
狐の出てくる話
狐の登場する主な話を集めてみました。なぜキツネかって?いろいろ動物の出てくるお話はたくさんありますが、その動物の中で圧倒的に多いのが狐なのです。西洋の話もありますが、多くは日本の話です。どうして日本人は狐が好きなのでしょう。(ちなみに今もうちの息子が好きな「快傑ゾロリ」なんてベストセラーもあったりします)
日本編
狂言
- 釣狐
一族の狐が次々と猟師にとらえられ、今や我が身もねらわれている老狐が、猟師の伯父である白蔵主という僧に化けて、猟師の家を訪れる。白蔵主は妖狐玉藻前の伝説を語り、狐の執念の恐ろしさを強調し、猟師に狐釣りのための罠をすてさせることに成功する。喜んだ白蔵主は鼻歌まじりに帰る途中、先刻猟師に捨てさせた罠を発見する。罠には大好物の若ねずみの油揚げが餌としてついている。少しちょっかいを出すが飛びついて食いたい衝動を抑え、化身の扮装を脱いで身軽になってから食おうとその場を立ち去る。(中入り)一方、伯父の白蔵主のようすに不審を覚えた猟師は、罠の餌につついたあとがあるのをみて狐の仕業とわかり、罠をかけ直して待機する。やがて正体を現した老狐がやってきて、餌をつつき回すうちに罠にかかるが、必死にはずして逃走する。二場から成り、前ジテは狐のぬいぐるみの上に僧衣をまとっている。後ジテはそれを脱いだ狐の姿で演じる。前ジテは登場してから中入りまで緊張感の連続で、上半身をかがめて極度に腰を入れ、終始、獣足という特殊な足の運びで演技をする。発声も高くとる。技術的、精神的に極度の集中力を要求され、大蔵流では極重習、和泉流では大習として重んじている。狂言師の修業の総仕上げの意味を持ち、これを演じることで一人前の狂言師となる重要な曲。
- 佐渡狐
佐渡の百姓と越後の百姓とが佐渡に狐がいるかいないかで論争する。
- 狐塚
狐塚の田へ鳥追いに行かされた太郎冠者と次郎冠者は鳴子を引いて鳥を追う。酒を持ってねぎらいに来た主を、狐が化けて出たのかと思いこんだ二人は、松葉を炊いていぶし、いやがるからには狐にちがいないと主を縛って帰る。佐渡狐と狐塚は釣狐と違って狐そのものが登場するわけではない。
能
- 小鍛冶
刀匠三条の宗近の前に稲荷明神の使いである狐が現れ、帝に捧げる霊剣を打つのを手伝う。詳しくは謡曲あれこれの「小鍛冶」を参照されたし。
- 殺生石
宮中で美女玉藻前と変じて帝に取り入ろうとして失敗した天竺渡りの妖狐は那須の野で退治された。しかし尚も執心は残って石となり旅人を殺していた。そこに玄翁という僧が通りかかり、見事成仏させる。前半は美女の形で現れ、後半はまっぷたつに割れた石の中から正体を見せる。玉藻前物語の後日談。
歌舞伎、文楽
- 本朝廿四孝〜奥庭の段
筋は複雑でとても書けないが、上杉武田抗争を中心に、中国の故事を利用した全五段の浄瑠璃。その四段目。八重垣姫というお姫様が諏訪明神の神体である兜を身につけ、明神の使いの狐に助けられ凍った諏訪湖を渡る。小鍛冶と同様の狐観。
- 義経千本桜〜河連法眼館の段
いわゆる狐忠信の話
竹田出雲、並木千柳、三好松洛合作。延亨4年(1747年)。翌年歌舞伎になる。その四段目の後半部分。
義経がその愛人静に預けた初音の鼓は、宮廷の宝物で、年齢千歳の雌雄の狐の皮で作られた物。さて義経は兄頼朝と対立し今は追われる身。吉野山の僧兵の頭領河連法眼にかくまわれている。そこへ奥州から家来である佐藤忠信が訪ねてくる。義経は伏見稲荷の鳥居前で預けた静と初音の鼓はどうしたと聞くが、忠信は全く知らない。そこへ静ともうひとりの忠信が到着する。不思議に思った義経は静にその忠信の正体を探るように命じる。これが実は初音の鼓の皮になった狐の子だった。親を思う一心で鼓を持つ静についてきていたのである。その孝行心に感動した義経は源九郎という名とともに鼓を狐の子に与える。
人間以上に人間らしい、理想的な親子の愛情のきずなが、狐という動物によって示される。義経は狐の境涯に自分の境涯を重ねる。狐が親を亡くしたように義経の父親である源義朝も義経が小さいころにだまし討ちにあって殺されてしまい、親孝行することもできなかった。せめてその代わりにと、兄頼朝を親代わりに身を粉にして働いたが、結局頼朝にそねまれ、あらぬ疑いから追われる身となってここに至ったのである。狐はこうして孝行しているというのに我が身はどうなのか。なぜ兄といがみあわなくてはならないのか。源九郎キツネという名前は義経の名前(九郎判官義経)の一部をあたえたのだ。すなわち狐を自己の分身ととらえているのである。
