ivo perelman

「AQUARELA DO BRASIL」(ATRACAO ATR31075)
IVO PERELMAN

 不勉強なことに私はこのアルバムではじめてイーヴォ・ペレルマンを聴いたのだが、すっかり気に入ってしまい、買ったときは毎晩、それも一晩に何回も繰り返し聴かないとおさまらなかったし、いまでも折に触れてよく聴く。とにかくファンになったのである。ラシッド・アリのドラムを含むパーカッション軍団と共演した曲と、マシュー・シップのピアノとのデュオ曲の二種類が交互に並ぶ構成になっているが、どちらのセットも、イーヴォの圧倒的存在感と個性の光るテナーの音が中心になっている。ラーセンのメタルだと思うが、野太い、上から下まで均一な、一度聴いたら忘れがたいサウンドで鳴り響く彼の音を堪能するには、こういったベースレス、ピアノレス編成がいちばんいいのかもしれない。曲もいいし、あっというまに聴き終えてしまう。ラシッド・アリというひとは、コルトレーンとの「インターステラースペース」以来、40年もの長い間、いろんなサックス奏者とのデュオを発表し続けているが、その全部がよい出来、とは思わない。どうもぴりっとしないものも多く、その原因はアリ本人のばたばたしたドラムにある場合もある(微妙な言い方でしょ)。ところが、本作ではラシッド・アリがめっちゃいいのである。ふたりのパーカッショニストに助けられているのかもしれないが、悪くない。マシュー・シップはもちろん最高。というわけで、どこを切っても洪水のようにリズムのあふれだす傑作である。このあと、イーヴォのアルバムもいろいろ手を出したし、そのどれもがすごくいいんだけど、結局、いつも聴くのはこれなんです。

「EN ADIR   TRADITIONAL JEWISH SONGS」(MUSIC & ARTS CD−996)
IVO PERELMAN

 この人は、名前からユダヤ系白人テナーマンかと最初思ったが、ブラジルとかラテンっぽいリズムを伴った激しい演奏が多いので、ブラジル系の人かな、と思っていた。このジューイッシュソング集を聴くかぎりでは、もしかしたらグロスマンやリーブマンと同じくユダヤ系の人なのかもしれない。それはさておき、ペレルマンの特徴は、そのスカッとしない奏法にある。ゴリゴリ系即興テナーによくある、フラジオでギョエッーとスクリームすることを彼はほとんどせず、グチャッとへしゃげた音で、ひたすらぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと熱くブロウする。それは、すぐに爆発して消えてしまう花火のような演奏とはちがって、煮えたぎる溶岩のようなどろどろしたブロウである。このジューイッシュソング集でも、そうだ。クレズマーとか、そういった素材をとりあげるアヴァンギャルドなプレイヤーは多いが、彼らは素材のメロディやリズムをいかした演奏をする。しかし、ここでのペレルマンは、素材をばらばらに解体し、原型がほとんどわからなくなるほどにしてから、再構築する。60年代にシェップたちが、スタンダードナンバーに対して行ったアプローチと共通するものを感じる。どこがジューイッシュソング集やねん、と言いたくなるような演奏なのだ。二曲目が唯一、ちゃんとテーマを吹いている感じかな。ほかは、ちょろっと出てきては、すぐに激しいインプロヴァイズドに埋没するようなものばかり(7曲中、完全即興の曲も2曲入ってるみたい)。マリリン・クリスペルのピアノとウィリアム・パーカーというふたりの猛者が、大暴れする。聴いていて、途中からジューイッシュソングとかどうでもよくなって、いつものごとく、ペレルマンのすばらしい音に酔う。しかし、アルバム最後に入っているもの悲しいバラード風の曲を聴き終え、ああ、ええアルバムだったともう一度再生ボタンを押すと、じつは1曲目に入っていたのも同じ曲の別テイクであることに気づき、そのあたりで、このアルバムの「ジューイッシュソング集」という意味合いがしみじみわかってくる仕組みになっている(のかどうかはしらんけど、私はそう感じた)。聴けば聴くほど味わい深い好盤。

「SOUND HIERARCHY」(MUSIC & ARTS CD−997)
IVO PERELMAN

「EN ADIR」とまったく同じメンバーのコレクティヴ・インプロヴィゼイション集。イーヴォ・ペレルマンのアルバムとしては、もっとも激しいタイプの演奏が展開されている。しかし、この人は音に特徴があるよね。べしゃっ、というか、ぐちゃっ、というか、ブリキのバケツを押しつぶしたようなトーン(そんな比喩でわかるのか?)。フラジオで叫ぶというより、中音域を中心にした、ごりごりしたプレイは、一度聴くともう忘れない個性がある。4曲しか入ってないので、一曲一曲、たっぷりした長尺の演奏ばかり。ペレルマンはもちろんすばらしいのだが、ベースのウィリアム・パーカーが秀逸。激しさと稚気が同居したようなプレイは、このカルテットの音を分厚く、楽しいものにしている。マリリン・クリスペルのピアノは、原田依幸とかを聴いている耳には、やや物足りないのだが(あくまでも「やや」です)、悪くはない。意味深なタイトルではあるが、何の仕掛けや企画性があるわけでもない。がっぷり4つに組んだ4人のフリージャズの猛者たちの生音をひたすら聴くべきアルバム。ラストの曲の末尾で、何かにとりつかれたようにブローするペレルマンの狂気に、このアルバムのすばらしさが凝縮されている。聴き終えるとへとへとになる、ヘヴィーな演奏だが、その疲れは心地よい。

「THE VENTRILOQUIST」(LEO RECORDS CDLR345)
IVO PERELMAN FEATURING LOUIS SCRAVIS WITH PAUL ROGERS,RAMON LOPEZ & CHRISTINE WODRASCKA

 リーダーのイーヴォ・ペレルマンにとっても、ゲストのルイ・スクラビスにとっても、代表作と呼んでもいいような大傑作アルバム。パワーあふれる、凄い音のテナーだが、ワンホーンが多く、アルバム一枚としては時として一本調子になることもあるペレルマンだが、本作ではスクラビスのクラリネットが刺激となり、入魂の、しかも変幻自在のプレイに終始しており、聞き応え十分。スクラビス抜きの曲もあるのだが、それもめちゃめちゃ気合いが入っていて、凄まじいの一言。くーっ、かっちょええっ。一方のスクラビスだが、ミッシェル・ポルタルとならぶヨーロッパ・クラリネットの二大巨匠であることは誰もが認めるところ。しかし、自己のリーダー作ではトータルミュージシャンとしての側面をも示さねばならず(それはそれですごいことなのだが)、このアルバムのような、一サイドマンとしてここまで自由奔放に、徹底的にひたすらインプロヴァイザーに徹したものは少ない。このアルバムは、フロントのふたりがあまりに凄すぎ、互いに刺激しあって、普段の数倍もの高みに達するプレイをしているが、リズムセクションのがんばりも特筆すべきであって、とくにドラムとピアノ。ピアノは、ペレルマンの絶叫テナーとのからみにおいては、昔の山下洋輔的フレーズを使って、ゴンゴンと弾きまくり、快感数層倍。とにかく、ひとりでも多くのひとに聞いてほしい、豪快かつ繊細な圧倒的フリージャズ(あえて、フリージャズという言葉を使いたくなるような演奏)。四曲と収録曲は少ないが、そのどれもが珠玉の名演。聞き終えたら、すがすがしくも幸福な疲労感を感じることができる。ええでー。聞いてやー。

