、立ち続けていた。 古代人と交信していたんだろうか?
この丘を下りる頃はもういい加減疲れ果て、空腹も限界近くなって、とにかくどこでもいい、最初に目についたその名もホワイト_ホースという宿になだれ込みました。
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翌朝、ロンドンにむけて出発。M4に乗るとあっという間に、緑の原が後ろに去って行く。 また来ることができるかな?
でも、ちょっと皮肉なことに・・・・・・・、少しロシアの森と野原が懐かしくなっていたのです。
コッツウォルズは隅から隅まで、少しの隙もなく本当に、まったくすべて、人の手が入っていたのです。 一見、昔から自然にそこに生えていたように見える木も、結局は人が意図して抜かなかった、ということ。
人工的な美しさと、その隙の無さに、なにか逃げ道を全て塞がれてしまったような息苦しさを感じてしまったのです。
それは、人が自然はこうあるべき、こうでなくてはいけないと決め、あなたもここに、このように納まりなさいといっているような感じです。
帰りの飛行機から見たロシアの森は、あまりに広くて手のつけようがなく、好きに生きなさい、と言っているように聞こえ、たくましく、大きく包み込むような力を感じたのです。
(終り)
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(スベトラーナ)
('98.07)
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