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ベトナムの遺跡へ行くぞ!

ベトナムは歴史の長い国。とくにフエの歴史遺産とチャンパはベトナムを代表する歴史遺産です。日本からも直行便があり便利。訪れやすい国といえます。


 グエン朝王宮  ★★★  
  何にも残っていませんが・・

ヴェトナム中部の都市、フエにあり、「ミニ紫禁城」なんていわれているのが、この王宮である。まんま、中国の紫禁城(故宮)をコピーしたらしい。おお、あの故宮が見られるのか、どんなんじゃ、と故宮ファンの僕としては、大いに期待してフエに乗り込んだのであった。でも、実際は、なーんにも残っていませんでした。よく考えたら、当たり前だよね。ここフエは、ヴェトナム戦争での激戦地。それ以前の第一次インドシナ戦争でも戦闘があった場所だ。木造の王宮なんて、きれいさっぱり焼けてしまったのでした。  

いまは、黒く焼けたような城壁と、戦後に再建された建物がいくつかあるだけ。午門という、大きな門と、大和殿という、式典に使われた建物だ。あとは、茫々と草が生い茂る、なんとも寂しい場所である。それはそれ、昔の建物の土台に座って草原を眺めていると、「夏草や・・・」なんて句が頭に浮かんできて、なんとも遠ーい気持ちにはなれる。悪くはない。  

そもそも、グエン朝というのは、200年ほど前、1802年にできた王朝である。しかし、王朝を樹立する過程で、初代ザーロン帝はフランスの援助を仰いでしまった。ベルサイユ宮殿にまで行って、援助の条約を結んでいるんですね。その結果、紆余曲折はあったけれど、統治後にフランスの介入を招くことになる。実際、1800年代後半にはフランスの植民地化がすすんで支配権を失ってしまう。つまり、じつは事実上、わずか数十年の王朝なのである。  

しかし、形式上はその後も王室は存続し、正式に滅亡したのは1945年、第二次大戦の終結後のことだ。つまり、滅びたのは、たった50年前のことなのだ。それなのに、いまは跡形もない。王宮に立つと、もう栄枯盛衰を身を持って感じずにはいられないのだ。  

王宮の外側に、もう一つ城壁があり、その内側が旧市街と呼ばれる地域になっている。ところが、この旧市街も寂しい。草原というか、半分水浸しの湿原に、木が生い茂り、家はあまり建っていない。もちろん、人もあんまり暮らしていない。昔は、ここは城市であり、にぎやかだったに違いないのだが、そこも、野っぱらなのである。  事実上数十年の王朝だったので、フエは古都といっても、イスタンブールや京都とは、意味が異なる。ベトナムの歴代王朝の首都は、ほとんどがハノイ周辺である。だから、フエの街自体も、遺跡だらけ、というわけにはいかない。とはいえ、フエは、雰囲気抜群の街である。残念ながら、王宮のほとんどは失われてしまったので、遺跡としての評価は高くはできない。でも、行ってがっかりすることも、ないのではないだろうか。
(1998年訪問)

 統一会堂  ★★  
   秘密の秘密の・・・

大統領官邸とか、首相官邸とかいうと、中はいったい、どうなっているんだろうって思いません? 秘密の抜け穴とか、地下トンネルとか、なんだかこう、大統領になってみないことにはわからないような、すんごい仕組みがあったりするんじゃないか、そんな気がしません?そんな僕たちの期待に答えてくれるのが、統一会堂である。ここは、ホーチミンにある、旧南ヴェトナム大統領官邸なのだ。  

ご存じの通り、ヴェトナム共和国、つまり旧南ヴェトナムは、1975年のサイゴン陥落により崩壊した。それより以前、20数年に渡って、南ヴェトナムの権力の中枢だったのが、この建物である。長方形の角張った4階建ての白いビルは、植民地の総督府のようなイメージだ。権力の象徴的な建物というのは、概してこういうものなのかも知れない。  

ここの、最大の見所は、なんといっても地下施設である。秘密の軍事施設で、戦争の司令室や、暗号解読室、作戦会議室などなどが、ずらずらと隠されているのである。壁は、灰色のアルミ板。古いコンピューターや無線機が、時代を感じさせる。ヴェトナム戦争に出てきそうな情景が、そのまま広がっているのだ。  

おお、と思わせたのが、大統領専用の非常階段。螺旋階段が、地下から屋上までつながっていて、万一の時はここから逃亡できるようになっていたという。しかし、非常階段を使わなければならない場合というのは、よく考えたら敵が建物内に侵入したときだと思うんだけど、大統領たる者が、そんなぎりぎりになって、地下から屋上に逃げることなんてあるんかいな、という疑問は感じました。  

実際、大統領は、サイゴン陥落前の半月ほど前に、さっさとアメリカに亡命したそうである。しかし、それもなんだか情けないね。「国滅ぶとも魂は売らず」ってな感じで、城を枕に討ち死にしてほしかったよね。そうすれば、サイゴン政権への風当たりも、少しは違っていたかもしれないと思うんだけど。  

余談ですが、ここは内部を自由に見て回ることはできません。きちんとガイドがつきます。日本語ガイドも何人かいますので、見栄を張らないで、日本語ガイドを頼みましょう。とくにチャージもいりませんし、こういう「要説明」的な施設は、やっぱりガイドがあったほうがいい。でも、南ヴェトナム政府の悪口と、北ヴェトナム政府軍の「サイゴン陥落手柄物語」をたくさん聞かされるので、そのつもりで。
(1998年訪問)  

 チャンパ  ★★★  
  遺跡好きにはたまらない 

最近流行のベトナム旅行ですが、遺跡関係で言えば、フエの王宮跡とともにぜひとも訪ねて欲しいのがチャンパの遺跡です。  

チャンパ王国は2世紀末から17世紀まで栄えた王国で、シヴァ信仰の強いヒンズー教を信仰。カンボジアのアンコール遺跡にも通じる建築様式をもっています。  

チャンパ遺跡はベトナム中部から南部にかけて点在しています。多くが交通不便なところにあるので、バイクタクシーで行くしかありません。私が訪れたチャンパ遺跡は、ファンランのポー・クラン・ガライ、ポー・ロメ、ニャチャンにあるポー・ナガール塔、ダナンのミーソン遺跡群、ヴァンアン遺跡です。クイニョンにある遺跡は残念ながらいけませんでした。  

この中ではやはり規模からいってもミーソン遺跡群の素晴らしさが一番でした。かなりベトナム戦争の被害を受けたようで、ほとんどが崩れかかっています。さらに半分程度の遺跡がジャングルの中にあり、虫と戦いながらの見学になります。しかし、日本人の学者グループが復旧に取り組んでおり、遺跡内には復元された縮小模型なども展示されています。  

個人的に良かったのが、ファンランから道に迷いながらたどり着いたポー・ロメ遺跡です。砂漠の真ん中の小高い丘(山)の上にポツンとあり、観光客皆無の遺跡でした。チャンパ王国が滅びる頃の遺跡で、物悲しい雰囲気が漂い、一人ボケーとしていました。周りにお店などは皆無なので、水等は必ず持っていくこと。遺跡好きにはたまらないロケーションです。
(投稿・2000年 山内公雄記)
★チャンパはこれから流行りそうですねえ。鬱蒼とした遺跡の雰囲気を味わうには今しかない? あー、管理人も早く行きたいのであった。(管理人)





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