実際ちょっと疲れた。本当は日本の虫屋の個人ホームページ第1号を目指し(既に遅いか)、昨年暮にはオープンする予定だったのだが、年をとったせいか根気が続かず、おまけにWindowsマシンなので、マックと違って「3.1」時代は接続するだけでも大変、簡単に挫折してしまった。
しかし、いよいよ「95」になって、ネットへの接続も簡単、プロバイダーも安くなり、回りの環境の方から私に歩み寄ってきてくれた。これなら、怠け者にも何とかなりそうだと、思い切って386からPentium
マシンに乗り換え、一気とはいかないまでも、バタバタと形だけ「Jamides Home
Page」の開設となった次第である。
しかし、こんなことをやっていて、肝心なチョウチョの方ができるわけがない。この1年間、たまにしか展翅をせず、蝶類学会誌13号の編集をイヤイヤやり、年末のBintan島で土砂降りに遭い、春のスマトラで雪辱を果たしたのみである。だんだん物覚えも悪くなり、ほとんどパソコンに振り回される時間ばかりで、チョウチョの話をインターネットに載せようにも、その話題がないという、まったく本末転倒な日々を送ってしまった。
で、私がなんでこんなことを始めたかというと、それは単に面白そうだったからで、他に理由はない。しかし、本業(?)の虫屋をサボっていたのだから、少しはもっともらしい言い訳をしておこう。
実は(しらじらしいが)、アマチュアの趣味の世界にとってインターネットほど便利な道具はない、と思ったのである。仲間との連絡が、電子メールや特定の会議室で容易にできることはもちろん、「会誌」でやっていることが、全て安価、随時に行えるのだ。編集の手間もやり方によってはほとんどかからない。なにより、個々人の自由な発言が可能である(今でもそのはずなのだが)。
ところが、逆にこれらは「会(会誌)」の管理上の欠点でもある。随時に更新できるので「確定版」がない上に、著作権、先取権が不明確になりやすい。また、編集権が及びにくく、(会の中枢部にとって)良識を欠く意見も、容易に流布されてしまう。
そして一番の問題点(?)は、ネット上では誰でもが自由であるため、従来の求心的な「会」という形態が、その意味を成さなくなることである。中枢が無い、ということはまさにインターネットの本質そのものなのだから、あたりまえだが。しかし正直私は、この「自由」に、身震いするほど感動したのである。
現生人類もいよいよ終わりが見えてきたが、インターネットにより世界中の脳細胞を繋げることで、我々はやっと最後に、とっても人類らしいことをやったような気がする。自分自身の全てを、覆い隠すことなく見渡すことができるようになったのである。我々の頭の中の構造は十数万年前に誕生したときからやっぱり全然変わらない。それがこのサイバースペースを覗いて、私がまず確信したことである。
96/07/07
高波 雄介
一応、背景の解説:
ToxopeusによるJamides属の分類箱。紛らわしい同氏の同定のためのオレンジラベルの「Type」と、いくつかの本物のタイプ標本を含む。1920
年代後半の作か? ベルリン動物学博物館所蔵。(高波コレクションではありません、念のため。私のはもっとキチンとしてます?)
J.S.Bach, "Goldberg-Variations" BWV988. Quodlibet (arranged by
Dennis).