空想都市大風呂敷企画 (2008.6)



Act.1-2→

 幼い頃、初めて自転車に乗った時、世界が拡がった気がした。
 それまで、徒歩ではとても行けなかった所まで、自転車があれば行ける。
 それは、とても凄い"力"だと、純粋に感じた。
 早く、遠く、そしてまだなお先へ。
 その想いは、今も続いている。


Act 1-1

 この街の冬は寒い。
 北国というわけではないのだけれど、県境にそびえる山々から容赦なく吹き下ろす風が、否応なしに体感温度を下げる。増してや今は夕暮れ時のバイクの上だ。
 膝上丈のスカートが、押えて座っているにもかかわらず捲れ上がるが気にしない。
 どうせレギンズを穿いてるし、ぶっちゃけ乱暴なことを言えば、車上の女子高生のスカートの中身を見ているような運転手は、一度事故った方がいいと思うんだ。
 しかし、それにしても今日は冷える。
 確か、風速1mにつき、体感温度が1度下がるとか、アイツが言っていた気がする。そんなことを考えながら麓の道を飛ばしていると、余計に冷え込んできた気がして、着いたら慎のヤツはシメてやろう。などと決意しながら、スロットルを更に開けた。

 いつもの週末、金曜日。
 市内の外れ、山の麓をはしっている県道から脇の新道に入り、山を上っていく。
 左手は崖と、底には市内を横切る川の上流が流れている。ここの高さと今の暗さでは微かな音しか確認できないけれど。
 逆側の右手はそそり立つ絶壁。むき出しの岩壁が続く。たまに土壁と補強コンクリートブロックのパターンが現れ、その上から白いセメントの壁がこちらを覗いている。
 ボクはここの峠道をバイクで飛ばすのが大好きだ。
 昔から造成工事はしていたが、現在、数年前に出来た大きな工場施設と、その社宅くらいしかこの上にはない。
 お陰で車通りは殆ど無く、思うままワインディングを攻められる。
 愛車の偏光銀紅色マジョーラレッドに塗られたHONDA CT125ハンターカブは今日もゴキゲンだ。踊るようにコーナーを躱していく。

 ・   ・   ・

   右手がずっと白いコンクリの高い塀になると、目的地が近づいてきた証拠だ。工場の前を抜けて、景色が開けてきたら、社宅が並ぶ造成地はすぐ。
 次のS字カーブを抜けると、工場の通用門だ。スロットルを少し緩め、周りの音に意識を集中 ―― しようとしたら、いきなり右コーナーの向こうから、車が車線を跨ぐように飛び出してきた! 強烈なヘッドライトに全身を照らされる。
 間に合わない!?

 何故・エンジン音・無かった・大きい・見たことない形 ――
 思考は混乱しながらも、体は反応していた。
 スロットルを戻して前輪ブレーキ、腰を外側に入れつつギアをロー。カウンターを当てたハンドルを力の限り固定し、滑る車体が外側を向いたら、ハンドルを真っ直ぐに戻し、腰を逆に入れてフルスロットル!
 車の圧力を右手側に感じつつ、先程とは逆方向にアクセルターンを仕掛けて、車体を強引にコーナー出口へと向かせる。
 派手な擦過音と、タイヤのゴム跡を路面に残して、何とか危機を乗り切った。
 と思ったら、後輪がガードレール下の砂利に乗った感触。
 『あ、やば』

 滑ろうとする後輪を感じた刹那、反射的に、迫るガードレールを思い切り蹴り飛ばしていた。
 コンマ数秒をコマ送りに感じつつ、飛んでいった靴を視界の端に認めながら、スロットルとブレーキをコントロールする。
 耳を突くスリップ音に振り返ると、さきほどの車が車体シャーシをスピンさせながらガードレールに激突しようとしている所だった。

 街灯が、滑っていく車の後部座席をなめるように照らす。
 驚愕におののく男女の姿。こちらをちらりと見た、白いスーツの女性と一瞬目が合った。
 ボブショートに切れ長の大きな瞳。
 『涼子さん?』

 お互いを認識した一瞬後、クラッシュ音が山間やまあいに響いた。

 ・   ・   ・

 ガードレールを突き破り、辛うじて道路に引っかかっている大きな車体。やはり見たことのない車だ ―― いや、本当に車なんだろうか? 街灯に仄かに浮かび上がる、菓子箱を潰したようなそのシルエットは、何と言うか前衛的過ぎる。
 しばし呆然として見ていたが、道路側のドアが開いたのを見て我に返った。
 飛び出してきた白いスーツの女性は、やはり見知った顔だ。
 「涼子さん!」
 思わず叫んだ次の瞬間、あろうことか、その女性は勢い良く扉を閉めると、えいっとばかりに車体を蹴った。
 灯りを反射して鈍く煌めく車がスローモーションで崖の向こうに落ちていく。まるで映画のワンシーンのようだ。
   一体、何が起こっているのか、さっぱり分からない。