実践生物教育研究(第39号)

実 践 生 物 教 育 研 究
THE JOURNAL OF PRACTICAL
EDUCATION IN BIOLOGY
January
2005
第39号
No.39

目次
Contents
(1)巻頭言 鈴木 善次
Foreword by Zenji SUZUKI
(2)サイエンスーインーモーション(SIM)プロジェクト 落合栄一郎
Science in Motion Project by Ei-Ichiro OCHIAI
(3)動物とつきあおう。感性と理性。 河崎 行繁
Keeping good company with animals (sensibility and reason) by Yukishige Kawsaki
(4)臨海実習の方法とその教育効果 広瀬 裕司
Learning in Marine Biology : Methods and Effects by Yuji HIROSE
(5)科学教育における科学史教育の価値観の再認識 安東 久幸
To Deepen Our Understanding of the Scientific History Education in Scientific Education by Hisayuki ANDO
(6)屋久島自然観察研修報告(U) 松井 均
Advance studies in Isehara near mt. Oyama in Tanzawa Mountains before Observation Studies on the Nature in Yakushima Island. Plan to Substitutive Researches for Yellowstone Studies (II) by Hitoshi Matsui
(7)あとがき 齋藤 三男
Afterword by Saitoh Mitsuo
実践生物教育研究会
The Society of Practical Education in Biology
齋藤生物教育研究所
SAITOH INSTITUTE FOR BIOLOGY EDUCATUON
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巻頭言
Foreword
「環境の世紀」における生物教育
Biological Education in 21st Century as Environmental Century
鈴木 善次
Zenji SUZUKI
大阪教育大学名誉教授
Professor Emeritus of Osaka Kyoiku University
日本環境教育学会会長
President of the Japanese Society of Environmental Education
E-mail:zesu-923@deluxe.ocn.ne.jp

はじめに
21世紀を「環境の世紀」と言うことがある。温暖化やオゾン層の破壊など地球規模の現象をはじめ、さまざまな環境問題 が顕現化し、人間を含めた多くの生物の生存を危惧させるほどの「環境悪化」が問題になっており、「環境」というキー ワードを抜きにしての人間活動は許されないという認識が人々の間に広まりつつあるからである。企業は環境に配慮した 製品の生産を目指し、消費者も環境にリスクを与える商品は買わないなど、産業革命によってもたらされた大量生産、大 量消費、大量廃棄という工業化社会が持っていた経済活動から省資源・省エネルギーの「持続可能で循環型の社会」を目 指す方向へと人々の意識は転換しつつある。
 それを促す教育活動もスタートすることになった。2005年から10年間にわたって行われる「国連・持続可能な開発のた めの教育」(ESD、Education for Sustainable Development)運動はその一つであるが、筆者はその中心を担うべき 教育活動として環境教育を位置づけている。その理由などについては「環境教育の必要性」『環技術』(2003年6月号) に述べてあるが、簡単に述べれば、ESDが目指すものとして開発途上国と先進国との経済格差や貧困の解消、平和の希求 などがかかげられているが、視点を変えれば、これらは、すべて「環境」問題であるといえるからである。横道にそれる が、筆者はESDという呼び方よりもESS(Education for Sustainable Society、持続可能な社会の構築を目指す教育) の方がよいのではないかと考えている。1992年、ブラジルのリオで開かれた「環境と開発」に関する国連の会議以来、 引きずっている言葉であるが、環境か、それとも経済開発かという二者択一の議論から、両者の調和を目指す動きのなか で生み出された「持続可能性」「持続可能な社会」という言葉に力点を置くという姿勢が大切である。
 さて、ここでは、その「環境の世紀」という時代において生物教育はどうあるべきか、どのような生物教育が望ましい かなどについての私見を述べ、読者の皆さんのご批判を仰ぐことを目的としているので、「持続可能な社会」や環境教育 への言及はひとまず、このあたりで留めて本筋に移ろう。
生物教育の目指すもの〜その変遷
 生物に関する教育活動、いわゆる生物教育は、遠くギリシャ時代、リュケイオンでアリストテレスが弟子たちに対して 動物の分類や発生などの話をしたときにまで溯ることができるが、他の教育活動と同様に、生物教育においても、その時 代その時代に応じた目的なり、目標なりをもって展開されてきたはずである。アリストテレスが何を目的に弟子たちに生 物現象に関する自分の考えを説いたかは定かでないが、自然界の体系付けを目指していた彼である。おそらく、そうした 知識を持って自然と接することの素晴らしさや楽しさを伝えたかったのであろう。
 体系化された自然の素晴らしさを神への畏敬の念へと導く役割を果たしたのがキリスト教である。自然界の事象、すべ てが神による被造物であると解釈していたキリスト教文化の中で育ったニュートンも、その被造物である宇宙の中に「神 の御心」を探した。その結果が「万有引力の法則」の発見であった。
 今日、多くの植物の学名の命名者として名を残している18世紀のリンネも神による創造を信じて、そこに隠された神の デザイン(設計図)を探すという目的もあって生物の分類に力を入れた。彼が「おしべの数」を分類の基準としたのも、 神は生殖作用を重視して創られたと考えたからである。
 こうした思想は当然、生物教育の世界にも反映される。日本が明治の初期、学校教育を開始したとき、教科書として取 り入れたのが欧米の博物学や動物学、植物学などの啓蒙書などであった。そうした啓蒙書のなかには、神による生物の創 造説を信じ、その説を人々に広めようとしていたものもある。アメリカ人の書いた『具氏博物学』は一つの例であり、そ の序にそのような趣旨の言葉がある。もちろん、明治政府がそのことを承知で、また創造説を支持して教科書に採用した わけではない。ほぼ、同じころ教科書としたイギリスからの著書には進化論のことが載せられている。
 そのイギリス、ダーウィンを中心とする生物進化論が登場すると、進化思想の普及を目指す生物教育が現れた。とりわ け、ダーウィンのブルドックと言われたハクスリーによるキャンペーンは大きなものであった。しかし、今でも創造説を 信じて、進化論教育に反対する活動がアメリカの一部では見られている。いわゆる聖書に書かれていることをそのまま受 け入れる「ファンダメンタリズム(Fundamentalism,聖書根本主義)の人々である。彼らは公教育においては進化論とと もに創造説をも教えるべきであると主張している。ちなみに、先に紹介した『具氏博物学』では地球の歴史を聖書にある よりも長く捉えており、当時の地質学の知見を反映させている。
 キリスト教と進化論の関係といえば、筆者にはある経験がある。大学を卒業して数年後、東京にあるカソリックの高校 で2年間ほど「生物」の授業を担当したことがある。そのとき、進化論を教えてよいのかどうか迷い、校長の神父さんに 尋ねた。神父さんからは、「どうぞ、教えて下さって結構です」「そうした生物の進化という現象は神のデザイン(御心) の下で行われているのだから」という意味の言葉をいただいた。なるほどとうなずいた記憶がある。「神のデザイン」を 「自然のルール」と置き換えたらどうだろうかなどと考えてもみた。そう言えば、筆者の知っている著名な生物学者の中 に何人ものキリスト教徒がおられた。
 生物教育の目指すものは上記のような人々の生物観、世界観、人生観などの育成ばかりではない。実用という面も当然 含まれている。わが国の生物教育の歴史を振り返ってみても、うなずけるであろう。医療や農業などに関係する生物につ いての知識を獲得することは、よりよい生活を営む上で望ましいことである。筆者が学んだ生物教育(小学校では「理科」 、旧制中学・新制高校では「生物」)でも教科書の終わり近くに、生物学の応用として関連した内容が載せられていた。 しかし、その取り上げ方は時代によって軽重があった。かつては小学校の教科書には農作物が多く取り上げられていたが、 最近のものでは少ない(という具合である)。この面にも、そのときの社会が生物教育に何を求めているかが反映してい るのである。
現代社会が求める生物教育とは?
 20世紀後半から急速に発展した分子生物学は生物学のあり方を大きく変化させた。それと同時に生命現象についての イメージもそれを反映させるものとなった。学校における生物教育の影響か、あるいは一般のニュースでしばしば取り 上げられるためか、科学ジャーナリズムの努力のおかげかは分からないが、十数年ほど前に調査したときには一般の人 々の反応が鈍かったDNAについても、最近では反応はよい。ただし、どこまでその内容について正確な知識をもって いるかは疑問のときもある。ちょうど、「地球温暖化」という言葉は知っているが、中味は曖昧だという人が多いのに 似ている。
 いずれにせよ、現代の生物学的知見を通して、「細胞を基本単位として、DNAという分子を指令塔にした複雑で精 密な物理・化学反応、それも数十億年という時間を経てつくりあげられた物理・化学反応」というようなイメージで生 命現象を認識する人々が増えつつある。最近では、脳科学の進展もあって、脳内にある1000億ほどのニューロンが、そ れぞれ1000本もの突起を出し合い、シナップスを介して、壮大なネットワークを作り上げ、そのネットワーク内での活 動電位とシナップス伝達物質のやり取りによって私たち人間の活動が行われており、「心」もその現われであると語る 人もいるほどである。かつて、デカルトははじめ「人間は機械」であると論じたが、理性についての説明が為し得ず、 精神(理性)と肉体を切り離し、肉体は他の動物と同様に機械であるが、理性を司る部分は機械ではないという「心身 二元論」を展開した。今では、その理性さえも物理・化学的仕組みとして解釈されるようになったし、多くの脳科学者 たちはそれを目指して研究している。
 では、「環境の世紀」における生物教育はどうあるべきだろうか。これまでの生物教育が今日の環境問題と何か関わ りはないだろうか。そうした視点で上記のようなミクロの方向に進んできた生物学研究とそれを反映させた生物教育を 見直してみる。そこに浮かび上がったのが、生命現象も周囲と遮断された「閉鎖系」ではなく、常に周囲の事象(環境) 関わり合いを持った「開放系」的存在であるという認識をもつことの出来る教育・学習が不十分であったということで ある。このことは何も筆者が語るまでもなく、環境問題が顕現化してから、しばしば語られてきたことである。
 ドイツでは、19世紀末に生態学者のメビウスが海岸で生活するカキ(牡蠣)とその周辺の生物とのかかわりの様子か ら生態系概念に近い「生活共存体」の考えを明らかにしたが、その考えに共感した同じドイツの生物教育家ユンゲは 「生活共存体としての池」というテキストをつくり、生徒たちに池をフィールドにした学習を試みている。これは生態 学的視点を導入した初期の実践であり、わが国にも紹介され、ある程度の影響を与えている。 東京高等師範学校(現在の筑波大学に繋がる学校)附属小学校の棚橋源太郎はその影響を受けた一人である。こう した先駆的実践もあったのだが、十分な役割を果たすことはなかった。
 今日、「環境の世紀」においては、そうした視点での教育がますます必要性を高くしているが、さらに望むこととし て、単に生物学の枠の中での生態系の学習でなく、人間という存在を常に視野に入れた生態系の学習をすることをあげ たい。今、地球上で最も反映し、他の生物などに大きな影響を与えている人間活動を無視して物事を考えることは不可 能である。レッド・マップに登場する野生生物の数も増えている。まだ、多くの未知の生物種が存在すると考えられて いる熱帯林の破壊も進んでいるし、温暖化も生態系に大きな影響を与えると言われている。このようなことも含めた 「人間・自然関係学」とでもいう研究分野と、その成果を踏まえた「人間・自然関係教育」などというものが作られて もよいのではないか。
 このように今や、生物学は「環境」を始め、クローン、再生医療、遺伝子組み替え農作物など「医療」「食料」など いろいろな面で人間社会と大きくかかわりを持ち、影響を与えている。そうした時代の生物教育である。生命観・生物 観の育成ばかりでなく、生物学のあり方そのものを考えることの出来る人々の育成を期待している。(すずき ぜんじ・ 大阪教育大学名誉教授)