狐忠信を演じる役者は狐にみえなくてはならない。狐言葉といって語尾をのばした独特の言い方、衣装、仕掛けがある。なぜ狐なのかというと、もちろん狐が人に化ける存在であるからということもあるが、なによりも狐という動物がたいへんに親子が中むつまじいという事実が昔から知られていたからである。そうして懸命に育てた後、ある時期がくると母親が子どもを噛んで追い出す「子別れ」の儀式は有名である。これは狐からみれば単に次の妊娠にそなえて邪魔者を追い出すだけのことなのだが、人間からみるとこれが非常に哀れ深くみえたのであろう。それほどに親子の絆が強いのかと錯覚したのも無理からぬことである。
説話、物語など
- 日本霊異記(狐為妻令生子縁)
巻上の2。いわゆる異類婚姻譚。美濃の国の男が女を求めて歩いていると自分から妻にしてくれと美女が出現する。そこでいっしょに暮らし始めて男の子をなす。しかしあるとき犬にほえられ、妻は正体を現す。狐だったのだ。妻はそのまま去ってゆく。残された男の子はとても力が強く、走るのも速かった。
- 今昔物語
- 利仁ノ将軍、若キ時京ヨリ敦賀ヘ五位ヲヰテ行キシ語(26-17)
- 狐、大杉ノ木ニ変ジテ射殺サレシ語(27-37)
- 狐、女ノ形ニ変ジテ播磨安高ニアヒシ語(27-38)
- 狐、人ノ妻ノ形ニ変ジテ家ニ来シ語(27-39)
出かけていた妻が帰宅してほどなく全く同じ姿形のもう一人の妻が帰宅し、夫はびっくりぎょうてんする。どちらかが狐にちがいないと太刀を抜いて後から来たほうに斬りかかると、「どうしてわたしを殺そうとするの」といって泣く。それでは前のほうかとそちらへゆけば同じように泣きまどう。
「とかく騒ぐ程に、なほ前に入り来たりつる妻の怪しくおぼえければ、それを捕らへて居たる程に、其の妻、あさましく臭き尿をさとはせかけたりければ、夫、臭さに耐へずして、うち免したりける際に、その妻、忽ちに狐になりて、戸の開きたりけるより大路に走りいでて、こうこうと鳴きて逃げいにけり。」
今昔物語には狐が女に化けて男をたぶらかすという筋が多い。
- 狐、人ニツキ、トラレタル玉ヲ乞ヒ返シテ、恩ヲ報ゼシ語(27-40)
- 高陽川ノ狐、女ト変ジテ馬ノ尻ニ乗リシ語(27-41)
- 古今著聞集
- 大納言泰通、狐狩を催さんとするに、老狐夢枕に立つ事(巻17)
- 承平の比、狐数百頭東大寺の大仏を礼拝の事(巻20)
- 或る男、朱雀大路にて女狐の化したる美女にて遇ひて契る事(巻20)
- 説経節(信田妻)
「信太妻」とも言う。これも伝統的な狐が化けて人の妻になる話だが、生まれた子供は後に安部晴明という超有名な陰陽師となった。狐である母と子が別れる場面で母が詠む歌がたいへんに人口に膾炙している。
「恋しくば尋ね来て見よわが宿は信太の森のうらみ葛の葉」
- たまものさうし
絵巻物。能「殺生石」の前の話。天竺〜中国と渡って日本にきた妖狐が玉藻前という絶世の美女に化けて鳥羽上皇に取り入る。
- お伽草子(木幡狐)
やはり狐のお姫様が人間の貴族の御曹司をみそめてその妻になる話。子供を設けるが犬を献上されて逃げ出し、どういうわけか尼になって山にこもってしまう。しっとりした文章と絵でなかなか雰囲気がある。王朝物語のパロディとしても読むことができる。
- 黄表紙(扨化狐通人)
黄表紙とは江戸時代後期に流行した大人の絵本。絵がメインで絵の中にせりふや地の文が書かれている。このタイトルは「さてもばけたりきつねのつうじん」と読むらしい。伊庭可笑作、鳥居清長画。安永9年(1780年)刊。もともと黄表紙は風刺、パロディをその目的としている。この作品も登場人物は全員狐か狐が化けた人間になっていて、当時の江戸の町の様子(とくに吉原、芝居小屋などの遊び場所)が細かに描かれている。ただし読んでおもしろがるには相当な知識が必要かも。黄表紙についてはこちらのサイトが詳しい。
俳諧
狐の句というと蕪村のがすぐに頭に浮かぶ。
蕪村句集より
公達に狐化けたり宵の春
狐火やいづこ河内の麦畠
小狐の何にむせけむ小萩はら
蘭夕狐のくれし奇楠をたかむ
石を打狐守夜のきぬた哉
狐火や髑髏に雨のたまる夜に
草枯て狐の飛脚通りけり
狐火の燃えつくばかり枯尾花
麦秋や狐のゝかぬ小百姓
蕪村遺稿より
春の夜や狐の誘ふうへわらは上童
短夜や金も落とさぬ狐つき
飯盗む狐追ひうつ麦の秋
きつね火や五助新田の麦の雨
巫女に狐恋する夜寒かな
まんじゆさげ蘭に類ひて狐啼
水仙に狐あそぶや宵月夜
海外編
イソップ寓話
