johnny "hammond" smith

「THE STINGER」(PRESTIGE RECORDS 7408/VICTOR ENTERTAINMENT VICJ−60231)
JOHNNY ”HAMMOND” SMITH

 アール・エドワーズとヒューストン・パーソンという2テナー、かつオルガンジャズということで、これは買わねばなりませんね……というのが購入動機だったのだろうが、クレジットによると、ふたりがツインテナーで吹いているのは一曲目だけ。あとは、ひとりずつがフィーチュアされているという、看板に偽りあり的なアルバム(どこにも看板などかかっておらず、私が勝手にそう思いこんだだけなのだが)。しかし、実際に聴いてみると、ほとんどの曲がじつは2テナーである(テーマ部分だけ)。やった! と思ったが、これまたよく聴いてみると、ソロはどちらかひとりだけで、ソロがふたりともフィーチュアされるのが一曲めだけなのね。このあたりでかなり腹がたってきたが、まあまあこらえて、中身を聴いてみる。このふたりのテナーにはかなりの腕のへだたりがあり、聴いていて「あ、このテナーうまいじゃん」と思ったら、かならずそれはヒューストン・パーソンなのである。だから、どっちのテナーがソロを吹いているかで、曲の印象度はかなりちがう。露骨にそれがわかるのは一曲めで、先発がヒューストン・パーソン。なかなかファンキーで、いいソロ。ギターをはさんでのアール・エドワーズのソロは、音はいいんだけど、フレーズもきちんと吹ききれず(たとえば低音部で裏返ったりして)、気合い一発であり、その気合いもたいした気合いではない。うーん……いまいち。3曲めは邦文ライナーを書いている原田和典というひとが「『ブラザー・ジョン』(3曲めのこと)のソロといきたらどうだろう。サム・クックやレイ・チャールズあたりが歌ったら大ヒットしたにちがいないナンバーだが、エドワーズはまるでプリーチするかのごとくにサックスをブロウしているではないか」と述べていて、かなり期待したのだが、どこがプリーチなのかさっぱりわからない。ほかの曲のことを言ってるのか、それとも私の耳がおかしいのか、と何度も聞き返したが、歌心方面にもブロウ方面にも中途半端で煮え切らないソロで、プリーチ……うーん……わからん、評論家のいうことはわからん。レコードでいうところのB面にうつると、1曲めがヒューストン・パーソンで細かいフレーズを、ぶっとい音と最高のアーティキュレイションで豪快に吹ききり、すばらしいソロである。つづく「ユー・ドント・ノウ・ファット・ラヴ・イズ」は、このアルバムでのエドワーズの最高のソロだと思う(エドワーズだよね? もしかしたらこれもヒューストン・パーソンか?)。ラストの曲は明るいアップテンポの曲で、ヒューストン・パーソンは最初はリズムにのれなくてしばらくもたついているが、そのうちどんどんいい感じになってくる。つづくハモンド・スミスのソロもかっちょええ。重量級のテナーふたりをそろえて、なんでバトルをさせないのかよくわからんが、まあとにかくそういうアルバムでした。なお、邦文ライナーに「2本のテナー・サックスの厚みを生かしたテーマ処理にまず耳を奪われるが」云々とあるが、一曲めはいきなりテーマはひとりで吹いている曲(ただし、なぜかソロは二人がわけあっている)なので、必死になって耳をスピーカーに近づけて、二本のテナーの音を聞き分けようとしても無駄ですから。え? 肝心のスミスのことはどうなのかって? いやはや、テナー以外興味ないからねー。