Abstract
Biological Education in 21st Century as Environmental Century
by
Zenji SUZUKI
Professor Emeritus of Osaka Kyoiku University
President of The Japanese Society of Environmental Education
E-mail: zesu-923@deluxe.ocn.ne.jp
It is said that the 21st Century is "The Century of Environment". Many people think that they have to change the style of their society from the Industrial Society characterized by the mass production, the mas consumption and the mass wastes to the Sustainable Society.  Recently, the Necessity of the Education for the Sustainable Development was asserted in the United Nations. Today's education including the biological education must be influenced by the movement above mentioned.
Historically, the biological education have been influenced by the Thoughts flourished in each periods, for example, the Creation Theory of the Christianity and the Evolution Theory proposed by Charles Darwin et al.
Modern biological education reflects the modern biology, especially the molecular biology. But, in this Century, the biological education should base on not only the study of the closed system but also the study of the open system in organisms in terms of ecology.
In conclusion, we need a new field of the biological education called, "The Interactive Study Between Mankind and Nature" standing on the result of many researches about the interaction between mankind and nature.

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サイエンスーインーモーション(SIM)
プロジェクト
Science in Motion Project
落合栄一郎
Ei-Ichiro Ochiai
Department of Chemistry
Juniata College
E-mail:ochiai@juniata.edu
E-mail:ochiaie@hotmail.com

 SIMプロジェクトはおよそ20年ほど前から、小生の在職する大学が始め、今では、全米でかなりの部分に普及し た「理科教育支援」法である。日本でこういう方式が必要かつ有効に機能するかどうかはわからないが、日本での「理 科教育」振興に何らかの参考になるかと考え、ここにその概略を紹介する。(なお、これに関しては、岩波の「科学」 や「高等教育フォーラム」などにも紹介したことがあるが、その後の進展もあるので、無駄ではないと考える。)まず、 小生の在職する大学の簡単な紹介を必要とするだろう。ペンシルバニア州のほぼ真ん中、アパラチア山脈の谷間の小さ な町にある、小さな(全学生数約1400)4年制大学で、いわゆるリベラルアーツカレッジである。ペンシルバニア には、東にフィラデルフィア、西のはずれにピッツバーグの大都市があるが、真ん中は比較的人口希薄で、経済的には 貧しいところが多い。アメリカの公立学校(小、中、高)は、その自治体が運営している。州政府からの交付金もある が少額。すなわち、学校運営は町や村の地方税、主として不動産税に依存している。貧しい町村の学校では、例えば 「理科実験器具」などの購入もままならないわけである。
 1985年、小生がこの化学科の主任を勤めていた頃、高校教師のそうした不満が聞こえてきたので、周辺の高校教 師に集まってもらって、どうすれば事態を改善できるかを話し合った。その結果、周辺25校の教師と当化学科共同で 「SIM」プロジェクトを「NSF」に申請し、そのグラントを獲得する企てに発展した。そのdirectorには、同僚教師の Prof. D. Mitchellになってもらった。これが成功し、5年期限で、百万ドルのグラントが下り、大学側がさらにほぼ 同額を寄付から募り、プロジェクトがスタートした。大きなトラックを購入し、それを改造、それに、各種機器を搭載 して、毎日参加高校を訪問する。その日常業務を担当する高校教師経験者と事務処理をする秘書という最低人員で運営 する。ただし、高校教師志願の学生にも有料で手伝いをさせる。夏には、高校教師を集めて、ワークショップを行い、 彼らの再教育と相互援助の機会を提供する。高校側は、これらの機器を想定して実験計画を作るが、提携校間で調整し て、機器の使用がかち合わないようにする。これは大学側の日常業務担当が参加して、1学期程度の期間の全体計画を 作る。 例えば、ガスクロをA高が9月の第一週に使い、次の週にはB高が使う。こういう具合で、トラックは毎日2−3 校を訪問し、機器類、薬品類(ガスクロ用の水素ガスシリンダーなども)を置き、また他校に運ぶ。 機器類は、あまり 遊んでいることがなく、投資効率は非常によい。夏のワークショップへの参加には、参加者から費用をとるのではなく、 逆に参加者に日当を出す。これも、最初から、グラント申請に含まれている。というのは、高校教師の収入は必ずしも 高くはなく、夏にアルバイトを余儀なくされる教師もいるからである。さてこうして始められた化学分野のSIMは、その 投資効率の良さや、似たような状況にある土地も多いとあって、三大ネットワークの一つABCのニュースで全国的に紹介 された。5年後には、NSFから2期目5年間の延長が貰えた。これを機会に、生物のSIMを追加することもできた。問題 はこの後である。というのは、NSFからは2期以上のグラントはない。NSFもそれ以上は他からのグラントを獲得するよ うに奨励している。この規模のプロジェクトになると、州政府レベルの援助が必要になる。我々の大学の関係者特に directorのミッチェル教授の努力で、まずは州政府から当大学での運営費はでることになった。しかし、これでは、影 響を及ぼす範囲は限られるので、なんとかして全州に拡大したい。これもまた、州政府/州議会関係者を説得するのに 数年を要したが、なんとか数年前に認めさせた。現在のところ、ペンシルバニア州のなかで、10校の大学が拠点とな り、我々の方式で「SIM」を運営している。しかし、まだまだ州全体をカヴァーするにはいたっていない。 我々の大学 でカヴァーしている地域は、半径およそ80kmほどである。なにしろ比較的小さいとはいえ、ペンシルバニア州は、面 積にして関東/中部地方と近畿地方の半分をあわせたほどである。我々の成功に刺激されて、様々な場所で、様々な形 態で、こうした「理科教育支援」が行われ始めた。今は、アラバマ州全域、デラウエアー州、ヴァージニア州その他で 我々と同様な方式が実行されている。なお、ペンシルバニア州では、今年度から、中学校レベルの支援も始められた。 また、物理もプロジェクトに加えるべく努力しているが、実現していない。理科系以外でも、類似のプロジェクト、た とえば、当大学では、「Language in Motion」なるものもやっている。さて一般論はこのくらいにして、こうして支援 されている高校レベルでの実験の例をあげておこう。以下は生物関係の実験例である。
Microscopy:
(1) How to use an Advanced Compound Microscope;
(2) Survey of microorganisms
Bacterial Morphology:
(1) Simple Stain Prep;
(2) Gram Stain Prep
Bacterial Culture Methods and Control of Growth:
(1) Pure Culture Technique;
(2) Bacterial Inhibition ? Antibiotics and Antiseptics
Animal Histology:
(1) Staining of Vertebrate Animal Tissues;
(2) Vertebrate Animal Tissue Structure
Human Physiology and Anatomy:
(1) EKG;
(2) Nervous system ? Brain
Proteins and Enzymes:
(1) Introduction to the Physical Properties of Proteins;
(2) Amino Acid Chromatography
Plant Physiology:
(1) Fluorescence of Chlorophyll;
(2) Determination of the Number of Water, Molecules lost per Stomata per Second, Under Varying Conditions
Genetics:
(1) Human Chromosome Spread;
(2) Phenotypes of Domestic Cats;
(3)Where’s the Cat ? A DNA
Fingerprinting Simulation;
(4) Human Trait;
(5) Polygenic Traits and Pennies
Biotechnology:
(1) DNA Extraction:
(2) DNA Fingerprinting
なお、他の例や詳しい情報は、下記のウエッブサイトをご覧いただきたい。
http://www.services.juniata.edu/ScienceInMotion
http://www.advancingscience.org
http://www.philasim.org
http://www.upb.pitt.edu/scienceinmotion

Abstract
Science in Motion Project
by
Ei-Ichiro Ochiai
Department of Chemistry
Juniata College
Huntingdon, PA 16652 USA
E-mail:ochiai@juniata.edu and ochiaie@hotmail.com

Chemistry Department of Juniata College in Pennsylvania initiated a Science in Motion project in cooperation with high schools in the neighborhood in 1985, with a NSF grant of one million dollars. The main purpose was to support the high school chemistry instruction by providing the equipments and instruments that are not affordable to individual high schools and the opportunities for high school teachers to update their knowledge and skills. A van takes instruments and equipments and reagents, if appropriate, to a school and leave them there for a while and then take them to another school. It was expanded to include similar projects in biology in 1990s. Pennsylvanian government has now established ten such centers in the State to serve about half of the schools, and has authorized similar projects for junior high schools. It is very efficient in the use of resources, and has been emulated by many other states.

