アイルランドの思い出

アイルランドについて書くと長くなる。そう、アフリカ難民救済の募金活動に参加したのだ。2〜3週間、各国から集まってきた自称ミュージシャンたちと寝食を共にした。
大道芸のうまいオランダの大学生や、盲目のギター弾き、エストニアからギターを持ってやってきた音大出身のセールスマン...、日本人は私一人だった。主に北部を中心にベルファーストからロンドンデリー、そしてダブリンまで小さなバス一台でまわった。

アイルランドの音楽はどこか物悲しい。そして日本の音楽とよく似た節回しである。
陽気なアイリッシュ・ジグの時の笛や太鼓の音は、日本の祭囃子そっくりだ。

アイルランドの人々は自分たちの国の音楽に誇りを持っている。

もちろんロックは若者の生活の中心だが、数少ないアイリッシュ・パブはいつも満員である。

あちらではストリート・ミュージシャンのことをBusker (バスカー)と呼ぶ。
私たちはInternational Buskers と呼ばれ、珍しがられ結構募金は集まった。


ダブリンでは知事の公邸にまで招かれてしまった。
日本の子守歌をピアノで弾き語りしたら、非常にうけた。

この貴重な体験から得たものは本当にたくさんあって、その中でも一番大きな収穫は、世界中どこに行っても私は私、 とてもユニークな一人の人間なんだという自信が根をおろしたことだと思う。
頼れるものは自分だけ、そして私の歌だけが自分のコミュニケーションの手段という
かなりしんどい状況に身をおけたのは幸せだった。
アイルランドは貧しい国だ。
北部のカトリックとプロテスタントの間は今も冷戦状態だ。
アルコール中毒の失業者も多い。色々な問題を抱えている。
単純に空と緑と羊のイメージを描いていた私は、やはり温室育ちの日本人なのだろうな。

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ここまでは私が1997年4月、まだ慣れないホームページを作るために必死だった頃に書いたものです。
その後、ホームページを読んで下さった人たちからアイルランドの話が一番印象的なのにあまりにも短すぎる、というお便りを何通かいただいたので少しずつ書き足していくことにしました。
My twitteringのページでもよかったんですが、あっちはあっちでもっと軽いものにしておきたいので…。