wayne shorter

「FOOTPRINTS LIVE!」(VERVE 588 679−2)
WAYNE SHORTER

 これがまあ、ショーターの初ライブ盤というのは驚きだが、ここにいるのはまさしく「ショーター」だ。「ウゲツ」や「マイルス・イン・ベルリン」や「スピーク・ノー・イヴル」やウェザーの諸作で聴いたあのショーターがここにいる。リズムセクションやまわりの音は変わっても、ショーター自身はまるで変わっていないのだなあとしみじみわかる。ほとんどが自作だが、その自作と遊び戯れている。ソロが終わったあとも、ピアノソロその他になったときでも、ショーターはずーっと吹いている。それがバンドとしての一体感を生んでいるのか、ソロの邪魔になっているのか、それはわからないが、とにかく「ずっと吹いていたい」というのが伝わってくる。それぐらい、リズムセクションが最高なのです。しかし、遊んでいるようにしか聞こえないショーターが、ぼへーーーっと一吹きするだけで、ブライアン・ブレイドをはじめとするリズムの強豪たちがそれにつれて、みるみる変化をしめすのは、魔術を見ているようだ。すごいよなー。曲といい、ソロの吹き方といい、リズムセクションへのアプローチといい、まさしくワン・アンド・オンリー。本当に偉大なサックス奏者である。もっと早くでるべきだったライブ盤。これからはばんばん出していってほしい。ただ、タイトルのしょぼさはなんとかならんのか。