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「動物とつきあおう。感性と理性。」
Keeping good company with animals (sensibility and reason)
河崎 行繁
Yukishige KAWASAKI
アイ・エイ・エス総合研究所
Institute for Advanced Studies
E-mail:kwsk2@jcom.home.ne.jp


インドのゾウ使いのみた夢
ゾウがゾウ使いに言いました。「来世はあんたがゾウで,俺がゾウ使いというのはどうかな?」ゾウ使いは言いまし た。「いいとも。そうしよう。」この秋,大きな災害や事故が相次ぎました。その一つが新潟県中越地震です。土石流 にのみこまれた自動車の中から2歳の男の子が助け出されました。この時,最初に生存者の気配を感じて人間に知らせ たのが警察犬でした。大手柄です。でも,このような仕事,いわば,人間のエゴに動物を使うのは止めろという意見の 人も多いのです。
 もう一つの話題はツキノワグマ騒動です。人里にツキノワグマが異常なほど姿を見せ,時には被害を及ぼしました。 今年に入って10月はじめまでにツキノワグマによって殺された人は1名,被害件数は75件と言われています。その 一方で,捕獲されたクマは1216頭でその9割は殺されています(毎日新聞による)。捕獲されたクマの中には胃の 中が空っぽのものが多くいたそうです。この駆除(殺すこと)を巡って大きな議論が起こりました。安易な殺戮は止め ろという意見から,現地の人の恐怖を考えろ,ハンターの人たちの苦悩を考えろ,といろいろです。警察犬とクマ。す べて人間と動物との関わりの問題です。今回は,”人と動物との共同作業”という観点から,この問題について考えて みました。そして,理科教育との関連についても言及します。
1.一緒にやって見ようよ
人と動物は昔から共同作業をしてきたのです。その作業形態を整理してみましょう。
第一種共同作業:
 トリ好きの人なら「ミツオシエ」というトリを知っていますね。キツツキの仲間で,多くはアフリカ中南部に住ん でいて地味ないでたちのトリです。この鳥は名前通りに,ミツバチの巣のありかを教えてくれます。アフリカでは, 人間が笛を吹いてミツオシエを呼び寄せます。するとミツオシエは,人間の前をゆっくり飛びながら,ミツバチの巣 まで案内するのです。人間は巣を壊して中のミツをとります。ミツオシエはミツロウを食べ,かつ,場合によっては, その巣を住処として利用します。もともと,ミツオシエはラーテルというアナグマの仲間などと共同作業をしていた らしいのですが,そのうち,人間を相棒として選んだようです。
 イルカは魚を捕らえて餌とします。ところがこのイルカが漁をする際に,人間を利用する例が世界各地で見られま す。有名なのはブラジルで,そこでは,イルカが魚を海岸近くまで追い込みます。漁師は浜で待っていて,魚が海岸 に追い寄せられると網を投げます。すると,魚は逃げ場を失い混乱状態に陥り,簡単にイルカの餌食となります。も ちろん漁師もたくさんの魚を網に捕らえることができます。イルカは漁をする時,魚を浜辺に追い上げ,その後自分 自身も浜に乗り上げて,動けなくなった魚を食べることがあります。でも,この方法はイルカにとっても危険です。 なにしろ,浜に乗り上げたら,イルカだって動きが鈍くなり,身体も渇き始めます。イルカにとって危険でもあるし, 効率もあまりよくありません。それよりも人間を利用すれば,浜まで行かなくても魚を捕らえられるということを学 習して,人との共同作業が成立したようです。この共同関係は人間の側でもイルカの側でもその一族に代々伝えられ ています。これらの2例は,双方の合意の上に成立した共同作業といえるでしょう。
第二種共同作業:
イヌが代表です。番犬や猟犬はイヌの祖先のオオカミの性質を利用したもので,結果的に,イヌ側にも人側にも大 きな利点があるような関係に発展してきました。そして,この関係がどんどん進化して冒頭に述べた警察犬,盲導犬, 介助犬といった高度な作業を行うイヌが生み出されてきました。訓練のこつは,仕事を遊びと思わせること,うまく いったら最大級のほめ言葉(態度)を与えること,無理強いはしないことです。イヌは飼い主を喜ばせたいという気 持ちでいっぱいですから,それを利用しているわけです。一見,人間側の都合に合わせているようにも見えますが, 結果的にはイヌも大繁盛しているわけです。人とつきあうことを拒否した本家のオオカミは細々と生きているという のに。
第三種共同作業:
動物本来の生態とは別に人間の便利さのために特殊な仕事をさせる共同作業です。ウシウマによる人や荷物の運搬 作業,農耕作業や,動物に行わせる芸などがこの分類に入ります。冒頭で述べたゾウの使役もここに含まれるでしょ う。見せ物としての動物もこれに含まれます。でも,この範疇の作業においても,相手の動物に無理強いをした場合 は,成功しないのは当然です。この共同作業で最近話題になったのはイルカセラピーです。これは,イルカとふれあ うことによっていろいろな障害のある子供(特に自閉症の子供)の心を開かせようと言う心理療法です。日本でも何 箇所かで行われています。
 動物の権利を唱える人は,第一種共同作業は大歓迎でも,第二,第三には違和感を持ち,時には拒否反応を示しま す。特に第三に対しては廃止を主張する人も多いのです。四国で行われているイルカセラピーに動物の権利を守る団 体から大きな批判が浴びせられ,存続が危うくなっています。それは本来イルカのいないところに無理にイルカをつ れてきて,かつ,イルカにストレスを与えているというものです。
 でも,本当にそうでしょうか?
大事なのは動物と人間のふれあいによって双方が何を得るかです。長期的に見て動物の側にも利益があるのであれば, 表面上不自然に見えることがあっても赦される範囲があると私は考えます。
2.自分の生活を振り返ってみよう
 動物にとって最も大事なことはその種が生き残ることです。現状では,人間活動によって,ほとんどの野生動物は 絶滅の危機にさらされています。現在,人口はどんどん増えています。特に,野生動物の多い発展途上国において人 口増加は著しいのです。ここで人間の生活と動物の生存が真正面からぶつかります。その際,人間の生活が優先され ることに異議を唱えるのは大変難しいのが実態です。冒頭でクマ騒動のことを述べました。人間の安全を最優先して 少しでも危険なクマは駆除(殺すこと)すべきか,クマを殺さず山へ帰すべきかということに関して,地元住民,行 政,野生生物研究者,保護活動家の間で議論が湧き起こりました。ある人は,この問題の根本は「もし,クマを殺す ことを抑えて,その結果,取り返しのつかない被害が出た場合に誰が責任をとるのか」だといっています。この意見 に対して現時点では誰も責任を持ってはっきりした答えはだせません。でも,私は,根本問題は「被害が出たら」で はなく「クマが我々にとって必要かどうか」ということにつきると考えます。最近は自然の中での共生という概念が 行き渡っていますから,「クマは我々に必要かどうか」という質問を出したなら,回答のほとんどは「必要」となる のは眼に見えています。でも,これは,ほとんど意味がありません。問題は「あなたの生活が不便になってでも,犠 牲を払ってでもクマを生存させたいか」ということです。
現在の普通の日本人の日常生活。
 スーパやコンビニで買い物。コールドチェーンを使った冷凍冷蔵食品,産地直送新鮮野菜。買い物は自動車。子供 も電車や自動車で学校を行くことが多い。帰ったら,塾か野球,サッカー,水泳,その他習い事。電車も自動車も冷 暖房完備。大人も仕事から帰宅後は風呂に入り,ビールを飲み,冷房の効いた部屋で大型テレビで野球を見る。子供 はゲームや音楽を楽しむ。休日はドライブ,買い物,グルメ,ゴルフ,繁華街へ繰り出し。時には温泉。車の買い換 え,家のリフォーム,・・・・・・・。
この何でもない生活こそが,最大の地球破壊,そして動物虐待の原因なのです。
 この生活が長期的に成り立たないことはわかっています。それでも,一旦,慣れてしまうとそれが異常であること には鈍感となり,この日常生活を抑えたり改善しようという方向に動くのは大変です。自分や家族に直接被害が及ぶ と言うのなら考えるでしょうが,遠くにいる他人,ましてや人間ではない動物のために,自分の生活を抑える方向に 動くことは至難の業です。
 ここが臨界点です。もし,動物が自分の家族のように思えたらどうなるでしょうか?動物を飼っている人がよい例 です。中には,全く人間同様に愛しまくっている人がいます。このような人はペットのために大金をはたいても惜し いとは思わないでしょう。しかし,野生動物に対してはどうでしょうか。どこか遠くにいて,マスメディアを通して しか触れあえない動物,動物園で見るだけの動物の場合,彼らの生存に対してどれだけ共感がもてるでしょうか?そ のような動物の生活と自分の家族の生活を比較した場合,自分たちの生活を選んでしまうのはやむを得ません。この 状況を少しでも動物側に傾けるための方策はあるでしょうか?その第一段階は動物を良く知り,動物たちに密に接す ること,そして,第二段階は共同作業だと思います。特に,愛犬家に見られる理屈抜きの感性のレベルで動物とつき あうためには第二段階まで行くことが必要ではないかと考えます。なぜなら,共に働き共に汗を流すことが感性のレ ベルで触れあいを実現するのに最も良い方法だからです(ほとんどの動物は汗を流せませんが)。
 動物に作業をさせる場合に重要なのは,共同作業させるのに適している種や個体を用いること,そして,その動物 の本来の性質・生態をきちんとひきだすことを目的とすることです。但し,当然,人間と一緒に行うのですから全く 野性のままというわけには行きません。作業(仕事)を行うわけですから当然動物はある程度のストレスを受け,か つ,忍耐が必要となります。でも,野生でも動物は生き残るためにかなりストレスを受けますし,親のしつけも相当 厳しいものです。ですから,かなり耐えることができるものです。一方,人間側も相手を良く知り,うまい指導方法 を考えなければなりません。ストレスを回避する方法も知らなければなりません。そして何よりも相手を愛して尊敬 しなければなりません。これは人間の教育と同じではないでしょうか。しつけというのも,実は飼い主(親)と動物 (子供)との間の大事な共同作業なのです。そして,この作業を通して,動物(子供)だけでなく飼い主(親)自身 も教育されているのです。このような共同作業を経験したなら,その動物を我々の一員だと無理なく感じることがで きるのではないでしょうか。
 しかし,たとえ共同作業をしたとしても,大人になってしまってから人間が動物との連帯感を感性のレベルで獲得 するのはなかなか困難です。いろんな経験や苦労から,今の状態の維持改善に目が向いてしまうからです。動物を我 々の一員と見ようとしても,どうしても観念的で理性のレベルや義務感でとらえてしまいます。理性のレベルだけだ と,人間と動物を秤にかけた場合に,人間の利益が損なわれると思った時に人間の側に振れてしまうのは致し方あり ません。しかし,人間でも動物でも自分の家族に対する意識はもっと本能的です。だから,損得抜きで家族を守るわ けです。動物に対してこの意識が根付くのは,子供時代からの接触しかないと思います。感性と理性の両面から動物 を大事と思ったときに初めて,自分たちの利益を犠牲にしても,動物を守ろうとおもえるのではないでしょうか。
