stone alliance

「LIVE IN AMSTERDAM」(MAMBO MANIACS RECORDS 804865116)
STONE ALLIANCE

 グロスマンは、ほんと、何も考えずにテナーサックスからおびただしい量のエネルギーをむだにまき散らしており、共演者がそれをセーブしようとする、あるいはうまくリードしようとする、というような形でグループが形成されている場合が多いが、このグループ(ストーン・アライアンス)では、共演のジーン・パーラ、ドン・アラアイスのふたりが、グロスマンをむしろあおりたて、なんぼでもやってや、わしらもやるさかい、という感じで一緒になって暴走するところが好きなのだ。ほんと、このバンドでのグロスマンはいきいきしている。もうちょっと考えて吹けよといいたくなるほどの荒武者ぶりだが、音といい、楽器コントロールといい、完璧なのだからしかたがない。これだけ吹けるやつってまずいない。しかも、その暴力的ともいうべきモーダルなフレーズの嵐は、フリージャズよりもはるかにえげつなく、パワフルで、衝撃的である。ストーン・アライアンスといえば、70年代フュージョンブームの先鞭をつけたグループ(たとえばウェザー・リポート、リターン・トゥ・フォーエヴァー、ヘッド・ハンターズ、マハヌビシュ・オーケストラ……)などのなかでも最も硬派として知られている(んじゃないかな?)。一枚目の「ストーン・アライアンス」、二枚目の「コン・アミーゴス」はどちらも名盤で、私はめちゃめちゃ好き。とくに二枚目の「コン・アミーゴス」の一曲目の「グラシェラ」はグロスマンの代表的名演だと思う。そのあと、グロスマンが脱退して、ゲスト的にボブ・ミンツァーとかが入ったりしたあたり(「ヘッズ・アップ」とか)は、私の興味からはずれていくのだが、いちばんこのグループが扱った時期のライブである。音質的にはいまいちなのだが、なんといってもグロスマンの野太いテナーと、信じられないほど鳴りまくっているソプラノがリアルにとらえられていて、もうそれだけでじゅうぶんだ。もう、よだれがでそう。私はこないだまでこのアルバムの存在をしらなかったが、カタログにはほかにも二枚のライブアルバムが載っているので、ファンには周知のアルバムなのかもしれない。とにかく、どの曲も荒削りではあるがジャズ本来のガチンコ勝負の魅力にあふれている。曲も、グロスマンファンにはおなじみの曲ばっかりで、もう涙がちょちょぎれます。グロスマンファンは必聴の、躍動感あふれるライブアルバム。ラストの曲(「キング・タット」)は、なぜか、ぶちっと途中で切れておしまいになるあたりも、B級っぽくていいぞ。

「STONE ALLIANCE」(PM RECORDS PMR−013)
STONE ALLIANCE

 結局、後年発掘された3枚のライヴ盤をのぞくと、ストーン・アライアンス名義のアルバムは4枚(澄淳子の歌伴でストーンアライアンスと一応名乗っているものを入れると5枚? なぜかそのことは日本語ライナーには触れられていないけど)あるのかな。本作は、そのうちの一番最初のアルバムであり、ゲストを入れずに3人だけで演奏している、もっともタイトな、3人の剥きだしの絡み合いが露骨に味わえるジャズ史上屈指の名盤である。3枚目の「コン・アミーゴス」もジャズ史上屈指の名盤なので、まったく始末に困るグループなのだが、あとの2枚はそうでもないというところもまた、このグループの良さなのである。とにかく昔聞きまくったので、もう「暗記」に近いかもなー。もちろんフレーズひとつひとつは覚えてないのだが、それでもグロスマンのソロに関しても、そうそうここで○○のフレーズを繰り返すんだよな、とか、そうそうここで例のあのフレーズを途中まで出して、そのあとやり直すんだよな、とかそういうことも覚えてる。学生のころに本作をはじめとするグロスマンの諸作に当たり前のように感じていた、これもジャズなのだ、いや、これこそがジャズなのだ、という気持ちはいまだにそのままである。ジャズという音楽は、ハードバップだ、フュージョンだ、フリーだ、ヒップホップだ、と変転しても、その虚飾(あえて虚飾と言いましょう)をはぎとれば、熱く燃えたぎる生身の人間の音楽なのだ、ということを私はあのころ感じたし、今もそう信じ込んでいる。それはたぶん、ニューオリンズから面々と続いている大河のようなもので、クールジャズも環境音楽っぽいやつも一皮剥けばそういう煮えたぎる血潮というかマグマが封じ込められていると思う。各曲について触れるのは意味がない。だって、どの曲もかっこいいからね。とくに好きなのはA−3のドン・アライアスのドラムとテナーのデュオによる、その名も「デュエット」という曲。グロスマンはひたすらグロスマンであることに徹し、アライアスもひたすらアライアスであることに徹した演奏。ひえーっ、かっこいい。B−1も耳馴染んだ曲だなあ。シンプルなグルーヴと爆発的なテナーは、もう言うことないっす。とにかくグロスマンは、ここでそんなことを吹くかあ? と呆れるような、自分で曲の「肝」を潰してしまうようなフレーズを叩き込んだり、わざとへしゃげたような音を出したり、ひび割れたようなフラジオを無意味に炸裂させたり、フリーキーになったり……と、ある意味グロテスクでバランスの悪いソロを展開することがあり、また、そのスピード感でバンドの均衡をあえてぶち壊したりするわけだが、その暴れん坊っぷりは一度味わうともう戻れない。ここでのまさに暴君のような姿からは、後年というか最近のハードバッパーに堕してしまった(あ、書いちゃった。ま、ええか)演奏は想像もできない。そういうハードバップはほかのひとに任しておけばいいのに(だって、やってるひとはごまんといる)、グロスマンはグロスマンにしかできない表現をやればいいのに(だって、このときやってたじゃん)、なんでなんやろなあ。ジャズの歴史最大の謎である。とにかくこの作品の時点でのグロスマンが天才だったことは断言できます。

