omnibus/anthorogy

「GIANTS OF THE BLUES AND FUNK TENOR SAX」(PRESTIGE 3PCD2302−2)

 アナログでは、「GIANTS OF THE BLUES TENOR SAX」という2枚組と「GIANTS OF THE FUNK TENOR SAX」という1枚組で出ていたアンソロジーをカップリングして、3枚組のCDにしたもの。プレスティッジのブローテナー系のおいしい演奏が結集している感じで、お宝である。とくにすぐれているのは、イリノイ・ジャケーがビッグバンドをバックに吹きまくる「ソウル・エクスプロージョン」、スタンリー・タレンタインがこれまたビッグバンドをバックに吹きまくる「ウォーキン」(ただし、サビつき)あたりか。でも、ほかの曲もどれもよくて、バディ・テイト、ジミー・フォレスト、コールマン・ホーキンス、アーネット・コブ、エディ・ロックジョウ・デイヴィス、ハル・シンガー、アル・シアーズ、イリノイ・ジャケー、キング・カーティス、ジーン・アモンズ、ソニー・スティット、ラスティ・ブライアント、ウィリス・ジャクスン、ヒューストン・パーソン、スタンリー・タレンタイン……と収録されているテナーマンの名を列記するだけでもよだれたらたら。ジャズ系ホンカーの好きなひとには、プレスティッジならこれ一枚(というか3枚)をおすすめしたい。詳細なライナーも◎。

「自由の意思」(PSFB−1)
五海裕治写真集「自由の意思」付属CD

「自由の意思」というめちゃめちゃ高い写真集の付録CD。「アンダーグラウンドミュージシャンたち」の写真・インタビュー集ということで、ここに収録されているミュージシャンはみんなアングラな存在ということらしい。ブロッツマンとか、よく怒らなかったもんだ。あと、写真集の帯に、付録CDの参加ミュージシャンとして、井上敬三がクレジットされているが、実際には参加していない。井上さんの音が聞けると思って、そのためだけに高額な写真集を購入する人もいるはずだから、これはまずいのでは? まあ、そういうことはいいとして、肝心の内容だが、インプロヴァイザーの短編集的なものである。いつもの演奏の一部分を切り取ったような、ショーケースになっている人もいれば、何やこれ? 的な人もおり、まとまりは皆無で、とりとめのないアルバム。アルバムというか、ほんと、付録だと思って聴かないと。そういう意味では、いちばん個人的におもしろかったのは、もっとも「フリー・ジャズ的」だった三上寛の歌と浦邊雅洋のアルトのデュオ。すごくオーソドックスだが、臭い個性を放っている。吉沢さんやデレク・ベイリーも良かったが、いつもの演奏の一断片という感じ。ずらずらっと演奏が並ぶなかで、際だって聞こえることはない。ちなみに、向井千恵は、胡弓ではなく、ピアノを弾き語り(?)しており、ずっとオスティナートみたいなのを弾いて、そのうえで自分に酔ったような鼻歌を延々と歌っているが、これって癒し系?

「FAITH & POWER」(WIRE ESPW1)
AN ESP−DISK SAMPLER

 なんと、無料で配っていたらしいESPのサンプラーである。ESPのサンプラーというものが存在することにまず驚くが、しかし、サンプラーだろうが無料だろうが、なかに入っている演奏は、やはりアイラーの「ゴースト」であり、オーネットの「タウンホール」であり、サン・ラの「太陽中心世界」であり、チャールズ・タイラーであり、フランク・ロウであり、フランク・ライトであり、ソニー・シモンズなのである。悪いわけがない。でも……サンプラー。実は、しょっちゅう聴いてしまうのだ。なぜかというと、うちにあるそれらのアルバムはほとんどがレコードなので、ちょっとアイラー聴きたいなというときにこのCDをデッキに入れ、スタートボタンを押すと、いきなり明瞭な音であのゴーストの最初のイントロのテナーのフレーズがはじまる……というわけで、重宝といえばたいへん重宝なのだった。いいのかそんな手軽なことで、と思わないでもないけど。