3.えっ!こんなライオンがいるの!
 他の動物と共同作業するという点では,すべての動物の中で人間が一番です。その中でも相手となるのは,ほとん どがほ乳類か鳥類です。このようになった最大の理由は生物進化の賜物だと考えられます。違った動物が好きになる といっても,海綿や棘皮,節足,軟体動物に思い入れ切ってしまう人はほとんどいません。やはり,我々と共通点が 大きい動物,特に圧倒的に中型大型ほ乳類に偏ります。その理由は,これらの動物が我々と共通点が高く,感情を共 有できる可能性があるということです。
 進化的に近い動物に対して感情を共有するという現象は,ヒト以外の動物の間でも見られるのです。
 最も衝撃的な例は2002年1月にアフリカのケニアのサンブル国立公園から報告されました。単独生活をしてい るメスライオンが養子をとったという観察です。その養子というのが,なんと本来なら最大の餌食であるはずのオリ ックス(ウシの仲間)の子供だったのです。このメスライオンはオリックスの子供を何週間も世話をしました。草食 動物の子供は生後早い時期に,親から肉食獣の怖さを学びます。しかし,このオリックスの子はそのことを学ぶ前に 親から離れてメスライオンの養子となったと想像されます。ですから,子オリックスも何の恐怖感もなくライオンに ついて行ったのです。でも,この親子は食べ物が全然違います。共通するのは水くらいです。当然,最後は悲劇に終 わりました。それでも,このメスライオンは次々とオリックスの子供を養子にしました。人間に知られただけで,こ のメスライオンは8頭のオリックスを養子にしたそうです。ある子はメスライオンの目の前でオスライオンに殺され ました。また,ある子は餓死しました。最後の子は運良くオリクッスの群に戻りました。そして,これを最後にメス ライオンは人間の前から姿を消しました。このメスライオンは異常な特例でしょうか?それはわかりません。でも, 相手をオリックスに限ったと言うことは,ライオンとオリックスの間に感情の共有があったからに違いありません。 同じほ乳類であること,大きさが近いこと,見慣れたものであることなどが養子縁組の一つの要因となっていること は確かです。この肉体的条件の共通性の上に,肉食に関する本能を越えて感情の共有があり,愛情が芽生えたのでし ょう。これほどではなくとも異種動物間の親子関係,親密な友好関係は意外に沢山見られるのです。ワニに襲われた レイヨウをカバが助けた例も報告されています。生物進化の根底には,種を越えて理解し合う,相手を可愛いと思う 大きな流れがあるのではないでしょうか。この流れが人間と動物の間にも大きく流入しているのです。人間ほど多種 類の生き物に依存して生きている動物はいないでしょう。どれかの生き物が絶滅すれば,人間はかならず影響を受け ます。一方で人間ほど他の生き物に関心を持つ動物もいません。依存するから本能的に関心を持つ。その結果,多様 な動物を飼ったり利用したりします。これも進化の必然的流れではないでしょうか。ただ,残念なことに,他の動物 の場合と同じく,人間も成長するに従い人間社会の問題が関心が向かってしまうため,この流れがしばしば隠され, 場合によっては見えてしまいます。このすばらしい流れを常に見えるようにする方法は,子供時代に,多くの動物と 接触させることです。その中でも最高の方法が,繰り返し述べているように共同作業をすることです。共に汗を流す ことです。
4.大事なメッセンジャー
 3節の話だと我々が可愛いと思える動物にだけに関心を向けようと言っていると思われるかもしれません。しかし, 我々が進化の過程で受け取った近縁動物に対する感情の共有は,実は巡り巡って全ての生態系の維持につながります。 目で見えない生き物,肌で感じられない生き物のシステムを守ろうと言っても観念的になりますが,身近な動物を大 事にすると言う本能的な面からはいるなら実に簡単なことです。
 人間が動物を使うことに対して大きな批判があります。でも,この共同作業は人間の本性の一つであり,この共同 作業を通して,人間の側が大きく成長するなら,これはつぶすべきではないと考えます。これらの作業動物は,人間 に対するメッセンジャーなのです。
 今後,動物を作業に使う際に重要なことは,目の前で人間と仕事をしている動物の後には,多くの野生動物たちが 控えており,それらは作業動物を通して人間としっかりつながっているということ,そして,作業動物と同じくそれ らの動物にも生きていたいという「感情」があることを知ってもらうことです。動物との共同作業の中で,第三番目 (荷物を運ばせる,芸をする等)に対して最も強い批判がなされます。もちろん便利な道具として使うのは問題外で すが,相手の動物を尊敬し,かつ,それらの動物を通して得られるメッセージをきちんと伝えるならば,否定すべき ものではないでしょう。大事なのは道具ではなく,多くの動物,そしてそれを支える生態系の代表としてその作業動 物がいるんだと言うこと認識することです。
 繰り返しますと,子供時代にしっかりと動物と連帯意識を持つこと,それもまず,なんといっても感性のレベルで 連帯感を持つことこれが重要です。その上でこそ理性に従った学習が身に付くのではないでしょうか。この連帯意識 がやがて,身近な動物の枠を越えて生態系全体への愛着へと育って行くのでしょう。
5.接着剤
 実は,最も重要な取り柄はこの後にあるのです。それは,動物を介して,人と人がつながると言うことです。動物 と共同作業している人見ると本当によい顔をしています。その人の生き方,動物とのつきあい方を見ると学ぶことの 喜びに満ち溢れています。人間同士の直接接触の場合には互いに警戒したり,とげとげしくなることが多いのですが, 動物(特に,作業する動物)を介していると,自然に共感するものが得られます。人生経験というガードによってが ちがちにかたまった大の大人だって,自然と子供に還ることができます。動物は大事な接着剤でもあります。
 理科教育の中でも,動物とふれあったり,できれば一緒に何か作業をする,または,作業動物を扱っているところ へ見学に行くという時間をもっと増やしてほしいと思います。このことは理科だけでなく,他のすべての教科にも大 きな影響があります。将来への投資として,絶対損はしません。
 現在,捕獲したツキノワグマを山へ帰しても餌がないのですからまた里へ来るでしょう。そして被害を与える可能 性があります。ですから,私は殺すこともやむを得ないと思っています。しかし,問題は今回の教訓をどう生かすか です。将来もクマでてきたらまた殺せばいいやで終わってしまったなら,なんと人間とは浅はかな生き物だろうと思 います。地球で生きる価値のない生き物ではないかとさえ思います。今回のツキノワグマ事件は阪神淡路大震災,新 潟県中越地震等で得た教訓を他の生き物にまで行き渡らせる絶好の機会なのです。
ゾウ使いがなぜ,自分がゾウになっても良いと言ったのでしょう。その本当のところはわかりませんが,ゾウをそ れだけ大事な家族としていたことだけは確かです。このことが多くの人に伝えられるだけでも,このゾウは大事なメ ッセンジャーであるといえるのではないでしょうか。
参考資料
作業動物の例(実用目的で使われているほ乳類・鳥類に限る)
1.イヌ:盲導犬,介助犬,聴導犬,セラピー犬,警察犬,麻薬探知犬,地雷探知犬,災害救助犬,牧羊犬,猟犬, 番犬,トリュフ探知犬。
      この中では,災害救助犬や警察犬,地雷犬等に対して批判が多い。このような作業犬の寿命は短いのではないかと いう噂があるが,最近は一般犬と差がないか,むしろ長寿命ではないかといわれている。変わりどころでは,世界三 大珍味の一つトリュフを探すイヌの訓練学校がある。昔はブタが使われたが,今はイヌが使われる。
2.ウマ:競走馬,荷役馬,盲導馬
  盲導馬はミニホース(グレートデンのような超大型犬と同じくらいの大きさ)を使うもので盲導犬と同じ役割を果 たす。しかし,イヌの寿命が12-15年にすぎないのに対して,ミニホースは20年以上生きるので,稼働年数がイヌよ りかなり長いなることが注目されている。訓練のしやすさもイヌとそれほど変わらないといわれている。意外な問題 点は,馬にとって道ばたの草もごちそうなのでそれに気をとられないようにすることと,草食動物の常としてやや神 経質なところである。
3.ウシ:荷役牛
      最近はあまり使われない。
4.ゾウ:荷役ゾウ
      最近はあまり使われない。ゾウは力はあるが,身体の大きさやその訓練の難しさを考慮すると,ウシウマに比べて荷 役にはあまり適していないと言われている。むしろお祭りなどのデモンストレーションとして使われる。
5.サル:ヤシ狩り用。介助ザル。
 ヤシ狩りザルはほとんど観光用である。介助ザルは介助犬と同じ役割で,身体の不自由な人の身の回りの世話を焼く。 手が器用な分だけイヌより細かい作業ができる。カセットテープやCDの出し入れまで行う。アマゾン原産のフサオマ キザルが使われている。
6.イルカ:イルカセラピー,漁業イルカ
 漁業イルカはブラジルの他,オーストラリア(アボリジニの間で行われている。),ミャンマー,西アフリカ,地中 海の一部で行われている。同じ海域にいるイルカでも,特定一族に属するイルカだけが人間と共同することが多い。そ の一族内では,イルカの親が子に技術を伝えているのである。
7.カワウソ:漁業カワウソ。
 カワウソを用いて漁を行う。カワウソを訓練し,網の中の魚をくわえて飼い主の所までもってこさせる。後述のウを 用いた漁よりかなり効率が良く,優秀なカワウソ1頭で一家4人が生活できると言われている。だからカワウソ漁を行 う漁師は専業であることが多い。バングラデシュ,中国で行われている。
8.ウ:鵜飼漁法。
       日本では観光用となったが,中国ではいまだ実用目的で使われている(但し,実際は農業との兼業鵜匠が多いそうで ある。)。中国の鵜飼は日本と違ってウをヒモではつながない。これを放し鵜飼という。ウは飼い主にすっかり慣れて いて飼い主が叫んだり船べりをたたくと飼い主の所へ戻ってくる。
9.アイガモ:アイガモ農法。
 水田の雑草駆除用。無農薬農法の一つ。アイガモはヒナのうちに水田に放つ。その時,イネはアイガモより既に背が 高いのでアイガモが泳ぎ回ってもイネは倒されない。また,アイガモはイネ科の植物は食べない。イネより遅れて生え てくる植物類はアイガモによって食べられたり倒されたりして成長できなくなるので,除草剤はほとんど使わなくても 良い。アイガモはある大きさになったら回収され,冬期には食料となる。アイガモ農法の場合はアイガモ自身は仕事を している感覚は全くないであろう。
10.タカ:鷹狩り
       日本だけでなく世界で広く見られる。特にアラブの国々では今でも文化として根付いている。鷹狩りにおいては, タカの性質をそのまま人間が見られる形にしていると考えて良い。すなわち,人間は脇役である。狩の際に,イヌも 加わって三者の共同作業となることもある。