「MAN OF THE FORREST」(GM RECORDINGS GM3029CD)
IVO PERELMAN

 いやー、私はアイヴォ・ペレルマンが大好きなので、中古でなにげなく買ったのだが、いやはや凄いじゃないですか。もしかしたらペレルマンの最高傑作かもしれない。それぐらい凄い。全曲、ヘイトール・ヴィラ・ロボス(と読むのか?)というブラジルかどこかの有名な作曲家の曲をモチーフにした曲、ということらしいが、そのひとの曲をそのまま演奏しているわけではなく、「モチーフにした」というところがペレルマンらしい。メンバーもすごくて、かなりジャズ寄りである。ジョアン・ブラッキーンやビリー・ハート、パーカッションにギレルモ・フランコやナナ・バスコンセロス……オールスター的なあたりが、買うときにちょっと躊躇した原因だが、内容は今も書いたようにすばらしくて、とにかくペレルマンが仁王立ちになってダーティートーンで吹きまくっているのが目に浮かぶ。爆発的なインプロヴィゼイション、圧倒的なリズムの奔流、そしてなによりテナーの音。やっぱりこのひとはすごい。ジャケットやメンバーにだまされ(?)ずにぜひぜひ聴いてみてください。大推薦盤。

「MIND GAMES」(LEO RECORDS CD LR547)
IVO PERELMAN TRIO

 一曲目冒頭からペレルマンが吠える。その絶叫は、ああ、いつものパターンね、といって聞き過ごすにはあまりに凄まじく、耳をそばだてざるをえない。それほどまでにひしひしと気合いが感じられる演奏だ。なんでも、これは彼のレコーディングデビュー二十周年の記念アルバムらしくて、なるほどそれで……と合点がいく。やってることはいつものペレルマンなのだが、集中力とか表現力とか瞬発力とか……そういった微妙ななにかがちょっとずつちがうだけなのだろう。いやー、これはええなあ。当分、こればっかり聴いていよう。そう思わせてくれるだけのパワーがありますよ。あ、ほかのアルバムが悪いということではもちろんなくて、私はこのひとのどんなアルバムでも大好きですよ。本作は、なかでもよりいっそうすばらしい、という意味である。しかも、それが最新作というのがうれしいじゃあーりませんか。レコードデビュー20年を経ても、彼は堂々と自分の音楽を最高のパワーで演奏しているのだ。ペレルマンの音楽というのは(私の印象では)つねにドラム(もしくはパーカッション)とのデュオである。ドラムではなく、ピアノやベースだったりもするが、とにかくデュオ形式が基本であるような気がする。たとえ編成がデュオでなくても、ペレルマンが猛ダッシュをかけたり、自由自在にフレーズを遊ばせたりするのは、だれかと一対一のときが多いように思う。本作でも、ベースの入ったトリオなのだが、パーカッションとふたりだけ、という瞬間が多くて、全体の印象としては「デュオっぽいトリオ」(変な言い方ですね)ということになる。なかには、珍しくバップ〜モード的なフレーズをすごいテクニックで吹きまくる曲もあり、最後まで飽きさせない。ペレルマンって聴いたことないんだけど、言う人に、この最新作をすすめられる、なんてすばらしいことですよね。

「THE EYE LISTENS」(BOXHOLDER RECORDS BXH012)
IVO PERELMAN

やっぱりペレルマンはええなあ。昔から今まで、ほとんどゆらぐことなく、動じることもなく、パワフルで、独特の音色による過激な演奏を聴かせてくれる。この作品も、ウィルバー・モリス、マイケル・ウィムバーリーという超強力リズムセクションとともに圧倒的なブロウを展開する。「どれ聴いてもいっしょやん!」という批判もあるかもしれないが、これだけ吹かれたら文句はない。本作は、ペレルマンの最良の部分が出た演奏ばかりで、あまりエッジの立っていない、非金属的な、丸太いとでも言おうか、もっちりとしていて、なおかつビッグトーンであるという、かなり個性的な音を駆使して、ひたすらブロウする。ペレルマンにとって、この音は彼のすべてとはいえないにしても音楽性のかなりの部分を占めていると考えられ、彼の曲、編成、即興の展開などは、この「音」を最大限にアピールするためにあるといっても過言ではない……といったらペレルマンにしつれょだとは思うが、ことほどさように圧倒的な魅力のある独特のソノリティなのだ。この音でひたむきに吹きに吹かれたら、そりゃあ感動しますよ。かっこええ!LEOではなく、ボックスホルダーというレーベルからの発売だが、タイトルの「耳で聴く」というのはなかなか意味深だ。中国禅の洞山和尚が「目に音が聞こえ、耳でものが見えて、はじめてわかる」という言葉を残しているが、そういったことも想起される。

「BLACK ON WHITE」(CLEAN FEED CF024CD)
IVO PERELMAN

 私はこれまでそイーヴォのアルバムを聴いて、ハズレだった経験は一度もない。それどころか、未聴の作品を聴くたびに、あっ、これこそ最高傑作か、と思ってしまうほど、どのアルバムもクオリティが高い。このひとは、一吹き一吹き、一音一音に、信じがたいほどの気持ちを込めるような吹き方をするので、同じようなスクリームするタイプの演奏でも、聴いたときのこちらのダメージ(?)がちがう。ヘヴィ級のボクサーのパンチでノックアウトされたような感じなのだ。このアルバムも、まさにイーヴォの典型的な演奏が詰まっていて、その重量感、存在感は圧倒的だ。パワフルきわまりない破壊力、中音域を中心にじわじわくるその攻撃力は群を抜いており、いきなり高音でスクリームするような演奏に比べて、あとで足腰に来る感じだ。ボディ、ボディと攻められて、いつのまにかあちこち出血していて、気がついたらダウンしていた、みたいな。どうして今回はボクシングの例えばかりなのだろう。まあ、ええか。とにかくかっこいい。どのアルバムもいっしょやんけ、というひともいるかもしれないが、テナーのワンホーン、ピアノレストリオ……という編成が彼に一番合っているので、しかたないのです。

「THE STREAM OF LIFE」(LEO RECORDS CDLR571)
IVO PERELMAN/BRIAN WILLSON

 前作「マインド・ゲーム」でも共演していたドラムのブライアン・ウィルソンとのデュオ。ペレルマンはドラムやパーカッションとのデュオをけっこうな数、録音しているが、本作はそのなかでももっとも歌心あふれる演奏になっているように思う。実際、驚くほどペレルマンは「ちゃんと」フレーズを吹いていて、こういう演奏は非常に珍しいのではないかと思う。リズムと音色がペレルマンの即興のベースであり、全体的に猛烈なパワフルさで抽象的なフレーズをひたむきに吹く、といった印象があるペレルマンだが、本作はたぶん、コンセプトとして「歌を歌う」ということが前提としてあったのだろうと思う。こういうペレルマンもめちゃめちゃかっこよく、具体性を帯びることでより一層明確でパワーが増したような気がする。傑作です。

