第2章 骨髄移植と白血病 現状と課題

 

 第1節 小児白血病と骨髄移植

 

    第1項 小児白血病

 

 白血病とは「血液をつくる細胞の異常で、がん化した血液細胞だけが増え、正常な血液がつくられなくなる病気」(1) である。1995年の統計によれば日本での白血病発生率は、1995年では年間人口10万人当り4.9(6.0人、女3.9)である。白血病に代表される血液関連臓器のがんで亡くなる患者の数は、約13,000人で、そのうち白血病で亡くなった人数は6,100人にもなる。15歳以下の子どもにおこる悪性腫瘍を「小児がん」と呼び、白血病は最も発生頻度の高い小児がんであり、その約5割を占める。1997年の3歳以上の子供の死因順位においては、小児がんは事故死に次いで第二位を占めるような高位の死亡原因である。つまり、白血病を含む小児がんは、小児にとって最も死亡率の高い疾病である。

 こうした医学的に深刻な状況のため患児の両親は、患児の白血病を治すためにはできる限りのことをしようと思うのである。遠隔地から患児を治すことができる専門医を求めて来院し、入院させ、治療費や滞在費がいくらかかろうとも患児を治すために一生懸命になる。白血病は血液のがんである。胃がんのような固形がんと違って外科的切除は不可能であり、抗がん剤を使った薬物治療、放射線療法、骨髄移植などによって治療がおこなわれる。

  これらの治療は副作用が現れやすく、患児は疲労感、吐き気を感じて薬を飲むのに何時間もかかる。がん細胞だけでなく健康な細胞にも影響が出るので髪の毛が抜けたりするようにもなる。特に治療の開始時期では放射線治療の効果があればあるほど薬によって、がん細胞が一気に壊れて腎臓に負担をかけるなど患児にとっては大変辛い治療になる。そのため副作用の血尿で痛がる患児を見守る家族はとても不安になる。患児の年齢が低いと病気を理解することができずに、薬を飲むのを拒否したりする。痛いのをがまんして何度も骨髄液を採血をされることもある。何故自分が入院しているのかも分からずに不安に思う。放射線治療や化学療法で理由も分からずに苦しい思いをするのである。

 

 

   第2項 骨髄移植

 

  骨髄移植が対象となる疾病は白血病、再生不良性貧血、先天性免疫不全症候群である。

19998月現在の日本で骨髄移植を行っている、移植認定施設は採取のみの施設を含めて113施設 151診療科である。施設数を単純計算すると1つの都道府県に2.4施設しかないことになる。そのために患児・家族は遠隔地から、専門医がいて移植のできる特定機能病院にやってくるのである。

 骨髄移植とは、「患児の病気におかされた骨髄細胞を、ドナー(提供者)の健康な骨髄幹細胞と入れ替える。実際は骨髄液を点滴注射することにより、正常な造血機能を回復することができる。つまり骨の移植ではなく骨髄幹細胞の移植である。この治療では患児は骨髄移植の2週間前から、移植の準備に入り大量の放射線を受ける。その結果、患児の骨髄細胞は全て破壊され、血液が全くつくられなくなる。激しい吐き気や全身の脱毛などの副作用に耐える事が必要である。命がけの治療である。健康なドナーから採取された骨髄液は、通常の輸血と同じように、点滴で数時間かけて患児に静脈注射される。造血回復から社会復帰に向けて患児は、無菌室で拒絶反応や感染症などに注意しながら、安静に過ごす。やがて移植された骨髄液が働き始め、正常な血液をつくるようになると、一般病棟に移される。そこで良好な経過をたどれば退院し、社会復帰することができるようになる。」(2)骨髄移植には移植準備から術後の安定まで最低1ヶ月かかる。特に移植後は拒絶反応などで、腎機能や肝機能が低下するので、術後の経過観察も重要である。そして退院後も経過観察や外来治療などがあり、遠隔地からの患児・家族はしばらくは病院近くに滞在しなくてはならない。骨髄移植を受けることにより白血病の治癒率は高くなるが、その過程には長い時間が必要になり、患児、家族には様々な身体的にはもちろんのこと心理・社会的負担がかかってくる。

 20003月現在では骨髄バンクを介して骨髄移植を受けた患者は2,549人で、その中で小児は651人である。20005月現在では骨髄移植希望者数9,364人の中で、小児は2,678人で15歳以下の小児の移植希望者の数が多いことがわかる。こうした小児の骨髄移植では、付き添いをせざるをえない片親、留守番としての兄弟、収入を支える稼ぎ手としての親、といった家族の問題が大きくのしかかり、治療を受ける上での心理・社会的問題が当然発生していく。         

