ニューオーリンズ復興プロジェクト
New Orleans Relief Project


活動の趣旨――アピール文  (最新情報を随時付加しています)



すべての音楽を愛するみなさんへ――

2005年8月末、ハリケーン「カトリーナ」は、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ諸州に未曾有の大被害をもたらしました。ニューオーリンズでは、市内の8割が冠水し、避難する手段をもたない貧困層のアフリカン・アメリカンの人々を中心に多くの人命が奪われ、大混乱の中を避難してかろうじて生き延びた人々もその大半が家屋、財産、仕事を失いました。

ニューオーリンズの地元新聞Times-Picayune紙(カトリーナ報道でピュリツァー賞2部門を受賞)が、nola.comのサイト内で、カトリーナによる洪水の時間的経緯と規模をFlashアニメーションで見られる"FLASH FLOOD"を公開しています。
http://www.nola.com/katrina/graphics/flashflood.swf
(もしZip Codeを訊かれたら"Outside The US?"をクリック)

Y
AHOO! NEWS(U.S.)が公開しているAP通信のフォトグラファーたちによるカトリーナ報道写真ページ"2005 Year in Review"(Flash)。
http://news.yahoo.com/page/year_review

外観は問題ないように見える住宅でも、
一歩中に足を踏み入れると、内部は凄まじい状態。
家具は破壊され、カビに覆われ、虫がわき、強烈な臭気が漂っている。
道路は一面乾いたヘドロで覆われ、車が通るたびに粉塵が舞い上がる。
打ち上げられたボートもあちこちに放置されている。

もっとも被害の激しかった地域のひとつ、Lower 9th Wardの信じがたい光景。  同じくLower 9th Ward。家の土台を残してまったく原型をとどめていない。
  1年近くたった今も同じ状態が続いていて人の気配はまったくない。
  全壊した家屋の所有者を捜すことすらままならないという。

●上記4点の写真は、いずれもローボック美貴さんによって2005年10月に撮影されたもの。 photos by Miki Rohbock



あらゆるものが根こそぎ押し流された大災害から1年が過ぎましたが、今もなお、ニューオーリンズ市民48万人の約半数が街に戻ることができていません。
比較的被害の軽かった街の中心地・フレンチクオーターには賑わいが戻りつつあり、観光客の受け入れ態勢も整備されていますが、そこから一歩離れれば、手つかずの瓦礫の山が果てしなく続く荒涼とした光景が広がっているのです。
数少ない住宅の家賃は暴騰し、電力や交通などの社会インフラもまだ十分に復旧せず、人々が戻れないからビジネスは停滞して雇用もままなりません。ようやくカトリーナ以前の強度を回復する工事を終えたといわれる堤防システムも、絶対的な安全を保証するものではありません。

2006年8月末のニューオーリンズの状況が臨場感たっぷりの画像とともにレポートされています。
防災システム研究所のサイト内ページ。

ハリケーン・カトリーナ災害1周年 ニューオリンズ現地調査報告
(執筆・防災システム研究所 山村武彦氏)

New Orleansの情報ポータルサイトnola.com(地元紙The Times-Picayuneと提携)が、被災1年後の復興状況レポート"REBUILDING NEW ORLEANS  A post-Katrina activity report"を公開しています。視覚的にデータを把握できる対話型グラフィクスです。
http://www.nola.com/katrina/graphics/wide.ssf?/katrina/graphics/flashrebuild.swf
 (最初にZip Codeを訊かれたら"Outside The US?"をクリック)

人々は遠く離れた避難先での長期にわたる仮住まいを余儀なくされ(あるいは他に避難することもできずトレーラーハウスなどで不自由な生活を強いられ)、また、政府機関等の不十分で不適切な救援施策などの問題もあり、彼らが直面している経済的困難と精神的な危機は想像をはるかに上回るものです。

