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メキシコの遺跡へ行くぞ!

中米きっての遺跡大国がメキシコ。世界最大級のピラミッド群や、謎に満ちたマヤの遺跡まで。遺跡ファンなら一度は訪れずにはいられない国が、メキシコです。

ラインナップ


 パレンケ ★★★★ 
  雰囲気は絶妙です

 規模としては、たいした遺跡ではない。でも、ここは、なぜかほっとする遺跡である。たぶん、遺跡があまり大きくなく、ジャングルにうまく接しているからだと思う。実際、ここには見るに値する大建造物は2つしかない。急げば、2時間で見終わってしまう程度のものなのだ。

 パレンケの王朝は、5世紀半ばに起こり、9世紀に崩壊するまで、約400年続いた。時期的にはティカルト重なっていて、9世紀に突然消えるのも同じである。ただ、この王朝は、マヤのなかでも、もっとも歴史解明が進んでいて、途中に2人の女王がいたこともわかっている。女王が確認されているのは、マヤではここだけだそうだ。だからなんだって言われたら、それまでなんだけど。

 さて、ここの見所は、「碑銘の神殿」と呼ばれるピラミッドである。これは、612年に即位したハナブ・パカル1世という、偉い王様の墳墓である。内部に、墳室が見つかり、巨大な石棺のなかからは、王の遺体と多数の副葬品が見つかった。墳室は見学可能で、ピラミッドのてっぺんに隠し階段があり、そこを延々と降りていくと、たどり着けるようになっている。インディージョーンズみたいで、ちょっと興奮します。副葬品などは全部博物館に行ってしまったけれど、巨大な石棺は残されていて、その大きさには、本当に驚きます。

 さて、あとはぷらぷら見学しながら、ピラミッドの片隅でジャングルでも見ているといいでしょう。本当は、遺跡の規模はもっと大きく、発掘が進めばいろんなものがみられるのだけれど、いまのところ、大して見るものはありませんから。天文台もあるけれど、まったく見学不能で、下から眺めることしかできません。

 でも、ピラミッドの上は本当に気持ちいい。ここは、チアバス高地の北端に当たり、風が柔らかいだからだろうか。ぼおっとしているだけで、一日が終わってしまう、そんな遺跡です。

 (98年訪問)

 チチェン・イツア ★★★★ 
  天文台に注目!

 アメリカ大陸の古代文明を中国にたとえてみると、メキシコ中央高原は、さしずめ中原にあたる。古代より、アメリカ大陸でもっとも進んだ文明が栄えてきた。テオティワカンは洛陽や長安にたとえられるだろう。

 いっぽうで、マヤ文明が栄えたユカタン半島は、学術が盛んな呉楚の地といったところになるんじゃないかと思う。中原の影響を受けながらも、独自の文化を発達させてきた土地柄である。天文学をはじめとする学問は、むしろユカタン半島が先進地域だった。それを実感させてくれるのが、ここ、チチェン・イツアである。

 チチェンイツアは、25平方メートルもの広さがあり、メキシコのマヤ遺跡のなかでは、最大規模を誇っている。最初にこの地が栄えたのは7世紀頃とされるそうだ。その後、一時衰退するが、918年に「東方の海から」イツァ族が到来し、この地を征服、チチェン・イツアは再び興隆する。

 さらに、チチェン・イツア、ウシュマル、マヤパンを中心とする都市国家が同盟し、ユカタン半島の多くを支配するに至り、チチェンイツアは絶頂期を迎える。宗教を共有し、同盟政府が租税を徴収し、貿易を支配する統一領土がマヤの地に出現。1200年の同盟崩壊まで、チチェンイツアはその中心のひとつとして栄えたのである。

 そのため、ここには、数多くの建築物が残されている。なかでも有名なのは、ククルカンのピラミッドと戦士の神殿、それに球技場であろう。ピラミッドは二重構造になっていて、内部にも神殿が見つかった。戦士の神殿は、整った「千本柱」の彫刻がある。球技場は、生贄を決める戦いが繰り広げられたところだ。どれも、とても興味深い。

 しかし、私が見とれてしまったのは、カラコルと呼ばれる天文観測所なのであった。高さ9メートルの台座の上に、13メートルの筒型の建物が乗っている。この筒型の建物が天文台なのだが、もうとてもとても精巧にできているのである。

 ご存じのように、マヤでは、天文学、暦法が非常に進歩していた。マヤ人は、太陽、月、金星の運行を正確に把握しており、日食と月食すら予知していた。望遠鏡もない時代に、なぜそんな精密な観測ができたのか。その答えが、ここにあるのだ。