「CON AMIGOS」(PM RECORDS ULX120PM)
STONE ALLIANCE

 ストーンアライアンスの作品のなかで(後年に出たライヴ盤3枚は除く)、いちばん好きなやつはどれかと言われたら、もちろんミンツァーやケニー・カークランドが入った4枚目というわけにはいかないが、それ以外の3枚のうち、私がもっとも偏愛しているのがこの3枚目にあたる「コン・アミーゴス」であります。なかでもB面1曲目のグロスマンの曲「グラシェラ」が死ぬほど好きなのだが、それはまあ、あとで話すとして、とにかくこのアルバムについて。ストーン・アライアンスというグループはピアノレストリオだが、ドン・アライアスがドラマー兼パーカッショニストであり、グロスマンもラテン系が大好きらしく、もともとラテン志向のあったグループである。それがこの3枚目を作るにあたってアルゼンチンツアーを決行し、現地のミュージシャンを加えてのブエノスアイレス録音となったのである(まるで、ミンガみたい)。アルゼンチンのミュージシャンは4名で、キーボードひとり、バンドネオンひとり、パーカッションふたりだが、この起用が大成功なのである。A面1曲目は、アルゼンチンのキーボード奏者の曲で、バンドネオンのソロからエキゾチックにはじまったかと思うと、激しいリズムが打ち出され、グロスマンがめちゃめちゃえぐいソロを吹いて吹いて吹きまくるという展開になる。あー、死ぬほどかっこいい。そのあと作曲者自身のキーボードソロになり(一瞬ヤン・ハマーかと思う)、そのあとまたバンドネオンに戻って終了。構成もよくできているが、とにかくグロスマンがラテンリズムの奔流のなかで獅子吼するのがひたすら好ましい。2曲目はジーン・パーラとドン・アライアスのデュオらしいが、ほんとかなあ。ギターとかキーボードとかいろいろ聞こえるのです。多重? ふたりで作ったにしてはかなり完璧な構成の演奏。グロスマンはいない。タイトルの「南米の女性たち」というのがなんとなく気になる。3曲目はオリジナルメンバーでの演奏だというが、このエレピはだれ? ジーン・パーラがあとからかぶせたのか? ゆったりした3拍子で、グロスマンはときにリズムに乗ってゆるゆると、ときに逸脱して……と自由に楽しんでいるようだ。さて、B面にいって、いよいよお待ちかねの(俺だけ?)「グラシェラ」ですが、まさにグロスマンのオリジナルらしい音使いの曲。このテーマだけでもグロスマンそのものだが、ソロがまたグロスマンそのものなのである。ラテンパーカッションのカラフルなサウンドではじまり、このベースラインが出てくるだけで興奮するなあ。あー、もうめちゃめちゃかっこいいい。サビもかっこいい。俺、何回「かっこいい」って書くんだろう。とにかくかっこいい。グロスマンは、いつまでもいつまでも吹いて吹いて吹きまくる。コーラスを重ねるたびに凄くなっていく。おそらくライヴだと、ほんとうに吹き止めなかっただろうということが推察される。エレピソロのあと、ベースがテーマのところのパターンを弾きだし、パーカッションがそれに乗ってしばらく叩いたあとグロスマンがテーマを吹いて、びしっと終わる。B2はパーカッションアンサンブル的組曲でアライアスとパーカッション奏者のみ。B3はバラードで、ブラジルの夜に漂う濃厚な香水と酒と汗の匂い……という連想が働くような雰囲気の演奏。というような傑作アルバムなのだが、グロスマンは6曲中4曲しか参加していないし、ほぼ全面的にゲストが参加しているし、多重録音もばんばん使われているし……ということで、ストーンアライアンス解体の前兆はすでに本作において現れていたのかもしれない。とにかく、今にして思えば、本作の日本語ライナーにあるような、ウェザー・リポートと比較されるような存在ではまったくなく、どちらかというとその対極にあるような内容の演奏を志向しているグループだったわけだが、当時はジャズ雑誌の広告にも、ポストウェザー的な紹介をされていたなあ。このあとに出た「ヘッズ・アップ」からは、グロスマンが抜けて、ケニー・カークランドとボブ・ミンツァーが入り、ゲストもがっつり加わった、よりフュージョンっぽい路線になるのだが、もちろんグロスマンが抜けたバンドに私が関心があろうはずもない。