「THE APPLE IN THE DARK」(LEO RECORDS CDLR569)
IVO PERELMAN/GERRY HEMINGWAY

 同時期に出た「ザ・ストリーム・オブ・ライフ」はブライアン・ウィルソンのドラムとのデュオだったが、本作も同じくドラムとのデュオ。こちらのパートナーは、あの豪腕ジェリー・ヘミングウェイ。「ザ・ストリーム……」がペレルマンとしては異例の、「歌心ある」即興だったのにくらべて、こちらはいつもどおりの豪快でパッショネイトな吹きまくり演奏である。やっぱり、かっこええなあ。行けーっ、行け行け、ペレルマン! と酔っぱらってるときに聴くと、ついそんな掛け声をかけたくなるほど。何度もくり返しているように、このひとは、とにかく音色が独特だ。へしゃげたような音だが、鳴っていないのではなく、逆で、めちゃめちゃよく鳴っているし、でかい音なのだが、なにしろ変わった音である。しかも上から下までほぼ音色が変わらず、高音でスクリームしたときはもちろん、中音域でのブロウも(まさに)ボディブロウのように身体に効いてくるし、芯のある低音のドスのきいた爆裂も凄まじい。こういった個性のかたまりのようなテナー吹きが、ドラムとのデュオでまるでふたつのリズム楽器のようにイマジネイティヴな演奏をするというのは、これは聴き応えありまっせ。どれを聴いてもおんなじ? はっはっはっ。そんなことどうでもいいじゃないですか。この圧倒的なすごさのまえに、アルバムごとのちがいとか、テーマ性とか、小さい小さい(そうか?)。とはいうものの、本作は、なぜかペレルマンがピアノを弾くトラックがいくつかあって、それがけっして悪くない演奏で、しかも「ちゃんと」しているのが不思議である。これだけ豪快にテナーを鳴らしまくり、西洋音楽的な管楽器のメソッドからかなり離れたところに個性を確立しまくっているおっさんが、ピアノを弾くと、きちんとするというのもおもしろいといえばおもしろい。

「NEAR TO THE WILD HEART」(NOT TWO RECORDS MW833−2)
IVO PERELMAN/ROSIE HERTLEIN/DOMINIC DUVAL

アイヴォ・ペレルマンの新作は、テナーサックスとヴァイオリン、ベースとのトリオ。つまり、二台の弦楽器とサックスという組み合わせなのだが、実際聴いてみると、いつものペレルマンの野太い咆哮が(いつもよりは)影をひそめ、流暢な吹きっぷりで、ベルベットのような手触りの音質なので、まるで3本の弦楽器のような演奏なのである。これがこのアルバムでペレルマンのやりたいことだったのだろう。しかも、たとえばバラードアルバムのように、サブトーンを使ったり、わざとゆったりとした吹き方をしているわけでもなく、いつもどおりのスピード感溢れる、迫力ある縦横無尽な演奏なのだが、やはり、どことなく抑えめで、ロングトーンも多く、それがじつに弦楽器とマッチしていて、キラキラと輝く3本の水の流れのようで、うっとりと聞き惚れてしまう。たいしたもんだなあ、ペレルマンは。ボーカルによるインプロもあり、それもほかの曲と違和感なく溶け合っていて、ある意味、いつものピアノレストリオなどよりも過激なアルバムなのかもしれない。これはええわ。

「THE HOUR OF THE STAR」(LEO RECORDS CDLR605)
IVO PERELMAN QUARTET

中ジャケットに、テナーのようなバリトンのような、キーがないような、妙な楽器の写真があり、それを中心にしてメンバーがこちらをにらんでいる。しかし、どうやらこの変な楽器はこのアルバムでは使用されていないようだ。なんやねん、これ! しっかし……(アルバムを)よく出すなあ、今回はパスしようかなあ、と思いながらもメンバーを見たら、そりゃあ買うでしょう、というアルバム。ピアノがマシュー・シップ、ベース(ウッドベース)がジョー・モリス。ドラムは、ジェラルド・クリーヴァーで、アイヴォ・ペレルマンもたびたび共演しているが、このリズムセクションはペレルマン的にはかなり異質。やはり、マシュー・シップといえばデヴィッド・ウェアを、ジョー・モリスといえばヴァンダーマークとかシカゴのメンツを連想してしまうからなー。スペシャルプロジェクトともいえるこのアルバムだが、いやー、すごい。すごい、のあとに「……………………」とため息をつきたいぐらすごい。いきなりガチンコの過激な即興で幕をあける(というか、最近のペレルマンはほぼ全部即興)。なんといってもクリーヴァーの過激なドラミングが核になっているが、シップの饒舌なピアノとペレルマンの独特の音色のテナーが、全編ずっとチェイスしているみたいだ。いやー、ぜったいかっこいいって。中・低音域を中心に野太い音色でぐねぐねしたフレーズを積み重ねながらしだいに狂っていくペレルマンのテナーは、はまると抜け出せない蟻地獄のようなもので、どう考えてもスカッーと抜けない、山芋をすり鉢ですっているようなぐちゃぐちゃした感じなのだが、私は完全にこの「ぐちゃっ」とした演奏のとりこなのである。二曲目は即興だが、4ビートのスウィンガーで、これもまた最高のねちっこい演奏。三曲目はモーダルな感じの、やや過激な演奏。ちょっとデヴィット・ウェアの表現をも連想してしまう。あるいは、「メディテイションズ」や「イン・ジャパン」のころのコルトレーンか。ピアノが、うわんうわん……と四度のコードを弾いているうえでごりごり吹きまくるのでそう思うのか。とにかくかっちょええ。力尽きた……という感じでテナーが吹きやめたあと、マシュー・シップのこれもまたモーダルで重く、力強いソロ。うわー、このメンバーで来日してほしい! そして、痙攣するようなテナーが戻ってきて、そこからは「あんた、吹きすぎちゃう?」とギャロップの漫才のようなセリフを吐きそうになるほどの徹底的で圧倒的なパワーミュージック的展開になる。参った、参りました。ペレルマンほど表現がシンプルで、具体的で、プリミティヴなひとはいない。ある意味、ブロッツマンよりも単純ではないか。エンディングの、ずるずるとひきずっていくような空気もすばらしい。四曲目はテナーの無伴奏ソロではじまり、ピアノとベースがアブストラクトに入ってくる、空間を感じさせる即興から次第に昂揚していく。五曲目は最初からハードにパワー全開のガチンコ勝負だが、ここでもドラムの凄さが耳を奪う。六曲目はモンク的なユーモラスな動きのテナー〜ベースではじまり、そこにノイジーなパーカッションがくわわって、やがて重いピアノが参入……というドラマのようなストーリーのある即興。それがだんだん崩れて疾走したり立ち止まったりしながら最後の昂揚へと向かう。即興とはいえ、そういうのって予定調和じゃないの? というひともいるかもしれないが、聴いてみればわかるのだが、そういったあざとさは一切感じられない。ひたすら「かっこいい」のみ。

