船編その1  練習船 (Training Ship)

 独立行政法人航海訓練所の練習船の写真です。ここでは、帆船(日本丸と海王丸)に比べると、世間にあまり知られていない汽船練習船の姿からまず初めに掲載しました。

舶用蒸気タービン機関の動かし方の解説については、このページ下方Part2の初め「北斗丸」のところからご覧ください。


Part 1 現用中の練習船


青雲丸(二代目) (T.S. Seiun Maru (2))

 1997年10月に就役した練習船です。 安全条約が厳しくなったので、漕ぐ練習用ボート、脱出用ボート、交通艇が別々となり、両舷合わせて8隻もずらりとボートを搭載しています。

1999年2月14日、東京港豊海埠頭

青雲丸(左舷) 青雲丸(左舷斜め上)

1999年10月2日、東京港出港時を城南島海浜公園から撮影

青雲丸(右舷斜め前) 青雲丸(右舷斜め後ろ)

2000年1月8日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

青雲丸(タグボートで方向転換) 青雲丸(右舷前方)
青雲丸と銀河丸 青雲丸(右舷前方)

2001年10月2日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

青雲丸(右舷前方) 青雲丸(右舷前方) 青雲丸(右舷)

2003年9月29日、晴海埠頭停泊中の夜景

青雲丸(前方)

2003年10月3日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

青雲丸と北斗丸


銀河丸(三代目) (T.S. Ginga Maru (3))

 2004年6月に就役した練習船です。 

2004年10月2日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

銀河丸(右舷前方) 銀河丸(右舷)


大成丸(四代目) (T.S. Taisei Maru(4))

 2014年4月に就役した最も新しい練習船です。

2014年4月12日、東京港初入港時を潮風公園とレインボーブリッジの遊歩道から撮影

大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷)
大成丸(右舷後方) 晴海埠頭に停泊中の大成丸と日本丸


海王丸 (T.S. Kaiwo Maru)

2001年5月20日 東京港開港60周年みなと祭帆船パレードにて、レインボーブリッジから撮影

今回のみなと祭参加iに際して就役以来初めてレインボーブリッジをくぐったとのこと。パレードの終わりは、登檣礼(とうしょうれい:実習生が帆桁に上って、「ごきげんよ〜」のごあいつさつ。)で決めてくれました。
海王丸(左舷斜め前上方) 海王丸(左舷斜め前上方) 海王丸(左舷斜め前上方)
海王丸(左舷斜め前上方) 海王丸(左舷斜め前) 海王丸(左舷)
海王丸(左舷斜め後方) 海王丸(右舷斜め前上方) 海王丸(右舷上方)

2001年12月22日、東京港晴海埠頭、夕暮れ時

海王丸(船首左舷) 海王丸(左舷前方)

2002年6月29日、横浜港国際帆船祭り

横浜港大桟橋にてセイルドリル(展帆作業と畳帆作業の実演)を行った海王丸とロシアの帆船ナジュジェダ。
海王丸(右舷) 海王丸とナジュジュダ(右舷斜め前) 海王丸(右舷斜め前)

2002年10月6日、館山湾 

館山湾仮泊中、展帆訓練を行っているところ。
海王丸(右舷後方) 海王丸(右舷)

2003年10月5日、館山湾

館山湾仮泊中、海王丸は展帆訓練(今回は1枚のみ)、日本丸は救命艇降下訓練を行っているところ。
左から順に海王丸、日本丸

2004年1月10日、横浜港新港埠頭

ニュージーランドのオ−クランドに向け遠洋航海に出発。登檣礼をして見送りの人々にご挨拶。
海王丸(左舷前方) 海王丸(左舷前方) 海王丸(船首正面)


日本丸 (T.S. Noppon Maru)

1989年3月 東京港沖にて撮影

日本丸(右舷斜め前方) 日本丸(左舷斜め後方)

2001年8月11日 門司港

セイルドリルを披露してくれました。
日本丸(左舷後方) 日本丸(左舷前方)
日本丸(前方) 日本丸(畳帆中、左舷前方)

2003年3月8日、東京港10号その1(ビッグサイトの隣)着岸時

日本丸(右舷前方) 日本丸(右舷後方)

2010年5月15日 東京港晴海埠頭停泊中

東京みなと祭にてセイルドリルを披露してくれました。
日本丸(右舷前方)

2014年4月3日 東京港晴海埠頭出港時

日本丸(左舷前方)


