京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。
代表の神田さんに許可をいただいたので、こちらのページにも掲載することにしました。
コラムのタイトルは「もう一人の主役」。神田さんがつけてくださいました(嬉)。


弟と私(3)


ここ数回、ちょっとえぐい(?)話になってしまっていて申し訳ありません。弟のことをこんなにたくさん話すのは多分初めてのことで、どこまで話してよいのか、どんな話をすればよいのか手探り状態で・・・。書いたままを載せてくださっているにこトマさんにも、読んでくださっているみなさまにもとても感謝しております。ありがとうございます。・・・そんなわけで、もうしばらく溺愛している弟の話を続けます。

登校途中に心停止で市民病院に運ばれた弟と、連絡係のため家で待っていた私でしたが、1時間ほど経った頃「そろそろ家に電話もこないだろうから病院に来るか?」と父から電話がありました。自転車で20分ほどの病院まで行くと父と弟の学校の先生たちが数人いて、母は扉の向こうの弟のところにいました。弟の命はまだ危ない状況で、今いる病院ではこれ以上の治療は不可能なため、かかりつけの大きな病院まで救急車で搬送することを決定しているところでした。話が終わると父は、弟がこのまま植物状態になってしまうかもしれないこと、搬送の途中で何かあれば命も助からないかもしれないことなどを教えてくれて、私はあまりの状況に目の前が真っ暗になり座り込んでしまいました。泣きじゃくる私に見知らぬおばさんが温かいお茶を入れてくださいました。この方との出会いが私の将来を決定づけることになるのですが、それはまた次回に・・・。

弟の搬送は無事上手くいき、容態も安定して、夜遅く両親が家に帰ってきました。弟の同級生が届けてくれた折鶴や私の担任の先生が持ってきてくださったお寿司の説明をして、長い1日が終わりました。気づけば私は朝から制服を着たままでした。本当に長い1日でした。

2日後は私の高校受験の日でした。弟は目覚しく回復し意識も戻りましたが、まだ父も母も朝から晩まで病院に通っていたので私も母もお弁当を作る余裕はまだなく、お昼ごはん用の菓子パンを買って高校に向かいました。高校で友人に会い2日前の入試説明会を休んだ理由を尋ねられたのですが、これから受験を控えた友人に言うには重い理由かなあと思い適当にごまかし、試験が始まりました。お昼休み、友人達はお母さんの手作りのお弁当をそれぞれ持ってきていて、「おなかに重くないようサンドイッチにしてもらった」「試験に勝つようにカツを入れてもらった」と話す友人達と一緒に菓子パンを食べるのは意外に寂しく、また、弟の容態が気がかりでパンはちっとも喉を通らず、つらい昼休みになりました。弟が命に関わる状況にあって試験どころではなかった私には、答えあわせをして一喜一憂している友人達が別の世界にいるようにまぶしく見えました。初めて「きょうだい」としての自分を意識したのはこの時だったかもしれません。私は孤独でした。

(文責:清田悠代)






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