『今日はボロジノの日(1)』
毎年、9月の第1日曜日は、『モスクワの日』。なぜ、この日がモスクワの日になったのでしょう? モスクワの創始者、ユーリー・ドルゴルーキー公(この人の像は、トヴェルスカヤ通りの市庁舎の 前にでんと建っています)が、モスクワ市の創立年とされる1157年のこの時期に町を制定したから、 ではありません。そもそも、『モスクワの日』などというものができたのは、歴史が浅く、1990年のことです。
昔、ロシアでは、8月が終わると収穫も終わり、農村では(ロシアという国は、国のほとんどが農村でした) 収穫を祝う祭りが開かれました。『モスクワの日』が9月の初めに決められたのも、その慣習に由来します。 なので、モスクワだけでなく、ロシアの古い町や村は、やはり9月の初めを町の日や村の日にしている ところがあります。その他にも、9月は学生にとっては新学期の始まりですし、短い夏が終わって、 さあこれから長い冬に向けてがんばりましょう、という意味もあります。
なかなか、本題の『ボロジノの日』にたどり着きませんが、もうすぐです。
9月の第1日曜日は、『ボロジノの日』でもあるのです。と申しましても、ボロジノとはいったいどこ??? ということになりますが、ボロジノは、モスクワ市から西へ約120km、クトゥーゾフ大通りをまっすぐまっすぐ進みます。 車で約1時間半。電車だとべラルースキー駅からボロジノ駅まで約2時間ですが、ボロジノ村の最大かつ唯一の見所であるボロジノ平原へは、鉄道の駅から徒歩だと40分はかかりますので、車で行かれることをお勧めします(行きたくなるようなところなのかどうなのかはまた別として)。
なぜ9月の第1日曜日が『ボロジノの日』になったのか? それは、農村の収穫とは何の関係もありません。
ボロジノというのは、歴史上、2度の”大祖国戦争”(祖国を守る戦争という意味です)の舞台となりました。 1度目は、1812年、ナポレオン率いるフランス軍との戦い、2度目は、1941年、ナチス・ドイツ軍との戦いです。
1812年、旧暦の8月26日(新暦の9月7日)、クトゥーゾフ将軍率いるロシア軍は、フランス軍と約15時間闘った後、後退戦術を取り、モスクワへ、それから南東のリャザンへ退却しました。その1週間後、ナポレオンはモスクワのクレムリンへ入場しました。
ロシア側は、モスクワの町を焼き払い、居座ったフランス軍は、やがて冬になり、何もないモスクワで、飢えと寒さのため退却を余儀なくされました。こうして、ロシアがねばり勝ちを収めたわけです。『ボロジノの日』は、このナポレオンとの合戦の日に由来します。 クトゥーゾフ将軍の取った後退戦術は、戦術というより、結果としてそうなっちゃった、というものです(だと思います)が、クトゥーゾフ将軍は当時から民衆にとても人気があって、このお話、ロシアの学校の歴史では、必ず、関が原の合戦のように詳しく教わります。そんなわけで、ボロジノは、子供にも大人にもなじみのある地名です。
さて、9月3日、日曜日、年に一度の『ボロジノの日』を見るために、タチヤナは友人のダーシャと”ボロジノ日帰りバスツアー”に参加しました。ちらっと聞いたところ、この日は、ナポレオン戦争当時の扮装でパレードが行われるということです。ツアー料金は一人190ルーブル(日本円で約420円。09/’00現在)、往復のバス代とガイド代が含まれます。出発は午前8時。帰りのモスクワ到着予定時刻は当日になってもわかりません。今日はどうやら現地を 午後4時半に出発するらしいので、ということは到着は? 帰路は道路が混んでいるので、たぶん7時か8時か・・・になるようです。昼食は各自持参。それでは出発。
ガイドさん(ロシア語です)は、バスが走り出した途端、今走っている通りの名前の由来、地域の歴史、両側に見える 教会や歴史的建物、またあまり歴史的に意味のない(と思われる)建造物に至るまで、懇切丁寧な説明を始めます。
バスはクトゥーゾフ大通りに入りました。この通りは、もちろん、本日の主役、ボロジノの英雄、クトゥーゾフ将軍に由来します。この路がボロジノに続いているからです。 市内を出て、郊外の町に入り、両側の景色は白樺の林ばかりとなりました。 ガイドのお話は、ボロジノの合戦前夜、そして合戦風景へとよどみなく続きます。これはまるで講義。 そして講義とは眠くなるもの。タチヤナもうつ〜らうつら。
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はっ、と目を覚ましますと、バスは停まり、トイレ休憩でした(写真1)。トイレはどこかな。林の中です。大空の下、気持ちい〜い、わけもなく、タチヤナは我慢。
10時頃、目指すボロジノ村に入りました。見たところ、よくあるロシアの村、そして、これがかの平原なのでしょう。 のっぱらがありました。 と、どこからこのように集まってきたのでしょうか。乗用車やバス、そして歩いている人、人、人。 われわれのバスは、やっと『ボロジノ博物館』そばの駐車場へと到着しました。
ここへ来てわかったのですが、今日は1日フリータイムのようです。博物館くらい一緒に入って、ガイドさんの説明を聞くのかな、と思っていましたが、博物館へは入りたい人が勝手に入ってください、ということでした。当然、入場券は自分で買うのです。集合は午後4時半。12時から、野原のちょっとした丘になっているところで、記念式典があるようです。では解散。
バスを降りますと、広場には出店だの軍楽隊だの(写真2)。あちこちに、すでに扮装した人々がいて、タチヤナは興奮! 記念式典までには時間があります。他に見るところもないので、『ボロジノ博物館』に入りました(写真2の楽団の後ろに写っている建物です)。
この博物館は、全館まるごと”ナポレオン戦争博物館”といえるもので、兵器や軍服の陳列、主な軍人の肖像画、合戦の様子を描いた絵画、合戦風景の模型、地形図などなど。タチヤナがぼんやりながめていますと、「さあ、みんな集まって!聴いて!」という厳しい声が。学校の先生が、模型を使ってこどもたちに説明を始めました。
タチヤナも耳を傾けます。そうか、こうやって闘ったのね。初めて合戦の輪郭がつかめました。バスの中のガイドさんの説明は、耳に残ってませんでしたので。
(以下次回)('00.09)
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