「CHILDREN OF IBEJI」(ENJA RECORDS ENJ−70052)
IVO PERELMAN

ブラジルの宗教的なトラディショナルに題材をとった作品で、そういうところはちょっとガトー・バリビエリっぽいが、音の印象はまったくちがう。ペレルマンのディスコグラフィーでいうと、かなり初期の作品。順番でいうと、初リーダー作の「IVO」に続くアルバムだと思う。ここでのペレルマンは完全に自分のスタイルができあがっており、カラフルなラテンリズムをバックにフリーキーに吹きまくるという豪快な演奏がたっぷり聴ける。なにしろメンバーが豪華すぎるぐらいに豪華で、フローラ・プリムのボーカル、ピアノにドン・プーレンとポール・ブレイ、ベースはフレッド・ホプキンス、ギターはブランダン・ロス、ドラムはアンドリュー・シリル、そしてギルヘルム・フランコをはじめとする4人のパーカッションという、新人とは思えぬ超贅沢なメンツを従えてのリーダー作なのだが、ボーカルが炸裂する1曲目をはじめ、どの曲もペレルマンは臆することはまったくなく自分をぶつけていて、この豪華なメンバーを引っ張り倒す(このころのエンヤは金があったのか?)。ペレルマン独特の、コード進行は必要としているのに、わざとそれをまったく無視しているような(つまりフリーに吹き倒すのではなく、べつのキー、べつのコードチェンジで吹いているような)演奏や、ダーティートーンでの凄まじいブロウ、最近はあまりやらないようなマジのバラード的なスローナンバーなど目白押し。でも、哀愁漂う幾つかのテーマをペレルマンが吹いているのを聴くと、このころはまがりなりにもテーマをちゃんと吹いていたのだなあと感慨深い。ソロに入ると最近と変わらんのだが、やはりこのころはまだまだコルトレーン的な「ちゃんとモーダルに吹こう」という意識があるようだが(たとえば5曲目とか)、途中から「もうピアノもベースもいらん。ドラムとデュオでええんちゃうの」という感じがもろに出てきておもしろい。全体に、強めのエコーがかかっているところがご愛嬌です。テンション異常に高く、内容もフリーキーにはっちゃけていて、全曲すばらしく、めちゃめちゃ傑作なので、もし中古で見かけたら必ず入手されることをおすすめします。なお、テナーしか吹いていないことになっているが、3曲目はアルトではないのか?

「THE EDGE」(LEO RECORDS CDLR667)
IVO PERELMAN MATT SHIP MICHAEL BISIO WHITT DICKEY

 マシュー・シップとはデュオ集も出したペレルマンだが、本作はカルテット。冒頭、アルコの重厚な音によるフリーフォームのイントロ的な部分に続いて、ガーン!とシップのピアノの重いコードが振り下ろされる瞬間の心のときめき。あとは、いつものペレルマンの音楽だな……と思って聴いていたが、彼のソロのバックでシップが弾きまくっているのをずーっと聴いているうちに「ちがう」と思った。これはペレルマンのソロに対してシップがバッキングしているのではなく、ふたりが同時にソロイストとしてソロをしている、あるいは対等のデュオを行っていて、ベースとドラムはふたりのバッキングをしているのだ。いやー、凄いです。ペレルマンの最近のアルバムはどれもこれも凄いとしかいいようがなかったが、このアルバムはとんでもないです。どれも短い演奏ばかりで、いちばん短いものは0分44秒、いちばん長いものでも9分台。しかし、どれも濃密でヘヴィ級の魂の交歓が封じ込められている。シップに煽られて、自分の絶頂をするすると超えて、その先の高みへとのぼりつめるペレルマンの姿をこのアルバムのなかでは何度も何度も聴くことができる。いやー、マシュー・シップは凄い。ジョン・ブッチャーやエヴァン・パーカーを彼のピアノがぐいっと押し上げたように、ここでも自分を全開にさらけ出して、ペレルマンを別次元へと押し上げて、(おそらくは)涼しい顔をしているのだと思う。凄いやつだ。私はこのアルバムを聴いているとき、最低でも3回はあまりの興奮に大声を上げたくなり、周囲にあるものを叩きまくりたくなった(具体的にいうと2曲目、4曲目、8曲目あたり)。なお、最後の9曲目は、それまでの激しいフリーキーな演奏とはうってかわって、スタンダードナンバーでもあるかのような、メロディアスなバラード曲となっている(もちろんフリーな演奏だが、コード感があり、ペレルマンもバラード的表現を崩すことなくのたうつようなフレーズをねっとりとつづっていく。すばらしい)。それと、6曲目はペレルマンとドラムのディッキーのデュオ。本作では、「マット・シップ」表記なのに、デュオ集の「ジ・アート・オブ・ザ・デュエット」では「マシュー・シップ」表記になっている。なんでや? というようなことは置いておいて、とにかく傑作です。

「THE ART OF THE DUET VOLUME ONE」(LEO RECORDS CDLP665)
IVO PERELMAN MATHEW SHIPP

 上記「ジ・エッジ」よりあとの録音だが、本作のほうがCD番号が新しい。つまり、先に出たのだと思う(同時?)。ライナーは、デイヴ・リーブマンのかなり詳細で長文のものがまずあって(的確な分析と示唆に満ちているので、読んだほうがいいですよ。とくにペレルマンのテナーの音の分析についてはなかなかおもしろいことが書かれている。シップについても同様。冒頭の部分はリーブマンによる「フリージャズ」論が延々述べられ、そのあとにデュオというものについての私感が書かれている。ただし、一部は3枚全部を聴かないとわからない箇所もあるようだ)、そのあとにリーブマンのライナーの倍の長さ(4ページにわたる)のブライアン・モートンというひとのライナー(しかも、次の続くとなっている)があり、そのあとにまたネイル・テッサーというひとの3ページにもわたる文章がついている。それだけでもこのアルバムにかけるレオ・レコードの気合いがわかるというものだが、なんとこのアルバムは3枚出されるこのふたりのデュオの第一集だという。しかもタイトルが「デュエットの芸術」ときた。いやー、レオはこのアルバムにどんだけ賭けてるねん。しかし、内容もすばらしい。14曲入っているがどれも1分台から一番長いもので5分24秒と短いものばかりだ。「ジ・エッジ」のようなエクスプロージョンこそ少ないが、ひとつとして同じようなものはなく、そういう「バリエーションを作り出す」という意味では、ペレルマンよりシップの才を強く感じる。とにかくシップの演奏があまりに強力すぎて、ふつうに吹いていては対等なデュオにならず、テナー奏者はその全身全霊でのプレイをいやおうなく引き出されてしまうようにも思える。それはジョン・ブッチャーやあのエヴァン・パーカーでさえ同様で、デヴィッド・ウェアが生涯彼を手放さなかった理由もよくわかる。先輩だろうがスタイルが違おうが、遠慮会釈なしに自分のすべてをぶつけてくるシップによって、皆、思っても見なかった自分の新しい頂上を発見するのだろう。ゆえに、並のテナー吹きでは、彼の相手にならない。ペレルマンは十分対等に張り合えるからすごいと思う。はるか昔から一緒にやっていたチームのように息が合っている(これはブッチャーやパーカーでも感じた。たぶん、シップが最初から思いきって自分をさらけ出してくるので、一瞬で「わかった!」という感じになるのだと思う)。深い味わいと興奮に満ちたデュオ。第二集、第三集も期待してまっせ! レオ、えらい!

「THE HAMMER」(LEO RECORDS CDLR286)
IVO PERELMAN/JAY ROSEN

 98年録音だから15年もまえの演奏。ペレルマンとドラムのジェイ・ローゼンのデュオ。12曲収録だから、一曲一曲は短いものが多い。一番長いのは1曲目で8分37秒、一番短いので1分23秒。だいたい4、5分の曲が多いようだ。ジェイ・ローゼンのドラムは切れ味鋭く、基礎がしっかりしていて、4ビートでもフリーでもなんでもしっかりした粒立ちのロールやパラディドルができて、あらゆる瞬間にその場その場でリズムを作り出せる強力なドラマーだ。ペレルマンは、とにかくドラマーのクオリティにはものすごくこだわっていると思われ、共演するドラマーは一流のうえの超一流ばかりだがジェイ・ローゼンももちろんそのうちのひとりである。とにかく、ペレルマンがちゃんとフレーズを吹いても、金切り声のようなフリークトーンをひたすら連発しても、もこもこした音色でわざとのたくるようなプレイをしても、歌心を見せても、ひたすらフリーなアプローチをしても、「ちゃんと」反応する。その「ちゃんと」の度合いが、異常にすごい。すべてのテクニックを投入して「ちゃんと」しているので、こちらは度肝を抜かれる。「ポン!」と一音で適当に応じるという手もあるところを、千の的確なリズムをぶち込んで反応する。それに応えてペレルマンも全身全霊でブロウする。たがいの引きだしを開けまくって、なかからさまざまなものを引っ張り出して、ぶつけ合っているのだが、CD一枚分の演奏が終わってみても、まだまだ開いてない引きだしがたくさんあるのだろう。とにかく見せ場というか聴き所が満載で、どこをどう説明していいかわからんので、聴いてくれっとしか言いようがない。それにしてもペレルマンというひとは、多作だが、レベルがまったく落ちず、駄作はもちろん、標準作すらなく、出すアルバム出すアルバム、ああ、これが最高傑作だ! と思わせてくれるのだからすごいとしかいえん。このアルバムも、聴きながら何度も、ああっ、これがペレルマンの最高傑作じゃ! と叫んでしまった。シンプル・イズ・ベスト。どこかで見つけたらぜひ聴いてみてください。傑作!

