藤掛廣幸先生の略歴


                         音楽家   作曲家/編曲家/指揮者/シンセサイザープレイヤー
                         愛知県立芸術大学作曲課程卒業、同大学院修士課程終了
                         JASRAC「日本音楽著作権協会」正会員
                         日本作曲家協議会会員
                         1949年岐阜県生まれ
                         BMG Music Publishing International[London/New York]と契約 [日本を除く]を
                         結び作品は世界各地で演奏されている。

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作曲家として、交響曲、オーケストラ曲、オペラ、ミュージカル、バレエ音楽、室内楽曲、合唱曲、吹奏楽曲、
マンドリン曲、シンセサイザー曲、邦楽、「NHK特集」「中学生日記」「銀河テレビ小説」等テレビやラジオ、
映画、ハイヴィジョン、博覧会等の為の音楽、校歌、社歌、市民の歌、等多岐に亙る作品を作曲。
編曲家としてもイ・ムジチ合奏団とオーボエの世界的名手ハインツ・ホリガーによるアルバム「日本の四季」の
アレンジを担当。これはオランダのフィリップスより世界発売されている。
シンセサイザーを使った数多くのコンサートを行い、ジョージ川口(ドラムス)、小口大八(日本太鼓)
荘村清志(ギター)といった様々なジャンルの音楽家達ともジョイントコンサートをしている。
エリザベート王妃国際音楽コンクールでグランプリを受賞した関係で、ソロアルバム「銀河交響曲」を
ベルギーから世界発売。また、「ふるさと紀行1−2」「海の子守歌」(アポロン)を日本国内発売。
フルートの世界的なトッププレイヤーであるジェームス・ゴールウェイとの3枚の共演アルバムでは
作曲、編曲、演奏を担当してアメリカBMGより世界発売。1枚目の「The Enchanted Forest」は
アメリカのビルボード「クラシカルクロスオーヴァー部門」で5カ月間ベスト10入りを果たした。
 1枚目:The Enchanted Forest(日本版「妖精の森」)
 2枚目:The Lark In The Clear Air(日本版「ひばりは高らかに」)

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音楽の友作曲コンクール入賞 − 「合唱の為の2つの詩」[1970]
日本音楽コンクール入賞 − オーケストラ曲「挽歌」[1974]
全日本吹奏楽コンクール課題曲作曲コンクール入賞 − 「協奏的序曲」[1975]
全日本マンドリン作曲コンクール入賞 − 「パストラル・ファンタジー」[1975]
笹川賞作曲コンクール第一位 − 「ノスタルジック・ラプソディー」[1975]
笹川賞作曲コンクール第一位 − 「シャコンヌ」[1976]
エリザベート王妃国際音楽コンクールグランプリ受賞 − オーケストラ曲「縄文譜」[1977]
岐阜県文化奨励賞受賞[1978]
民放連盟賞受賞 [1986]
CM優秀賞受賞[1986]
日本交響楽振興財団作曲賞 − 「春の詩」[1990]

このページの文はすべて先生のHPより転載しております。

この写真は藤掛先生より記念に頂いたものなので、無断使用をご遠慮ください。

新ミレニアムおめでとうございます。

2000年おめでとうございます。
僕のコンピューターの日付けも、問題なく2000年と表示していたのでホッとしました。
いつもありがとうございます。藤掛廣幸です。
自分のやりたいように作曲活動をしてきただけですが、このように「ファンのページ」まで作って頂いて、とても嬉しく思っています。
作曲や演奏にコンピューターを使っているくせに、実はあまりコンピューターについて
詳しくないんですよネ、恥ずかしい話ですが、、、。
マンドリン関係にこんなにかかわるようになるとは全く思っていなかったのですが、
いつの間にか、マンドリン曲を始めて作曲してから、25年もたちました。
大学生の人達では、「まだ生まれていなかった」という人も多いでしょうネ。
僕の気持ちの中では、大学生の頃と全く変わっていないように感じていますが、
早いもので感無量です。大学生の人達と話していても全く違和感を感じないのですが、「ま、これでいいや!」と自分では思っています。
管理人の成瀬さんに「マンドリンに関わったいきさつ等について」書くように言われて
いますので、これからは時々書くようにします。宜しく!

      2000年1月 藤掛廣幸             ※ 藤掛先生の投稿です:01月02日(日)11時10分27秒


「マンドリンにかかわるようになったキッカケ」 投稿者:Hiro Fujikake  投稿日:2000年05月23日(火)00時44分18秒

こんばんわ!藤掛廣幸です。
東京カザルスホール/ソロ.オーケストラコンサートでマンドリンと一緒に演奏する
「白鳥」「アルハンブラ幻想曲」「じょんがら2000」「わが心のモルダウ」のアレンジが、今日やっとカッコよく完成したので、ホットして久しぶりにおじゃましました。
11000を越すヒットなんてすごいですね。おめでとうございます。
成瀬さんは粘り強くて、その上細心の配慮が出来る素晴しい管理人さんですね。
その成瀬さんから「マンドリンにかかわるようになったキッカケ」を書くように
言われていたハズなのに、なかなか書けなくて気になっていたんですが、今日は書くゾ!

