関西占い物語/『水』の章

2000.11.27.UP 2008.6.12.更新 2010.9.19.更新

占い師は一匹狼だすが、たまには他の占い師はんと組んで仕事をする事もおますんや。
関西は四柱推命の占い師はんが多おますな〜。

じつは四柱推命にはでんな、どうしても一般には伝わってへん事がおまんねん。
萩森先生 例えば「大運」…。
この正しい見方を知ってはる四柱推命の占い師はん、ヘヘヘ、いたはりまっか?!
滅多にいたはれへんはずだっせ!!
これ、わては言い切れま!
そやさかい、わては師匠に、これから紹介します先生を選んだんだす。
「大運」だけやおまへんで〜、他にもギョーサンおまっせ〜。

これは何も秘伝でも奥伝でもおまへん。
当然、伝わってへんかったらおかしい内容の事なんだす。
師匠にその事が伝わってまへんから、その弟子にも伝わらん。
その悪循環の中に今日の四柱推命がおまんねん。
そ〜ゆ〜訳で、わてはプロデビューして3年めに再び師匠につきましたんや。

その新しい先生は、萩森常随先生という大阪の門真の先生だして、元東映の俳優はんでんねん。
萩森先生はわてを弟子にしてくれはり、『その伝わってへん事』を伝えはって1年後に他界されてまっさかい、も〜おられまへんねんけど…。
この先生のみをわては師と思〜とりま。

わてはその時すでにプロだしたんやけど、その事を聞き出すために、プロ活動を中断させてまで、一から入門したんだす。
この先生は、わてが初めて四柱推命で看ていただいた先生でもおまんねん。
それから入門まで6年の歳月が経ってま。

そやけど、この先生、わてをなかなか入門させてくれまへんかったんだす。
「も〜、俺な〜、占いを教えと〜ないんや。」とか、「マンツーマンでは上達せんから、も〜、2〜3人集まるまで待っとき。」とか言わはるんだす。
わては毎月末に「先生、他に習いたい人が集まりましたか?」ちゅうて、しつこく電話をしたモンだした。
そんなくり返しが4ヵ月続いた後、ある日、留守番電話に先生からのメッセージが入ってまんねや!!

こ〜して入門を許されたわては、授業のある日は1日も休まず、教わりに行きましたんや。
風邪をひいて熱があってもでんな、1番高い「赤まむしドリンク」を先生の事務所のドアの外でグッと飲み干して部屋の中に入ったモンだした。
生徒はわての他に男1人、女2人だしてんけど、卒業したんは、わてを入れて3人だす。

この先生は趣味が釣りだして、ある日、冷凍庫からカチンコチンに凍ったアジをよ〜け、わてにくれはりましてん。
それまであんまし魚を食べなんだ、わてだしたんだすけど、これを切っ掛けに魚をよ〜食べるようになりましてん。
今でもアジを食べる時、「あん時、先生にぎょ〜さんアジをもろ〜たな〜。あれがなかったら、こんな感じでアジを食べてへんで〜。」といつも家内に言〜始末だす。

それからもう1つ、この先生は『スポニチ』と『週間釣場速報』ちゅう釣りの新聞に『今週の運勢』を連載してはりまして、授業後、その新聞をもらった事がおまんねん。
わてはその頃『Withたからづか』ちゅうローカルな月刊誌に『今月の運勢』を連載してましたんやけど、月刊誌でも原稿を書くのにヒイヒイ言〜てまんのに、週刊誌2本はすごおますな〜と思い申した。
しかしでんな〜、その『週間釣場速報』の連載を先生の死後、わてが引き継ぐとは夢にも思いまへんだした。

話は戻って、授業も後半になった頃、わては例の『その伝わってへん事』に触れてみましてん。
実は、その答はも〜出てましてん。
それは昔、わてが初めて先生のとこへ行き、客として鑑定していただいた時に、先生が鑑定の説明としてその原理を解説してくれてましたんや。
そやから、この先生には『その伝わってへん事』が伝わってはると判明したんだす。

エッ?
「それやったら、わざわざ入門せんでもよかったんと違ゃうん?」ってだっか?!