「SPEAK NO EVIL」(BLUE NOTE BLP−4194)
WAYNE SHORTER

 このジャズ史上に輝く傑作にして私がもっとも好きなショーターのアルバムについて、なにかを書くということ自体が楽しいことではないのだ。しんどいのだ。相手がでかすぎるのだ。でも、この「片っ端から聴く試み」は、机の手近にあるアルバムをなんでもどんどん聴いていく、という主旨だから、好き嫌いを言ってはいかん。というわけで、とうとうこのアルバムの出番となった。まずはタイトルについて。学生時代はずっと「邪心なく語れ」という意味だと思っていたが、そうではなかった。「SEE NO EVIL,SPEAK NO EVIL,HEAR NO EVIL」で「悪しきものを見るなかれ、悪しきことを語るなかれ、悪しきものを聴くなかれ」、つまり「見ざる言わざる聞かざる」なのである。そのうちの「悪しきことを語るなかれ」だけを取り出したタイトルであって、当時ショーターがはまっていたオカルティズムがらみのことでしょう。各曲のタイトルもそういうものがいくつかあるが、まあ、そういう標題音楽的な聴き方はよくないと思うので、一応今は無視してハナシを進める。まず1曲目は「ウィッチ・ハント」(魔女狩り)。あー、無視するつもりだったがいきなりそのものずばりのやつが来たなあ。意表をつくかっこええイントロ。こんなの思いつく? そして、イントロのリズムとちがうテーマがはじまるが、これがまたかっこええ! そして、テーマの歌わせかたというか、この露骨なダイナミクス。このあざといまでのダイナミクスの付け方でメリハリをつけるこのやり方は、曲だけでなくほかの曲についても効果的に使われている。そして、ショーターのソロ! すごくないっすか。高音部のパッセージからはじまり、独特の「どちゃっ」とした音色での、適当というかいい加減というかその瞬間に思いついたようなフレーズ、変な吹き伸ばし、テーマの完成度の低い変奏などが続く。このソロを、なにがやりたいのかわからない、とか、とぐろを巻いているようなわけのわからんソロ、などと思うことなかれ。このかっこよさがわかったら、もう一気に地獄行きですよ。こういう変態的なソロにバッキングするのはかなり難しいように思うのだが、さすがにこのトリオはばっちりだ。エルヴィンなどは、コルトレーンのようにきっちり盛り上がっていくタイプだとそれと対峙するようにどつきまくって盛り上げまくるが、ショーターに対してはそういうアプローチをしない。これは全曲そうなのだが、ショーターは、ブルーノートではエルヴィンと組むことが多かったと思うけど、彼にコルトレーンバンドでのようなどしゃめしゃな馬力あふれるプレイではなく、ポリリズムによるどろどろした一種のマグマのような熱気と雰囲気を求めているような気がする。ジョー・チェンバースともよく組んでいるから、ショーターがドラマーに求めていたものは、派手なプッシュではなかったことがわかる(と断言していいのか?)。つづくハバードのソロはきっちりしたはりきったもので、そういうときはエルヴィンもしっかりとプッシュしている。ハンコックのソロも短いがかっこいい。2曲目は、私がこのアルバムのなかでもっとも変態的だと思う超名曲「フィー・ファイ・フォー・ファム」。皆さん、こんな変な曲ほかにありますか。ほんと、わけがわからん。ようこんな曲考えたなあ。じつは学生時代に何度も演奏しているのだが、このテーマを超えるような変態的なソロをしようと思ってもなかなかできない。それほどテーマが突出して変態なのである。先発のハバードは張り切ったテンションでブリブリ吹いて、このテーマの呪縛を払拭しようとしているかのようである。そしてショーターはというと、逆にだらだらとした、狂った老人が口からよだれを垂れ流すような、ときに鼻歌のような、ときにメカニカルな、ときにホンカーのような、とにかく思いついたままを吹いているように思える。ああ、もう陶酔というか快感というか……。ソロの締めくくりのフレーズも、アホみたいで、すばらしい。ハンコックはリリカル。最後にもう一度テーマを聞くと、ああ、やっぱりすごい、と思う。もう一度言うが、ようこんな曲書いたわ。余談だが、昔、JJジョンソンのバンドを見に行ったとき、JJはある事情で不参加となり、テナーのラルフ・ムーア(一時、めちゃくちゃはまったのです)のワンホーンカルテットになったのだが、そこでムーアが演奏したのがこの「フィー・ファイ・フォー・ファム」で、私はラルフ・ムーアが音楽的に立脚している「場」がわかったような気になり、満足した。3曲目は「ダンス・カダヴェラス」。3拍子の曲で、美しいような不気味なようなテーマ。ここでいう「ダンス」というのは、社交ダンス的な、エキゾチックなものなのか。ハンコックのソロがすごすぎる。自由奔放勝手気ままのようで、時々ちゃんと帰ってくる。ショーターのソロもすごいよ。上昇するクロマチックを、ずらして並べるところとか、無意味な低音への落下、無意味なロングトーン、いや、すべてが無意味か。なにをやっとんだおまえは! と怒鳴りたくなるようないい加減な吹きっぷりは、ここまでくると凄みを帯びている。完璧な作曲と完璧なアレンジ、完璧なサイドメン、そして本人のソロはこの「裸の大将」的な自由なもの。これがショーターだ! テーマ部のアレンジもすごい。B面にいって、1曲目はタイトル曲の「スピーク・ノー・イヴル」、つまり「言わざる」だが、いやー、いつ聴いても何度聴いても最高のコンポジションですね。この、超超超単純な音の組み合わせと吹き伸ばしが、どうしてこんなに異常にかっこよく聞こえるのか。吹き伸ばしのバックでのハンコックのからみかたとか、ダイナミクスとか、いろいろな要素があって、それをショーターがコンポーザー、アレンジャーとして完全に把握しているからだと思うが、そのすごいテーマが終わって出てくるショーターのソロはというと……あいかわらず、ぼへぼへ、へぼへぼ、としたなんだかわからんもので、ほんとすごいなあと思う。ヘタウマという言葉まで喉もとにあがってくるが、このひとがじつはものすごいテクニックを持ったサックスプレイヤーなのだから、こういうソロは「わざと」なんだろうな。そうは思えないぐらいの域に達しているけど。ハバードはあいかわらず張り切った派手なソロだが、これはべつの意味で内容がないかも。でも、そういう役回りなので。ハンコックのソロは、ここではしっかりしたオーソドックスなモードジャズ的なもので、これはこれで超かっこいい。エルヴィンとの相性もばっちりで、クールにきめてます。フェイドアウトしていくところもええなあ。2曲目「インファント・アイズ」も、ええ曲やー。このアルバムでは唯一のバラード。不穏な空気のただよう名曲だと思う。これも、「ようこんな曲思いつくなあ」と感心しまくる。この曲を、美しい音色で、しっかりした奏法で、折り目正しいアクセントをつけて吹くと、たぶんすばらしい名バラードに聞こえるのだろうが、これは作曲者であるショーターのこの音色、この吹き方でなければ表現が完璧ではない(テーマも、タンギングをしたりしなかったりしているし)。この(とくに)高音の異常な美があってこそのこの曲なのだ。もう、泣けます。3曲目「ワイルド・フラワー」も、変な曲だよなー。聴く度に「変やなあ、変やなあ」と思う。でも、かっこいいんです。ショーターのソロは、もう慣れてしまっているからそう思わないだけで、やはりよく聴くと、相当おかしい。まるで、ちゃんと盛り上げようという気がないように聞こえる。ハバードのソロもイマジネイティヴで好き。ハンコックのソロのときのエルヴィンとの絡みかたも素敵。ああ、すごいアルバムだ。このアルバムの曲を、昔、いろいろなバンドで3曲ほどやったことがあり、ショーターのソロをコピーしたのだが、途中で、「あー、こんなソロ、コピーしても無駄」と思い、やめた。当時のショーターの良さのすべてが出ているし、共演者も全員すごい。とくにハンコックとエルヴィンの貢献は大だと思う。。うちにあるLPはオリジナルではなくリバティのやつだが、なぜかめちゃめちゃ音が良くて、かけるたびに「ああ、音ええなあ」と思う。うちのしょぼい装置でもわかるぐらい。このLPを所持しているかぎりはレコードプレイヤーは処分できないな(そんな気さらさらないけど)。