ニューオーリンズは、ジャズ、ゴスペル、R&B、ファンク、ロック、ケイジャン、ザイデコなど素晴らしい音楽を育んできたアメリカ南部音楽の中心地です。ニューオーリンズの音楽は世界中のポピュラーミュージックに計り知れない影響を及ぼしました。
私たちがいつも楽しんでいる音楽、私たちを力づけ心慰めてくれる音楽、そのルーツの多くがこの街にあります。私たちが大好きな音楽の元をたどっていくと、知らず知らずニューオーリンズにたどり着くのです。
音楽の都ニューオーリンズとそこで生活していた愛すべき人々。彼らが少しでも早く希望と活力を取り戻すこと、街が以前のように復興することを心から願わずにはいられません。

私たちは2005年9月からこの活動を始めました。有志数名を発起人として、思いを共有してくれる賛同者を募り、ニューオーリンズの復興を支援するために、まず支援金を集めることからスタートしました。
郵便振替口座を開設し、そのために必要な組織としての規約を定め、趣旨説明と活動報告・情報交換の場としてWebサイトをオープンし、チラシを作成。そして、身近なところへの募金の呼びかけ、ライブ会場などでの募金のお願い、フリーマーケットに参加しての売上金寄付、Webサイトでのアフィリエイト・プログラムへの参加など――。少しずつ賛同と支援の輪が広がる中で、さまざまな方法を模索しながら活動を続けています。

Webサイト全体の趣旨と立ち上げの経緯についてはAbout Usへ

こうして集められた支援金は、私たちの仲間が2003年の秋に参加した「淡野保昌プロデュース ゴスペルの源流を訪ねる旅 Part 2」というツアーで、音楽的交流を通じて親交をもったロイス・デジャン師に託され、とりわけ被害が大きく不利益を被っている貧困層のアフリカン・アメリカンの人々が音楽活動を行うために役立てられます。

ニューオーリンズの旅のレポートページへ
ニューオーリンズでは美しい街と人々の温かさに触れながら、ゴスペルを歌いました。日本で「趣味として」ゴスペルを歌っている私たちを、現地の人々は大きな心で迎え入れてくれ、さまざまな交流をもつことができました。


●淡野保昌氏(左)とロイス・デジャン師(右)。 2003年10月17日撮影
ニューオーリンズのルイ・アームストロング公園で開催されたリジョイシン・イン・ザ・パーク・・ゴスペル・フェスティバルのステージで。

ロイス・デジャン師 Rev. Lois Dejean 
ニューオーリンズのダウンタウンにあるエベニーザー・バプテスト教会の専任牧師。スラム地区の貧しい人々の救済活動に加え、ティーンズをドラッグ禍から救い出すための活動としてY.I.C.I.(青少年ゴスペルプログラム)を二十年近く継続してきた。リジョイシン・イン・ザ・パーク・ゴスペル・フェスティバルの開催もその活動の一環。マヘリア・ジャクソン・ゴスペル・ミュージック・クワイアの創始者、ディレクターでもある。ニューオーリンズにおけるゴスペル・シーンの中心的存在として指導的役割を担っている。

淡野 保昌 Yasumasa Awano
この「ゴスペルの源流を訪ねる旅」のプロデューサー。日本におけるゴスペル・ブームの火付け役のひとりともいわれる。ヴォイス・トレーナーとして多数のアーティストを育てたほか、CMやドラマの音楽などの作曲、編曲も手がけた。現在は、ヤマハPMSボーカル科の講師、同LM科統括スタッフとして活躍。各地のゴスペル・クラスで、多数のクワイアを指導する。また、自身がリーダーを務めるア・カペラ・ユニット「Sound Of Joy」ではアルバムをリリース、ライブ活動も積極的に展開中。軽妙なトークにもファンが多い。


●エベニーザー・ミッショナリー・バプテスト教会
(専任牧師・ロイス・デジャン師)
2003年10月19日夜撮影

EBENEEZER MISSIONARY BAPTIST CHURCH
2415 S. CLAIBORNE AVE.
NEW ORLEANS, LA 70125-3917

エベニーザー教会は市指定歴史的建造物でもあった、

エベニーザー教会の所在地:Googleマップへのリンク
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=2415+S+Claiborne+Ave,+New+Orleans,+LA+70125,+USA&ll=29.955306,-90.078621&spn=0.027552,0.052915&om=1