それもそ〜でんねんけど、もしかしてその理論は、わてのよ〜な生まれのモンだけにしか当てはまれへんのんかもしれまへんやん。
わてが先生の口から聞きたかったんは「この事は誰にでも当てはまる事や。」ちゅう言葉やったんだす。
その一言のために、わては入門費数10万を払ろ〜て、すでにプロやのに入門したんだす。

結果は、わての類推ど〜り「この事は誰にでも当てはまる事や。」ちゅう事だした。
さらに、わてはしつこく「これはどんな生年月日、どんな生日干支、どんな月支元命の人も、そ〜なるのですか?」と、念には念を入れて念を押しましてん。
すると先生はニヤリとされながら一言「そ〜や。」ちゅうて言わはりまんねや。

もし、わてがこの時にこの事に触れへんかったら、教わらんまま、卒業だしたんや。
なぜかっちゅうと、この事の内容は『占い教室』ごときで教わるようなヤワな内容ではおまへんねん。
先生も、わてがこの理論の全てを述べ、合〜てるかど〜かを聞いたんで、しょ〜事なしに答えはったんだす。
しかし、そ〜ゆ〜聞き出し方をせず、ただ単に「教えて下さい。」だけだしたら、「まだ早い。」ちゅう一言で終わってましたと思いま。

この事は、最後の授業の終了間際にも、わては「先生、最後にもう1回お聞きしたい事があります。」ちゅうて再度、念には念を入れて確認をし申した。
先生のお言葉は、一言「そ〜や。」だした。
先生のその一言、その一言が聞きたいがための入門だしたんで、わては実に大満足の卒業だした。

そやけど、そんな四柱推命にとって重大な理論でありまんのに、一緒に卒業した御仁達は大切やという意識がなかったんか、後でなんぼ説明してやってもわかっとらんのんだす。
ホンマ、目的意識がなかったら「絵に描いた餅」でんな〜。

ところで先生が他界されはった時、わてが所属していた近畿易道協会はどんな仕打ちを先生にやりよったか知ってまっか?!
当時、先生は副理事長をされてはり、次期、理事長が決まってましたんや。
そやのに他界された事を当時の理事長はんに、わてら一門のリーダーの先生が連絡しはったところ、「奥様からの正式な連絡がない限り、協会としては受理できません。」ちゅう事でんねん。

読者の皆はん、これをどない思いはりまっか?!

こんな事態の中、先生の奥様が連絡できひんから、代理が連絡したんやおまへんか?!
それに理事長はんも占い師の端くれだしたら、先生の死期もわかるはずだっしゃろがな!
病名も入院したんも知っとんのやさかいに!

結局、お通夜もお葬式も協会からは誰1人、来よらんかったし、式微も弔電もおまへんなんだ。

それにしましてもおもろおまっせ、その年の協会の総会に行った時でんがな、わてのななめ前に今まで見た事がない女子(おなご)はんが役職をもろ〜て、エラそ〜な顔して座ってまんねん。
噂によりますと、その女子(おなご)はん、理事長の2号はんらしいんだす。
またそれと同時に、わての先生の弟子でもおましたんやけど、先生に怒られるよ〜な事をして疎遠されてはったそ〜でんねん。
先生がおられた頃は顔も出せんかったのに、おられんよ〜になったら急に顔を出す。
それも役職付きでだっせ!
ホンマ、シャレにもなりまへんで〜!!

また、先生が修業時代に同期やったちゅう御仁が、今まで、わてらの下手に出ておったのに、急に先輩風どころかリーダー風を吹かせて、したり寄って来はるんだす。
ほんであげくの果てには「20万出したら、日本占術協会に入れたる。ここに入っとったらテレビに出れるで。」と、わてが知らんと思〜てか言〜て来はるんだす。

わては萩森先生の弟子になる前からプロだしたんや。
わては日本占術協会に5万円で入れてくれはる、お人はんを知ってまんがな〜。
ホンマ、急にリーダー風を吹かせて来よったと思〜たら、わてらを喰いモンにしよ〜としまんねや。
あいた口が塞がりまへんで〜!!