「FOREIGN LEGION」(LEO RECORDS CDLR643)
IVO PERELMAN/MATT SHIPP/GERALD CLEAVER

 アイヴォ・ペレルマンは最近マシュー・シップとの共演盤がむちゃくちゃ多いが、これもその一枚で、ベースレスのトリオである。このメンバーの顔合わせを見る限り、どう転んでもすごい演奏しか行われないだろうということはわかってしまう。あとは「どうすごいか」という問題である。1曲目は、シップはどちらかというとコードを押さえて、その響きのなかでペレルマンのテナーが咆哮する。2曲目は、シップも細かなフレージングを弾きまくり、ペレルマンのソロの場面でも、テナーとピアノ、ふたつのソロが螺旋のように絡まり合い、刺激し合ってどんどん新しいものをものすごい速さで作り出していくような感じの演奏。もちろん、局面によっては、ピアノが重いコードを積み重ねていくときもあり、それがペレルマンから最上のブロウを引き出すのだから、こたえられません! 巨大な蛇のようにぐねぐね、うねうねとのたくりながら絶頂に向かってのぼりつめていくペレルマンは、シップのピアノによっていつもより何階か高いところまでのぼっているように思える。この圧倒的な2曲目こそが本作の白眉ではないか……と思って聴いていたが、それがそうではないところがペレルマンのえげつなくも凄いところなのだ。3曲目は一転して、静かな雰囲気ではじまるバラード。徹頭徹尾インプロヴィゼイションなのに、非常に叙情的な雰囲気を保ったまま押し切るところが、この3人の実力なのだ。4曲目も、重苦しく、激しい演奏。この3人の暗さ、重さは、同じくシップを擁したデヴィッド・S.ウェアカルテットのものともまたちがう。ペレルマンはどちらかというと、高音域でスクリームしまくるタイプではなく、中音域を中心にぐずぐず、ぐだぐだと吹いていき、フレーズを積み上げる、陰に籠もったような感じなのだが、その陰に籠もった状態をあまりの熱意と音量でひたすら続けていくので、ちょっと信じられないぐらいの強大な狂気のエネルギーの塊が押し寄せてくるような感じになる。ウェアは、もっとシンプルで、黒くて、力強い。5曲目は、最初、リズムが軽くて、それまでとは印象がちがうが、もちろんボサノバとかああいう軽さではなく、このグループにしては軽いタッチの演奏だなあと思うだけだ。三人が、それぞれの楽器で、パーカッションが3人いるような感じの演奏をしているのが、だんだんと崩れてきて、すごいスピード感のからみになり、3人が一体となって全力疾走する。この演奏が、本作の白眉か。いや、そんなこともうどうでもいいや。とにかくとんでもない集中力であります。ヤバイぜ。

「THE CLAIRVOYANT」(LEO RECORDS CDLR650)
IVO PERELMAN/MATTHEW SHIPP/WHIT DICKEY

「フォーリン・レギオン」から半年後の録音だが、ドラムをジェラルド・クリーヴァーからウィット・ディッキーに変えただけで、ペレルマン〜シップのラインは同じ。つまり、ドラムの差がどれだけ音楽に変化をもたらすのかが聞きものだと思うが、正直、聴いた印象はそれほど変わらない。テナー〜ピアノ〜ドラムのトリオがあまりにしっくりしているからかもしれない。ディッキーのほうがよりジャズっぽいかもしれないが、それも微妙。とにかくペレルマンの変幻自在かつ執拗でエネルギッシュなフレージングはシップとからむことによって洪水のようにイマジネーションがあふれ出す感じで、とめどがない。どうにもとまらない。シップは本当にすばらしいなあ。リーダー作でもそうかもしれないが、テナー奏者と組んだときのシップはサーカスの猛獣使いのようにテナー奏者を叱咤し、愛撫し、怒鳴りつけ、笑わせ、泣かせ、挑発し、地団駄を踏ませ、飛翔させる。そのふところの深さ、パワフルさ、リズムの凄さ、ネタの多彩さ、狂気とそれをコントロールする知性……などを見ていると、スガダイローを彷彿とさせるところもある。おそらく当代のピアノ界の双璧なのだ。ペレルマンはシップの手の上で猛烈な勢いで転がっているが、それはシップを全面的に信頼しているからだと思う。今回も最高の演奏が8曲詰まっていて、聴き所も満載で一瞬とも耳が離せない。そしてドラムのディッキーは、もうええ歳だと思うが繊細かつ豪放なドラムで、このバンドにぴったりだ。それにしても、シップ〜ディッキーという組み合わせで、我々はデヴィッド・S.ウェアバンドを思い出さずにはおれないが、たぶんシップ〜ディッキーのふたりが参加したウェアのアルバムは5,6枚あるはずだ(ライナーノートでシップもそのことに触れている)。しかし、ペレルマンとウェアは同じフリージャズのテナーマンではあるが、演奏の方法論がまったくちがい、しかも、両者は似ているところもたしかにあって、たいへん興味深いうえに、最上の音楽的結果がこうして生まれている。フリージャズはおもろいなあとあらためて思う次第であります。でも、もしかしたらウェアもペレルマンも、一度マシュー・シップと共演したら、ほかのピアニストとはできないんじゃないかなあ。一度、ペレルマン〜スガダイローという顔合わせを聴いてみたいものですが。