●2005年12月に撮影されたエベニーザー教会の会堂内部
撮影:Miki Rohbock

会堂内の礼拝用長椅子は有毒の苔に被われている状態。壁も同様。
オルガン、ピアノ、打楽器、フェスティバル用のテントやPA機器などもすべて損壊。
窓ガラスは割れ、外壁のレンガは剥落。それでも建物自体は復旧可能状態にあるが、
衛生局の許可が下りたとしても営繕経費と労働力が不足している。

●アシェ・カルチュアル・アーツ・センター(ASHE)
2003年10月19日撮影

ASHE CULTURAL ARTS CENTER
1712 ORETHA C HALEY BLVD.
NEW ORLEANS, LA 70113-1360

アシェ・カルチュアル・アーツ・センターは奇跡的に冠水をまぬがれた。


●デジャン師が主宰する青少年ゴスペルプログラム(Y.I.C.I=Youth Inspirational Connection, Inc)  
サイトはこちら (ときどき接続不能になるようです)
YICI, YOUTH INSPIRATIONAL CONNECTION, INC.
REV. LOIS J. DEJEAN, EXECUTIVE DIRECTOR
2823 BROADWAY ST.
NEW ORLEANS, LA 70125-3917



2005年12月初め、デジャン師は次のような内容のことを話してくれました。
1)NRPの支援活動に深い敬意と感謝を表する。
2)現在は「何が必要か」と訊かれても即答できない状況にある。あらゆるものが破壊され、すべてを失い、人々も戻っていないから。
3)ただ、たしかなことがふたつある。まず、ニューオーリンズを元通りにするということは、人々をこの地に戻すということ。そして、今、もっとも欠乏しているのは心の糧、生き続けるためのエネルギーであるということ。
4)聖職者であり音楽人である自分に課せられた使命は、苦境にあっても信仰を強く維持し、音楽を通じて人々の心に生き続けるエネルギーを喚起することだ。

デジャン師自身、避難先を転々とすることを余儀なくされるなか、被災者救済のための活動に奔走されています。「問題が大きすぎてどこから手をつけてよいのかわからない」という絶望的な状況、疲労困憊の日々にあって、人々に生きる糧を与えようと力を尽くされています。
  (photo by Hiro Tanaka 2006年1月16日撮影)
長年にわたってスラム地区の貧者救済のために尽力されてきたデジャン師の言葉――「今、もっとも必要なのは音楽の力。人々の心に音楽を取り戻すこと」――に、私たちはあらためて胸を打たれます。

ニューオーリンズの将来を担うべきYICI青少年クワイアの運営をはじめとするデジャン師の音楽活動へのサポートは、すなわち貧困層のアフリカン・アメリカン・コミュニティへの支援、精神的な支えとなり、ニューオーリンズの復興へとつながっていくものだと私たちは考えます。
音楽が人々の心に希望と力を与え、人々を街に呼び戻す原動力となり、街の復興につながる――私たちにできることは被害の大きさに比べたらほんとうに微力ではありますが、その思いが種になり音楽として育ち、復興として花開くことを信じつつ、しぶとく継続していきたいと考えています。


2006年1月16日、ニューオーリンズのアシェ・カルチュアル・アーツ・センターにて、ニューオーリンズ復興プロジェクト(NRP)の第1回支援金を、NRP有志代表ヒロ田中氏からロイス・デジャン師に直接手渡すことができました。

金額は$5,000(=\586,750 / 1$=\117.35)でした。
(photo : Courtesy of Ashe Cultural Arts Center)

受け渡しの詳しいレポート・ページはこちら


たいへん多くの方々からのご支援・ご協力に心から感謝申し上げるとともに、引き続き第2回支援金とりまとめに向けての活動にもご協力をお願いいたします。


私たちは、音楽のつながりを起点にして思いを広げ、歌の力を信じながら、音楽の都ニューオーリンズの復興の一助となりたい、大好きな音楽に対する愛情と敬意を形にしたいと考えています。

すべての音楽を愛するみなさんのご理解・ご協力を重ねてお願いいたします。