Part 2 既に引退してしまった練習船

北斗丸 (T.S. Hokuto Maru)

 私が大学3年生の時1ヶ月間(1987年10月)と、4年生の時3ヶ月間(1988年12月〜1989年3月)に乗船した蒸気タービン船です。2004年3月31日付をもって用途廃止となりました。
 主なスペックは、全長115m、幅 17m、総トン数:約5800トン、主機:HA-70衝動式蒸気タービン常用出力6300馬力、最大速力:19ノット です。

乗船実習時の撮影

北斗丸(船首と硫黄島) 主機:高圧タービン(左:右舷)と
低圧タービン(右:左舷)
減速機上部(中央)と
ターニングギア(右)
シャフトトンネル(中央が船尾) 制御室(主機操縦ハンドル等) 制御室(ボイラ制御盤)
北斗丸(ボートデッキ)

舶用蒸気タービン機関の動かし方の解説へ移動します → 汽船でGo! 北斗丸の蒸気タービン機関の動かし方


1999年3月14日、晴海埠頭停泊中を水上バスと竹芝埠頭のビルに昔あった展望台から撮影

北斗丸(右舷前方) 北斗丸(後方斜め上)

1999年10月2日、東京港出港時を城南島海浜公園から撮影

北斗丸(右舷斜め前) 北斗丸(右舷後方)

2000年7月22日、有明埠頭からの出港時

 左から2枚目の写真に写っている黒煙は、所要蒸気量が増えてボイラのオートバーナが着火した直後に空燃比のバランスが一時的に乱れて(10秒間程度)発生するものです。もしも岸壁のそばでこうなると見送りの人々の頭に煤を降らせてしまうことになりますので、エンジン回転数の増加に際しては注意しましょう。
北斗丸(右舷斜め前方) 北斗丸(タグボートで方向転換) 北斗丸(左舷) 北斗丸(左舷斜め後方)

2001年7月23日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

北斗丸(右舷斜め前) 北斗丸(右舷斜め前) 北斗丸(右舷斜め前)
北斗丸(右舷) 北斗丸(右舷)

2002年3月8日、東京港入港時、青海の公園から撮影

北斗丸(右舷)

2003年4月3日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

北斗丸(右舷前方)

2003年9月6日、横浜港出港時を大桟橋から撮影

北斗丸(右舷) 北斗丸(右舷後方)

2003年9月29日、豊洲埠頭停泊中の夜景

北斗丸(右舷)

2003年10月3日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

北斗丸(右舷前方)

2003年11月24日、名古屋港ガーデン埠頭での一般公開時

レーダー表示器2台と、その間に操舵スタンド、
前方の表示装置はレーダ衝突予防装置
ブリッジコンソール(サイドスラスタ制御レバー、主機遠隔操縦レバー等) 前方窓周囲に備え付けの計器類
海図テーブルと、ドップラーログ表示器、GPS表示器、
ロランC表示器
無線室 北斗丸(後上方)

2003年12月21日、晴海埠頭停泊中夕暮れ時

北斗丸(左舷前方)

2004年1月7日、練習船北斗丸としての最後の東京港出港を日の出桟橋とレインボーブリッジから撮影

北斗丸(暖機中、一時的に煙と蒸気をモクモク) 北斗丸(タグボートも使って離岸)
晴海埠頭を後にする北斗丸と、停泊中の日本丸 北斗丸(右舷斜め前)

2004年3月29日夕方と3月31日19時過ぎ 既に練習船としての最後の航海を終わり有明桟橋に停泊。ご苦労様でした。

北斗丸(右舷後方) 北斗丸(右舷前方)

銀河丸(二代目) (T.S. Ginga Maru (2)) → 銀河U(T.S. Ginga II)