「MT.FUJI JAZZ FESTIVAL 10TH ANNIVERSARY ALBUM」(東芝EMI TOCJ−5963)

 こんなアルバムが出ていることは知らなかった。マウントフジジャズフェスティバルには2回か3回行ったと思う。何をおいても参加したい、と思わせるようなラインナップなので、自然と「どうしても行きたい」と思ってしまう。そんなジャズフェスがかつてはあったのですね。一時のライヴ・アンダーもそうだった。ああ、今そんなジャズフェスはどこにもない。そのマウントフジを代表するバンドが、このアダムス〜ピューレングループで、彼らの象徴ともいえる曲がここにおさめられている「ソング・フロム・ジ・オールド・カントリー」だ。しかし、この曲のおさめられているアルバムは、アルト奏者のチャールズ・ウィリアムズのレコードとか、デヴィッド・マレイのアルバムとかで、どちらもマウントフジでのあの曲調とはかなりちがう。しかも、アダムス〜ピューレン自身の演奏がおさめられているアルバムでは、アダムスにとって初演だったのか、なぜかテーマのイントロをずっと1オクターブ下で吹いていて、さまになってないし、ソロも爆発していない。だから、この曲の究極のバージョンはマウントフジでのライブなわけだが、それがこのコンピレーションに入っているのだ。しかも一曲目……ということはやはりこのグループのこの曲こそが、マウントフジを象徴するものだったのだ……と思って聴いてみると、なんと、このアルバム、マウントフジにゆかりの曲を個々のアルバムから集めただけのコンピレーションではないか! しばし呆然。だってジャケットにも裏ジャケットにもなーんにも書いていないんだもん。これは騙しである。それぞれの演奏はすばらしいが、単なる寄せ集めじゃなあ……。どうしてちゃんとフェスティバルのライヴを集めることができなかったのか。アホちゃう? なんの意味があるのかさっぱりわからないアルバムだ。

「WILDFLOWERS:LOFT JAZZ NEW YORK 1976」(DOUGLAS RECORDS AD−10)