 

 第3項 患児・家族の生活ニーズ

 

 白血病のような病気の時こそ患児、家族のQOLが満たされるべきである。それは子どもが重い病気に罹るということは、子どもの生命に関わる問題だけではない。家族の今後の生活が一変してしまう。しかし子どもが病気になったときには患児、家族の生活要求は満たされなくなりがちである。

 人間の社会生活上の基本的要求とは、岡村重夫によると「誰も避けることができない社会生活上の要求であり、社会的存在としての人間にとって必然的な要求である。」(4)岡村は人間の基本的要求を次のように分類した。@経済的安定、A職業の機会、B心身の健康維持、C教育の機会、D家族(関係)の安定、E社会的協同、及びF文化・娯楽への参加の機会の7つである。

 これを骨髄移植の患児・家族メンバーにあてはめると、以下の基本的要求、生活上のニーズがあることがわかる。

                    

          1      骨髄移植時の患児・家族の基本的要求                       

 

基本的要求

 患児

 

  兄弟

 

 

経済的安定

 

×

×

 

 

 

職業の機会

 

 

 

 

心身の健康維持

×

×

×

×

 

 

教育の機会

 ×

 

 

×△

 

 

家族(関係)の安定

×△

×△

×△

×△

 

 

社会的協同

×△

×△

×△

×△

 

 

文化・娯楽への参加の機会

  ×

×

×

×△

 

  ※ 安定、満たされている場合○     岡村重夫、『社会福祉原論p82』より著者作図

   不安定、侵されている場合×

      場合によってどちらも言える△

 

 患児は疾病により心身の健康は維持されない。年齢によって教育を受ける機会を失い、家族の安定が侵され、社会的協同、文化・娯楽への参加の機会を得ることは出来ない。

 母親は経済的負担、患児の付き添いのために仕事を辞める母親もいる。心身への負担、家族関係が不安定になる場合もある。闘病中は文化・娯楽に触れることはめったにない。父親は収入の大半が付き添いの二重生活のために使われる。患児に付き添うために仕事を辞める父親もいる。家族の安定が満たされず、社会的協同、文化・娯楽への参加の機会がないのが大半である。兄弟は家族がバラバラになり両親の注目は患児の方に向き、不安を感じる。教育を受ける機会に影響がでたり、母親と離れて養育者が変更される場合もある。

 こうしてわかるように患児の闘病中には上記にあげた要求はほとんど満たされていない。病気になったときというのは、生命の危機だけでなく社会生活にも問題が現れる。患児の生活要求だけでなく家族の生活要求まで満たされなくなるのである。 

 著者がマクドナルドハウスにて、実際に滞在している家族の方からのヒアリング調査の結果、以下のような訴えがあった。病院に相談室があることを知らない家族がいた。また、相談室の存在は知っていても医療相談室と名前が付いていると医療のことについての相談で、宿泊場所の相談をしていいのか判らなかったという家族がいた。また、マクドナルドハウスについて小児科病棟の看護婦は知っていても、他の科の病棟の看護婦は知らない。医師も患児の身体状況だけに目がいき、遠隔地から来ている家族の生活にまで目が届かない。公立病院の医療ソーシャルワーカーが近隣にあるマクドナルドハウスの事を知らず、相談に来た家族にウィークリーマンションの一覧表を渡されたという例もあった。マクドナルドハウスについて知らない医療関係者が多い。多くの家族は病棟で母親同士の情報交換により、マクドナルドハウスの存在を知るという。ある母親が「あのお母さん、大きいカバンを持って面会に来ていて、少しなまりがあるようだけど、どこに泊まっているのかしら」と疑問に思い、ホテルに泊まっていると聞いて、声をかけマクドナルドハウスについての情報を提供するということはよくあることだ。ヒアリングにより患児、家族の基本的要求が満たされ原因の一つに家族への情報が不足していることがわかった。

  このような現状の中で、現在でもウィークリーマンションなどで高額な滞在費を払い生活している家族がいる。しかしウィークリーマンションで付き添い家族が食事をしていると気分的に落ち込んでしまう。相談相手がいないことにより家族は将来について不安に思う。マクドナルドハウスで他の家族と悩みを相談したり情報交換するで一人ではないと思うことが出来れば、ストレスは軽減されるはずである。