「BLACK COFFEE」(MILESTONES MCD−47072−2)
JOHNNY ”HAMMOND” SMITH

 リヴァーサイドの「ブラック・コーヒー」と「ミスター・ワンダフル」をカップリングしたお得盤。「ブラック・コーヒー」はセルダン・パウエルのワンホーンのライヴ盤。「ミスター・ワンダフル」はヒューストン・パーソンとソニー・ウイリアムスというトランペットが入っているスタジオ録音。なぜこの2枚をカップリングしたのかというと、おそらくドラムとギターが同じで、統一感があるからだろう。前者は、ライヴということもあって、曲によってはかなりの盛り上がりを見せ、ハモンド・スミスも、ちょっとやり過ぎというぐらい盛り上げている曲もあり(2曲目の、聴いていて顔が恥ずかしくなるようなベタなフレーズとか、ちゃんと弾いている感じのあった4曲目も途中から相当どさくさになるし、とくに5曲目の、一瞬で作ったリフのようなブルース(テーマをテナーが吹かない)でのソロはいわゆるオルガンジャズ的なシンプルかつ派手なソロを披露している)、セルダン・パウエルも相当クサい吹き方を展開している部分もあるのだが、一方では全体に「ちゃんと音楽を聞かせよう」という抑制もきいていて、再聴に耐える内容になっている。そこがいいんですが、なかには本作品のことを、おとなしすぎる、というひともいて、オルガンジャズのギトギト、コテコテの盛り上がりを好むひとにはもしかしたら淡白すぎるのかもしれない。セルダン・パウエルはここではバッパーとしてしっかりとバップフレーズをつむいでいるが(ネットで評を見ていると、セルダン・パウエルのホンカーテナーがスミスの洗練された音使いをぶち壊してソウルジャズのコテコテな世界へ持っていく云々と書いているひとがいたが、ちゃんと聴いたのかどうか疑わしい。もちろんパウエルはホンカーテナーではないので、残念ながらちょろっときつめにブロウする程度で、基本的には歌心を大事にしたコード分解のソロをしています(「ボディ・アンド・ソウル」の流麗なソロを見よ)。絶対にブロウすべき曲調の5曲目でも、ホンカーどころか軽く吹き流している感じだし、超アップテンポのブルースである7曲目でもひたすらバップ的なフレーズを吹いて超絶な上手さを見せつける。ホンク的なフレーズが出てくるのはほぼワンコーラスだけである)、このあと、約10年後にはロックテナーとしてのファンキー極まりない語法を獲得するのだ。あれをここでやればもっとめちゃくちゃウケたのになあ。ギターのエディ・マクファデンも随所にフィーチュアされて短くはあるがなかなかがんばっている。このアルバムでひとつ特筆すべきことは「客がうるさい」。相当ざっくりした店で録音しているのか、演奏を聴いてるとは思えない雑談的話し声までが入っているし、途中からひとりの客が異常に興奮して、もっとやれ!的なことを叫びまくり、それにあおられてスミスも弾きまくるので、これは相乗効果としてなかなかうまくいったほうだと思う。スミスはラストの曲でかなりがんばって最後を盛り上げるので、その客も満足しただろうと思う。そして、後半は、スタジオ録音だし、テナーはヒューストン・パーソンなので、これは(セルダン・パウエルと違い)ドハマリするしかない組み合わせであり、なんの問題も心配もないわけだが、その分、はまり過ぎというか、ジャズ的なスリルもない(というかそんなものはここでは求められていないのだから気にする必要はない)。非常に「そのまま」の演奏で、これはこれでものすごくグレードが高い。ヒューストン・パーソンは音も上から下まで太く、適度に濁っており、指使いも均等で、リズムにのるととてもかっこいい。セルダン・パウエルと比べると(比べられると本人も迷惑だろうが、同じアルバムのフロントを半分ずつわけあっているのだからしかたがない)、同じフレーズの繰り返しが多いが、そういうところで勝負しているひとではないのだからかまわない(そういうのとは別の良さが山ほどあるテナー吹きである)。トランペットもすごく上手いので、安心して聴くことができる。で、肝心のハモンド・スミスだが、スタジオ録音なのでアンサンブルはばっちりだし、限られたソロスペースのなかでオルガンの良いところをがんがんアピールしており、適度なクサさ、ファンキーさもあってすばらしい。スミスの曲も何曲か入っているが、これがまた適度にひねった曲だったりして、コンポーザーとしてのセンスもあるのだ。というわけで、全15曲を続けて聴いても胃もたれせず楽しく聴けるのは、ジョニー・ハモンド・スミスというオルガニストの特徴ではないか。といって、スカみたいに淡白な、ピアノみたいなオルガンというわけでもなく、ちゃんとファンキーでイナタくてグルーヴして濃いのだ。不思議不思議。