 ロフトジャズの絶頂期をとらえた5枚のLP、「ワイルドフラワーズ」は私もそのうち3枚を持っているが、それが編集しなおされてCD3枚組になったというので購入してみた。あの5枚組には入っていない演奏も収録されているようだ。ロフトジャズというのは、私の印象だと、よいも悪いも玉石混淆で、よい演奏も、途中がダレるのは覚悟しなければならない……みたいなところがあるが、なにしろ3枚組だ。よほど腰を据えて聴かないと……と購入してからかなり長いあいだほっておいたが、ついに意をけっして聴いてみたのである(そんなたいそうなもんか)。いやー、LPのときよりずっと好印象でした。とりあえず曲ごとにリーダー名と寸評を。
1枚目
1−1・カラパルーシャ……ベースのオスティナートが印象的な曲。カラパルーシャが、ダーティなトーンも交えつつ、ソウルフルにテナーをブロウ。このひとは、こういう風にあまり考えないでガーンと行ってくれるといい。残念ながら、3枚組通してカラパルーシャ・モーリス・マッキンタイアの出番はこの曲だけ。
1−2・ケン・マッキンタイア……パーカッション二人とアルト、それにピアノという変則的な編成。テーマはドルフィー的。キイキイいうフラジオを連発しながらの熱いブロウで、非常によい。ベースがいないのが成功している。チープなピアノもよい。
1−3・サニー・マレイ……デヴィッド・マレイとバイアード・ランカスターがフロントという、今から考えるとめちゃ豪華なメンツで「オーバー・ザ・レインボウ」をやる、というわけのわからん演奏。バイアード・ランカスターのソロがめちゃチープでよい。昔はこういうソロが許せなかったのだが、私も軟弱になった。マレイは出番なし。
1−4・サム・リヴァース……ロフトジャズといえばこのひと。ソプラノの演奏ではあるが、ベースがまるでチェロのようにアルコで小刻みなパルスを発信し、そこにからむ野太いソプラノは、ちょっとエヴァン・パーカー〜バリー・ガイすら思わせるようなフリーインプロヴィゼイションから、ブラックミュージック的なモード風のブロウに移行する。さすがじゃ。
1−5・ヘンリー・スレッギル……要するに初代エアーの3人。アップテンポの4ビートに乗ってのリズムが崩れそうで崩れないタイプの、いかにもロフトジャズといった演奏だが、やはりエアー時代のスレッギルはそれほど好きになれない。終わると、ものすごい拍手が来るのだが、いまいちよくわからん。
1−6・ハロルド・スミス……よく知らないドラマーがリーダーだが、サイドがバイアード・ランカスター(ここではテナー)、オル・ダラのラッパ、ドン・モイエのパーカッションなど豪華7重奏団。演奏の頭は切れている。アート・ベネットという、よく知らんソプラノがひょろひょろしていて気にいらん。そのあと、だらだらしたピアノソロをはさんで、バイアード・ランカスターが出てくるとさすがの貫祿。でも、全体のだらだら感は変わらず。こういうのがロフトジャズの典型なのだ。
1−7・ケン・マッキンタイア……1−2と同じメンツだが、マッキンタイアはフルート。このフルートが、めちゃめちゃ下手に聞こえる。ま、ええけどね。
1−8・アンソニー・ブラクストン……大物登場。ボントロがジョージ・ルイス、ギターが(いまだにこのひとのことはよくわからない)マイケル・グレゴリー・ジャクソン、ベースがフレッド・ホプキンス、ドラムがバリー・アルトシュルとフィリップ・ウィルソンという豪華なメンバー。ブラクストンはアルトとクラと、コントラバスサックスを吹く。コントラバスサックスは、ほとんどノコギリをギコギコギコ……と弾いているような音だが、リードがきしませるようにしてキイキイした高音も出す。でも……だからなんなんだ、というような観念的な演奏。
1−9・マリオン・ブラウン……このひとの音色はどうもぴんと来ない。昔はかなりたくさんレコードを買ったが、全部売ってしまいました。ここでの演奏は、ベースとドラムはいるのだが、基本的にアルトの無伴奏ソロ。いろいろとがんばってる。でもなあ……久しぶりに聞いたが、やはり私の好みではないようです。
2枚目
2−1・レオ・スミス……オリバー・レイク、アンソニー・デイヴィス……といった強者(ツインドラムス)をしたがえての演奏だが、レオ・スミスも昔から苦手な部類に属する。観念的なのでどうもこう……スカッとしない。冒頭のオリバー・レイクはいい感じなのだが、そのうちにぐちゃぐちゃになってパワーが分散してしまう。
2−2・ランディ・ウェストン……なんでこのひとがこんなところで! 大物なのになあ、この時代はロフトぐらいしか演奏の場がなかったのか。この3枚組通して、もっともストレートアヘッドな演奏だが、ピアノはすばらしい。ドラムレスでコンガをくわえた編成。
2−3・マイケル・ジャクソン……マイケル・グレゴリー・ジャクソン、このひともよくわからんひとである。リズムはすごいし(フレッド・ホプキンス、フィリップ・ウィルソン)、オリバー・レイクのサックスもいい感じなのだが、本人のギターがなんともフォークソング的というか、しっくりこない。これは、このひとのリーダー作を聞いても感じることだ。
