京大病院小児科に「楽しい時間」をプレゼントしていらっしゃるボランティアグループ
にこにこトマトさんのニュースレターに04年10月からへなちょこなコラムを書かせていただいています。
代表の神田さんに許可をいただいたので、こちらのページにも掲載することにしました。
コラムのタイトルは「もう一人の主役」。神田さんがつけてくださいました(嬉)。


弟と私(2)


目に入れても痛くない弟の話の続きです。 小さな制限はいくつかありつつも「普通」に近い生活を送っていた私たち家族でしたが、私の高校入試の2日前の朝、登校中の弟が心停止で倒れてしまいました。弟の通う小学校は目と鼻の先だったので(本当に近くて、家と学校のフェンスまで20mくらい)、たまたま外に出ていた近所のおばさんが我が家に飛び込んできて「清田さん!淳くんが倒れたって!」と教えてくれました。

私はその日は中学校の入試説明会に行く予定になっていて、いつもより遅めの時間に出ることになっていたのでまだ家にいました。おばさんの声を聞いて、母は荷物の準備をはじめ、私は信じられない気持ちで家を飛び出ました。フェンス越しに、何人もの生徒と校長先生、その隙間に、うつ伏せに倒れて動かない弟の姿が見えました。さっき家を出て行った時に着ていたグレーの服だ、あれは弟だ、と思いました。頭が真っ白になるのを必死でこらえ、自分のすべきことを考えました。お父さんに連絡して、お母さんについていてあげなければ!すぐに家に戻り、母の準備を手伝っていると救急車の音が聞こえました。安心して涙が出そうでした。母と2人で弟のところに戻り、救急隊員の方が弟を担架に乗せるのを見ました。だらっと力の抜けきった弟の顔は土のような色をしていて、これが本当に弟なのだろうかと思うほどの姿でした。母がいつも通院している病院の名前を告げると、隊員の方は「あかん!間に合わへん!中央病院に!」と叫びながら、弟を救急車に乗せました。「間に合わない」という言葉に、一瞬安心した気持ちは打ち砕かれました。救急車に乗り込む母に、家に残って父に連絡することを告げると、扉が閉まり救急車は走り去りました。

救急車が見えなくなると緊張の糸が切れ、今見た弟の姿、救急隊員の人が叫んだこと、入試説明会のこと、いっぺんにぐるぐる考えておいおい泣きながら家に帰りました。父の職場に電話を入れると、すでに弟の小学校からの電話に出ているところで、役目を終えた安堵感で私は電話の前に座り込みました。「弟が死んでしまう・・・?」という現実が怖くて怖くて涙がとまらず、わんわん泣いて、泣きすぎて気分が悪くなりトイレで吐き、トイレの扉の前でまた泣いていると、20分ほど経った頃、父が帰ってきました。「中央病院だって」と私が告げるのと同時に父は「だいじょぶか?」と聞いてくれました(今思えば父は私が心配でいったん帰ってきてくれたのでしょう。その時は小学校の先生が弟の搬送先の病院を父に教えるのを忘れたのだと思っていました。ひどい話です。)。私は家に連絡係がいた方がよいかもしれないと思い、心の中の緊張の糸をつなげ、病院に行く父を見送りました。

(文責:清田悠代)






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