 また、留守番の患児の兄弟の居場所の問題もある。患児の小学生以上の兄弟が実家に残る場合は、養育者が患児の祖父母などに変更される場合がある。また、患児に小学校入学前の兄弟がいる場合、家族が患児に付き添っている間の兄弟の居場所の問題がでてくる。遠隔地から一緒に連れてきている場合は保育園、託児所に預けている家族もいる。公立保育園の場合には施設側の判断で入園の是非が決まるが、私立の場合には経済的余裕がなくてはならない。患児、兄弟にとって家族と接していることは大切であるが、多くの小児病棟では面会者の年齢制限をしている。小学生、中学生の兄弟でも、親が面会している間は病棟の外で長い時間待っているしかない。母親は家族と離れ、子どもの病気を治して帰らなくてはならないと頑張っている。自分が頑張らねばと思い詰めることでのストレスが大きい。また遠隔地から母親が患児の付き添いで来ることになると、夫婦関係にひびが入ることがある。

 そうしたニーズに対応し、患児、家族のおかれている環境を改善することのできる可能性を多くもつ有力な社会資源としてマクドナルドハウスが存在している。

 

 

  第2節 制度、社会資源の問題

 

  この節では移植の患児家族が直面する心理社会的問題のうち代表的な医療費の問題、生活費の問題、住居面の問題にわけて患児、家族をとりまく現状について触れたいと思う。

 

  第1項   医療費の問題         

 

 1991年に骨髄バンクができて骨髄移植の知名度は上がったものの、今なお骨髄移植を受ける患者家族は経済的、心理的、社会的に援助が必要な立場にいる。骨髄移植は居住地とは別の遠隔地で高度医療を受けなくてならないことが多く、子供が病気でも高度医療を提供している病院等だと基準看護なので家族は付き添うことができずにいる。また小児白血病は小児慢性特定疾患治療研究事業に指定されているため、医療費は公費負担である。しかし高度医療の中で保険外医療費に費やす金額は、月に5000円から6万円の中で非常に個人差がある。そして保険外医療費(室料差額、遠隔地からの受療に伴う費用、両親の滞在費・面会のための交通費など)の負担は少なくない。また骨髄バンクに登録するのに約20万円かかるし、親族間で移植する場合でもトータルで約50万円かかる。室料差額については公立病院では室料差額を取らない病院が多いが、私大病院では高額な室料を取るところがある。保険外医療費にかかる費用が大きいために、家族には経済的負担がのしかかる。医療費に関する制度として、厚生省による小児慢性特定疾患治療研究事業がある。小児がんは入院、通院に長期間の治療を必要とする疾患であるため、保険診療の自己負担分の3割に対する医療費が公費負担されている。自己負担分が公費負担だからといって、白血病の治療にお金がかからないわけではない。負担されるのは医療費のみであり保険外医療費である室料差額、骨髄バンク登録料は自己負担である。白血病や骨髄移植の治療では保険外の治療や薬剤の使用が伴う。いくら保険外の治療で費用がかかっても患児の病気が良くなるのならば、家族は保険外の治療費を払う。しかし治療期間が長いため、治療費は何十万、何百万にもなることもあり家族にとって負担になる。育成医療の給付の対象は18歳未満で身体に障害があり、そのまま放っておくと将来障害が残る可能性があり、手術などの治療によって身体上の障害が軽くなり確実な治療効果が期待できる子ども。育成医療では,所得に応じた自己負担がある。骨髄移植にかかる費用は給付されない。そして小児白血病は小児慢性特定疾患治療研究事業に含まれているので適用されない。

 税金の医療控除では治療にかかった費用が1年間に10万円を超えた場合、200万円を限度として、翌年の確定申告で税金の控除対象となる。控除対象は入院・通院医療費、医薬品の購入額、差額ベッド代、通院交通費であるが、税金の税負担の軽減であってかかった費用そのものを肩代わりしてくれるわけではない。

 こうした負担をいくらかカバーする意味でがんの子どもを守る会に特別療養費援助制度というものがあり、治療に要する保険外の負担が多大な場合、申請を行い審査会での審査によって、30万円が最高額として援助される。しかしこの援助も最高額が30万円であり、この額を超えた場合は自己負担である。

 小児白血病で利用できる制度は幾つかあるが、医療技術は進歩しても制度はそうした進歩に沿って進歩せず、患児・家族の療養環境が整いにくい。そして治療や経過観察が長期にわたるため家族の経済負担は大きくなる。 医療に直接関わる費用については目が向けられ制度があるが、それ以外の問題には目が向けられていない。制度や社会資源の不備のために家族は、大変苦しい状況下におかれている。

 

 

