「心臓病の子供を守る会」の会報に投稿した文章の編集前の原稿です。
テーマは「21世紀の私の夢」でした。このテーマは・・・!と、思わず飛びついてしまいました(^^;

 私の夢は「子どもに優しい病院」を作ることです。

   病院が、通院してくる子どもにとって「たくさん待たされてただ痛い思いや怖い思いをするところ」ではなくなるように。
入院している子どもにとって「ただ病気を治すところ」ではなく生活するところ、成長するところとして機能するように。
病気の子の兄弟姉妹の子どもにとって「お父さんやお母さんにほっとかれて一人寂しい思いをするところ」ではなくなるように。
 お父さんお母さんにとって「ひとりぼっちで不安な思いをするだけの場所」でなくなるように。

 子ども達が小さな胸を痛めることが少しでも減り、病院に子どもの笑顔が少しでも増えることを願って、毎日その方法を探しています。

 アメリカやスウェーデンには、大きな壁画があったり、遊んで待てる大きなオブジェがあったり、「これが病院・・・?」と思ってしまうような病院がいくつもあると聞いています。

 「チャイルドライフスペシャリスト」といって、入院や治療の経験が病気の子どもときょうだいの子どもにとってトラウマにならないよう、遊びを通してサポートする専門職もいます。

 遠隔地から病院に来る子どもと家族が格安に宿泊できる施設が病院のすぐ近くにあったり、「ファミリールーム」と呼ばれる、患者家族がくつろいだりシャワーを浴びることが出来る部屋が病院内にあるところもあります。

 感染の恐れなく入院中の子どもに会えるように、子どもが入院している部屋の隣に、ガラス越しに子どもと会える部屋を用意している病院もあるそうです。

 そのような病院では、一番良い場所に作られたプレイルームに料理や木工、水遊びなど、さまざまな遊びのプログラムが用意されています。
 病院という場所で、治療されたり、注射されたり、「される」ことばかりの受動的な毎日を過ごしている子どもにとって、遊びを「自分で選ぶ」ということはとても重要なのです。
 病院食でさえ、飲み物や玉子の調理法まで選べる病院もあるぐらいです。

 日本の病院はそれにはほど遠い姿をしていると感じます。
 病気だから、あるいはきょうだいが病気だから、病気が治るまでいろんなことを我慢しなければならない?「子ども」であることをあきらめなければいけない?
 それは違うと思います。もちろん、命を守ることが最優先されるのは当然ですが、「病気」という大きな苦しみとたたかう子ども達だからこそ、せめて少しでも良い環境を用意したい、と私は思っています。

 毎日成長し続ける子ども達の芽をのばすために、病院にも光が必要だと思うのです。


 現在は、大学の社会福祉学部の研究生として、慢性疾患児の「きょうだい」のサポートについて勉強中です。
 私自身が「きょうだい」であるということもありますが、きっかけは10年前に出会った小さな女の子の涙でした。

 弟が入院していたとき、私はまだ中学生だったので病棟に入ることができませんでした。ロビーで待つ私の隣で、面会時間の間ずっと泣き続ける小さな女の子がいました。
 その子のもっと小さな弟か妹が入院していて、お母さんがその子につきっきりだったからです。
 何にもないロビーには、ソファーに座って黙々とお弁当を食べている子どもや、一人で何時間もゲームをしながら待っている子どももいました。
 なんとかしたい、と思いました。

 病院に出入りするようになって、病気と闘うだけで精一杯なはずなのに、そんなきょうだいを思って小さな胸を痛めている子どもや、きょうだいの子に申し訳ない気持ちでいっぱいなご家族に出会うことが増えました。
 なんとかしたい、という私の気持ちが大きくなりました。

 具体的には、まずは、感染予防のために病棟に入れない子ども達に、遊びながら面会に行く保護者の方を待っていられるスペースを病院に作りたいと考えています。
きょうだいが主役になれる場所が病院に用意されているのはとても大切なことだと思います。

 きょうだいの中には遠くに遊びにいった経験が極端に少ない子どももいます。
 毎日続く病気との闘いで疲れ切ったお父さんお母さんがきょうだいの子どもを連れて遊びに行くことはとても大変なことですし、病気の子どもの体調を考えると出かけられないということもあるでしょう。それは当たり前なことです。
 だから、ボランティアを引き連れてそんなきょうだい達でどこかに遊びに行くことができたら、と思っています。

 こうしてきょうだいの子ども達が出会い、思っていることを話せる場所があったら、「自分は一人じゃない」ときょうだいの子どもが思えたら、とても素敵だと思います。

 中学生や高校生、もっと年が上のきょうだいにも、自分が考えていることや思っていることを話せる場所が用意されていることが必要だと思います。
 親やきょうだいには話せない悩みや不安でも、同じ立場のきょうだい達になら話せるかもしれないし、何か解決法が見つかるかもしれません。
 不安や不満を一人で抱えるためにきょうだいに優しくできないことがあるとしたら、それはとても悲しいことだと思います。
 いつでも理解者につながる場所が用意されていれば、きょうだい特有の不安や不満もずいぶん軽減されるのではないでしょうか。

 自分の兄弟姉妹の病気について何も知らずに不安な思いをしているきょうだいの子どももいます。
 アメリカの病院には、そんな子ども達を連れて検査室やレントゲン室などを回って、各部屋の担当の医療スタッフに治療の説明をしてもらうツアーを行っているところがあります。
 きょうだいが病気や治療について理解することは、余計な想像による不安をなくすのにも、家族一体となって病気に立ち向かう力を強くするのにもとてもよいことだと思います。

 最終的にはきょうだいを次の世界に見送った経験をもつ「きょうだい」達の集まりを作ることが出来ればと考えています。
 きょうだい達は、きっと親とは少し違った形できょうだいの死をとらえますが、きょうだいもまた自分を責め、後悔しながら大切な人の不在と共に生きていることにかわりはありません。
 そんなきょうだい達に、私自身もきょうだいの一人として出会いたいと願っています。


 私の弟は肥大型心筋症で2年前に他界しました。
17歳の淳は本当に私と仲が良く、高校から帰るとその日一日の報告を毎日してくれていました。
 外では無口でおとなしいと思われていましたが、私の前ではとっても姉思いで、おしゃべりで、ユーモアのある可愛い弟でした。

 1998年6月2日、淳は、病院に行く途中のモノレールの駅で倒れ、そのまま意識が戻ることはありませんでした。
 私が最後に聞いた淳の声は、出かける私を玄関まで見送って言ってくれた「いってらっしゃい」でした。

 私の夢はとても果てしないものですが、でも、きっと弟がいつも私を守ってくれて、
「いってらっしゃい」と見送ってくれていると思っています。
 果てしなくても、うまくいかないことがあっても、淳と一緒に夢をかなえられるよう頑張りたいと思います。


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