「LIVE IN BREMEN」(P.M.RECORDS QSCA1023)
STONE ALLIANCE

 ストーン・アライアンスの未発表音源が一挙に3枚リリースされたときの一枚。曲はおなじみのものばかり(全部名曲)。ストーン・アライアンスのファンなら(もちろんグロスマン在籍時のストーン・アライアンスという意味だが)聴くしかない内容。当時は「ウェザー・リポート」と比較されたり、本作のライナーでも「エレクトリック・ジャズバンド」などと書かれていたりと、けっこう頓珍漢な扱いを受けているストーン・アライアンスだが、少なくともグロスマンがいたころは本作で聴かれるように、過激でアコースティックでけっこう雑で生々しいモードジャズバンドで、グロスマンのひたすら直情的なテナーが荒れ狂い、ドン・アライアスのドラムがラテンテイストの激しいリズムを叩きだし、ジーン・パーラのエレベが縦横無尽にふたりのあいだをつなぐ(なんというか、ドライヴしないベースつーか……)。ほとんど「エレクトリック」とか「フュージョン」とかいった要素はないと思われるのに、なぜかいつもそういった評価のされかたをする。もし、ストーン・アライアンスをそういうバンドだと思って聴かず嫌いしているひとがいたらたいへんもったいない話で、「ヘッズ・アップ」以外は基本的には「めちゃくちゃえげつないゴリゴリのモードジャズ+ラテン風味」だと思っていれば大丈夫(なにが大丈夫なのか?)。この手作り感というか、細かいことは気にしない、音程とかどうでもええやんけ、ざっくりでええやんけ……というゴツゴツした巌のような手触りの演奏は、フリージャズといってもいいぐらいのパワーと躍動感に満ち溢れ、最高なのである。そして、その大雑把でざっくりした豪快・豪放な音が、じつはたいへんな音楽性と技術に支えられた、細やかな配慮と方向性のあるものだということも、とてもたやすく伝わるのである。まあ、そんなことをぐだぐだ書いていてもしかたがないが、このころのグロスマンの輝きはハードバップをやりだしてからとは比較にならないほど一期一会の素晴らしさに満ち満ちていたし、ジーン・パーラもドン・アライアスも全身全霊でこのトリオの音に集中している。とにかく「テナーを聴く快感」に満ちた、今はもう取り戻せない音楽である。アート・ペッパーが復帰前がいいか復帰後がいいかというくだらなすぎる、いかにもスウィングジャーナル的発想のネタがあって、アホか、と私は思うのだが、グロスマンはやはりこのころがいちばん美味しいのではないでしょうか。グロスマンはなにゆえこのワンアンドオンリーの、圧倒的にすばらしい表現方法を捨ててハードバップなどに回帰したのか、いまだに不思議だし、納得がいかん。とりあえず本作はめちゃ傑作。

「LIVE IN BUENOS AIRES」(P.M.RECORDS CDSOL−46313)
STONE ALLIANCE

 PMから突然出たストーンアライアンスの未発表ライブ三枚のうちの一枚。あのとき三枚とも買ったのに、なぜか本作だけがどこにいったかわからなくなっていて、今回国内盤が出たのを幸い買いなおした。もちろん三人とも最高だが、とくにグロスマンは開いた口がふさがらなくなるほどの圧倒的な演奏でめちゃくちゃかっこいい。ある意味粗雑というか乱暴に吹き鳴らされる楽器、テーマ、フレーズ……どれをとっても神々しいまでに輝いている。神がかり的なブロウにつぐブロウはフリージャズよりもフリーキーで、自由で、その場の思いつきだけで猛進している感じで、とにかくぶっ飛んでいる。このときたしかにグロスマンは天才だった。曲も「ズールー・ストンプ」「トーラス・ピープル」「キング・タット」……といったこの当時おなじみのレパートリーばかりだが(なかには極端にテンポを遅くやってる曲とかもあるが)、そのなかで最大限に暴れまくるグロスマンはゴジラのようだ。2曲目の「イン・イット」という曲でのグロスマンの咆哮ぶりはまさしく大怪獣である。「ニューヨーク・ボサ」をやってるのが珍しいな。最後の曲が11分ぐらいあるコンガソロという全体のバランスの悪さも、すごく好き。傑作!