Abstract
Keeping good company with animals (sensibility and reason)
by
Yukishige KAWASAKI
Institute for Advanced Studies

Working animals are kinds of great masterpieces of nature. Today, however, some public opinion insists that working animals are a result of human ego and should be replaced with machineries. But I think working animals are not just machineries, but are ambassadors of wild animals, and we have to preserve the good relationship with them not only for animals but for we ourselves. Education in childhood is essential for making unforced friendship with animals.

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臨海実習の方法とその教育効果
Learning in Marine Biology : Methods and Effects
広瀬 裕司
Yuji HIROSE
大阪府立茨木高等学校
Ibaraki High School, Osaka, Japan
E-mail:tingaala-azul1958@iris.eonet.ne.jp


はじめに
 大学受験科目として物理と化学を選択し、生物は1年次に生物TBの一部しか習っていなかった筆者は、20年前 (1984年)に大阪府立西成高校の教諭として採用されて教科書を渡された際に大きなショックを受けた。卒業論文 を日本海のガラモ場(ホンダワラを中心とした海藻群落)で潜水して書き、修士論文を沖縄県本部町瀬底島のサン ゴ礁で潜水して書いた筆者の知る生物の世界とは根本的に異質な世界が教科書にはあった。生きものとしての「生 物」を学ぶよりは、それを分解した各部の機械的な構造と機能の記載が中心になっていると感じた。どうしたら、 自分の知っている生物の「素晴らしさ」と驚異に値する「多様性」を伝えることができるのか、これが今に至る20 年来の教師を続けながら問いつづけた課題であった。
 生徒に伝えたいこと自分の体験を黒板に絵を描いてみても伝わりにくい、自作のプリントにしてみても伝わりに くい。見たことがないものを想像させてて、「これは素晴らしいのだ」と言ってみても、受け手にとっては見ず知 らずのものであることに変わりはない。中庭に、水が抜かれたままのコンクリート造りの池があった。そこに水を 入れてしばらくすると、市街地にも関わらずミズカマキリがやってきた、トンボも飛来するようになった。植物は オオカナダモとヒシを入れた、続いてフナを入れると、かれらはオオカナダモを食べ、その量が目に見えて減少し た。校地の隣の農場で、土を掘ると大きな蛾のサナギがでてきた。手に取るとしっぽを動かす、生徒たちは驚き、 かつ喜んだ。
 物理や化学の学習と違って、生物を学ぶには日々の学習と並行して、本物の生物との関わりあいをもつことが、 教科書の記載を読み解く際の基礎的な体験として要求される。それなしで、教科書中心の学習を進めることは、体 験に裏打ちされたものではない、単なる知識を集積する「暗記作業」と変わらなくなってしまう。教科書の被子植 物の生殖と発生の項目では、大量の用語が使用される。めしべ、子房、胚珠、胚のう母細胞、胚のう細胞、胚のう ・・・、のように。おしべについても同様に一連の用語が並ぶ。そして種子については、胚、胚乳、種皮、珠皮、 果皮、果実・・・と多くの用語が出現する。実物を見た経験のない生徒に、この用語を教科書に基づいて教えよう とすれば「暗記」作業にならざるを得ない。
 これを克服するには、開花しているアブラナ科植物を解剖し、子房の中に緑色の小さな胚珠が存在することを確 認する。おしべの葯から花粉を採取して顕微鏡でその形を確認する。めしべの柱頭を顕微鏡で観察し、多数の花粉 が付着していることを確認する。受粉後、子房は肥大成長して種子を内包した果実を形成することも、一つの株の 観察で確認できる。このような実際に触れて、観察したことと、教科書の記載を照らし合わせることが教科書の理 解には必要である。
臨海実習の必要性
 身近な生物と関わりを持つことは大切だが、非日常的な体験も同様に大切である。ヒトは陸上動物なので、身近 な生きものは陸上生物に限られてしまう。生物の多様性を知りたければ、海の生物に親しむことがどうしても必要 である。2004年度で終わる旧教育課程の生物Uには、生物の系統と分類という項目がある。刺胞動物、海綿動物、 棘皮動物、緑藻、褐藻、紅藻、これらの分類群を教科書だけを使って、どれだけ有効に教えることができるのだろ うか。しかしながら、いきなり生徒たちを海に連れて行って、筆者のように潜らせることは非現実的であるので、 干潮時に潮間帯の生物を観察することを始めた。1学期の期末試験が終わると7月中旬である、その翌日を使って 貸切バスで和歌山市加太・城ヶ崎での臨海実習へ向かった、1994年大冠高校勤務時代のことである。
 海を見たこともない生徒を一日だけ海に連れて行っても、数時間で観察できる範囲は限られていた。記憶の定着 はままならならず、何らかの事前学習が必要であった。臨海実習の事前学習施設として使用したのは、神戸市立須 磨水族園であった。館内で展示されている生物については、解説が付されており、実習前にどの展示を回るように という指示を出しておけば、生徒の好きな順路で回りながら情報を得ることができる。大型のサメ・エイや、寿司 のネタになっていない生きたイカ・タコを見ること、ましてやオホーツク海の流氷の下にいるクリオネを見ること は潮間帯の実習では不可能なので、水族館実習ならではの学習効果もあることがわかった。
 しかし、水族館には潮間帯のフジツボ・ヒザラガイ・フナムシの展示はされておらず、緑藻・褐藻・紅藻の生体 展示もない。そこで、毎年の臨海実習で観察できる生物を、予め写真撮影しておいて、それをスライドプロジェク ターで写して事前学習することを始めた。そうすると現地の地形の概要を参加者は事前に理解し、その地形のどこ にどんな生物が生息しているという情報を得ることができる。事前学習をするようになってからは、少ない現地滞 在時間を有効に活用して、各自の興味に応じた実習ができるようになった。
 臨海実習の初期には、生徒に予めレポート用紙を渡して、現地滞在中にそれを完成させる形式を取っていた。そ うするとレポート作成に追われて、せっかく現地に行っても思うように観察できないという声があった。そこで後 期には、一定形式のレポートを課さず、各自が観察した内容をポスター形式にまとめて発表する様式とした。現地 実習を発表のための採集・撮影・記録のために活用するのである。1994年に開始した和歌山市加太での臨海実習は、 1999年には実習地を広大で生物多様性の高い和歌山県田辺市天神崎に変更した。事前学習・現地実習・事後のまと めとポスター発表という、一連の教育活動とし完成をみるまでに5年の歳月を要したが、この方式で現在まで基本 的な変更をすることなく実習を継続している(広瀬祐司、2000)。
修学旅行の教育的活用
 全国の高等学校を対象に,年間にどのような題材で実習(実験室での顕微鏡実習なども含む)を行っているのか を精査したデータはない。教育関係メーリングリストに寄せられる情報と、各都道府県単位で教員が実施したアン ケート結果から推測すると、高等学校での野外実習は極めて稀なようだ。1クラスの構成人数が約40名と多いこと、 支援が受けられない場合には授業担当者が1名で引率・解説・安全の管理をする必要があるため、かもしれない (広瀬祐司・木村和喜夫、2002)。
 一方で、全ての高校が毎年行っている修学旅行を有効に活用すれば、サンゴ礁で潜水観察することも可能なので ある。高校の修学旅行で航空機の使用が解禁になって以来、沖縄が北海道とならんで人気を集めている。日本列島 には熱帯雨林は存在しないが、それと比肩するほど生物多様性の高いサンゴ礁が発達している。筆者が大阪府立大 冠高校勤務中の1997年に、沖縄方面修学旅行を実施することができた。生徒たちは渡嘉敷島トカシク湾でスーパー フロートを使って遊泳しながら本物のサンゴ礁を観察した。アウトリガーカヌーを集団で協力して操りながら、サ ンゴ礁を水面上から観察することもできた。修学旅行を教育活動として機能させるには、臨海実習にあたって考察 した、事前学習・現地実習・事後のまとめがある程度必要である。サンゴ礁についての事前学習にすぐに利用でき るのは西平守孝他 (1995) 「白保のサンゴ礁」がある。茨木高校では2000年度の石垣島方面修学旅行の際に、WWF Japanからこの冊子を送っていただき活用した。
 しかし、小冊子ではサンゴの驚くべき多様性を紹介するのは困難であるので、渡嘉敷島修学旅行以来、筆者は慶 良間諸島、石垣島、和歌山県田辺市天神崎、和歌山県串本町で撮影したサンゴの写真に高校生向けに解説文をつけ HTMLとして編集した。現在では、サンゴ礁の解説に潮間帯での臨海実習の事前学習資料を加えた 「海の自然誌2003」 (http://zoo2.zool.kyoto-u.ac.jp/~hirose/Marine/index.htm)としてウェブ上で公開している。
生態学教育専門委員会での論議
 1997年3月日本生態学会第44回大会で、高校の生物教育の問題に ついての専門委員会を設置することが提案され、1998年8月に文書による全国委員会で委員の就任が承認され、計 8名の生態学教育専門委員会が発足した。委員は大学教官4名の他に、高校教諭3名と博物館員1名からなり、私 は高校教諭の一人として参加することになった。学習指導要領を読み直し、小中学校の教科書を読み込んでいくと、 小学校段階で、身近な生物の観察を終え、中学校では分類の初歩を雑草で学び、動物の多様性を無脊椎動物と脊椎 動物を比較して学ぶしくみになっている。高校生物では、生物の集団の項目(生態学分野)で、個体群レベル、群 集レベル、生態系レベルでの理論が解説される。一見してとても整合性の高い配列になっている。
 しかしながら、高校入学時にはほとんどの生徒たちはマメ科・アブラナ科・シソ科・キク科・ゴマノハグサ科の 植物を区別できない。事前学習なしで、臨海実習に生徒を連れて行って、「見たこともない生物がいる」という声 のもとへ行くと、ヒザラガイがいる。小学校4年からはじまる「身のまわりのいきもの」の観察を、教科書の授業 だけで終わらせず、実物をその生息環境で見せていれば、中学校を卒業するまでに上記の生物の区別ができるよう に、旧教育課程の小・中学校の教科書は編集されている。中学校の教科書には、図鑑を使って野草の名前を調べよ うという項目がある。豊富に出版されている植物図鑑のどれを買いそろえればいいのか、図鑑の使用法をどう教え るのか、生物担当者への具体的な情報提供はない。つまり学習指導要領と教科書は「絵に描いたもち」になってし まっていることがわかった。
 さらに高等学校の教科書の記載には、かなり問題があることがわかった。一般的な教科書では、群集の構造は森 林の階層構造を例に解説し、群集構造と環境の関係を、日本列島内の植物群系の水平・垂直分布や世界の植物群系 と降水量・気温の関係から説明する。物理的な環境要因が生物群集を規定するとしか読めない内容である。群集の 構造が時間と共に変化することを植生遷移を例に説明するが、光などの資源をめぐる競争から植生遷移を説明する 理論の紹介はない。陸上植物を材料にして説明している群集の構造や時間変化と、動物を材料にして説明している 群集内の生物間相互作用が、うまく統合されていない。現行の教科書の記述だけで各項目の関連は理解困難である。 このような「わかりにくい教科書」対策として、生態学の全体像を分かりやすく解説した副読本を、近い将来に日 本生態学会が編纂することを日本生態学会第47回大会(2000年3月、広島)で強く提案した。それは、4年後に実を 結び日本生態学会第51回大会(2004年8月、釧路)に合わせて、8月26日に東京化学同人より「生態学入門」として 刊行された。
小学校との連携事始め
 身近な雑草を中心とした身近な生物観察は、小中学校で学ぶ理科・生物分野の主要な部分になっているが、それ を十分に学んだ生徒は少なかった。そこで、高校生物の教科書学習の前提となっている植物観察を高校段階で補習 することにした。筆者は当初雑草の分類は全然わかっていなかったので、学校周辺の雑草を手当たり次第に採集し てきては、図鑑を参照して同定する作業に取りかかった、1989年頃のことである。名前の分かった植物標本に和名 のタッグを付けて、生物の授業中に回覧した。ただこれでは、どの雑草がどこで他のどんな植物と一緒に生育して いたという情報は失われてしまっている。
 そこで、数年たってから、生徒を自由に歩かせて、花の咲いている雑草を根こそぎ採集してもらい、それを図鑑 で同定してもらう実習を開始した。生徒の人数分の図鑑をそろえるので、安価な、長田武正(1973)カラー自然ガ イド人里の植物 I・II、保育社を40部購入した。最初は、こちらが判別困難な標本を持ってこられてはどうしょ う?と不安であったが、生徒たちはそんな希少種を採集せずに、普通に見られる植物の標本を採集してきた。同定 の際には、科のレベルまで助言して、あとは生徒が記載文を比較して種まで決めるという方法が有効であった。 この実習を春と秋の二回、同じ場所で実施すると、植物の季節変化を実感することができる。同じ場所でも植物は 時間をずらせて、開花・結実することがわかる。そしてなによりも、毎日生活している足下に、こんな可憐な植物 がいることを知ってくれるようになった。
 たまたま担任をした生徒の保護者が、地元小学校の教諭であったことがきっかけで、筆者は1997年に高槻市立桜 台小学校で、数名の先生方に校内の雑草の観察方法の解説をする機会を得た。高校で使用している、カラー自然ガ イド人里の植物 I・IIを小学校の教室においてもらうと、子供たちは休み時間にそれを見ては、校内の雑草の名前 を覚えようとするのだ。数十枚のカラースライドをお貸しして、それをスライドプロジェクターで写してもらう試 みもした。これも子供たちから好評であったという。小学校で理科専任でない教諭は体育・国語からはじまる全教 科を一人で教える。この状況では、教科書が良くても、学習指導要領が良くても、自然観察学習の充実を個人の努 力のみに期待することは酷であると分かった。ごくわずかな支援だけで、小学校の理科教育に大きな貢献をできる ことがわかった。
小学校での臨海実習を実現
 こうして交流を重ねることになり、小学校の先生に加太城ヶ崎臨海実習(1998年)、天神崎臨海実習(2000年) へ参加してもらうこともできた。そして2002年10月に筆者も同行して小学校5年生を連れて天神崎へ遠足に行く計 画をたて、実行した。事前学習のため1週間前に筆者が小学校に出向き、高校生の臨海実習のために作成したHTML を使用して解説した。事前学習で扱ったのは、脊椎動物の基本構造(腹から背に向けて、心臓・消化管・神経系が 順に配置されている)と節足動物と軟体動物の基本構造(背から腹に向けて、心臓・消化管・神経系の順に配置さ れている)を比較対照すること。刺胞動物は口があるが肛門がないこと、棘皮動物と刺胞動物は外見が似ているが、 棘皮動物は消化管をもち、口と肛門がその両端で開口していることを解説して、ワークシートに色塗りをした。
 桜台小学校では次年度に天神崎での一泊二日の臨海学習を企画された。理科専科の碓井武教諭を中心に2002年末 に下見を行い、雨天時のための体育館を確保された。宿泊は、筆者が茨木高校生物部の合宿で利用している天神崎 に最寄りの「元嶋館」を利用することにした。昨年度の遠足と同様の事前学習と出前授業を実施した。臨海実習に 先立つ事前学習をすすめていくと、児童たちは「天神崎に行って・・に会いたい」というようになった。碓井教諭 は臨海実習にあたって、最低必要な知識を一応押さえておくことが、自主的調べ学習の意欲を刺激するのに効果的 だと考えられていた。ワークシートをつくってその方針を説明し、書き込みさせ、そのつど丸つけして返却された。 「大事なことは、これを参考に 自分で調べたいことをいろんな方法でこれから自分で調べていくことですよ」とい うと、子供たちは今、自分が何をしているのか、無理にやらされているのではないことを了解し、うれしそうに熱 心にワークシートに取り組んだという。
 春の遠足は事前学習の一環として、海遊館を見学された。 その内容を子供たちはポスター形式で発表している。臨海実習の初日、2003年5月29日は大阪から天神崎への移動、 田辺湾でのカッター訓練を実施してから宿舎へ徒歩で移動した。夜にはファイアーストームと肝試しを実施した。 筆者はこの時間帯に合流した。昼間のカッター訓練で疲れたためか、児童たちの寝付きはよかった。二日目は朝食 前に元島周辺の磯散策を実施した、その後天神崎に徒歩で移動した。前回の遠足と同じく、「天神崎の自然を大切 にする会」のメンバーと筆者が、観察の指導にあたった。台風が接近してかなりの風が吹いていたが、児童たちか ら「早く返ろう」と言う声はひとつもなかった。大人の団体であれば早々と観察会を切り上げるような状況であっ た。この5年生はそれまで、集団としてまとまっていくのが大変であったという。しかし臨海実習が終わったとき、 二人の担任の先生方から「これで1年間やっていける」という感想をいただいた。
臨海実習の教育効果
 本年度の茨木高校の天神崎臨海実習も盛況のうちに終わった。今年も「こんなに楽しい経験はしたことがなかっ た」と多くの生徒が感激してくれた。高校における臨海実習も、小学校における臨海実習も、参加者に大きな影響 を与えることがわかった。その影響は4つの効果が合わさったものである。
1.「未知との遭遇」、好奇心の芽生え、生きものへの慈しみ
 外洋に面した広大な岩礁と、そこに住む見慣れない生きものたちを前にすると、子供たちは手放しで喜ぶ。子供 たちは普段の教室と違った環境で、いつもとは違う振る舞いをする。天神崎に着くと心を開いて、見知らぬ生物を 見つけてはその生物との交流を楽しむ。未知との遭遇とはこんなに楽しいものである。
2.「自分の身は自分で守る」、精神的な自立
 岩礁での実習では、危険な生物を判別して手を触れないこと、滑りやすい濡れた岩盤上では慎重に歩くこと、け がの防止のため軍手を着用する必要がある。怪我をした場合に傷の手当はしてもらえても、その痛みは残る。子供 たちは、自然に「自分の身は自分で守ること」が必要だと知る、そして精神的な自立が促される。
3.「自己表現と自己実現」、各自の個性を認めあう
 岩礁での観察・採集の最後に各自の採集物を持ちよる。ここで、各自が探した場所と方法(=各自の視点)によ って、全くちがう生きものを見ていたことがわかる。持ち寄ることによって、自分が見つけたもの(=各自の個性) を相互に認め合うことになる。算数が苦手な子供たちでも、探し回って多くの生きものを採集し、その能力を認め てもらえる。集団の中での自己表現・自己実現の場を臨海実習の中でもつことができる。
4.「学ぶ楽しみを知る」、学ぶことで楽しみを増やす
 学ぶことは本来楽しいことである、臨海実習に先立つ事前学習をすすめていくと、子供たちは「天神崎に行って ・・に会いたい」という。知れば知るほど楽しみが増えるということがわかる。子供たちが、教室での教科学習で も「学ぶ楽しみ」を知ることができればこの効果は絶大である。
引用文献
長田武正(1973)カラー自然ガイド人里の植物 I・II、保育社
西平守孝・目崎茂和・中森亨・J. Moyer・井龍康文・野池元基・島村修・小森繁樹・石原明子・長谷川均・渡久山章 ・迎里清・J. E. N. Veron (1995) 白保のサンゴ礁,WWFネイチャーシリーズ2,WWF Japan、東京.
広瀬祐司(2000) 天神崎での臨海実習:環境保全・種多様性の保全とのリンク.
生物教育研究会誌28:33-36.
横井洋太・木村和喜夫・嶋田正和・林浩二・広瀬祐司・矢島道子・渡辺守・米田健(2000) 日本生態学会生態学 教育専門委員会 第一期(1998, 1999 年度)報告書. 日本生態学会誌50:195-209.
広瀬祐司・木村和喜夫、(2001)生態学教育への野外研究サイト利用可能性. 日本生態学会誌51:283-289.
日本生態学会編(2004)生態学入門、東京化学同人