「ずるがしこい」という狐に対するイメージが決定された。
- 狐と葡萄
手が届かない葡萄に対してあれはまだ熟れてないと負け惜しみを言う狐。the fox and the grapesという諺のでどころ。
- カラスと狐
肉をくわえたカラスをおだてて歌わせ、まんまと肉をちょうだいする。
- 老いたライオンと狐
ライオンの意図を察する頭のいい存在
狐物語
1184年ごろ、日本では平家全盛の頃だが、フランスで狐を主人公とする動物叙事詩が制作され、爆発的な人気を得た。この狐がルナールと言う名で、あまりの人気にルナールと言えば狐、狐といえばルナールということになり、もともとの狐を意味する名詞グーピの方は次第に影が薄くなって17世紀にはルナールという固有名詞がついに狐を表す普通名詞になった。
狐物語はひとつの作品ではない。長短いくつものルナールを主人公とする話が長い間にわたってかきつがれ、それらの作品群全体約30編を現在狐物語と呼んでいるのである。一行8音節の韻文でつづられている。原文はこちらを参照。
したがって作者も一人ではない。無名の複数の書き手による。ただし、いくつかの話は書いた人の名前がわかっている。最初におおもとの狐物語の口火を切る作品を書いたのはピエール・ド・サン=クルーという人物である。だが名前だけはわかっているが、どこでいつ生まれたのか、どういう人物だったのかはいっさい不明である。
それではこれからそのうちのいくつかの詩編を紹介しよう。
「しっぽでの釣り」
世界中に広まっている民話のモチーフ。釣りをする動物は違うが大筋は同じ。
「ルナールと烏のティエスラン」
有名なイソップ寓話の「烏と狐」の話を下敷きにしたもの。ラフォンテーヌもとりあげている。
「ルナールと魚屋」
死んだふりをするという狐の習性を使った話。
「ルナールと狼のエルサン」
いままでの話と違って、これはフランス中世の艶笑話のパロディである。フランスにはコキュ(cocu)という妻を寝取られた夫の物語が多い。これはその一つで、ルナールはここでは好色なオス、性欲の権化として描かれる。相手の狼エルサンにしても動物らしさは後退し、不貞を働く妻そのものといってもいい行動をみせる。このある意味でポルノ的描写がこの「狐物語」が爆発的に読まれた理由の一つである。この不倫が原因となって話はルナールの裁判に発展する。
「ルナールの裁判」
寝取られ夫の狼のイザングランが王にルナールを訴える。ここではかなり詳細に告訴、裁判の過程が描かれ、作者が法律の知識を持っていること、また裁判自体が当時人々に人気があり、面白がられたということがわかる。
以上みたようにこの物語群においては狐はひとことでいえば超悪役として描かれている。
彼は本能のおもむくままに行動する。とくに食欲、性欲には大変どん欲で、そのためにはうらぎり、だまし、詐欺、不倫なんでもありだ。ふつうはここまで悪いと成敗されそうなものであるが、裁判で絞首刑の判決が出たにもかかわらず、ルナールは死なない。ルナールが死んでは物語が終わってしまうからでもあるが、狐が文字通り「死んだふり」をして人をかつぐようにルナールは三度死んだとされるが実際には生きている。最初は壮大な追悼の儀式が行われるが、埋葬の土がかけられる寸前に生き返る。二度目は墓穴の中で烏につつかれるが、逆襲する。三度目はまったく健在にもかかわらず、国王の使者の口から「ルナールは死んだ」と国王に伝えさせる。ここには魚屋の話にもみられた「死んだふりをする狐」のテーマが背景にある。てっきり死んだとおもっていた狐が生き返るという経験をしたため、狐は死んだまねをするずるがしこい動物という考えが浸透していたのである。
千一夜物語
狼と狐の確執は有名であり、千一夜物語のなかでも狐が狼を罠にはめてさんざん口を極めてののしったあと、殺させてしまう話がある。また、「烏と狐」も筋立ては違っているが、ここで語られている。イソップ物語ではまんまと烏をだます狐もここでは老いぼれていて烏に逃げられてしまうのだ。(マルドリュス版第149夜〜150夜)
うさぎどんときつねどん
狐はアメリカの作家ジョエル・チャンドラー・ハリスの書いたアフロアメリカンの民話コレクションの中にも登場する。ハリス(1848〜1908)は白人の新聞記者。黒人アンクル・リーマスが白人の子供にお話をするという設定で、うさぎと狐を主に様々な動物が活躍する。アメリカ南部の本当の田舎が舞台。ただここでの主役は頭のいいうさぎで、狐はいつもうさぎにしてやられる役なのが面白い。
