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●少し危ない話偏〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
市役所に限らず、民間企業でも窓口の職員はその役所(会社)の顔だとよくいわれます。顔なんだからちゃんとやらなければいけないと。私もその意味はわかりますし、市民課職員の頃は、そう思って頑張っていました。でも、本当にそうでしょうか。
顔だけよくなってもしょうがないじゃないですか。窓口はある程度きちんとやっていても、他の人がサンダル履きでペタペタ歩いていては・・・・。
顔だけバッチリ化粧して、ふんどし一丁で街を歩いているようなものです。
また、両手をズボンのポケットに突っ込んだままの職員・・・・。休憩中ならいざ知らず、仕事中なのに、そういう職員が残念ながらいるのです。もちろん窓口の職員ではありませんよ。そういう職員がロビーのあたりをウロウロしているのを見るたびに、もう、こっちはヒヤヒヤです。こちらと同じ、職員とわかる大きな名札を付けているのです。私は心のなかで「立ち去れーっ!」と叫んでいました。私自身がイヤなのです。そういう職員を見るのは。同じ職員として情けないです。
思っているだけでは、何の解決にもならないので、今後は、そういう職員に、やわらく一声かけてあげようと思っています。私より年上なんですが・・・・。いくら、窓口職員が接遇を向上しようとしても、そういう職員がいるかぎり、真の向上にはなりません。
お客様にすれば、みんな同じ市の職員なのですから。
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さて、私は、役所の窓口業務をこう思っています。企業の窓口係、銀行の窓口、いろいろな店員などと、お客さんと直接接するという面で、市民課窓口業務は共通するところはあるなと。でも、すべてが同じというわけではないのです。民間には民間の厳しさがあるとは思いますが、窓口業務だけ取り上げれば、役所は民間にはない難しさがあります。完全に違う点があるのです。
本屋さんで
「ハンバーガーをください。」
と本気で言う人はいません。さらに、
「ここは店だろ。だったらハンバーガーを売ってくれ。俺は今、ハンバーガーが食べたいんだ。店だったら、客が欲しがってるものを売るのが商売だろう。おれが欲しいって言ってんだからはやく売ってくれ。」
なんて、言う人は絶対いないですよね。ここまではいかなくても、役所では「ハンバーガーをください。」ぐらいの内容は日常茶飯事です(ハンバーガーはたとえです)。そういう場合、「こちらでは取り扱っておりません。すぐとなりにハンバーガー屋さんがありますから、そちらでお願いします。」とか「申し訳ございません。それは○○の関係なのでこちらではわからないです。」などと答えると、「なんと不親切なんだ。だから役所はダメなんだ。」と思う人もいることでしょう。
店に行く場合は、本人自らが行こう(行きたい)と思って行くのがほとんどなのに対して、役所は、行きたくないのに行かなければならないという場合がほとんどです。この違いが大きいのです。本人自らは行こうと思ってないのに、仕方なくわざわざ来たにもかかわらず、納得のいく答えが返ってこない。これでは「なんと不親切なんだ。だから役所はダメなんだ。」と思う人がいても当たり前です。
人は、店に入るとき、何か買いたい物があって、その店に入ると思います。たまに、別にこれといって欲しいものはないけど、何かあればと、その店に入ることもあるでしょう。あるいは、少し古いですけど「見てるだけ〜」と、最初から買う気持ちがないこともあります。どっちにしても、「何かあれば」「見る」というはっきりした目的があってその店に入るのです。
ところが、役所の場合は、何かの手続きで役所に行かなければならない用があるんだけれど、役所で何をしたらいいのかわからなくて来る人が大勢います。役所に行かなければいけないんだけど、何の目的で行くのかがわからないのです。
たとえば、市民課で発行してもらわなければいけないんだけど、それが、戸籍謄本なのか、戸籍抄本なのか、住民票なのか、印鑑証明書なのか、です。これなどはまだいいほうです。ある程度はっきりしているからです。
極端な話、役所で質問したいんだけど、何を質問したらいいかがわからないという人もいます。そういう人が悪いとはいいません。わからなくて当たり前なんです。私も戸籍に関してなど、市民課に配属になるまでは、知らないことばかりでした。ですから、このホームページ自体、そういうわからない人が役所で手続きする時に、少しでも手助けになればと開設したのですから。ただ、そういった人と接するのには「限界」があります。こちらとすれば、「ハンバーガーは役所では売っていない」ということを充分把握していますが、お客様は、役所でハンバーガーを買えると思って疑わないのです。そこで、なぜハンバーガーは役所で売っていないのかを説明する時に、その説明を聞いて「なるほど、ハンバーガーは、ハンバーガー屋さんに行かなければ買えないのか」と納得していただける場合は良いのですが、買えるものと信じているので、何を言ってもダメな場合があるんです。極端な話、話を聞かずに怒って帰ってしまう人もいました。丁寧にという「心」だけではどうにもならないギャップです。そこに、私は役所の接遇の「限界」を感じているんです。
怒って帰ってしまった人は苦情を言います。この手の役所への苦情は消えることはないのです。民間ではあり得ない苦情です。民間で完璧と思われるほど親切な応対をするとこがあったとしても、苦情が皆無ということはないと思います。役所への苦情はそれとは比べものにならないほどたくさんあるということです。その苦情は消えることのない苦情なのです。
誤解しないでくださいね。苦情がなくならないから接遇はどうでもいいと言っているのではありません。逆です。消えない苦情をなんとか少しでも減らそうと思っているからこそ「限界」を感じているのです。苦情を減らそうなんて思っていない人は「限界」などまったく感じていないことでしょう。
そんな場合でも、すべてこちらが悪いという見方もできるのです。たとえば、丁寧な心というけれど、それより、さらに丁寧に接することはできなかったのか。説明の仕方が悪かったのではないか。違う角度から説明することはできなかったのか。その人の性格やおかれている立場をもっと敏感に感じ取れれば、違った応対の仕方があったのではないか。みきわめが甘かったのではないか。技の使い方を間違ったのではないか。などなど。というようなわけで、そこのところは、私自身も、日々精進して頑張っていたつもりなんです。
とにかく、そういう様々な人と応対するのですから、このことに関しては、民間よりはるかに難しいのは事実です。毎日毎日、初めて聞く質問もあるのです。マニュアルなどありません。マニュアルを作るのが不可能なんです。もしマニュアルを作ったとしても、活用できないでしょう。憶えきれるものではありませんし、その時マニュアルを見てもどこにあるのか探すのが困難です。市民課の接遇で一番難しいのはこの部分です。ここがすべての出発点のような気がします。永遠のテーマでしょう。
「マニュアル通りなんだろうなぁ」と感じる店員などと接する時に、私はとてもうらやましく思っていたのです。
いやはや、接遇の極意でもなんでもなく、1人でも仙人の「ただの愚痴、いいわけ」のコーナーになってしまいました・・・・。