更新2004.9.5 更新2002.10 更新2000.09 たいぞーの自己紹介 スヴェトラーナの自己紹介 ユーリーの紹介 タチヤナの自己紹介
更新2004.9.5
昨年6月以来、女房の病気や僕の体調不良が重なって、約1年2ヶ月ほどホームページの更新ができませんでした。 やっと元気を取り戻したのでまたホームページ「Sentimental Journey」を続けます。 従来どうりのご愛読をお願いいたします。
(たいぞー)
(2004.8.20)
更新2002.10
今回「So-net」のホームページが[u-page]から[u-page+]に変わりそれに伴って、このホームページも多少の変更を行ないました。 今まで容量の関係で古い記事を一部削除していましたが、今度はメモリー容量が大幅に増えたので削除したものも復活させました。 今後ともご愛読のほどお願いいたします。
(たいぞー)
(2002.10)
更新2000.09
このホームページは1999.08にたいぞーとモスクワ在住のスヴェトラーナ・ユーリー夫妻で始めました。 1999.07にスベトラーナ・ユーリーが帰国、ユーリーはその後もロシア出張が多いのですが、多忙でなかなか原稿が来ません。 スベトラーナは1999.09男子出産、もう歩き始めて目が離せない状態。
今度、ユーリーのモスクワの友人タチヤナ・ウリヤーン夫妻がモスクワ情報を書いてくださることになりました。 お二人ともロシア語が堪能で行動的な方です。 「ロシアからの手紙U」として掲載します。
(たいぞー)
(2000.09)
[最初へ]
たいぞーの自己紹介
今年(’97)70才、3年ほど前に体を悪くして、あまり無理がききません。
が、パソコンなら力もいらないし、インターネットなら世界中ヴァーチャル旅行ができます。
以前は車に望遠鏡を積んで山奥へ星を見に出かけたものですが・・・・・。
それで、近頃は、インターネットで世界中のAstro Siteをまわって、面白そうなニュースを探しています。 昨年から今年の春にかけては、もっぱらヘール・ボップ彗星を追っていました。
「センチメンタル・ジャーニー」は70年を振り返って、ふと心に残ったかすかな思いを書きとめてみました。
新作も、昔書いたものも入れる予定です。
娘のペンネームはスヴェトラーナだそうで,これはロシアの女性の名前で明るいという意味だそうです。 それでは日本名と全く同じ。 何処の国でも同じような発想で名前をつけるのでしょうか。
('97.8)
[最初へ]
スヴェトラーナの自己紹介
はじめまして、「ロシアからの手紙」のスヴェトラーナです。 ひよんなことからロシアに住むことになって、モスクワ在住やっと1年の新米主婦です。
今度、父がホームページを開くといい、暇な私にも書けというので、何か少しずつモスクワのことをお知らせしたいと思います。
現在ロシアと呼ばれているこの国は、ご存知のように、かつてソビエト社会主義共和国連邦といいましたが、ソ連っていう響きって、何かこう灰色っぽいというか、秘密のヴェールというか、あやしーいイメージがありません?
大抵の人がそうだと思いますけど。 初めロシアって聞いたときは「チェルノブイリの、あのロシア?」と思い切り引いてました。
でも、一方ロシアっていう響きは何かこうロマンチックで、冬が長く寒く厳しいと言われても、白銀の世界の美しさ、自然の豊かさを連想してしまいます。(そういうのは私だけか・・・・・・)
でもでも、やっぱり日本で聞くこの国のニュースは以前は極度の物不足、その少ないものを求めるための長い長い行列。今は経済の混乱、治安の悪化。
でもでもでも、ソ連ではなくロシア。 勝手な思い込みと、極端に偏った知識と、大きな不安と、新しい生活への同じくらい大きな期待で、頭の中は飽和状態をとおり越して結局真っ白。
’96年7月、モスクワで暮らすためセレメチボ2国際空港に降り立ちました。 まずここで”東側”を実感。 いくらソ連が崩壊しても、そんな短期間の内に共産主義カラーが消えるわけもなく・・・・・・。 華美でないこと、質実剛健、労働者の国。 くらい、汚い、非効率的。 パスコントロールのお姉さんたちの愛想のなさといったら、ほとんど怒っているよう。 それに比べて成田空港ってパラダイス。
迎えに来てもらった車に乗ってイザ!我家へ!! 車の窓の外は、白樺林と草原が広がり、道はまっすぐつづき、空が地平線までのび、湿度が低いので、風は軽く。何とも美しい。気持ちいい!!
セレメチボがソ連を象徴しているとすると、この大地はロシアの象徴かな?
('97.8)
[最初へ]
ユーリーの紹介
初の海外赴任の直前、ぎりぎりセーフで結婚が出来たとてもラッキーな男。
なぜ彼はこんな地の果てに飛んできたのか?
単純です。明けても暮れても大学受験勉強に追われていた出口の見えない18の秋、彼は見てしまったんです。テレビを。原野のなかを7日7晩走り続けるシベリア鉄道とその大地を。
「これだ!」
彼は出口へ通じる光を見たのでした。それからは、ロシア語学科を目指して一直線。現在に至る。しかし、時々彼の頭の中をよぎるのは「あの時イタリアの特集番組を見ていれば・・・・・・」でも、私は思うのです。その時、砂漠の番組をやってなくて良かったと。
こんな感じで見知らぬ地への興味がつきないようで、ヨルダン・シリアなんて所にもいったことがある。きっとそのうち、彼の地の話も聞かせてくれることでしょう。
(スベトラーナ)
('97.9)
ユーリーは「ロシアからの手紙」を、スベトラーナと分担して書いてくれます。 彼は語学に通じているので、一般の旅行者には分からない、一歩踏み込んだ話が聞けるでしょう。
(たいぞー)
('97.9)
タチヤナの自己紹介
みなさま、はじめまして。スヴェトラーナさんとユーリーさんの友人、タチヤナと申します。 夫のウリヤーンと、95年の8月末からのモスクワ暮らしです(ウリヤーンは半年早く、95年の3月末 から来ています)。
スヴェトラーナさん&ユーリーさんが帰国後も、しつこくモスクワに残っています。 なぜ、モスクワに住んでいるのか? それはひとえに、ウリヤーンの仕事によるものです。
長くて5年かな〜、と思って来ましたが、かれこれ6年目に突入。すでに”暖かい目”でこの国を 見ることは難しくなっていますが、そこはその、なるべく旅情をそこねないよう、寛大にご紹介 したいと思います。
(タチヤナ)
('00.09)
[HomePage] [最初へ]