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★元市民課職員の危ない話★
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誰も教えてくれない戸籍の話
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    婚 姻 3の1
(こんいん)

 現在は1つの戸籍には1組の夫婦しか入れないのです。たとえば、筆頭者がいてその妻がいて子供が1人で計3人いたとします。その子供が大きくなって結婚するという場合、その子供は今までの戸籍から抜けなければなりません。夫になる方、妻になる方、両方です。それぞれが今までの親の戸籍から抜けて「2人だけで新しい戸籍をつくる」のが婚姻です。完全に男女平等です。ただし、今の日本は夫婦別姓ではありませんから、婚姻する時に夫の姓か妻の姓かどちらかを選ばなければなりません。しかし、これもどちらか好きな方を選ぶことができます。これまた男女平等です。

 「嫁に行く」とか「○○家に嫁ぐ」とか「○○家の人間になる」というようなことは50年以上も前から戸籍上は死語です。たとえば夫の氏を選んだ場合、夫の親にしてみれば嫁が来たという感覚で、妻になる人の親にしてみれば嫁に出したという感覚なのでしょうが、両方とも同じように親の戸籍から出ていくだけです。テレビドラマなど見ていると(「渡る世間は鬼ばかり」など)50年も60年も前の戸籍に基づいて話が進んでいるようで、困ります。テレビの影響は大きいですから。
 それと、結婚式もおかしいです。結婚式にしろ、披露宴にしろ○○家、○○家が強調されすぎていると思うのです。ここまで育てた両親、家族を重んじるのはわかりますが、「○○家、○○家、披露宴会場」という看板を見るたびに、完全な勘違いと思ってしまいます。結婚するのは2人なんだから、せめて「新郎○○、新婦○○、披露宴会場」(「新婦」って差別用語ですか?)なら、「○○、○○披露宴会場」が正解。もっとも、結婚式場にしてみれば、○○家としたほうが商売上都合がいいのかもしれません。でもこれも、影響は大きいです。明治時代?の家制度みたい。
 婚姻とは、2人が結婚することであって、「嫁に行く」、「○○家に嫁ぐ」、「○○家の人間になる」「○○家に入る」ということではありません。これらは戸籍とは何の関係もないのです。

 法律はかなり進んでいるのに世間一般の感覚が50年ぐらい止まったままのような気がします。こんな状態で、また法律改正(夫婦別姓)なんて意味があるのでしょうか。逆にこんな状態だから意味があるのかな。
 私個人的には、夫婦別姓問題について、特に強い意見はありません。市民課職員だった頃は、現行の戸籍法に基づいて戸籍事務をしていただけです。どちらかといえば賛成です。いや選択的夫婦別姓は賛成です。現在の、夫の氏、妻の氏に加えて、両方の氏を選べてもいいと思います。ただ、戸籍事務はかなり複雑になりそうですね。私は直接関係ありませんけど・・・。
 どうしても夫婦別姓にしたいと思っているカップルには切実な問題なのは確かです。

 このように、夫婦1つで1つの戸籍なので、夫婦ならば、そのどちらかが筆頭者(その戸籍の初めに書かれている人)になっています。婚姻届の時に夫の氏を選べば夫が筆頭者、妻の氏を選べば妻が筆頭者になります。すでに結婚している人は、そうなっています。

 

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 「筆頭者」は主にその戸籍のインデックスの役割をはたしています。ただ同姓同名の方は以外と多くいますので、より正確な検索をするために「本籍地」も同じようにインデックスの役割をはたしています。これまた同じ所を本籍地にしている人は同姓同名よりさらに多いので、「本籍と筆頭者」の両方で正確な検索ができるのです。本籍と筆頭者の両方がまったく同じ戸籍が2つ以上存在するというのは、そうあるものではありません。「本籍と筆頭者」これで1つのインデックスになるのです。