2−4・デイヴ・バレル……ランディ・ウェストンほどではないが、非常にストレートアヘッドな演奏。ちょこっとフリー気味になるが、味付け程度で、基本はしっかりしたピアノトリオ。ベースはスタフォード・ジェイムズ。
2−5・アーメッド・アブダラー……テナーは私の好みであるところのチャールズ・ブラッキーン。ラッパのアーメッド・アブダラーも小気味よく、ハードにブロウするひとで好きです。このフロントでたしかシルクハートから出たアルバムを持ってるような気がする。エレベとアコベがひとりずつ参加しているところが聞き物(冒頭部でフィーチュアされるが、全体をとおして活躍している)。ソリストはみんなすばらしく、ギターソロもよい。ブラッキーンがテナーソロのあと、持ちかえてソプラノを吹くが、これもまたよい。マグマのように熱い、ロフトジャズのええところを凝縮したような演奏である。かっこええ!
2−6・アンドリュー・シリル……ラッパがテッド・ダニエルズ、テナーがデヴィッド・ウェア。こんなメンツのアルバムも持ってるような気がするなあ。ウェアがさすがのヘヴィなブロウを展開し、テッド・ダニエルズもよいが、リズムを崩した演奏なので、ちょっとダレる箇所もあり。
2−7・ハミエット・ブルーイット……ラッパにオル・ダラ。ギターがふたり、ベースがジュニ・ブース、ドラムがチャールズ・ボボ・ショウとドン・モイエという豪華絢爛なメンバーで、スローなドブルース。ブルーイットのペラペラした音のクラリネットがニューオリンズ的ないい味を出している。
2−8・ジュリアス・ヘンフィル……これも豪華なメンバーで、アブダル・ワダドのチェロ、バーン・ニクスのギター、フィリップ・ウィルソンのドラムにドン・モイエのパーカッション……と意識的にベースを排した、漂うような浮遊感のある演奏である。
3枚目
3−1・ジミー・ライオンズ……レギュラーグループによる演奏だと思う。このひとの硬質なアルトは、自己のグループのときは、セシル・テイラー・ユニットのときとはまるでちがう輝きを放つ。バスーンもいい味を出している。
3−2・オリバー・レイク……2−3とリーダーが入れ代わっただけで、まったく同じメンバーによる演奏だが、内容はまるでちがう。ダークな雰囲気をずっと保ちながら、オリバー・レイクのアルトが空間を切り裂くような鮮烈さを見せ、ベースとドラムも見事にサックスをフォローする。問題のマイケル・グレゴリー・ジャクソンのギターはというと、この曲に関しては邪魔になっていないんじゃない?
3−3・デヴィッド・マレイ……オル・ダラ、フレッド・ホプキンス、スタンリー・クロウチを従えた、おそらくこのときのレギュラーバンドでの演奏。おなじみの「シャウト・ソング」だが、2分45秒とは、なんともはや短すぎる。
3−4・サニー・マレイ……1−3と同じメンバーだが、1−3がスタンダードナンバーの、ある意味軽めの演奏だったのに比して、こちらは17分という長尺の演奏で聴き応えあり。サニー・マレイもまだ元気だし、それにからむフレッド・ホプキンスのうねりまくるベースがまたかっこいいし、カーン・ジャマルというひとのヴィブラホンも、甘さを排したハードなソロで非常によいが、なんといってもデヴィッド・マレイのテナーが超重量級のブロウを繰り広げて凄い。フレッド・ホプキンスのベースソロもフィーチュアされるが、これもずっしり来るなあ。バイアード・ランカスターのフルートもよい。ようするに全部よいのであって、この3枚組の白眉といっていい演奏である。
3−5・ロスコー・ミッチェル……3枚組の最後をしめるのは、アート・アンサンブルの大御所ロスコーのサックスに、ジェローム・クーパーとドン・モイエのツインパーカッションという意欲的な編成の演奏で、しかも25分近い長い演奏だが、これがめっちゃおもろいのである。冒頭からロスコーはただひたすら延々と同じフレーズを吹きつづけ、パーカッションのふたりが暴れまくるという展開。いやー、これは凄いわ。どうなるのかと思って手に汗握って聞いていると、10分あたりでようやく場面がかわり、無伴奏ソロっぽくなるのだが、これも一筋なわではいかぬ、変態というか変わり者というかすねもののロスコーだけのことはあって、こういうのを現代音楽の影響とかの言葉で片づけてしまっていいものか。やはり、レスター・ボウイ同様のシニカルかつブラックな音楽性が底辺にあるのだろう。ジョセフ・ジャーマンとはまるでちがう。だからこそアート・アンサンブルはうまく機能していたのだろうな。聴衆が真剣に聞き入っている様子が浮かんでくる。そして、フリークトーンによる絶叫的演奏になだれ込むが、ここも血湧き肉躍るほどかっこいいんだよなあ。パーカッションだけを従えて、これだけのドラマを演出できるロスコー・ミッチェル……たいしたおっさんである。3枚組ロフトジャズのドキュメントをしめくくるにふさわしい、凄まじい演奏を堪能した。

