イネと文明



ラオスの焼畑ー稲刈り


『稲と環境―多様性から未来を探る』




 『菅江真澄の旅』の上映のご案内を載せて以降、ホームページの更新をお休みしていました。 お休みしている間に昨年夏の教育映像祭で『菅江真澄の旅』第一巻「真澄の生涯」が、ビデオの 部・教養部門の文部科学大臣賞を受賞しました。作品の販売は紀伊國屋書店が担っておりますの で、これをきっかけに少しでも多くの図書館、大学などで購入していただけたらありがたいと存 じます。
 現在新しい企画の制作に入っております。『イネと文明―DNA考古学からみる稲作と環境史』 (仮題)シリーズと名付けて、紀伊國屋書店の製作で昨年5月から撮影を始めました。稲は小川 プロダクション在籍当時の75年から86年頃まで、十数年にわたって関わってきたテーマです。 山形県上山市の農村に入って、一時は村人とのお付き合いより稲と付き合う時間の方が長いとい うほどの入れこみようでした。それ以来「稲」から久しく離れていましたが、今回「稲」をテー マにした映像製作が決まり、山形で撮れなかった稲を撮ろうと考えた次第です。
 今度の稲シリーズの監修は、総合地球環境学研究所教授の佐藤洋一郎さんです。佐藤さんには 『縄文うるしの世界』でもお世話になりました。その時には漆のDNAを調べていただきました。  佐藤さんのご専門は遺伝学、映像がとても苦手とする分野です。遺伝子は概念としては表せて も実際に写すことができないからです。遺伝子そのものは電子顕微鏡でも見えません。コンピュ ーターの画面にA、T、C、Gの四文字が並ぶだけです。NHKは盛んにDNAを取り上げます が、ほとんどがコンピューターグラフィックスで作ったものです。「真澄」でも一部にCGを使 いましたが、今回はさらにCGが重要な要素になりそうです。
 佐藤さんが重要視しているのは、生物の多様性と遺伝子の多様性ということです。今の日本の 稲作はコシヒカリ一辺倒、つまり遺伝子の一様性が極端に進んでしまい、とても危険な状況だと 言います。予想もつかない気候の変化や病害虫に襲われた時、日本の稲作は全滅の危機にさらさ れると言うのです。確かにSARSやBSE、鯉ヘルペスに鳥インフルエンザウイルスの蔓延な どが問題になると、稲にも何が起るか分らないという気持ちにさせられます。
 かつて日本の農民は様々な品種の稲を育てていました。冷害の時、晩生稲がだめでも早生稲で 助かったという話を聞いたことがあります。しかし現在では不作で収入が減った分が共済で保証 されることもあって、生産性や経済性を重視するあまり多品種の稲を作るという知恵を重んじな い風潮が広がっているようです。
 昨年十月、わたしたちは佐藤さんと一緒にタイ、ラオスを訪ね撮影してきました。ラオスでは 焼畑稲の刈り入れの最中でした。山の斜面に生育する稲も珍しかったけれど、焼畑では稲と一緒 にバナナやハトムギ、ゴマ、ウリ、マメ、イモなど多くの作物が育っていることに驚きました。 もちろん稲も他の作物も手で刈るからそういう育て方ができるのですが、機械化された日本の水 田や畑ではまったく見られない光景です。また焼畑の稲をよく見ると、十種類くらいの品種が同 じ畑に混じっています。日本だったら大騒ぎです。日本では米袋の中に、表示されている品種以 外のものが混入していないかDNA鑑定を行なうこともあるのですから。国産ではないのに国産 と偽って肉を売るようなインチキ表示は許せませんが、米のブランド志向もすこし行き過ぎでは ないでしょうか。ラオスの焼畑農民が気にしていることは、モチとウルチの違いと刈り入れ時期 の一致くらいだと言います。
 このようにおおらかで多様な作物を栽培するというあり方は、かつて日本も歩んできた道かも しれません。経済発展がそういうおおらかさと多様性を失うことと同義語だとすると、ずいぶん 貧相な経済発展だなあと思います。
 現在『イネと文明』は編集に入っています。完成、公開は5月の予定です。(2004年2月)