Abstract
Learning in Marine Biology : Methods and Effects
by
Yuji HIROSE
Ibaraki High School, Osaka, Japan

Marine organisms exhibit significant diversity when compared with terrestrial ones. In order to learn biodiversity of the whole earth, high school student had better observe marine organisms in their own habitat. One day excursion to rocky reef of Wakayama Prefecture have been hold every summer in these 11 years. Before the excursion, students learn about marine organisms by the photographs taken at the rocky reef. On the rocky reef, students walk about freely searching for organisms which they interested in. In situ observation of marine organisms awakens, scientific curiosity and affinity to life among students. Such effects are found in elementary school children, as well as in high school students. Elementary school learning is the basis for higher education. Therefore, our assistance of elementary school education is needed.

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科学教育における
科学史教育の価値観の再認識
To Deepen Our Understanding of the Scientific
History Education in scientific Education
安東 久幸
Hisayuki ANDO
元・宇都宮大学教育学部
The former Instructor of Utsunomiya University


はじめに
科学史教育が提唱されて久しいが,それなりの発展が遂げられているとはいえない.科学教育の中でもっとも遅れて いる分野が科学史教育であろう.明治以後、科学史教育 が積極的に行なわれたのは,終戦直後と現在の高校「理科基礎」 で,学習内容に多少科学史が入っていたことぐらいである.それは科学教育のひとつの性質ともいえるが,その原因の ひとつに科学教育界に科学史教育の意義や重要性の認識が不足してきた結果であると考えられる.そこで筆者は,いま までいわれてきた科学史教育の意義や価値観を再認識をしなければならないと考えた.現在までの科学史教育の意義, 重要性,意味づけ 実践について整理し,考察し,価値観を再認識することが重要であると思われる.そして今後の科 学史教育が科学教育に果たす役割を考えてみた.しかし科学教育において科学史が存在しなくてもとくに問題はなかっ たし,現在もそうである.これはどういうことであり,どう解釈するのか.科学史は科学教育に重要性をもたないのか.
 本誌は生物教育誌であるから,本来ならば生物教育史であるべきであるが,生物教育史は科学教育史に含まれる(も ちろん独自性はあるが)意味でここに掲載した.したがって科学教育史の観点から生物教育史をみることをねらってい る.また文中「科学」を「生物」,「科学教育史」を「生物教育史」,「科学教育」を「生物教育」におきかえると生 物教育史の価値観がわかってくる.
            