もともと近畿易道協会と日本占術協会は1つの団体だしたんや。
それが分裂して、近畿易道協会の初代の理事長はんが、あの小説『悪名』の作者の今東光はんだしてん。
そやけど、も〜、近畿易道協会も、こんなんでは終わりだす。
また日本占術協会も、かつて「占いを告発する」で上岡龍太郎に毒舌を吐かれても、当時の理事長はんがヘラヘラとブラウン管の中で笑〜てまんねんし、わてがテレビに出る時はナンの後ろ楯もない白無垢鉄火で出るつもりだすんで、ココに入る必要もおまへん。

ま〜、こ〜ゆ〜感じで実力者が他界されはると、今まで押さえられてはった御仁はんらが活発に動きはりまんねんな〜と思いや、何を血迷〜たんか、同門の内部からもウミが出ましてん。

それはナンの風の吹き回しか、理事長はんが萩森先生の弟子を協会の常任理事(別名「雑用係」)に任命しよ〜として来はった事が発端だした。

その結果、驚いた事に一門の中から、それを受けるモンが出て来よったんだす。
それは、わてと同期のY川ちゅう女子(おなご)だす。
ホンマ「悪魔に魂を売った」女だっせ。
この女子(おなご)が占いのテキスト通り、バックに誰かおらんとナンもでけへんちゅう月支元命ナンがおもろおますな〜。

そのY川が、わてに、わざわざ電話までして来て、常任理事になる事を勧めまんねん。
わては近畿易道協会の、そんなハナシに乗る事は論外だしたんで、理由を述べて断わりましたんや。
するとY川 曰く、「常任理事の役職の任命状を鑑定室にはっておくと、お客さんの信頼に通じる。」とか「死んだ人(萩森先生)の事は過去の事やから、今の事を考えやなあかん。」とか、耳を疑うよ〜な信じられん事を言うんだす。

そんな、師の反目に出たよ〜な協会の役員の名前が刻まれた役職任命状を部屋にはって、お客はんを看れまっかいな!! ムナクソの悪い!!
それに、わては契約金をいただいて企業顧問をしてまっけど、1度も協会の役職の肩書を求められた事はおまへん。
そんなレッテルよりも、占い師はその腕と実績でんがな!!
そんなんがないモンが、そないなレッテルを欲しがりまんねん。

萩森先生とは最後になってしも〜た忘年会の日、わては先生をお迎えに事務所まで行きましてん。
その際に先生が「上林さんに贈る言葉がある。」ちゅうて、『敬主一無敵』ちゅう言葉を解説してくれはりましてん。
敬主一無敵』とは「一生涯に主(あるじ)は1人しか持たんという気持ちがあるならば、何も恐れるモンはない。」ちゅう武将、加藤清正の名文句だす。

これを例のY川もたまたまその場に居合わせて、聞いていたはずやのにこの有り様だす。
わてとY川をクッキリと色分けした『敬主一無敵』の金言。
ま〜、この女子(おなご)、モノの本質がわからへん生まれだっから、しょ〜おまへんけどな〜。
人間、目の前に宝を差し出されても、それを宝やとはわからへんのがよ〜けおるよ〜でんな〜。
これは教えのみならず技術面でも一緒で、同じ事を教えられても、それを飲み込めるモンと飲み込めんモンがいてはりま。
そやから占い師の技術レベルの格差が生じまんねん。
けど、みな平等やの〜て、こ〜して格差が生じん事にはおもろの〜て、この稼業、やってられまへんのは確かでんねんけどな〜。

なにわともあれ、ご自分の死を悟り、その死後を暗示しはったよ〜な、先生のあの日のお言葉に…。
わては今さらながら感服いたしま。
当たり前の事でんねんけど、先生の実力、人気…、それには…。
いかに傲慢な、わてかて勝てまへんな〜。
どない逆立ちしても…。
勝てまへんな〜。

上林岳承

総合開運研究学会
上林岳承

運命鑑定/プロ養成占い教室
daikando@sd5.so-net.ne.jp


プロの四柱推命『関西占い物語』