 2年生の時に1ヶ月間(1986年11月)乗船したディーゼル船です。本船は、2004年6月をもって用途廃止となりましたが、海王丸が座礁事故の修理から復帰するまでの間のつなぎに、銀河Uとして再就役していました。さらにその後、株式会社商船三井が2007年から訓練船“Spirit of MOL”として海外で船員教育に使用していましたが、2013年3月に退役しました。
主なスペックは、全長105m、幅16m、総トン数:約5000トン、主機:6UEC 52/105D 2サイクル低速ディーゼル5270馬力166rpm、(なお、型番の意味は、6気筒、シリンダ直径52cm、ストローク105cmということ)、最大速力19.3ノット です。
 ただし、ここに載せた写真は97年6月以降に撮影のものでして、当時とは若干外形が異なります。気づいた相異点は、1)。ハウスの後ろを拡幅し、前から3隻目のボートの格納位置をUpper Deckから一レベルあげて他のボートと同じBoat Deckに変更。交通艇もオープンなエンジン付き救命ボートから密閉式に更新。2)ファンネル(主煙突)の左舷側面に下からてっぺんまでにへばりついていた廃油焼却炉の煙突(銀色のパイプ。海洋汚染防止法の改正により後付けされたもの)をファンネル内部に収納(下の方は、まだはみ出てします)。あとは、航法機器用アンテナ等も更新されてます。かっては、長距離航法用として一番偉かった?NNSS(Navy Navigation Satellite System)なんて、今ではGPSに代わってしまいましたしね。

1998年3月14日、東京港豊洲埠頭

銀河丸(左舷前方)

1998年10月4日、館山湾

銀河丸と青雲丸 銀河丸(右舷)

1999年10月2日、東京港出港時を城南島海浜公園から撮影

銀河丸(右舷側方) 銀河丸(右舷後方)

2000年1月8日、晴海埠頭停泊中を竹芝埠頭のビルにあった展望台から撮影

銀河丸(後方斜め上)

2000年3月25日、豊海埠頭停泊中を竹芝埠頭のビルにあった展望台から撮影

銀河丸(左舷上方)

2000年4月1日 豊海埠頭停泊時の船内

 大学同期の千頭さん、東福さんのご厚意で船内を見せていただくことができました。有り難うございました。
船橋から見た船首部 ウィンドラス(揚錨機)
 レーダは新しくなって、自動衝突防止装置と統合され、またGPSともインターフェイスされています。昔は、レーダは生画像表示だけで他船の動きを把握するのは、デルマトグラフ(色鉛筆)でスコープ上にプロットして追跡していたものですが、今では、カーソルをトラックボールで他船の影に合わせれば、自動的に針路・速度が表示される仕組みになっています。また、船内にはLANが敷設されていまして、エンジンの状態も船橋から詳しいデータを呼び出せるようになっています。
ステアリングスタンド(手前)、レーダ表示器(右手)、機関遠隔操縦スタンド(左手) サイドスラスタ操縦装置(左手)、機関遠隔操縦装置(右手) レーダ表示器<スタンバイ中>
チャート(海図)テーブル、鉛筆立ての手前に置いている木板の上に白い円盤が乗っている道具は、真風速・風向を求める計算盤 左手から風向風速計、対水速力計、時計、舵角計、プロペラ回転計、エンジンテレグラフ 無線室
 機関区域はM0(エムゼロ:夜間は機関室内に当直をおかない)対応になり(ただし実習航海中は夜間でも当直を行います。)、機関制御室にもカラーCRTを用いたエンジンモニタが導入されました。また、主発電機原動機架台の防振構造が改良されて以前よりも静かになりました。
制御室[エンジン制御レバー] 制御室[エンジンモニタ] 制御室[グラフィックパネル]
シリンダヘッド周り[排気弁ロッカーアームなど] エンジン中段[燃料噴射ポンプと排気弁押し棒(薄緑色の垂直に立っている棒)] エンジン中段船首側[機側操縦ハンドル]
エンジン下段船尾側[バランサ(手前)] エンジン下段船首側[内部注油機(左手)、調速機[右手] 機関室左舷下段を船尾側からみる[LO清浄機とFO清浄機(手前)と始動空気槽(中程左)、空気圧縮機(奥)]
機関室右舷下段を船首側からみる[ポンプがたくさん] 機関室左舷下段船尾寄り[LO清浄機(左手の2台)、FO清浄機(右手)] 機関室右舷下段船尾寄り[LOポンプ(手前)、油水分離器(左手奥)、飲料水サービスタンク(右奥)]
機関室中段[補助ボイラバーナ周辺] 機関室左舷下段船首寄り[FOヒータ] 発電機室[主発電機駆動原動機(左手)、発電機(右手)]
プロペラ軸船尾管周辺

銀河丸機関区域平面図

 機関区域内の機器配置の概略について、最下段(4th Deck)の平面図を示します。
銀河丸機関区域平面図(4th Deck)

2000年7月20日、晴海埠頭停泊中を日の出埠頭から撮影

銀河丸(右舷斜め後方)

