空想都市ネコンペ'09企画 (2009.2)



next→
 「おっさん! おっさんてば! いいかげん返事しろってば!!」
 
 先程からウルサイ。
 季節は冬。夜明け前。
 最寄駅からの、コンビニすらない、薄暗い、人気ひとけのない道を、独り寂しく自宅に帰る―― 予定が、妙なのに捕まった。
 最初は、おにーさん、おにーさん。とか言ってたクセに、俺の華麗なるスルー能力を駆使しているうちに、ずいぶんと格下げ(?)されてしまった。
 
 いいから静かにしてくれないか。させてくれないか。
 仕事が絶賛デスマ中でもう3ヶ月も全休もらってない。10日振りに半休貰って、アパートの風呂で休むんだ。会社のそばのネカフェのシャワーじゃなくて、ちゃんと湯船につかって、ゆっくり疲れを取るんだ。
 そして、溜まってる洗濯モノをクリーニングとランドリーに……あと、何だっけ? ああそう、予約録画しといたアニメがちゃんと録れてるかチェックしてからDVDに焼いとかないと……。
 「オッサン! ハゲ! デブ!」
 ……あれ? 半休て半日休の略だよなぁ。 始発で帰ってきて、13時出社ておかしくね?
 「この腐れオタク! 二次コン! 童貞!」
 「何だと、ゴルァ!!」
 
 ・   ・   ・
 
 自宅。マイアパート。
 玄関ドアの受け口に入りきらなくなった新聞が脇に積まれていた。仕方なくそれを纏めて抱え上げて部屋に入る。
 六畳一間の安普請やすぶしん
 結局、着いてきてしまった。この生物ナマモノ。スルーできなかった自分がうらめしい。
 大体、俺は猫は好きじゃないんだ。
 特に白猫とか最悪だ。
 
 そう、ちょっと前、この現代社会に疲れ果てた(ここ笑うところ)俺に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせていたのは、何を隠そうネコだった。
 ネコ目ネコ科ネコ属……何だっけ?
 まぁ、言葉を喋りやがっていたので、実は猫型宇宙人とか、未来から来た猫型ロボットとかかも知れない。
 ……フツーの白猫にしか見えないけど。
 アレだ。デスマーチも佳境にくると幻覚くらい見るという話ですよ。
 フィギュアが歌ってたとかいう同僚もいたし。
 ちょっと悪戯いたずらして人形ふぃぎゃーが持ってたネギを包丁に変えてやったら、曲がテクノポップからメタルになったと語ってた。 ―― 俺は聴こえなかったから、どんな歌だったか知らないし、知りたくもなかったが。
 いかん、アタマがぼーっとしてきた。俺電池が切れるサインだ。そろそろ上がろう。前みたいに風呂で溺れかけるのは勘弁だ。
 ボケた頭をゴシゴシ拭きつつ、部屋の隅に視線をやると、"ヤツ"は脱ぎ捨てた半纏はんてんに体を半分突っ込んで、目を細めて丸くなっていた。
 「はぁー、ぬくぬくー」
 未だ、幻覚は覚めてくれないらしい。いつものびしい空気の部屋に戻っていることを、ちょっと期待していたのだが。
 しかし、猫とは悪趣味だ。
 
 ・   ・   ・
 
 そう、俺は猫を飼っていた。
 過去形だ。もういない。
 白いオス猫。
 まだ前の職場にいた頃、彼女が拾ってきたのだ。
 お粗末なダンボール箱に入った二匹の白猫。
 話し合った結果、彼女と一匹ずつ飼うことにした。
 彼女のマンションがペット不可なのは知っていたが、俺のアパートもそうだった。
 それでも飼うことにしたのは、大家や管理人も建て替え後のことしか考えてないようなこのボロアパートに、俺は許される限りずっと住むつもりだったし、未だ空き部屋の散見するココでペット一匹見つかっても追い出されはすまいという自信があったからだ。
 そして、猫を抱いて笑う彼女が、あまりにも可愛かったから ――
 
 そんな彼女も、俺の前の職場が倒産して、雇用保険の給付が切れるころには姿を消していた。
 メールに返信が来なくなり、携帯がつながらなくなり、派遣先の会社からは辞めたと聞かされ、マンションからはいつのまにか表札が消えていた。
 最後の会話は不況と就職難に対する愚痴だったような気もする。阿呆過ぎる。
 きっと今ごろは、地元の沖縄に帰って結婚でもして、それなりに幸せに暮らしているだろう。
 
