はじめに

 日本における小児医療は日々着実に進歩し、以前なら命の助からなかった難病でも、高度な最先端の治療を受けることで助かるようになってきている。  しかし、そのような高度な医療を提供できる設備とスタッフが整った専門病院はまだ数少なく、必然的に、難病の子どもとその家族は遠隔地から入通院することになる。心臓病や小児ガンなどの難病の治療は長期にわたることが多く、また、治療後も検査などのために何度も通院しなければならない。頼れる人もいない不慣れな土地での終わりの見えない闘病生活は、病児と家族には肉体的、精神的、経済的な負担を与え、「当たり前の生活」を営めない家族や、「子ども」として成長する機会を奪われる病児もたくさんいる。  また、このような専門病院のほとんどは基準看護体制を採用しているため、原則として家族の付き添いは認められないことが多い。そのため、病児が入院する間、遠隔地から来た家族は宿泊場所に頭を悩ませることになる。治療費や交通費だけでも高額であるのに、さらに、高い宿泊費や生活費が経済的負担に拍車をかけ、中には病院のロビーで夜を明かす家族や、看病で疲れきった体に鞭打ってアルバイトに励む母親もいて、その苦労は計り知れない。付き添いを認める病院であっても、一人部屋でなければ同室の付き添い家族に気を遣うし、また、病室に備えられた簡易ベッドで寝ていても、医師や看護婦が廊下を歩く足音に何度も目を覚まし、家族は気を休めるひまがない。一人でホッとすることもプライバシーも確保されない状況での闘病生活が数ヶ月から数年に及ぶこともある。  また、病児のきょうだいがまだ低年齢である場合、感染の危険から病棟にも入れないことがあり、親が病児に面会している間中、廊下で泣きながら親を待つ姿も見られる。慣れない生活と親にかまってもらえないストレスから暴力的になる子どもも見られ、病院は子どもが育つ環境とは程遠い場所であることがわかる。  このような悲惨な闘病生活の苦労を軽減するための施設として「ホスピタル・ホスピタリティ・ハウス」というものがある。ホスピタル・ホスピタリティ・ハウスはアメリカで生まれ、難病の患者とその家族のための滞在施設として利用されてきた。ハウスは寄付金や、企業の助成、ボランティアの力を導入することで、病院の近くに格安で宿泊することを可能にし、その利用料をも払えない家族は免除されることになっている。さらに、外泊する病児やそのきょうだいのためのプレイルームも備え、同じ境遇にある家族や病児同士の情報交換や支えあいの効果も期待される施設である。  日本でもそのようなハウスが33施設稼働し、その数も少しずつ増加してはいるものの、まだ不足している。病気と向き合い、毎日不安とたたかっている病児とその家族に対する支援策としてのホスピタル・ホスピタリティ・ハウスの必要性とニーズは高い。  日本では、「病気を治すためなのだから多少のことは我慢すべきだ」という考え方がまだ主流であるが、「医療」というものに対して、高度な医療技術の提供だけでなく、その周辺にある問題への支援が求められている時期であると思う。病児とその家族のクオリティ・オブ・ライフに着目した医療が求められているのである。そういった意味でも、付き添い家族の生活を保障しようというホスピタル・ホスピタリティ・ハウスは意義深いものであろう。  このような視点から、ホスピタル・ホスピタリティ・ハウス先進国であるアメリカの運営状況、日本での病児とその家族がおかれている現状、日本のハウスの現状などをふまえ、日本における、さらなるホスピタル・ホスピタリティ・ハウスの可能性について考察したいと思う。


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