2000年12月24日、晴海埠頭停泊中夕暮れ時の撮影

銀河丸(左舷前方)

2001年10月2日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

銀河丸(正面) 銀河丸(右舷前方) 銀河丸(右舷)

2001年12月22日、東京港有明埠頭、日没後

銀河丸(右舷前方)

2003年1月2日 豊洲埠頭停泊中、日没後

銀河丸(右舷)

2003年4月3日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

銀河丸(右舷前方) 銀河丸と北斗丸 銀河丸(右舷)

2003年9月5日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

銀河丸(左舷前方) 銀河丸(左舷)

2003年10月3日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

銀河丸とタグボートあすか 銀河丸(右舷前方) 銀河丸(右舷前方)

2004年4月2日、練習船銀河丸としての最後の東京港出港をレインボーブリッジから撮影

銀河丸(右舷前方) 銀河丸(右舷)

2005年3月21日、練習船銀河Uとして再就役後、横浜港新港埠頭停泊中

銀河U(左舷前方) 銀河U(右舷前方)


大成丸(三代目) (T.S. Taisei Maru(3))

 1年生の時1ヶ月間(1986年2月〜3月)乗船した蒸気タービン船です。本船は、2014年3月をもって用途廃止となり、蒸気タービン船は練習船隊から消滅しました。
 本船は、北斗丸の改良型です。外見上の識別点は、前部マストの形状が門型の北斗丸に対して、本船では一本柱になっているのがポイントです。機関室内の機器についても一部相異があり、細かい点ですが、1)循環水ポンプ(復水器を海水で冷却するポンプ)を「大容量1基+補助ポンプ」だったものを同一容量2基に変更。2)主復水器の抽気を蒸気エゼクタからモータ駆動の真空ポンプに変更。3)主給水ポンプ最下層の4th.Deckから一段上げて3rd.Deckに移設、などが変わっています。本船は当時の汽船練習船の中では最新でしたので「ホテル大成」と呼ばれていました。実習生居住区には他船になかった「自動製氷機」が設置されていたりします(これって結構重要)。
 

1998年3月、東京港晴海埠頭

大成丸(右舷斜め後方) 大成丸(右舷後方) 大成丸(船首左舷)

1998年12月29日夕方、東京港晴海埠頭

大成丸(船首左舷)

1999年3月14日、東京港有明埠頭

大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷)

1999年10月2日、東京港出港時を城南島海浜公園から撮影

大成丸(右舷斜め前) 大成丸(右舷側方) 大成丸(右舷斜め後)

2000年1月8日、東京港出港時を竹芝埠頭から撮影

大成丸(右舷側方) 大成丸(右舷側方) 大成丸(右舷斜め後方)

2000年9月2日 東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷) 大成丸(右舷)

2001年10月2日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷)

2001年12月22日、東京港10号その1(ビッグサイトの隣)着岸時

大成丸(右舷前方)

2002年3月8日、有明桟橋着岸時

大成丸(右舷斜め前)

2003年1月2日 晴海埠頭停泊中夕暮れ時

大成丸(左舷前方)

2003年4月3日、東京港出港時をレインボーブリッジの遊歩道から撮影

大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷)

2003年10月5日、館山湾

岸から少々遠かったけれど、3隻並んで錨泊していたので、まとめて撮影。
大成丸と上空を飛行中のSH-60J 大成丸と海王丸と日本丸 大成丸と海王丸

2004年10月9日、函館港外仮泊中を青函フェリー船上から撮影

大成丸(左舷後方)

2014年3月8日、東京港入港時を若洲海浜公園から撮影、3月13日出港時をゲートブリッジの遊歩道から撮影

大成丸(右舷後方) 大成丸(左舷前方)

2014年3月17日、横浜港新港埠頭停泊時

大成丸(右舷前方) 大成丸(右舷前方)


青雲丸(初代) (T.S. Seiun Maru (1))

 他の汽船より多少小振りなディーゼル船ですが、サイドスラスタを前後に2基搭載と凝っています(北斗丸と大成丸には、船首に1基搭載。銀河丸には当初なしで、後付で船首に1基)。残念ながら私は、乗船したことはありません。本船は1997年9月限りで引退しました。その後、フィリピンの会社に転売され1年間ほど稼働していたらしいです。写真は、1989年3月東京港沖にて北斗丸から撮影。
青雲丸(左舷)



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