       
T.科学史教育の意義
1.科学史とは
「自然科学史は科学の全領域にわたり,各分科の発展の過程を記述し,各分科相互の関係ならびにその影響を説明し ようとする文化史の一部門である」1)と定義される.教育面からいえば物理学,化学,生物学,地学,数学,技術の歴 史を総合したものであるがここでは主として理科を対象にする.科学史を教育の面からみて次のように二分する.
・直接的な科学史 系統的,論理的な科学史.
・間接的な科学史 物やことがらの歴史、科学者の履歴,エピソード,業績,伝記, 科学史の断片など.
2.科学史教育とは
 科学史教育とは読んで字のごとく科学史を教育することである.一般に科学教育(理科,数学,技術,科学講座) において科学史を導入することをいっている.その対象はここでは小学校から高等学校までとする.
3.科学史教育の必要性
先述したように科学史教育があまりかえりみられなかったのは,その必要性が薄かったのか,なかったのか,なく てもとくに不便でもなかったからか,ここでもう一度,科学史教育の必要性について考えてみよう.現代科学を理解 する上で科学史は必要である.科学教育の学習内容は,現代科学である.これは長い間の科学の研究の成果である. したがって現代科学を理解するためには,科学史から入り,それを利用するのが早道であり,有効である.自然科学 の原理や法則を理解する上で科学史は必要である.いうまでもなく科学者の研究から科学あるいは自然の原理や法則 を発見したのであるから,それを理解するには科学史をひもどくのが有効である.生活環境にある物を理解する上で 科学史は必要である.すべてのものには歴史がある.生活環境にある物,あるいは使用している物を理解する上で科 学史は有効である 物の歴史を知ることで,物の本質がわかる.自然や自然科学の認識を深めるために科学史は必要 である.今日までの科学の発達の跡をみると,自然の謎がひとつひとつ解明されて,さらに新しい問題へとつき進ん でいる学者の態度を見るたびに、われわれはこれまでの科学 のたどった道程を概観して,いままでの豊富な総成果か ら自然現象の関連をますます深く観察しようとするための期待をもつため,いよいよ過去を回顧する.ことに個々の 活動が小さな研究分野に局限されていればいるほどいっそう科学全体に目を投じようとする要求が切実になる.これ には科学全体を現在の広がりのまま概観することも不能事でないが,それを歴史的にふりかえることによって主要事 実を摘出し,それらを関連づけ さらに深い見方を示唆される.科学の歴史的研究によって,自然科学はいまなお成 長途上にあり,未完成であることを知る.われわれも無理に結論を急ぐことを止め,未完成でも性格にと願うからゆ とりができて,独断や偏見に陥ることがない.われわれが今日用いているものと同様の実験方法や推理の方法が,科 学の発達史のうちに見いだされる,実際に以前の研究や思考過程に触れなくては論述されない分野も少なくない.2)
   4.科学史教育の目的
科学史教育というのは,いったいなにを目的としているのだろうか.それをはっきりさせるとその重要性がわかっ てくる.塚原久美子は「数学史活用の目的」を次のようにあげている。3)教師教養として,教師が指導内容についての 深い理解と洞察及び指導法と評価についての指示を得る.学習者が人類の知的文化遺産を学び,ひとつの文化として 数学のよさを感得する学習者が数学学習において理解を深める.授業に数学史を導入することによって,学習者が数 学を評価できる.数学史は数学をヒューマナイズする,あるいは数学に人間的な側面を与える.これらの文の「数学」 を「科学」,「数学史」を「科学史」に置き換える.加えて,科学的な自然観をもつ人間を育成する.この6つが科学 史教育の目的となる.
5.科学史教育の指導目標
科学教育の現場では,科学史はどんな指導の目標を掲げるか.科学史から現代科学を理解する.科学史から科学的 な知識・思考・態度・技能・創造性を身につける.科学史から科学の恩恵,功罪,課題を知る.科学史から科学に対 して興味や関心をもつ.科学史を授業に導入することによって学習が活発になる.科学史を学ぶことで理科離れ,理 科嫌いを防止する.科学と人間生活とのかかわり,自然の探究・解明や科学の発展の過程について観察,実験などを 通して理解させる.自然への疑問や興味に基づく客観的な観察と新しい発想が科学を発展させ,自然の見方を大きく 転換し,展開させたことについて理解させる.(高校学習指導要領 「理科基礎」の目標より)

U.科学教育に科学史を導入する例
1.科学史活用の場面
 前掲塚原は「数学史活用の三原則」を次のようにあげている.4)
◆学習者が「純粋な数学的知識の獲得」をできるような場面を取り入れる.
◆学習者が「数学的な考えの真価の認識」をできるような場面を取り入れる.
◆学習者が「歴史知識の獲得」をできるような場面を取り入れる.
 上記の文の「数学的」を「科学的」と置換する.科学史でそういう場を提供する.もうひとつの面,科学史の活用場 面というのは,実際に科学史を使用する場をいうが 授業(理科・算数・数学・技術・保健など),クラブ活動,総合 学習,課題学習,自由研究などの場がある.さらにそれらを活動の場面に分ける.授業では導入,展開,整理,発展の 場がある.クラブ活動では平常の研究,合宿,見学の場がある 総合学習,課題学習,自由研究は科学史に関する学習 の場である.
2.授業の科学史の活用例
科学史そのものを学習する.
 高等学校「理科基礎」の「細胞の発見と細胞説」の学習順序の1例を示す.
 レンズと物の観察→顕微鏡の発明→微生物の観察→コルクの顕微鏡観察→細胞の発見→細胞説→細胞形成説→ 細胞分裂→自然発生説→自然発生説の否定→伝染病の菌と治 療→顕微鏡の発達
 細胞がどのように発見されたか,そして細胞説はどのようにして提唱されるにいたっ たか,細胞の発見はその 後の生物の解明にどんな影響を与えたかを調べる.
学習活動  顕微鏡の発展の歴史,顕微鏡の製作と細胞の観察,細胞説の提唱まで細胞研究の歴史 生物はどこからきたかを しらべる.
 以前,最初の生物の誕生,自然発生説の歴史,シミュレーション,自然発生説の否定理科・数学の科学史の授業 への導入,
@ 「燃焼」(中2)
 燃焼理論の歴史としてフロギストン説を導入すると面白い.物質の中にフロギストン(燃素)という微細な物質 があり,火の原動力で可燃性であり、燃焼によってこれがな くなる.金属=灰+フロギストンの式になる.これは 誤りであったが,他の分野の研究を刺激したり,燃焼の解明に役立った.フロギストンを酸素におきかえるとほぼ 燃焼・酸化の反応になる.この説はなぜ長い間信じられたかを調べる.
A 三平方の定理 (中3)
 ピタゴラス(B.C582〜497)の業績についての話をする.三平方の定理,三角形の内角の和は2直角で あること,内心,黄金分割の発見,自然数を偶数と奇数に分けたなど多くの業績があった.これらは現在まで通用 しているものも多く、数学の発展 に大きく寄与した.
B 物の歴史5)を授業の中に入れると効果がある.
 ・人体の胃(中学第二分野):胃は長さ25p位の袋で2 ほどの食物を貯えられる.300年くらい前には食 べ物は胃で腐るとされたがフランスのレオミュールが,トビに海綿を飲ませ、吐いた海綿か ら胃液が強い作用でど んな肉片でも溶かす力があることがわかった.以後,消化は胃の内部で行なうことがわかった.
 ・水素 (中学第一分野):水素の発見は1766年、キャベンディッシュが,金属 に酸を働かせた時発生する 気体をとり出すのに成功,「燃える空気」と名づけた.水素の重さは空気の14分の1で燃えやすい特性がある. 1783年,ゴム風船に18の水素をつめ高度2700mまで達した人がでて,その後ドイツの飛行船ツェッペリ ンが活躍し,1973年ヒンデンブルグ号が静電気の火花で爆発した.
・温度計(小 高学年,中学第一分野):温度計は1593年にガリレイが考えだした.それはニワトリの卵と同じ 大きさの 球に、目盛りをつけた長い ガラス管をつなぎ,球を暖め,管を水中につけると水が  上がり温度を知る ものであった.それから25年後,フィレンツェが寒暖計を考案  し,ヨーロッパへ伝え,1659年パリ天文台 のフリオがはじめて水銀寒暖計を作  成,現在の温度計のもとはフランスのアモントンが1702年に作ったもの である.このようにすべてのものに歴史がある.これらを授業の随所に取り入れると児童生徒は興味をもつ.
C 学習指導案6)
・科学によって過去の世界とそこに住んでいた生物の様子はどのように明らかにされたか.(中3)
導入としての話しあい
a,自然界のなぞで最近になってあきらかにされたものにはどんなものがあるか.
b,現在の生活は数十年前または数百年前の生活に比べてどのように高められたか.
  c,人類出現前の地球の状態は,どのようにして明らかにされたか.
 教師の説明:人類出現前の生物や地球の状態が,化石の研究によって推定されることを掛け図やスライドを用いて 説明する.
標本の観察:化石の標本を観察し,その特徴を調べる,
研究と発表:化石によってその当時の自然のどんなことがわかるかをグループで調べて発表する.
 教師の説明または話し合い:化石や化石の価値について昔の人はどのように考えてきたか,その考えがどのように 進歩してきたかを説明する.
・われわれの生活を能率的にするために,科学はどのような機械をつくり出したか,またどうすればそれをよく使う ことができるか.(中3)
 自然力の利用によって人の力はどんなに省けてきたか,
研究と表の作成:自然力の種類とその利用の発達を示す表を研究して作成する.
話しあい:自然力の利用によって人の労力はどんなに省かれてきたかを話し合う.
表の作成:自然力の利用に関する発明について話し合い,それについての表をつくる
教師の説明:まだ有効に利用されていない自然力の種類について説明する.
・科学は微生物の世界をどのように明らかにし,それを利用する方法を発達させたか
 問答:人は微生物をどのように利用しているかについて教師の発問に答える.
 研究と発表・教師の説明 グループで次のことを調べて発表し,教師が説明を加える
a,微生物研究の歴史と顕微鏡の発達
b,微生物を研究した学者の業績
c,微生物の利用法
 表の作成:グループで顕微鏡の発達,微生物の研究,微生物の利用の表をつくる.
科学史活用の指導法の留意点
@学習内容のどこに科学史をどのように取り入れるかの計画をたてる.
Aシュミユレーションをなるべく取り入れ,児童生徒によく考えさせる.科学的思考を育成する.
B上記の指導案にあったように,問答,説明,実験,観察,調査,製作の活動,視聴覚器具の利用をする.また 水族館,植物園,動物園,博物館などを利用する.
C直接的な科学史及び間接的な科学史を適材適所に使用する.
D児童生徒の自発的な学習活動も奨励する.調査や実験観察など,課題学習や宿題などは自主性をもって行なう.
E昔,以前の科学者がどう考え,どんな研究をしてきたか,科学の発見,発明の過程やヒントを扱う.
3.科学史学習の形態7)
@問題解決学習
 科学の学習や生活から科学史に関する問題・疑問をみつけ,明らかにし,資料を収集し,仮説をたて,実験・観察・ 測定し,結果から仮説を検証する.シュミユレーションを行なう.このような解決の過程で科学的な能力・態度・技能 が得られる.そこから科学的な見方・考え方が生まれるという価値観が存在する.
A発見学習
 科学史から基本的原理や法則などを発見させることや発見の方法を学ばせ,その喜びを味わう.過去の科学者がど んなに研究努力してひとつの原理や法則を発見したかを学が,たんにそれを本などで読むだけでなく,どう考え,試 行錯誤しながら実験や観察をしていったかを把握する.その過程の道筋や方法から科学的思考が育成される.児童生徒 自身が科学者となってひとつのテーマをきめて,過去の科学と対照して実験や観察をして原理や法則的なことまでいき つく.自分で新しいことを発見することである.そこに価値観がある.その過程は上の問題解決と似ている.
            B探究学習             探究学習は知識を獲得する学習過程において,子どもみずからすすんでものごとを探究していくときに調べる能力,創造する力,技能を身につける.科学史的な探究過程を重視する.昭和52年の学習指導要領 中学校理科の目標には「観察,実験などを通して,自然を調べる能力と態度を育て…」とあり,同47年には「自然の事物・現象への関心を高め,それを科学的に探究させることによって科学的に考察し,処理する能力と態度を養う」と能力と態度の養成を述べている.これは科学史の学習からも得られる. 学習形態にはこの3つがあるが,これはすべて科学史の学習でも達せられるもので,3つのはっきりした区分をせずに混同しながら授業をする.       
               