「INSPIRATION & POWER 14 FREE JAZZ FESTIVAL 1」(TRIO RECORDS PA−3157〜58)

 このアルバムとの出会いがなかったら、私は山下トリオのようなガンガン行きまくるフリージャズだけしか知らない人間のままだっただろう。私は「遅れてきたフリージャズファン」であって、私がジャズを聞き出したときは、山下トリオを坂田明が去る直前で、世の中はフュージョンブームのまっただ中。日本のフリージャズの新譜などほとんど発売されず、地方在住の私には、どこでそういう演奏が行われているのかもわからなかったし、わかっても聴きに行くことはなかなかできなかっただろう。そんなとき、このアルバムが再発され、かつて(そのころから10年もまえに)すばらしい、というか、すさまじいフリージャズのコンサートが行われたことがわかった。その音楽的成果のあまりの豊饒さに愕然とし、フュージョンという音楽(全部ではないにしても)があまりに一面的で薄っぺらなのに悲しくなった。日本のフリーといってもいろいろあるんだなあ、ということにはじめて気づき、よし、これを全部聞いていこう、と決意したのである。このアルバムを聴いたことが今に至る自分の道を決定したのである。二枚組で全部で8曲収録されているわけだが、まず冒頭のニューハードによる演奏にノックアウトされた。ニューハードは、私がこのアルバムを聴いたときは、上田力のアレンジによるフュージョンばかり演奏していて、私の関心からはもっとも遠いことをしていたわけだが、ここに聴く演奏は、力強くシンプルなリフと混沌としたサウンドをうまくミックスし、そこにビッグバンドならではのダイナミクスを強調しためちゃめちゃかっこいいものである。この曲はほんとに何度も何度も聴いたなあ。「エル・アル」に代表されるように、当時のニューハードはまさに世界的にもワンアンドオンリーのことをなしとげていた。もう、聴きほれちゃいます。二曲目は、あの「インランド・フィッシュ」。つまり、吉沢元治ベースソロ。これもすばらしい演奏。もの足らないひとはフルアルバムでたっぷり堪能すべし(ただし、アルバムのほうは1年後の演奏)。ビッグバンドとソロが片面に入っているというのもおもしろい趣向ですね。B面に移って、沖至クインテット「オクトーバー・リボリューション」。あの「しらさぎ」に入ってる曲だが、そちらが宇梶昌二のバリサクをフィーチュアしているのに対して、本盤では高木元輝のソプラノが大きくフィーチュアされている。これが凄まじい演奏で、マイルス的なエコーマシンを駆使したソロをフリージャズに応用するとこうなる……というようなアグレッシヴで爆発的なサウンド。二曲目は、このアルバムでしか聴けない藤川義明の幻のグループ「ナウ・ミュージック・アンサンブル」の演奏。片山広明がまだアルトを吹いている頃である。全員で「ドーレーミーファーソー……」と音階を小学生のようにユニゾンで吹いていくところからはじまり、しだいにそれが崩れていき、なんだかよくわからない混沌としたパーォーマンスに突入する。アジ演説のような、ダダ的な演劇のような、シニカルなユーモアのような、とにかくいろんな要素が吹き荒れる。もちろんこうしてレコードで聴くだけでは全貌はわからないタイプの演奏だが、こうしてここに記録されただけでもありがたい。二枚目A面は、富樫雅彦と佐藤允彦デュオ。これがめっちゃいい。これもまた、たっぷり聴きたいひとは「双晶」を……ということになる。そして二曲目、高柳昌行ニュー・ディレクションの「集団投射」。このアルバムで私ははじめてニュー・ディレクションの演奏に接して、あまりにえげつないのでショックを受けた。うわー、これはめちゃめちゃすごいわ! とスピーカーのまえで慄然とした。以来ずっと高柳さんのファンである。フリージャズを形容するときに「凄まじい」という言葉をよく使うが、この演奏ほど「凄まじい」という言葉がぴったりのサウンドはない。世界中のフリー系のギタリストは全員、好き嫌い、善し悪しなどなどは別として、一度はこのサウンドを通過して、真似るなり無視するなり乗り越えるなりして、自分のなかで折り合いをつけなければならない、という宿命を負っているはずだ。B面に移って、これも貴重な録音だと思うが、有名だが聴くすべのない佐藤允彦「がらん堂」による演奏。シンセというかまだまだチープな音のエレクトロニクスを前面に出したトリオ演奏で、これがなかなか興味深いのだ。いろいろな可能性をぎゅーっと凝縮してあるようで、これがのちのいろいろなものに展開していくのだなあ、とわかる仕組みになっている。ラストは森山威男を擁した山下トリオ絶頂期の演奏で、すべてを暴風のように吹き飛ばす。この二枚組、できれば3枚組、いやいや4枚組、いやいやいや10枚組ボックスにしてほしかったようにも思うが、今のように簡単にCDができる時代ではないときに、二枚組のフリージャズのアンソロジーを作ったその苦労を思うと頭が下がる。アンソロジーとしても、一種のショーケースとしても貴重である。これを聴いて、興味をもったミュージシャンの個々の作品を聴いていく……というように発展していけばいいのだ(実際に私はそうしました)。