 カラコルには、現在3つの観測用の窓が残されている。一つは子午線、つまり真南に向かう窓だ。次に、西南。これは日没の最南線。そして、西には、秋春分の日の日没方向と、日没の最北線を観測できる窓がある。また、台座は、金星が、もっとも北に沈む方向を示している。いろいろ考えられて作られているんですね。

 そして重要なのは、観測台の壁が厚いことである。分厚い壁に、小さな穴をあけたとしよう。そうすると、その穴のなかに、特定の星が通る周期は一定になる。これが、マヤの天体観測の基本原理である。カラコルの窓は大きく、とても小さな穴ではない。だが、窓に目印を付けておけば、同じ原理で星を精密に観測できるのではないか。

 まあ、こうした細かい理屈を抜きにしても、ジャングルのなかにそびえる天文観測台というのは、とにかく美しい。灰色の丸い円塔は、いつまで見ていても見飽きないものだ。残念ながら、現在、円塔に登ることはできない。でも、そのてっぺんに、かつてマヤの天文学者がこもり、夜空を観測していたと想像するだけで、わくわくしてくるではないか。

 カラコルは、チチェン・イツアのなかでは、外れの方に位置するので、ツアーは寄らない場合も多い。チチェン・イツアは、カンクンからもメリダからも訪れやすい場所にあるので、できれば自力できたいところだ。

(99年訪問) 

 ウシュマル (投稿・★★★★) 
  世界で三本の指に入る美しさ

 この遺跡には、かれこれ7年程前に”マヤ・アステカ遺跡ツアー”というのに参加して行って来ました。マヤ・アステカの主だった遺跡を巡るツアーです。私の参加目的は、このウシュマル遺跡でした。

 この遺跡は、チチェン・イツァ遺跡と並んでマヤの遺跡の中では昔から有名です。理由はその美しさにあります。特に私が見たかったのは”矩形の尼僧院”と呼ばれる建物で、4つのカステラの箱状の建物と、それに囲まれた長方形の中庭から成ります。

 4つの建物はそれぞれに異なる細かく美しいモザイク(切石の、彩色はなし)に覆われています(モザイクの文様は、彼らの神の像、人、ヘビ、渦巻き、幾何学模様など、多彩です。ただ、幾何学模様が何かの像などよりも多く、それが全体の美しさを引き立たせているような気がします。また、モザイクは建物の上半分にあり、下は装飾が無く、そのコントラスト、全体の構成も美しいです)。

 一番均整の取れた建物である南側の建物の側面には、”マヤの疑似アーチ”と呼ばれる、上端が三角形に尖った特殊な(アーチとしては完成されていない)マヤ独特のアーチを持つ入り口を中心に、四角い入り口が5(或いは7)個、絶妙のバランスを持って並んでいます。近くで見ても、遠目で見ても、ため息の出るほどの均整美を持った建物、と思います。中庭には、石造りの玉座(?)があったりします。”尼僧院”という名称は、小部屋が多いところからスペイン人が付けた名で、本来は宮殿だったようです。

 この遺跡について知ったのは、偶然見た遺跡などの紹介番組で、誰かがこの遺跡(尼僧院)について”私はこれを、世界で三本の指に入る美しい建物と思っている”と紹介していたのを見たのがきっかけです。ちなみに、他の2つはギリシャのパルテノン神殿と、ベネチアの元首宮だそうです。また、この遺跡については、名前だけですが同時期に読んだマンガ(マイナーな女性漫画家の、SF的な話、時間旅行等が出てくる)に出てきたので、印象に残っていた事もあります。

 また、この遺跡の建築様式は、プウク様式と呼ばれています。プウクとは、現地(マヤ?)語で、ユカタン半島北部(ウシュマルやチチェン・イツァのある辺り)の辺の平原のことで、この様式は、マヤ後期〜終期の、現在のメキシコシティ近辺に栄えたアステカ(トルテカ)文化に影響された様式より以前のもので、純粋なユカタン半島のマヤの様式と言えるようです。日本の旧帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトは、このプウク様式を好み、「私はマヤの、プウク様式の弟子だ」と言っていたそうです。その位、以前から知られ、美しさが認められていた様式のようです。

 この遺跡には他にも、”魔法使いのピラミッド”と呼ばれる、底部が楕円形の、かなり勾配のきついピラミッド、総督の館と呼ばれる、更に細密なモザイクにびっしりと上部を覆われた美しい建物、亀の館と呼ばれる、比較的シンプルで、屋根の下所々に実寸大位の石造りの亀が居る館とか、があります(特に亀の館は、そのシンプルな美しさと亀の可愛らしさ、ユニークさで、これも私のお気に入りです)。いずれも、私にとっては期待通りの美しさで、一番残念だったのは、ツアーゆえに滞在時間が短かった事でした。きっとい
つか、もう一度、今度はフリーで、この遺跡だけを目的に旅行をしようと思っております。