V.科学史教育の価値観
科学史教育の位置づけ
 理科は自然に対する関心や探究心を高め,観察,実験などを行い,科学的に探究する能力と態度を育てるとともに 自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な自然観を育成する.
 数学は数学の基本的な概念や原理・法則の理解を深め,事象を数学的に考察し処理する能力を高め,数学的活動を 通して創造性の基礎を培うとともに,数学的な見方や考え方のよさを認識し,それらを積極的に活用する態度を育て る.
 これは高校学習指導要領の目標であるが,小・中学校の目標もこれに含まれている.この目標に到達するために科 学史は科学的なバックボーン・バックグラウンド,根拠,手段,方法,資料としての位置づけをもっている.
科学史教育の価値観
@科学史教育は実質陶冶と形式陶冶の両面をもっている.ある程度科学史を系統的に学び,科学の原理や法則の理解 をすることの実質陶冶と科学史から科学的な態度や科学に興味や関心をもつことをねらいとした形式陶冶がある.
A理科や数学(筆者追加)が子どもに科学的自然観を獲得させ,自然を科学的に認識する方法と成果をきちんと学ばせ るために科学史は重要な役割を果たす.8)
B科学史自体が学習内容となる.現在の自然科学が学習内容であるが,それができるまでの歴史は,現在と同様重要 なことである.
C科学の進歩は,生徒の思考,創造活動を高め,科学的自然観を育成する.
D最初の科学的な思考,解決法,研究過程は,児童生徒の発達と似ている.したがって科学の発達にしたがって児童 生徒の発達と対比することができる.つまり「個体発生は系統発生をくり返す」というアナロジーがある. E自然科学の性格,発達の過程,方法,利用の知識や認識をもつ.自然科学とはどういうものか,どういうように発 達してきたか,どんな性格をもっているか,どんな研究方法なのか,どんな背景があるか,なににどう利用されてき たかなど自然科学がわかることである.もちろんそれらのほんの一部がわかることである.科学観の形成をする.科 学を全体としてどう捉え,いかに評価するかについては,科学史の教えるところは重要になる.9) 児童生徒は科学 をどうみるかの問題である.科学はすばらしく,生活や産業に役立つものであり,人類を幸福にするが,その使い道 によっては武器の製造や発達,環境破壊など不幸になることもあるという科学観もある.
F自然科学は真理に近く,普遍性があるとしても絶対的な永久的な真理として科学は存在しないことの意識をもつ.
G科学史から当時の社会や学問、風俗などがわかり,歴史の勉強にもなる.科学者 の科学に対する努力,思考,情熱 から児童生徒の人間形成に資する.

引用文献
1)大学自然科学教育研究会 科学概論と自然科学史25頁 1959 東京教学社
2)前掲1 25ー26頁
3)塚原久美子 数学史をどう教えるか 54頁 2002 東洋書店
4)前掲3 79頁
5)折井雅子 理科ものしり事典 1991 大日本図書
6)文部省 中学高等学校学習指導要領 理科編 174ー175 1952
   7)東京都私立短期大学協会 初等理科教育法 102頁参照 1989 育英堂
  8)高橋慶一 理科教育法 207頁 1984 明治図書
9)前掲6 209頁
                                                                    Abstract

Abstract
To Deepen Our Understanding of the Scientific
History Education in Scientific Education
by
Hisayuki ANDO
The former Instructor of Utsunomiya University
 Including meaning, purpose and object, educative values of scientific history are the following.
1. We can understandhe content of modern science by learning scientific history.
2. We can comprehend the principle of modern science by learning scientific hisotry.
3. Substance building; scientific history forms the contents for learning.
4. Formal building; we can acquire scientific thinking, attitude and ability.
5. We can learn intellectual cultural inheritance and enjoy the benefits of science.
6. Scientific history becomes a means to take objects which are the background and the backbone for learning science.
7. We take a great interest in science and enliven our lessons.
8. We are able to think the future aim of science.

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屋久島自然観察研修報告(U)
イエローストーン研修を前提とした伊勢原事前学習
Advance Studies in Isehara near Mt. Oyama in Tanzawa Mountains
before Observation Studies on Nature in Yakushima Island
Plan to Substitutive Researches for Yellowstone Studies (II)
松井 均
Hitoshi MATSUI
神奈川大学附属中・高等学校
Kanagawa University High School
E-mail:matsuh03@kanagawa-u.ac.jp

キーワード:自然観察研修、環境教育、総合学習、屋久島

Z 伊勢原事前学習
 10月の時点だったので、様子を見ながらイエローストーン海外研修を実施することを念頭にしたまま 事前学習は行われた。その実施計画は以下の通りである。
□前日の打ち合わせ:10月13日(土)13時〜地学教室
□雨天のときの対応:有隣堂担当者(赤池)判断
 @前日の午後6〜7時、 A当日朝早く(6時)
連絡方法は連絡網を作製し、10月13日の打ち合わせにて最終の連絡網を渡した。
ブラウン氏による教室でのスライド講義: 開始時間10時 地学教室
内容1『イエローストーンの四季』(約1時間)
  2『イエローストーンでの装備・服装について』
  できたら 足跡採取の実習
    資料等 □集合時間・場所
 伊勢原駅(小田急線)(別紙)
□同行講師、スタッフ等
 ステーイブ・ブラウン氏・橋本光雄氏・風の旅行杜より一名・赤池(有隣堂)
 伊勢原駅改札口で合流
□コース
 伊勢原−(路線バス)−日向薬師間− 徒歩− 大山ケーブル駅−(路線バス)−伊勢原駅
□服装
 □山歩きの服装:長ズボン、長袖シャツ
 □軽トレッキング・シューズ(雨にも強い靴) □帽子
  □持ち物
 □お弁当 □飲み物(500mlペットボトル2本程度、水筒など)
 □雨具上下(天候に応じて) □軍手 □リュック(持ち物・上着などの収納)
□教材と資料
 有隣堂で準備:石膏、カップほか足跡型どり用のもの(途中シカの足跡の採取を行った。)
□解散
 16時頃 大山ケーブル駅バス停(伊勢原駅まで一緒になります。)
伊勢原事前学習の報告:行った実習風景等を写真にて報告する。
動物の沼田場での利用法や利用した動物の種類を見分ける実習を行う。このあとすぐに大山ケーブル駅近くの 道路に出て、事前学習は無事終了した。 (つづく)
写真1 田圃と森の景観で実習
日向薬師より歩き出してすぐ
写真2 動物の糞で実習
写真3 シカの足跡の説明
写真4 シカの足跡をたくさん発見
写真5 旗をたて足跡を保護する
写真6 足跡と旗の拡大
写真7 足跡間の測定 写真8 足跡を石膏で採取する
足跡からシカの大きさ、雌雄なども推定できる
写真9 採取したシカの足型 写真10 いよいよ林内へ
林内で杉林など日本の森林の説明を受け沼田場に到着
写真11 沼田(ぬた)場での実習 写真12 沼田場の拡大

Abstract
      
Advance studies in Isehara near Mt Oyama in Tanzawa Moutains
before Observation Studies on Nature in Yakushima Island
Plan to Substitutive Reserches for Yellowstone Studies(U)
by
Hitoshi MATSUI/B>
Kanagawa University High School
E-mail:matsuh30@kanagawa-u.ac.jp

Plan of Yellowstone studies were obliged to change because of September 11, 2001 attacks. Nominative excursion places were Shiretoko peninsula, Yakushima island and Iriomote island . Yakushima island was selected by two reasons, safety and non-overlap of others studies. This paper reports on advance studies in Isehara near Mt Oyama in Tanzawa Moutains, Kanagawa prefecture, JAPAN before Observation Studies on Nature in Yakushima Island Plan to Substitutive Reserches for Yellowstone Studies. We got many foot prints of Japanese deers in this advance studies.

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あとがき
Afterword

齋籐 三男
Saitoh Mitsuo
実践生物教育研究会
The Society of Practical Education in Biology
齋藤生物教育研究所
SAITOH INSTITUTE FOR BIOLOGY EDUCATION
E-mail:RXP04450@nifty.ne.jp

実践生物教育研究会会誌『実践生物教育研究』(第39号)をお届け致します。今回 は巻頭言に日本環境教育学会会長鈴木善次先生(大阪教育大学名誉教授)にお願い致 しました。鈴木先生は、現在、東京都八王子市にお住まいです。今夏は、殊の外暑 い日が続き、更に、十二月に入って、埼玉県熊谷市では、夏日の25.6℃を記録しま した。地球を取り巻く大気循環に何らかの異変が生じているのではないかと危惧さ れます。はたして、来夏はどのような気候になるのでしょうか。今年以上に猛暑の 夏を迎えなければならないのでしょうか。皆さんと共に、これからの地球環境の保 全に、さらに一層、真剣に取り組みましょう。今回は、ご寄稿下さる方が多く、引 き続いて、第40号を発行します。お楽しみにお待ちください。齋藤生物教育研究所 内の「実践生物教育研究会」の活動に対しまして、皆様から、更に一層の暖かいご 支援・ご援助を賜りますよう、心からお願い申し上げる次第です。

To Readers
by
Saitoh Mitsuo
Seretary General of the Society of Practical Education in Biology
in
Saitoh Institute for Biology Education
It was very hot everyday in this summer in Tokyo, Japan by reason of global warming. Especially on early December in this winter season, the temperature was 25.6 ℃ in Kumagaya city, Saitama prefecture so it was very hot like a summer day. (Saitoh Mitsuo)

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