「HELL’S KITCHEN」(DIW RECORDS DIW−405)
LIVE FROM SOUNDSCAPE

おいしくておいしくてあまりにおいしすぎて、よだれを垂らしながら何度も何度も聴きましたですよ。よくこのライヴが録音されていたなあ、と僥倖を神やら仏やらに感謝したいぐらい。1曲目のオデオン・ポープ・トリオは、ようするに「あの」トリオで、ベースかジェラルド・ヴィーズリー、ドラムがコーネル・ロチェスター……そう、「あの」トリオだ。いやはや、たまらんなあ。このトリオの演奏を知らんひとは不幸ですよ。めちゃめちゃかっこいいのだ。スカスカのファンクで、あらゆるジャズ〜ロックを通過したものだけに可能な、このグルーヴに満ちた、重戦車のようなヘヴィ級モードジャズは、おいしすぎる。二曲目はこれまたすごくて、ブロッツマン、ハリー・ミラー、ルイス・モホロのトリオ。これはもう説明する必要ないですね。そして、3曲目はまってましたチャールズ・ブラッキーン〜エド・ブラックウェルデュオ。好きやーっ、こういう音。ブラックナスと自由さに満ちあふれた、本作の白眉といっていい演奏である。もう、何度でもリピートして聴きたくなる。最後を飾るのは、ドン・チェリーが洞窟のなかで行ったソロ2曲で、トランペットは吹いていない。これもシリアスかつ飄々とした遊び心のある演奏で、すばらしい。このアルバムはほんとうに宝物のような演奏がつまっていて、ずっと聴き続けていきたいと思う。