   第2項 生活費の問題  

 骨髄移植を受ける際には入院期間は最低4ヶ月かかる。その間遠隔地から治療に来た家族が、滞在場所としてホテルを利用する場合、安いビジネスホテルで1泊5,000円は宿泊代としてかかる。ビジネスホテルで3食提供されるわけではないので食事代や洗濯代などの費用がかかる。ウィークリーマンションでは宿泊だけで一週間で約28,000円かかり、その他に電気、ガス、水道、電話料金がかかり、食費もかかる。電子レンジ、ガスコンロ、ベランダ、洗濯機もない。洗濯物を洗う場所、コインランドリーなどを利用するがそれにもお金がかかる。国立ガンセンター小児科母の会の1991年の調査によると「アパートなどを借りる際には契約に敷金、礼金、仲介料などで平均444,545円かかり、その上家具や電化製品なども揃えなくてはならないし、月々の家賃も平均79,236円かかる。このほかには滞在先から病院までの交通費、日々の食費と光熱費がかかる。遠隔地からの付き添い家族は1ヶ月の生活費は最低でも15万円はかかることになる。」(3)という結果が出ている。大変な負担である。付き添い家族にとって二重生活による経済的な負担は大きい。滞在中の生活費の出所は、父親の収入、貯金の取り崩し、親戚からの援助などである。患児の治療に時間がかかるほど家族の負担は大きくなる。それがいつまでかかるのか何日か、何ヶ月か、何年か不明なところも、大きな不安原因の一つである。なかには長期に滞在している家族で、面会時間ではない午前中に病院の近くでパートをして少しでも経済負担を軽くしようとする家族もいる。患児に付き添いながらも働かなくてはならず、心理的にも身体的にも大変負担である。

 また平均的に見ると、患児の親は若い親が多く、経済的に余裕がない家族が多い。患児が入院中の費用は父親の収入、貯金の取り崩し、親戚からの援助であることが多く、その返済に長期間悩むことになる。治療費は小児特定疾患治療研究事業でまかなえるが、保険外医療費を負担しなくてはならず、経済的負担は家族にとって大きな問題なのである。

 

 

   第3項 住居の問題

 

 小児がん治療の入院期間は治療内容により、2ヶ月から2年で患児によって入院期間は著しく異なる。この間遠隔地から治療に来た家族は滞在場所を確保しなくてはならない。その場合、親戚の家に間借りするか、ホテルに宿泊するか、アパートを借りるなどをする事になる。日本でのマクドナルドハウス施設は、2000年までに34施設77部屋ある。移植ができる病院が全国に99カ所あるが各都道府県に必ず1カ所あるわけではない。そして移植ができる病院の全てにマクドナルドハウスがあるわけではない。骨髄移植認定病院によっては病院が資金提供して施設を作り、ボランティアが運営している宿泊施設があるが、全体的に宿泊施設数は不足している。都心の病院では、近隣に施設が確保できず、付き添い家族は電車やバスを利用し面会に行くことも多い。その場合病院へは数ヶ月間ほぼ毎日通うことになり、その交通費が今度は大きい負担になるのである。滞在施設が近くにない病院に入院した患児の家族は、ホテル住まいかアパートを借りたりしなくてはならない。ホテル生活は経済的に余裕のある家族でないとできない。患児の入院が長くなるとわかればアパートを借りることになる。遠隔地から来た家族は不動産屋を回り、アパートを探し家具や日用品などを揃えなくてはならない。こうしたアパートでの二重生活だけで、一時的に月々15~20万円ほどの負担がかかるようになる。

 また看護体制が基準看護でなく、家族の付き添いが認められていれば問題はないかというとそういうことではない。患児は入院中は孤独と不安の中、一人で寝なくてはいけない。家族も患児の容態を心配しながらホテルなどに寝泊まりしているのである。子どもが病気であるのに、付き添って寝泊まりすることができないのである。まず、基準看護があって、それでも家族は医師に許可を得て泊まることは可能だが、付き添い生活環境が整っていないのである。ほとんどの病院は家族が付き添うことを考えて病室を作ってはいない。狭い病室で付き添って家族が寝ることができても、患児の横で床の上に新聞紙を敷くなどして寝るしかない。床で寝ると看護婦などの足音で目が覚めたり、隣のベッドまでの間隔が短くプライバシーの確保ができない。家族用のソファーや布団もなく付き添う環境としては適していない。家族は精神的にも体力的にも参ってしまい、家族の患児に長期にわたって付き添うための環境が整っていない。 

  小児白血病の治療は保険外医療費、生活費が高いので安い住居を確保することが必要である。それは安定した療養環境の確保である。そこは、患児の様態が急変したときにすぐに駆けつける場所で、外来通院の際にも近い場所であり、医療の保証と情報の確保にもつながる。安定した療養環境はよって、患児・家族は治療に専念することができ、そして家族同士で情報交換ができる。これらの問題を解決するためにマクドナルドハウスが必要であり、マクドナルドハウスはこうした問題を解決することの可能性のある社会資源である。