「NATIVE DANCER」(COLUMBIA RECORDS/CBS PC33418)
WAYNE SHORTER

 学生のころ、このアルバムを友達の下宿ではじめて聴いたときはびっくりしたなあ。ショーターの名盤だということは知っていたが、まったく予想していたものとはちがった。冒頭いきなり出てくるボーカル、そしてなによりも曲調が、え? これってショーターのアルバム? まちがえて他のやつかけてへん? と真剣に思った。そして、歌ってるのが、女性だと思った。それほど無知だったわけだが、それが私とミルトン・ナシメントの出会いだったのだ。3曲目のぶっきらぼうな歌い方など、「この歌手、ほんまにうまいのか」と思ったことも今となってはいい思い出(そうか?)。それからじわじわきて、以来、完全にはまってしまい、ナシメントの大ファンになって現在に至る。そういう意味でも私にとって大事なアルバムである。その後、聞き込むうちに、このアルバムも好きになっていったが、やはり1曲目のインパクトがいちばんだなと思う。ブルーノートでの諸作とも、マイルスバンドでの表現とも、ウェザーでの音楽ともちがった、ショーターのオリジナリティに隅から隅まで塗りつぶされたような作品で、今回も久しぶりに聞き返して、あー、このひと天才やわ、と思った。1曲目のアレンジとか、2曲目のソプラノソロのポップさ(ケニーGとかと180度ちがうのに、なぜかポップ)、3曲目のテナーソロの適当さ加減はショーター色爆発だし、ショーターという音楽家の凄みを感じる。たとえば4曲目など、どこからどこまでも完全にナシメントの世界で、ショーターっぽさがあまりないような感じもするのだが、ソロ(最初テナーで途中からソプラノ)になると最初の1音でショーターの側にいきなり引っ張り込まれる。とんでもない個性だと思う。そう、このアルバムこそ個性と個性のぶつかり合いによって生まれたとてつもない怪物なのだ。B面にいって、1曲目はバラードで、(たぶん)ハンコックのピアノとソプラノサックスのデュオ(ときどきストリングスかシンセがかぶさる)。めちゃ美しい。2曲目はのりのりのビート感のある曲だが、どことなく妙な部分が随所にあり、一筋縄ではいかない傑作。音色剥きだしの、ガッツのあるテナーソロも秀逸。3曲目はソプラノによる、ビートはしっかりしているが浮遊感のある曲。4曲目は5拍子の曲。この5拍子とナシメントのボーカルが実に溶け合うのであります。かっこええなあ。このアルバム中いちばんベタにかっこええかもしれんわ。最後のソプラノソロがまたええねん。こういう無邪気(?)なソロを、恐れずにできるのはどれだけ自信が必要なのか、と思ったりもする。ラストの5曲目はバラードで、ピアノの独奏によるイントロダクションにソプラノが乗る、牧歌的で雄大な曲調。ピアノが100音ほど弾くあいだにショーターは3音ぐらいしか吹かないという崩れたバランスが、すばらしい効果を生んでいる。というわけで、今更ながらに名盤だと思いました。