野生イネ

野生の浮稲(雨期)〈ラオスのトムアン村〉





















 イネのふるさとは熱帯である。それが大陸の水田で広く栽培されるようになり、やがて日本列島に渡来した。
 今から25年余り前になるが、わたしは小川プロ在籍当時8年ほどイネを育てた。その時、イネは熱帯のものだと実感することが時々あった。わたしが稲作にたずさわった山形県の内陸部では、8月上〜中旬がイネの開花期である。この時期に気温が25度に達しないと、開花の勢いが弱くなる。30度を越えると、朝のうちから元気良く花を咲かせる。昭和55年は大冷害で、蔵王山中腹のイネたちは寒さに震えていた。午後2時過ぎ、やっと20度を越えたところで弱々しく花が開き始めた。もちろんこのような温度では受精できなかった。青立ちの稲穂が林立していた。
 日本の東北地方でイネが育つのは、耐冷性品種の育成という先人の努力に負うところが大きい。しかし、夏のある期間日本列島が熱帯の高気圧に覆われるという気象条件がなければ、イネは育たなかっただろう。寒冷なオホーツク高気圧が張り出すと、冷害に見舞われることになる。
 わたしはこの時の経験から、日本列島にやってきたイネたちのふるさとを訪ねてみたいを思っていた。昨年10月、その願いが実現した。はじめて熱帯のラオス、タイを訪れ、野生イネの自生地を見ることができたのである。
 ラオスの首都ビエンチャン近郊のトムアン村に、佐藤洋一郎(総合地球環境学研究所教授)さんたちが村民と共に保全に努めている野生イネの保護区があった。雨期の終りの時期だったので、直径約200メートルの保護区は深さが1、2メートルくらいの池になっていた。そこに草丈が2メートルを越える多年生の野生イネの群落が広がっていた。野生の浮稲である。水中に長い茎を伸ばしているのだが、水中カメラでのぞいてみると茎のところどころにある節から根が伸びていた。実はこの根が大切で、乾季になると池の水が引いて長い茎は地面に倒れてしまうが、節が土に接触すると根は地中に伸びていき、同時に新芽が発育を始める。つまり野生の浮稲は、種が発芽して増殖するのではなく、節から芽を出して子孫を増やすのである。これが多年生の仕組みなのだと、このように佐藤さんから説明を受けたのだが、わたしは乾季の熱帯を知らないので、水の引いた保護区のイメージが全然浮かばない。日本で見る池は多少の水位の増減はあっても、夏も冬も池として存在し続けている。養魚池などで水を落とした光景は見たことがあるが、もしかしてそれに近いのだろうか?帰国してから、佐藤さんたちが乾季の保護区を撮った映像を見せてもらって驚いた。10月に満々と水を湛えていた保護区は、乾季にはまるで草原である。一面に青々と野生イネが芽吹いている。
 日本では、四季を通して川は川、池は池、地面は地面として存在し、あまり光景に大きな変化はない。ところが熱帯は雨期に一面が水浸しになり、乾季には大草原に変わる。そういう変化の激しい環境を、植物学では<攪乱の強い>環境という。イネは本来、熱帯に出現した攪乱の強い環境を好む植物だったのである。
 日本の自然環境は、熱帯ほどには攪乱を生じない。だから水田で人工的に水浸しにしてやり、実を結んだら水を落としてやる農法が発達したのだろう。
 今編集中の『イネと文明』(仮題)では、佐藤さんたちが撮影した乾季の野生イネの映像をお借りすることにした。(2004年3月)


稲のビデオが完成!

 正式タイトルは『稲と環境―多様性から未来を探る』に決定。
 5月には公開予定であるとお伝えしていましたが、予想より編集に時間がかかって、6月初め次のような構成で6本の作品が完成しました。

 一般向     『稲と環境―多様性から未来を探る』全3巻
          第1巻「稲作の起源」(41分)
          第2巻「稲の渡来と展開」(39分)
          第3巻「未来の稲」(40分)

 小学生向    『お米のふるさとをたずねて』(22分)

 中学・高校生向 『稲の歴史』全2巻
          第1巻「稲作の起源」(23分)
          第2巻「日本の稲作」(22分)


 これまで一般向けのドキュメンタリーしか作ったことがなかったので、子ども向けビデオの制作がとてもむずかしく、編集に大分時間がかかりました。
 長い間小学校の教師をしてきた友人に相談した時には、「大人向けに撮影したものを子ども向けに作り直すなんてとんでもない、最初から子ども用に考えて作らないと無理だ」ときびしく一喝されました。それでも友人は何が足りないか、どこがおもしろいかと丁寧に教えてくれました。その過程で一番印象に残っていることは、「小学生は基礎から積み上げていかなければならないので、いきなり常識をひっくり返してしまったら大混乱してしまう。基礎的な事実を分かりやすく、興味深く伝達することが大切」という言葉でした。
 ドキュメンタリーのある意味での命は、常識の背後に隠れている真実をひき出し提示することです。一般向けの3巻と、中学・高校生向けの2巻は、これまでのドキュメンタリーの手法で作ることができましたが、小学生向けはそれが通用しませんでした。
 初めて制作した小学生向けビデオが、どれだけ小学生に受け入れられるか今から楽しみです。

 初公開は7月19日紀伊國屋サザンシアター(JR新宿駅南口)。
 稲のビデオの完成を記念して、上映会とシンポジウムが行われます。




上映日程




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