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「これこれこういうところがおかしい。こういう弊害がある。だから戸籍は廃止するべきだ。」
さて、「戸籍を廃止する」って具体的にどういうことなのでしょうか?
人が生まれても「出生届」をしなくていいの?、人が死んだとき「死亡届」は必要ないの?、結婚するときに「婚姻届」はしなくていいの?、離婚するときも・・・・。そういうこと(身分)を何も記録しておかなくていいの?
よく、戸籍があるのは日本と韓国と台湾だけで、その他の国は戸籍がないのだから世界的にみても不要の戸籍を廃止するべきだという意見も聞きます。
じゃ、外国では、出生届はないの?、死亡届もないの? 結婚したときになにも報告なしなの? そういうこと記録してないの?
そんなことないですよね。戸籍とは姿、形は違っても、何かしら記録されていて、「出生証明」や「独身証明」などの証明が取れるはずですよね。
離婚にしても、日本ではお互い合意のもとで届け出る協議離婚が認められています。ところが、それが認められていなくて、離婚は必ず裁判離婚という国もあるくらいですから。だから、「戸籍廃止」という意味は、「身分登録、(出生事項、婚姻事項などの登録)の廃止」という意味ではないと私は勝手に解釈しているのですが。
「身分登録、(出生事項、婚姻事項の登録)」は廃止するべきだ。」という意見ではないですよね。現在の日本から純粋に戸籍だけをスパッと廃止した社会は考えられないのです。
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「これこれこういうところがおかしい。こういう弊害がある。だから戸籍は廃止するべきと考える。」
確かに、現在の戸籍制度は様々な問題があります。でも「おかしい、弊害がある」原因が戸籍ではないものもあります。戸籍とは直接関係がないことでも(少しは関係してるのかもしれません)、それがあたかも戸籍が原因かのように「戸籍があるからこういう弊害が起こる」みたいな意見。
そういう場合は、たとえ戸籍を廃止してもその問題は解決しません。問題が解決しないのですから・・・・。そして、もちろん、現在の戸籍制度が原因で弊害が起きているものもあります。それについては、「戸籍が廃止されれば弊害がなくなるだろう」と素直な人は考えるでしょう。
でも、ちょっと待って下さい。上記のように純粋に、戸籍だけをスパッと廃止することは考えられませんから、戸籍とは別な登録制度になるはずです。その新しい登録制度になったときその弊害がなくなるという保証はどこにもないのです。そしてさらに、現在の戸籍制度では弊害がなかった部分でも、その新登録制度にしたら弊害が起きてしまう可能性も十分考えられます。当然、そのような問題ありの新登録制度なら、戸籍を廃止してまでもわざわざその新登録制度に変更しようなんてことに、はじめからならないとは思いますが。
「現在の戸籍制度より、弊害が少なく差別もない登録制度になればよい」という考えは当たり前の意見です。100人いたら100人とも賛成するでしょう。1000人いたら1000人賛成するでしょう。でも、そんな当たり前のことを言っていても何一つ改善されることはありません。
こうしてみると、ピントがずれている「戸籍廃止論」は、ただ当たり前のことを言っているだけなのかもしれません。当たり前のことを言っているのだから別に問題はないように思えますが、ピントのずれている「戸籍廃止論」は誤解をを生むケースが多い気がします。
気だけならよいのですが、「戸籍廃止論」によって誤解が生まれ、新たな弊害が起きてしまっては元も子もありません。戸籍を廃止するよりも、ピントがずれている「戸籍廃止論」を廃止したほうが、弊害が少なくなるのではないかと思ってしまうほどです。もちろん「戸籍廃止論」のすべてが、ピントがずれているわけではないということはいうまでもありません。