「BLUE MONK VARIATIONS」(CADENCE JAZZ RECORDS CJR−1066)
IVO PERELMAN

 最近はもうほとんどチューンをやらず即興のみに徹している感のあるペレルマンだが、1996年録音の本作では、テナーサックスの無伴奏ソロで、「ブルー・モンク」を3テイクと「ヴァリエーションズ」という曲(たぶん、ただの即興)を3テイクやっているというコンセプトアルバム……といっていいのかどうか。たとえばアンドリュー・ホワイトが「ジャイアントステップス」とか「モーメンツ・ノーティス」ばかりを並べて一枚のアルバムにしたり、大友良英さんが「ロンリー・ウーマン」や「ベルズ」ばかりで一枚のアルバムを作ったり……という意味でのコンセプトアルバムではないと思う。ペレルマンはこの「ブルー・モンク」という曲からなにが出てくるのかということを考えて、その3つのバリエーションを示したかった、というような理由で演奏しているというより、即興のひとつのモチーフとして考えているだけのように思う。とにかくものすごくクールに割り切った「ブルー・モンク」だ。ベニー・ウォレスの同曲のように、曲にすり寄った感じは微塵もなく(悪い意味じゃないですよ。テーマとその変奏、的なアプローチということ)、単なるきっかけのような割り切りかただ。しかし、テーマは形を変えて、ずっとどこかで鳴っているようにも思えるし、これがペレルマンなりの「スタンダード」なのだろう。とくに2番目の「ブルー・モンク」は、テーマとそこから見つけ出したモチーフをどう展開していくか、という、ジャズ的な意味での即興のやりかたがけっこう露骨で、おもしろいし、3番目の「ブルー・モンク」は途中、かなり遠くまで行ってしまい、ブルー・モンクは消滅してしまうのだか、どこかに「バップ」の響きだけは残っていて、ツーファイヴ的なものがずっと感じられる。最後はもちろん戻ってくるのだが、いやあかなり凄いですよ。「ヴァリエーションズ」のほうは本当のテーマのない即興で(はっきりしたアイデアとモチーフはあるようなので、それをテーマといえばテーマかも)、ときどきメロディー的なものが浮かび上がったりするが、すぐに解体される。とにかく、このアルバムは私にとってひとつの灯台のようにひとつの道を示唆してくれる内容で、数え切れないぐらい多くのものをここから受け取った。折にふれて聴きかえすのだが、ものすごーーーーーく私にぴったりの演奏なのである。まあ、簡単にいうと、テナーサックスでのソロ演奏のひとつの理想、といってもいいかも。ソノリティもほんとに私好みです。この6曲のソロに、ペレルマンのいい部分、個性のすべてが出ているのではないかと思う。デヴィッド・S・ウェアのソロと並んで、現代ジャズテナーソロの金字塔とかいうと大げさでしょうか。よくもまあ、スタジオ録音で、しかもたったひとりでここまで高揚した演奏ができたものだ。傑作。

「BOOK OF SOUND」(LEO RECORDS CDLR697)
IVO PERELMAN

 2013年スタジオ録音。マシュー・シップ、ウィリアム・パーカーというトリオで、これはもうデヴィッド・ウェアのバンドそのものだが、やはりイーヴォはイーヴォ(当たり前)。いつも通り、おそろしく個性的なサウンドを聞かせてくれる。それにしてもアイヴォ・ペレルマンとマシュー・シップはとにかく相性がいいらしく、このふたりの顔合わせはひたすらスリリングなサウンドになる。しかもウィリアム・パーカーも絶好調で、骨太なベースをぶんぶんいわせる。3人ともリズムキープという考えはないらしく、一定のビートをキープしないのに、それがばらばらにならず、怒涛のグルーヴを感じさせるのは見事の一言。マシューの執拗で偏執狂的な低音の連打は狂気じみている。2曲目はフリーなバラードでイーヴォのアルバムにはかならずといっていいほどこの手のが入っているが、この演奏はめちゃめちゃすばらしい。ほんとにフリーなのかな。もしかしたらコンポジションなのか、と調べてみたが、コンポーザーのクレジットはない。やはり全部即興なのだ。3曲目も、シップのピアノに導かれるようにはじまるバラードで、フリージャズにおけるスローナンバーがここまで昇華できるのか、と圧倒されるすばらしいコラボレーション。いやもう、作曲なんていらんやん、と思ったりして(冗談です。でも、一瞬でもそう思ってしまうほど、自由で、フリーキーで、しかも心を打つバラードなのだ。こういうのをやらしたら、イーヴォ・ペレルマンの右に出るひとはそうそういないと思う)。4曲目は、なんというか全員が小刻みな演奏。どことなくユーモアも感じる。疾走するシップと猛スピードでくねくね、うねうねしまくるペレルマンとの絡み合いが凄まじい。途中から激しくリズムを強調するパワーミュージック的になり、テナーが低音のひび割れた音を連発するあたりの高揚は、ドラム不在を忘れてしまうほどリズミック。5曲目もシップのピアノが美しくアブストラクトなメロディを奏でる導入部から、アルコベースが入ってきてデュオとなり、そこにしずしずとテナーが加わる。なんともいえない不安定さと美しさが同居するような演奏だ。ひょろひょろと不安げに伸びるテナーの高音、アルコベース、ぽつりぽつりとした雨だれのようなピアノが重なると、絶妙のバランスで楼閣が構築される。もちろんその楼閣はすぐに崩壊してしまうのだが。6曲目は本作中もっとも長い演奏で、3人の音がぶつかり合う。ペレルマンは本作では全編を通じて、フラジオでの絶叫的なプレイはみせず、中音域や低音中心に吹きまくり、高音にあがっても、いわゆるフリークトーンではなく、「きいーきいー」と鳥が鳴くような感じでフラジオを使う。テナーのフリージャズということから連想される、絶叫、悲鳴のようなスクリームはしていない。そこが最近のペレルマンのおもしろいところであります。3人での演奏から、途中、パーカーのアルコソロになり、底にうねりを感じるような、表面的には静かな場面が続くのだが、そこにペレルマンが入ってきてデュオになる。ペレルマンは高音部で震えるような音を出していたかと思うと、ハーモニクスを吹きはじめ、どんどん混沌とした演奏になり、深みにはまっていく。結局、シップは出てこないままエンディングを迎える。シップはなぜ出てこなかったのか。不思議な感じです。というわけで、最近、ペレルマンのアルバムで失望したことはまったくないけど、本作もまた同じ。面白かった。

「REVERIE」(LEO RECORDS CDLR712)
IVO PERELMAN/KARL BERGER

 ペレルマンとフリージャズの歴史の体現者カール・ベルガーのデュオとなれば、これは聴かずにはおれませんなー。ベルガーといえば、オーネット・コールマンとあのCMSを設立したり、フリージャズ初期から現在まで一貫して独自の活動を続けているひとであって、ペレルマンとの演奏がどうなるのか、聴くまえからわくわくしていたが、聴いてみて驚いたのは、ペレルマンがいつものように絶叫系の激しいブロウの連発ではなく、かなりメロディアス(といっても、このひとなりのメロディアスですが)かつ抒情的(といっても、このひとなりの抒情的ですが)に吹いていることで、じつによくベルガーのピアノと合っている。ここでのベルガーのピアノは、パッションの赴くままにパワーで弾きまくる……といった感じではなく、一音一音を大事にして、「響き」を操りながら、クールなポエジーを持続させる、というような演奏だ。音数は多くないが、力強さも緊張感もある。現代音楽的な匂いもするがどちらかというと調性を強く感じる演奏が多い。ピアノソロの部分も、いろいろなことを通り抜けてきた境地のように思われる(冗談だが、ピアノソロの部分だけ聴けば、たとえばキース・ジャレットのソロアルバムだよと言って聞かしたら信じるひとがいるかもしれないぐらい)。ペレルマンも冒頭の無伴奏ソロから、いつものペレルマンであってややちがう。たとえば音数多くひたすら弾きまくるようなマシュー・シップとの共演などとはまるで印象がちがって、フラジオも含めてピーピーギャーギャーと吹いてはいるが、いつもより相当自制が効いていて、どちらかというと、音の響きを一音一音味わいながら吹いているような……つまりベルガーと同じスタンスの演奏なのだ。中音域でぬらぬら、ぐねぐねとのたくりまわるような演奏も健在。マシュー・シップとのデュオなんかだと、あれよあれよといううちにどんどん先に進んでいる……という感じだが、このアルバムでは(変な言い方だが)聴き手も余裕をもって、ふたりの音色やからみやそれぞれのアイデアなどをじっくり聴くことができる。本当に「デュオ」というかがっぷり四つに組んでいる感じで聴きごたえ十分。それにしてもベルガー、80歳だよ。ムハール・リチャード・エイブラムスといい、セシル・テイラーといい、ランディ・ウェストンといい、ダラー・ブランドといい、そしてこのカール・ベルガーといい、ピアニストは年取っても元気やなー。なお、ベルガーといえばヴィブラホンだが、本作はピアノのみ。