「BLUES 1927−1946」(BMG VICTOR BVCP−8733〜34)
中村とうよう・日暮泰文・鈴木啓志

ようするに「RCAブルースの古典」である。オリジナルのレコードは、あるひとに聴かせてもらったことはあるのだが、テープも持っていなかったので、CDになったのを機会に購入したのである。私はブルースマニアではないので、こういうコンピレーションというかオムニバスというかアンソロジーというか……そういったものは(ブルースに関しては)大歓迎なのである。この2枚組は、ほんとよく聴いてるなあ。流し聴きをすることもあるし、真剣に聴くこともある。私は、いわゆるモダンブルースは苦手で、こういった戦前ブルースのほうが好きだ。といって、知識があるわけでもなく、だらだら聴いているだけだ。このアルバムは、私のような聴き手にとって、戦前ブルースの宝石だけが収録されているわけで、ほんとありがたい。どのトラックもすばらしいが、このアルバムをしつこくしつこく聴いているだけで、ときどきモダンブルースのアルバムをなにげに聴いているとき、あれ? この曲知ってるで……と思うときがある。それはこのアルバムに収められている曲がブルースの原点ばかりだからだろう。ジャグバンドは、やや苦手なので、二枚目を聴くことが多いが、どれもこれも珠玉です。というか、私にはそんなことを判断する知識もなにもないが、戦前ブルースの空気が好きなんだろうと自分では思う。こういう音楽を「かっこいい」というべきです。

「GUMBO YA−YA」(P−VINE SPECIAL PLP−313/314)
NEW ORLEANS R&B HIT PARADE

 ニューオリンズ系の音楽、という漠然としたくくりで、私がはじめて認識したのは、このアルバムを含むP−VINEの一連のシリーズで、なかでもこの二枚組LPは、ニューオリンズというガンボ的ごった煮音楽の多様性を教えてくれた。当時は、ニューオリンズの美味しいところ、有名どころ、ヒットチューンだけを収録したようなアンソロジーだと思っていたが、今にして思えば、まったくの無名人も入っているし、けっして粒ぞろいのアルバムではない。しかし、有名人による有名曲はもちろんのこと、無名人による演奏もが、濃い濃いニューオリンズ色にしっかりと煮染められているのがよいではないか。このアルバムをきっかけに、それぞれの収録アーティストのフルアルバムを探すようになったのだから、私にとって本作はじつに大きな役割を果たしてくれたとおもう。リー・ドーシー「ヤ・ヤ」、ジェシー・ヒル「ウー・プー・パー・ドゥー」、アーニー・K・ドゥ「マザ・イン・ロー」、ロバート・パーカー「ベア・フッティン」……とかそういう有名曲を、これで覚えたのです。

「SIMPLY NEW ORLEANS」(UNION SQUARE MUSIC SIMPLYCD233)
2 CDS OF ESSENTIAL SOUL,FUNK AND R&B FROM NEW ORLEANS

二枚組の廉価盤でいろいろな音楽をとりあげる「シンプリー」シリーズのニューオリンズ編。非常ににお買い得である。アラン・トゥーサン、ネヴィル・ブラザーズ、ディキシー・カップス、ミーターズ、リー・ドーシー、ロバート・パーカー、アーマ・トーマス、ドクター・ジョン、エディー・ボー、ファッツ・ドミノ、アーニー・K・ドゥ……と有名どころがずらり。曲も、大ヒット曲あり、そうでもない曲もありで楽しめる。二枚を聴きとおすと、頭のなかがガンボになります。正直いって、私の場合、フリージャズをひたすら聴いて、たまに疲れたときにニューオリンズ系のこういうやつとか沖縄とか民族音楽とか戦前ブルースとかを聴く……という程度のファンなので、こういうコンピレーションはとてもうれしいのです。