******僕が初めてマンドリンを見たのは愛知県立芸大の大学院生の時だと思います。
現在、岐阜シティー.マンドリン.オーケストラの指揮もしている平光保さん(彼は僕の一年先輩です)が奇妙な楽器を手にした一人の男を紹介してくれました。
「これはオレが作ったマンドリンだ。何か曲を作曲してくれ」とブッキラ棒に言ったのが、僕をマンドリンの世界に引きずり込んだ張本人「横内紀夫」さんとの出合いです。
彼の求めに応じて「2つのロマンス」というマンドリン.ソロとピアノの為の曲を作曲しました。この曲は、横内+平光により名古屋の中電ホールで初演されましたが、とても良い演奏でした。

その次には中野二郎先生の主宰される「プレットロ.ロマンティコ」の為に曲を書いて欲しいという横内さんの求めに応じて、児童合唱とシンフォニーオーケストラによる僕のミュージカル「ももいろのキリン」の中からいくつか選んでマンドリン.オーケストラの為の「メルヒェン第一番」を書きました。
その次の作品が「パストラルファンタジー」です。
この曲も横内さんが「岐阜大学の為に新作を書いてやってくれ」というので生まれた作品です。そして横内氏は「チンチロリン合奏団」を結成しました。「平光保氏を指揮者に、藤掛廣幸の作品を演奏するマンドリン.オーケストラ」というのが設立の趣旨でした。
僕はマンドリンもそれなりに悪くはないけれどマンドリンの作曲を専門にするつもりなど全くなかったので実の所苦痛になり始めていました。「メルヒェン第二番」「八つのバラード」という作品は「チンチロリン合奏団」の為に作曲しました。

こんな感じでズルズルとマンドリンの世界へ引きずり込まれていった訳ですが、マンドリンの何が気に入ったかと自問してみると、楽器の音とかよりも、演奏している人達に惚れたのが、まず第一です。
マンドリンに関わっている人達はアマチュアがほとんどだと思いますが、まず音楽が大好きで、演奏しているのが楽しくて一生懸命練習する....そのサワヤカさと気持ち良さに惚れたんだと思います。それ故に、あまり美しくないマンドリンの響きに出会ったりすると
「なんとかもっと美しい音にならないものだろうか?」と真剣に考えて作曲するようになりました。
今回のソロ.オーケストラコンサートもマンドリンを如何に美しく聞かせるか、、、
という事に細心の注意を払ってアレンジしました。期待して是非聞きに来て下さい。

■明日5月23日、東京銀座4丁目にカラクリ「悠久の翔」がオープンします。
13:30/15:30/17:30/19:30 と一日4回上演されます。
東京銀座にお出かけの時は覗いてみて下さい。


「愛する」という事

 投稿者:藤掛廣幸  投稿日:2002年7月12日(金)23時37分26秒

「愛する」という事

日本では「自由」という言葉がしっかり理解されていないのではないかと思います。
明治までそんな言葉は日本語には存在しなくて福沢諭吉が工夫して訳した、と聞いた事があります。

「自由」には全く好き勝手にしていい反面、それに対して全責任を持つ必要があります。
全て自分で責任を持つからこそ、好き勝手にしてもいいのです。
ただ好き勝手にふるまうのは「自由」ではなく「わがまま」です。
責任を持つ事と、好きにふるまう事がセットになってこそ、
初めて「自由」と言えると思います。

日本語には「可愛いから甘やかす」という言葉がよく聞かれますが、
英語で表現する時は「Spoil 」と言います。
台なしにする/腐らせる/ダメにする、というような意味です。

昨年ある小学校でソロ.オーケストラのコンサートをした時の事です。
数百人が体育館に集まっています。
ほとんどの子供達は静かに聞いていますが、演奏が始まっても、あちこち走り回ったりして騒いでいる子供が何人かいます。
先生が一生懸命制止しようとしていますが言う事を聞きません。

さすがに頭に来たので、演奏を途中で止めて「聞きたくなかったら聞かなくていい。今すぐ外に出て行きなさい。他人が一生懸命話したり演奏しているのに、それを一生懸命聞こうとも出来ないのは人間のクズになってしまうよ!」とドナリました。

いっぺんに静かになりました。
しかし誰一人として全く出ていく気配がありません。

「他人が一生懸命やっている時は一生懸命聞きなさい。
それさえ出来ないようなら今すぐ出て行きなさい」と言ってから続けましたが
今度は騒ぐ子供は一人もいなくて最後まで静かに聞いていました。
その子達もやれば出来るのです。
大切な事を親がしっかり教育していない為、問題が起きてしまうのです。

多いに愛しなさい!しかし子供が本当に可愛かったらspoil してはいけません!!!!!