 ウシュマルに(近くにホテルがある筈なので)3泊位して、尼僧院の中庭で、心行くまでぼけっとしたり、クマのようにそこいらじゅうを覗きまわりながら徘徊したりするんだ、と思っております。

 遺跡としては小規模ですし、マヤの遺跡では、チチェン・イツァやパレンケ、或いはグァテマラのティカルの方が有名で多分面白いですが、このウシュマル遺跡も、行って必ず価値のある遺跡だと思います。どなたが行っても、きっと、こんな遺跡もあるのだと、感心されることと思います。世界には、もっと大規模で美術的・歴史的に価値のある遺跡、建物、また美術品が多数ありますが、私にとってはこのウシュマルの尼僧院が、世界で一番美しい建物です。

(’99年1月記・ひおき)

★ひおきさんの指摘どおり、誰が行っても感心する美しさはあります。ぼくも、あの中庭には、ほおって、思ってしまいました。ツアー以外で行くと、ちょっと交通が不便なのが欠点かしら。ひおきさんには、是非ほかの遺跡のリポートお願いしたいところです。(管理人)

 テオティワカン ★★★ 
  でかいことはでかいですが

 首都・メキシコシティから北東へ40キロ。メキシコで一番メジャーな遺跡が、これである。「太陽と月のピラミッド」で知られるこの遺跡は、まさしくメキシコを代表する観光地であり、メキシコの顔でもある。中国における万里の長城と、立場は同じだ。ともに首都に近い大遺跡なので、国の威信をかけたように、よく整備されてもいる。でも、長城はなかなかいい雰囲気だったんだけど、ここはどうも殺風景なんだよなあ。整備されすぎちゃって、なんだか物足りないのだ。

 さて、テオティワカンは、メソアメリカ最初にして最大の都市国家だった。紀元前150年頃から紀元後800年頃まで続いた、強大な国家である。最盛期は5,6世紀で、その頃、この街は20万人もの人口を擁していたという。6世紀で20万ですよ。これは、すごい数字です。これだけの規模の都市は、旧大陸でも、おそらくコンスタンチノープルと長安くらいしかなかったんじゃないだろうか。

 この街のシンボル、「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」の建設が始まったのは、紀元前1世紀頃。何度も増築を繰り返して、完成したのは3世紀頃のようだ。300年以上もかけて、営々と作ったんですね。その結果、太陽のピラミッドは、高さ65メートル、世界で3番目に高いと言われるほどの規模にまでなった。とにかく、このでかさには、感動します。ティカルの4号神殿より小さいはずなんだけど、真っ平らな地面に立っているせいか、威圧感があるのだ。

 とはいえ、ふたつのピラミッドに登る以外に、この遺跡に大きな楽しみは見いだせない。敷地はだだっ広いんだけど、他には大した見所がないのである。それはいいとしても、たまらないのは、遺跡のゲートから一番奥の「月のピラミッド」までなんと2キロもある、ということだ。強い日差しのなか、これを延々と歩いていくのは、苦行と言っていい。しかも、2000メートルの高地。途中に飲食店もなければコーラ売りもいない。暑くて暑くて死にそうでした。

 とにかく広いので、歩き回っているだけで1日仕事になる。ピラミッドのてっぺんからの景色も、悪くはないが感動するほどじゃない。ということで、おすすめ、というほどの遺跡ではありませんでした。ま、メキシコシティからは近いから、時間があれば来る、くらいの気持ちでいいでしょう。

(99年訪問)

 チョルーラ (投稿) 
  世界一のピラミッド

 はじめて見せていただきます。 自分も遺跡フリークのバックパッカーなんでとてもおもしろかったです。

 自分は、中米の遺跡にはまってしまってマヤとアステカ文化を中心に見てきました。でもテイカルは、そんなに好きではなかったです。 やっぱり小さい。 アンコールワットのほうがぜんぜん大きかったです。

 ぼくのおすすめは、 メキシコのチョルーラの大ピラミッド。 発掘されれば、あのエジプトのクフ王のを抜いて世界一のでかさです。 とにかくでかい。スペイン人の、メキシコ侵略を勉強しながらみると、アステカ文化の偉大さがわかると思います。

 グアテマラ、メキシコは、大体見たので、こんどは、ミャンマーに行こうと思います。

(にこ)

★世界一の大ピラミッド、早く発掘されないかなあ。(管理人)





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