 そして、猫と俺が残された。
 猫のなにげない仕草を見るたび、彼女を思い出して辛かったが、俺は自分の食費を削っても、意地で飼い続けた。 コイツがいる限り、どこかで彼女と繋がっていられる気がする、という女々しい感傷めいたモノもあった。
 何とか再就職した後、予想以上に泊まりの多い仕事だったこともあって、俺は度々、仕事場に猫を連れていった。
 アイツは皆に可愛がられ、半ば仕事場のマスコット化し、いつの間にか会社のHPに専用ページが出来ていたりもした。
 
 春先、思わぬトラブルで泊まりになった日、帰ってきたらアイツは居なかった。
 いつもの散歩だろうと思っていたが、翌日になっても、翌々日になっても帰ってこなかった。
 そして、そのまま今に至る。
 
 ・   ・   ・
 
 パソの電源を入れて、TV録画のチェック。
 賞味期限1日経過のチーかまをかじりながら、ディスプレイに向かっていたら、匂いでもしたのか、話しかけられてしまった。
 「あー、何食ってんのさー。ボクの分無いの?」
 「図々しい。美少女にでも化けて出直してこい。」
 「残念。ボク、男の子なんだよねー。こんなに可愛いから間違われても仕方ないけどさー」
 いや、間違う以前に分かりませんから。見ただけでぬこの性別判別できるほどプロじゃない。……プロ? ペットショップ店員とかブリーダーとか、見ただけで判るのだろうか? いかんいかんまた思考がぐるぐるし出した。作業止まってるし。
 あんまり構ってると思われるのもシャクなので、目線は画面に固定――
 「それとも女装美少年が好みなのかにゃー。ホラここに積んであるような。」
 カリカリと言う音に振り返ると、部屋の脇に積んであるゲームのパッケージを引っかいていやがった。
 「最近はこーんなんが流行ってんのねぇ。歪むわけだわ」
 そう言うと、手をとめてこちらを見て、口の端を上げてニヤニヤと笑っている。その"笑い"だけいつまでもそこに残っていそうな……正に何本も草を生やしたような嘲笑。
 「別に買ったわけじゃない」
 ゲームソフトを引っこ抜いて奪う。
 その背には見慣れたブランドロゴマーク。
 手にとったそれは、シュリンクも破られていないまっさらな新品だ。ちょっと猫の爪痕がついてしまったが。
 「前に作った、うちの会社のソフトなんだよ」
 意図せず、科白セリフに溜め息が混じる。
 いやになる程デバッグでプレイしたゲームだ。正直、ゲーム画面なんぞ見たくもない。
 パッケージ正面には何の皮肉か、白いネコミミのカチューシャをつけた、一見可愛い女の子にしか見えないキャラが変なポーズで微笑んでいた。
 
 『……待て』
 俺のボケた頭に戦慄が走った。
 なんでコイツはこれがそういうブツだと知ってるんだ。いや、そうだ。これは幻覚だ。仕事疲れの腐れ脳味噌が生み出した妄想だ。
 ―― でも、どこまでが、どこからが"そう"なんだ?
 猫の声を聴いたところ?
 アイツに似てる白猫を見かけたところから? そもそも、俺は、ちゃんと休みを貰って帰ってきているのか?
 この、ゲームを掴んでいる手は現実か……?
 
 「なかなかイイ感じだにゃぁー」
 俺の思考を遮ったのは、間延びしたヤツの声だった。
 「そもそも」
 ひょたっとはんてんの上から畳に飛び降りて近寄ってくる。
 「こうしてボクと会話成立してる事自体に疑問をもってくれないと」
 机に飛び乗り、コミカルで憎たらしいながらも可愛い顔をにゅと近づけて、至近距離からささやいてくる。
 「にゃあ? 何が真実ほんとうだと思う?」
 
 どっどっど――
 心拍数が上がっているのが自分でも分かる。
 「ここは、おれの、アパートで、おれは、しごとやすみで……」
 うまく舌が回らない。
 「にゃあ? なんでボクの言っていることが判ると思う?」
 ヘンな汗がでてきた。
 「それは、お前が」
 「違うにゃ」
 いままでと違う、キッパリとした口調で、ソイツは俺の発言を遮り、否定した。
 
 「だってお前、ネコだもん」