「CALLAS」(LEO RECORDS CDLR728/729)
IVO PERELMAN MATHEW SHIPP

 おお、ペレルマンとシップのデュオの続きが出たのか、と思って聴いてみると、これが二枚組。しかも、マリア・カラスに捧げたアルバムだというから、わけがわからん。かなりの長文のライナーを読んでみると、どうやらペレルマンは唇の痛みと出血が続き、これは歯が悪いのかと思って故郷のブラジルに戻って歯医者に行ったら、問題は歯ではなくて喉にあるということがわかった。(ライナーノートの執筆者によると)それはペレルマン独特の「ダブル・アンブシャー」に起因することで、このくわえ方は喉にたいへんストレスをもたらすのだという(ペレルマンはそのことをデイヴ・リーブマンの本で知ったらしい)。そして、彼は、サックス奏者が喉について抱える問題とまったく同様の問題を、多くの歌手も抱えているということを知り、それからシンギング・レッスンを受けるようになった。そして、マリア・カラスと出会ったのだ……という経緯らしい。マリア・カラスの歌声にすっかり惚れこんだペレルマンは、カラスに捧げるアルバムを作るためにマシュー・シップを呼び、デュオを行った。しかし、さすがというか変態というかペレルマンは、カラスの有名なアリアとか、そういったものをモチーフにしてそれをフリーな感じで演奏……みたいなやり方はとらず、マリア・カラスの歌い方を念頭において、いつもどおりの完全即興を行ったのだという。それがこの二枚組で、演奏している本人以外、どこがどうマリア・カラスに捧げているのか、というのはまるっきりさっぱりわからんが、とにかく本人がそう言ってるのだからそうなんでしょう、ぐらいの意味合いしか持たないような、いつもの演奏である。ただ、そういう気持ちで聴くと、ペレルマンはいつもの高音部での絶叫や、中音域や低音域でもゴリゴリした過激な吹奏は抑え気味で、どちらかというとスムーズで歌うような(といってもフリージャズとしての「歌う」ですが)演奏になっているかもしれない。でもまあ……やっぱりいつもと同じだなあ。つまり、いつもと同じということは「すばらしい」ということなので、なんら問題はない。それにしてもマシュー・シップはこういうフリー系のテナーと組むと俄然凄みを発揮するよなあ。二枚組といっても、収録時間は一枚につき40分ほどなので一気に聞きとおせます。

「TENORHOOD」(LEO RECORDS CDLR714)
IVO PERELMAN WHIT DICKEY

 マリア・カラスに捧げた2枚組とほぼ同時に日本へは入荷したが、録音はちょうど一年ほどの間隔があり、こちらのほうが早い。そのせいか、唇や喉の不調もまるで感じられず、ただひたすら豪快に吹きまくるいつものペレルマンを堪能できる。しかも、本作は偉大なテナー奏者たちに捧げたアルバムということで、よりいっそうテナーというものへのペレルマンのこだわりや愛情がわかる作りになっている。ライナーを読むと、ペレルマンは自分の音楽性を広げようとテナーのほかにもさまざまな楽器を試したが、結局アルトやソプラノなどもいまひとつ自在に吹きこなすことができず、テナーに専念することになったのだという。たしかにこのひとほどテナー一本にかけているインプロヴァイザーもいないだろう。フリー系のサックス奏者はマルチなひとが多く、5種類ぐらいは平気で吹き分け、最低でもテナーとソプラノぐらいは持ちかえるものだが、ペレルマンは愚直なまでにテナーサックス一本やりである。本作は、そんなペレルマンの気持ちが透けて見えてくる。1曲目はハンク・モブレー、2曲目はベン・ウエブスター、3曲目はコルトレーン、5曲目はアイラー、6曲目はロリンズに捧げた演奏である(4曲目はタイトルチューンで「テナーフッド」という曲……といっても即興だが)。どれも純粋なインプロヴィゼイションなので、正確には「そのテナー奏者を念頭に演奏した即興」ということなのだろうが、たとえば一曲目のデュオに微塵も「モブレーっぽさ」がないように、まあ、はっきり言って、やってる本人以外はあんまりそういうことは感じ取れない、いつものペレルマンである。しかし、「モブレーに捧げている」ということを思って聴くと、なんとなく(あくまで、ほんとになんとなくだが)モブレーに捧げてるなあ……という気がしたりしないでもない。でも、とにかく全曲極上のデュオで、ペレルマンの凄まじいブロウを体感できる傑作であることはまちがいない。あと、ロリンズに捧げる曲では、ピーピーとリードが軋むような高音のフラジオで吹き続けていたペレルマンが、突然、その高音域でロリンズの「ドキシー」を吹きはじめ、これは何度聞いても爆笑である。つまり、どう考えてもただ好きなように吹いてるだけ、としか思えなかった演奏だが、ちゃんとその奏者のことを念頭に置いているのだなあ、とわかる瞬間だったのだ。それにしても、ペレルマンが捧げている5人のテナー奏者のなかで、モブレーだけはちょっと異色だったな。ウィット・ディッキーの柔軟なドラムもいい。

「COMPLEMENTARY COLORS」(LEO RECORDS CDLR744)
IVO PERELMAN MATTHEW SHIPP

 イーヴォ・ペレルマンとマシュー・シップというおなじみのコンビのデュオ。もう何枚目になるのだろうか。ここにドラムが入ると、シップが狂気のごときバッキングというか煽りをみせてとんでもないことになるのだが、デュオだとたいがい静かな即興になる。本作でも、基本的には全部バラードといってもいい。おそらくすべて即興なのだが、このふたりだと、ペレルマンもシップもものすごくしっかりとした音で具体的なフレーズを吹いて(弾いて)いるにもかかわらず、なぜか非常にアブストラクトな演奏に聞こえるのだ。とても不思議だ。音のチョイスの問題なのかなあ。とにかくリアルと抽象のあいだで揺れているようなプレイが続き、夢を見ているみたいな気分にさせられる。曲にはひとつひとつ、「色」の名前がつけられている。1曲目は「ヴァイオレット」、2曲目は「イエロー」、そして3曲目は「ヴァイオレット・アンド・イエロー」……つまり混ぜたということだ。このパターンがずっと続き、3曲目ごとにそのまえの2曲の色を足したタイトルが来る。ライナーノートにもあるが、音で色を塗ろうという試みなのかもしれない。まあ、聴いてるだけでは良くわからないので、あまりそういったことは気にせずに聴いたほうがいいかもしれないけどね。どの演奏も好みなのだが、最後の10曲目でペレルマンが高音をずっと吹きのばすところに美しい狂気を感じた。やっぱりペレルマンとシップのコンビネーションは抜群ですね。