最近ヒットした宮部みゆきの「模倣犯」には、そんなメッセージも込められているように感じました。


マンドリンに想う事(2007年マンドリン連盟会報新年号より転載)

 投稿者:藤掛廣幸  投稿日:2007年1月6日(土)11時51分45秒

2007年 明けましておめでとうございます。
出会いというのは不思議なものです。私が友人の勧めで、たまたま作曲をした2曲目のマンドリン合奏作品「パストラルファンタジー」が日本マンドリン連盟のコンクールで賞を頂きましたが、まさかこんなにも永くマンドリンの世界と付き合う事になるとは思ってもいませんでした。

27歳の時から約10年間住んでいた岐阜の金華山の一軒家から当時のマンドリン連盟会長、伊東尚生先生のご自宅まで車で約15分でした。そんな偶然もあり伊東先生から頼まれて作曲した作品は「荒城の月による変奏曲」「郡上挽歌」「長良川幻想曲」「逅 (ごう)」「ヴィヴァ!マンドリン」「おばば変奏曲」等いくつかあります。マンドリン連盟の顧問になって欲しい、と言われた時は何度もお断りしましたが、最後に「名前だけでいいので貸して下さい」と言われてお役にたつなら、と渋々承諾した覚えがあります。なぜなら、私は交響曲やオペラ、ミュージカル、吹奏楽、シンセサイザー作品等、どうしても書きたい仕事が沢山あり、マンドリンだけの作曲家になりたくない、と強く思っていたからでした。

そんな私が最近は「特別に何もしなくていいから、」とか言われてマンドリン連盟副会長やらコンクールの審査員長を頼まれる様になってしまいました。
何故こんなにも永く深くマンドリンの世界とお付き合いさせて頂くようになったか、という理由はただ一つ!
伊東先生を初めマンドリンに関わっていらっしゃる全国の多くの人達の「音楽が大好き!」という素晴らしいお人柄に惹き付けられたからに他なりません。
そんな出会いから断りきれずに作曲していたら、いつの間にやら多くのマンドリン作品が出来上がりました。

私は「どんな仕事でも絶対手抜きはしない。手抜きをするくらいなら仕事は断った方が良い」という信条で取り組んで来ました。マンドリンの作品に関してもも同じ姿勢を貫いてきました。その為に多くの方にご迷惑もお掛けしましたが、改めて作品を見直してみても私の姿勢に間違いはなかったな、と自分で満足しています。マンドリンの作曲をしていなかったら全く縁もなかったであろう多くの素敵な人達と知り合える事が出来た事を、今ではとても嬉しく心から感謝しています。
皆さん本当にありがとうございます。

マンドリンに関して、私はここ数年心に暖めている夢があります。

その一つは、マンドリンコンクール等でヴァイオリンコンチェルト等が演奏される事も多いのですが、かなり良い線まで行っても「オリジナルには絶対敵わないね。もっと工夫できないのかな?」という感想を持つのがほとんどです。
これを解消する為に、作曲家としての技術を総動員して「オリジナルより良いね」と言われるようなアレンジが出来ないものか、と思っています。これをお読みの作曲家や演奏家の皆さんも是非それぞれの立場で積極的にチャレンジしてみて頂けませんでしょうか。

もう一つは、わがままな夢ですが、全国から一年に一回だけ有志の人達に集まってもらい「藤掛作品のみによるフェスティヴァル」を開催する事です。
藤掛廣幸という作曲家が生きている内に直接演奏に関わって、作曲家が思い描いている理想的な形を出来るだけ多くの人達に分かって頂きたい、と思っています。

常連さんだけで他の人達は参加出来ない、というのではなく、意思のある人達には誰でも参加出来る様なオープンな形にしたいと思っています。
しかし誰でも参加出来て楽しいけれど、内容や質が悪くては全く意味がないので、オーディションをしっかり公平にやりたいし、作曲家が直接指導するけれど、演奏や指揮はそれぞれの団体に任せてやって頂き、順位は会場に来て頂いたお客さんの投票のみで決めるというゲームスタイル。
最後に藤掛廣幸の指揮で合同演奏。
その後は参加者全員でパーティーをして今回初めて会った人たち同士も皆が新しい友達になる、なんて楽しいだろうな、と勝手に夢見ています。
本年も素晴らしい年になりますように!