 対等なはずの夫婦関係なのに、夫婦のうちどちらかだけが筆頭者というのは不公平では?と、感じている人がいるかもしれません。根本的に筆頭者になったからといって何か他に影響することは、通常あり得ません。生活する上で筆頭者の権限など何もないのです。戸籍の書類上のことですからそんなことで夫婦関係が不平等になるなんて思わないで欲しいです。夫婦が対等に生活していくことと筆頭者とは根本的に関係ないのですから。
 というのは、筆頭者をなしにしてしまうと、上記のように正確な検索ができなくなりますし、逆に夫と妻2人とも筆頭者にするというのは、そもそも筆頭者とは、その戸籍の最初に記載されている人のことをいいますので・・・・かえって、そのほうが変ですし、「筆頭者」という言葉をやめて「夫婦氏名」にしたとしても、離婚した場合とか、未婚の1人だけの戸籍の場合などを考えると、独身者の差別にもつながりかねないので好ましくないと思います。

 そう考えると、この「筆頭者」というのはなかなか簡単で便利なインデックスとして重宝なのですが、昔の戸籍の「戸主」(その昔この「戸主」にはそれなりの権限がありました)というイメージが残っているためか、「筆頭者」が差別だと感じてしまう人がいてもしょうがないとは思います。
 これも「法律はかなり進んでいるのに、世間一般の感覚が50年ぐらい止まったまま」の現象ですね

 電話は「電話番号」によってその電話が特定できるのと同じように、戸籍は「本籍と筆頭者」でその戸籍が特定できます。あっ、戸籍も電話番号と同じように、「本籍と筆頭者」をなくして番号制にすればこういう問題はおきないのかも・・・いや、国民の戸籍にすべて番号をつけて管理するなんて、それもまた別な意味で大問題になりそうです。意味的には「本籍と筆頭者」と「番号」と同じようなものなんですけど・・・。

 「婚姻」というよりも「筆頭者」についての説明になってしまいましたが、せっかくですから、もう少しおつき合いください。

 「筆頭者」というとその語感から、偉い人?(う〜ん、ピッタリした言葉はみつかりません)のような印象を持つのか、頭者の戸籍というものがドーンとあって、その戸籍にその他の人が入っているというイメージを持っている方がいます。
 「筆頭者が死亡した場合、亡くなった筆頭者の戸籍に、その他の人が入っているのは、なんかおかしい? 変じゃないの?」

 いえいえ変じゃないんです。前に言ったとおり、戸籍の「本籍と筆頭者」は、電話の「電話番号」と似たような役割をしていますから、その家族でだれかが死亡しても電話番号は変わらないのと同じように、その戸籍の中でだれかが死亡しても本籍と筆頭者は変わらないのです。死亡したのが筆頭者でもです。(死亡だけではなく、婚姻や養子縁組や日本国籍喪失など、いわゆるその人がその戸籍から除籍になった場合すべて同じです。)
 その戸籍は筆頭者の戸籍ということではなく、その戸籍に入っている人みんなの戸籍です。その中で1人だけ特別で誰かの(筆頭者の)戸籍ということではありません。みんなの戸籍です。ですから、その中でだれが死亡しても(それが筆頭者であってもなくても)その戸籍の「本籍と筆頭者」は変わらないのです。

 その戸籍の中にいる人全員が、その戸籍から除かれる(死亡や、婚姻、他の市町村への転籍などで)と、その戸籍は除籍となります。除籍は80年間保存されます。除籍謄本などが必要になる手続きもあります。そういう場合もどの除籍なのかは、やっぱり「本籍と筆頭者」で表します。
 筆頭者が死亡しても、その戸籍自体が除籍になってもずっとその戸籍の表示は変わらないということです。何かあるたびにその戸籍の名前(インデックス)が変わってしまうというのは、ただでさえ難しいといわれる戸籍が複雑になるだけですし、変える必要性がまったくないのです。

 住民票には、「世帯主」という言葉があります。世帯主が死亡した場合は、その世帯でだれかが新しく世帯主にならなければなりません。なぜでしょう?

 これは説明するまでもなく、感覚的に理解できる人は大勢いることでしょう。この「世帯主」と「筆頭者」は完全に分けて考えないといけないのに、混乱してしまうと話がややこしくなってしまいますよ。

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