「BUTTERFLY WHISPERS」(LEO RECORDS CDLR740)
IVO PERELMAN MATTHEW SHIP WHIT DICKEY

 いつもの3人によるいつものやつ。なのに、聴かずにはおれないというのは、ペレルマンが本質的に「同じことを繰り返さない」タイプの即興演奏家だからだ。まあ、フツーに聴いたら、「同じことを繰り返している」ように聞こえるかもな。でも、私に言わせればまるでちがうのだ。そして、ペレルマンとマシュー・シップという組み合わせは、とにかく聴きたくなる。なにが起こるかわからない駆け引きや、そこで起こる爆発、歌心、音色、疾走感、停滞感、抒情……などなどが一期一会のものなのである。これもまた、フツーに聴いたら、「毎回一緒」ということになるかもしれないが。ということで本作は、ウィット・ディッキーの入ったトリオ。基本的にテーマのない即興しかしないペレルマンだが、デュオだと徹頭徹尾シリアスなバラード的演奏をしたりすることが多い。しかし、ドラムが入ると、触発されるのか過激なブロウをみせる。本作でも、かなりエグいフリーキーなスクリームが存分に聴けてうれしい。もちろん、しっとりした演奏もある。ディラ・ガルバオという詩人の誌に触発されたアルバムらしいが、例によって、聴くにあたってはあまり気にすることはないと思います。それにしても、怒涛のリリースだなあ。ライナーによると、2015年は上半期だけで12枚のアルバムを吹き込んだとか書いてあって、驚愕。まさにヴァンダーマークと並ぶリリースラッシュ(ただし、ペレルマンは全部即興なので比較はできないが)。このパワーはぜひとも見習いたいもんです。

「SAD LIFE」(LEO RECORDS LEO LAB CD 027)
IVO PERELMAN

 先日、6枚も同時にアルバムが出たペレルマンのアルバム。ウィリアム・パーカーとラシッド・アリとの共演。1996年の録音で、ペレルマンとしてはかなり初期のころのアルバム。「マン・オブ・ザ・フォレスト」や「チルドレン・オブ・イベジ」よりもあとだが、まだコンポジションを演奏している曲もある。後年というか、今のアイヴォ・ペレルマンはほぼ全編即興で押し通すので、こうしてメロディを吹いたり、リフを吹いたり、リズムに乗せてフレーズを吹いたりしているのはかなり新鮮。そして、こういうのを聞くと、ペレルマンの音色のすばらしさやテナー奏者としての根本的な実力(スケールなどを低音部から高音部まで流暢に吹ける)を知ることができる。しかし、やはりこのひとの演奏はこのころからとてつもなく個性的で衝撃的である。ふつうならここまでこだわるか、というぐらい破壊的なリフや倍音奏法によるめちゃくちゃなフレーズを延々吹き続けたりする。これはまず頭がおかしいということであり、しかも体力と技術がものすごく必要なことであり、そこにベースとドラムの暴れっぷりが加わってとてつもないエネルギッシュな世界が展開する。しかし、本作でも、どう考えてもテナーが重量級のベースとドラムをぐいぐいひっぱっていて、いやー凄まじいですね。6枚のうちどれを買おうかと先日ユニオンで相当迷って、結局なにも買わなかったのだが、すいません、とりあえず2枚ほど発注したい思います、すいませんねえペレルマンさん。

「THE ART OF THE IMPROV TRIO VOLUME 5」(LEO RECORDS CDLR775)
IVO PERELNAN

 だいたいが作品数がアホみたいに多いペレルマンだが、先日突如として、「アート・オブ・インプロ・トリオ」として一挙に6枚出た(ユニオンのホームページには5枚とあるけど間違い)。なにを考えておるのかペレルマン。メンバーはそれぞれちがうのだが(同じものもある)、まあ、だいたい「いつものメンバー」である。さすがに私も全部……というのは不可能で、結局一枚も買わなかったのだが、ペレルマン好きとしてはそれもいかがなものかと思い直して、後日通販で1枚だけ買った。それがこれである。どれを買うべきか迷った。最初はウィリアム・パーカーが入ってるやつにしようかとも思ったが、いろいろ考えてジョー・モリスとジェラルド・クリーヴァーによる本作にした(ちなみに6も同じ顔ぶれ)。ジェラルド・クリーヴァーは6枚中5枚に参加(あとひとつはウォルト・ディッキー)しており、「ハウスドラマー」扱い(?)。で、本作の内容はどうだったのか……というと、いやー、さすがでした。めちゃ良かった。最近のペレルマンは基本的には全部即興なので、このシリーズだけがとりたてて即興に徹した……という感じではないが、コンポジションとか即興とか関係なく、本当にペレルマンが今、創造のピークにあるのではないかと思わせるような深くて密度の濃い演奏だった。3人が異常に冷静に(冷酷に?)ブワーッと音を並べ立てていく感じで、高みにある3人の即興の猛者がすべての音楽性と技術をぶつけ合っている……という演奏だが、ものすごく盛りあがる場面も随所にあり、そういう瞬間はこちらも興奮しまくる。これを6枚も吹き込んだペレルマンはほんまに凄い! というか、いっぺんに6枚も出したレオも凄い。凄いというかアホ。うーん、あとの5枚も聞きたいのだが、とりあえずあと2枚ぐらいは買おう。こういうのを聞くと、ジャズ喫茶という文化がいかにありがたかったかわかるというものだ。新譜を片っ端から試し聴きして、良かったやつを買えばいいのだから。え? ペレルマンを6枚もいっぺんに仕入れるジャズ喫茶なんかない? ごもっとも。

「SOULSTORM」(CLEAN FEED CF184CD)
IVO PERELMAN/DANIEL LEVIN/TORBJORN ZETTERBERG

 2010年録音のライヴ2枚組。チェロとベースとのトリオ。こういうアルバムをどしどし出しているペレルマンはすごいとは思うが、果たしてどれだけリスナーがいるのかいつも気になるところではある。二枚組ということもあって、正直、私も中古でなかったら買わなかったかもしれない。しかし、聴いてみてぶっ飛びました。ドラムもピアノもいないのに、とんでもない疾走感とグルーヴがある。ペレルマンってなに聴いても一緒じゃん、という意見があり、たしかにそうかもなーと私も思わんでもないのだが、どんなアルバムでもとりあえず1曲目を聴くと、ああ、これこれ、これですやん! と舞い上がってしまい、買ってよかった……と思ってしまうのである。本作は2枚組で、最初に拍手が入ってるから、ああライヴかとわかるが、そのあとはぐっと抑えた表現ではじまり、じわじわと熱くなっていく。チェロとベースだけという箇所が案外多くて、しかもそこが私のように管楽器、とくにテナーサックスにしか興味がないような人間にもめちゃ面白い。ここでのテナーはまるで弦楽器の仲間のひとつのように響く。1枚目の3曲目など、ペレルマンが高音でキーキー叫んでいるところのからみなど、同じ楽器のように聞こえる。録音もリアルで、弦のつややかでエロティックな響きがすばらしい。しかし、やはりペレルマンが叫びだすと、どうにもならんというか聴いている自分の細胞のひとつひとつが活性化するような感じで興奮してしまう……というのはいつもどおり。3人とも凄いので、いい感じのテンションがずーっと持続しており、2枚聴きとおすのは簡単。ペレルマンはもちろんのこと、あとのふたりも相当ストイックなので、凄まじい緊張感と、うらはらな美しさがある。剛腕なひとたちで表面的には行け行けどんどんなのだが、じつはものすごくていねいな演奏である。そして、案外、スウィング(!)するというジャズっぽい部分があったり、歌心を感じる部分があったりするので、そういうところを見つけ出すのも楽しい。2枚目の3曲目など、ほぼ聞こえないぐらいの微音ではじまり、そこから積み上げていく。完全に即興だと思うが、ときどきスパニッシュモードやそのときそのときのワンコード的なモードに寄っていくときがあって、それもまたよし。ペレルマンを聞いたことがない、というひとには、さすがに二枚組2時間はおすすめしにくいが、そうでないひとならぜひ。傑作です。