「FUNKY GUMBO」(P−VINE PCD−93000)
THE SOUND OF NEW ORLEANS

Pヴァインから出たニューオリンズ音楽のディスクガイドとの連動企画。ACE原盤が中心なので、なかなか有名どころがばっちり押さえられている。冒頭、ヒューイ・ピアノ・スミスの「ロッキン・フューモニア……」ではじまり、リー・ドーシーの「ド・レ・ミ」で爆発、ボビー・マーチャンの「チキン・ワー・ワー」(誰だかわからんが、アーシーなテナーソロがよい)に到り、ベニー・スペルマンの「ロール・オン」で愉しさ最高潮! というもっていきかたは見事。ほかにも、アール・キング「ゾーズ・ロンリー・ロンリー・ナイト」(なんべん聴いてもこのギターソロはグダグダ)やマック・レベナック(ドクター・ジョン)「ストーム・ワーニン」(インストだが、まだ10代!)、アルヴィン・レッド・タイラーのテナーインスト、ビッグ・ボーイ・マイルズの「ニューオリンズ」など佳曲目白押し。例によって、無名人もいるが、それらも含めて、どっぷりとニューオリンズの「空気」に浸れることまちがいなしのコンピレーション。ザ・ブルー・ドッツというコーラスグループの「サタデイ・ナイト・フィッシュ・フライ」は、ルイ・ジョーダンのものが原曲とは思えないほど徹底的にワイルドにシャウトしまくっていて、びっくりです。

「FOLK SONGS」(MEMBRAN MUSIC 231052)

 ある編集者としゃべっていて、突然、アメリカン・フォークに興味がわき、ガイドブックを読んだりしたのだが、どれがいいのかわからず、とりあえず格安で総括的な(と思われる)本ボックスを買ってみた。10枚組で一枚につき1アーティストという構成で、収録アーティストは、PETE SEEGER、PETER,PAUL AND MARY、BURL IVES、THE ALMANAC SINGERS、HARRY BELAFONTE、PAUL ROBESON、WOODY GUTHRIE、THE WEAVERS、GLEN CAMPBELL、KINGSTON TRIOの10組。驚くべきことに、私は、ピート・シーガーもピーター・ポール・アンド・マリーもウディ・ガスリーもこのボックスではじめて聞いたのだった(唯一、聴いたことがあるのはハリー・ベラフォンテだが、このひとってフォークのひとだったのか)。と、まあ、かなりの期待をこめてわくわくしながら聴いたこのボックスだが、結局は「うーん……ええんやけどな……」ということで終わってしまった。私にはやはりフォークは無理みたいです。もちろん、どのミュージシャンも、ものすごくよくて、おー、ええやん、かっこええやん、おもろいやん、という瞬間は一杯あるのだが、だからといってこの音楽にのめりこむかというと即座にかぶりを振るであろう自分が見えるのである。いちばんグッときたのはウディ・ガスリーだが、これも先に自伝的なものを知っているための先入観かもしれないので、なんとも言えない。調べてみると、いわゆる「代表作」とか「ヒット曲」というのはあまり収録されていないようなので(レーベルの性質上しかたがない)、このボックスをもって、わしにはフォークは合わんと断言するのは早すぎるかもしれないが、とりあえず現段階の印象では、そういうことです。

「TRIO BY TRIO +1」(ビクター・DEEP JAZZ REALITY DTHK−012)
山下洋輔トリオ、沖至トリオ、大野雄二トリオ、笠井紀美子

二枚組での再発だが、正直いって、山下トリオ(と沖至トリオ)だけが目当てなので、半分でいいのになあとか思ったりしたが、こういうときに、目当て以外の演奏がめちゃめちゃよくて気に入ったりする場合も多いので、そういう偶然に期待して聴いてみた。1曲目、山下トリオの「ドレ」は山下〜森山の激しいデュオではじまる。昂揚したところに満を持して切り込んでくる中村誠一のテナー。うひー、かっこいい! 激しいフリーフォームで、山下本人が「でたらめ」と言い切る(当時)演奏なのだが、実際は、サックスの鳴らしかたからなにからなにまで完璧で、きっちりとアイデアを持って、具体的なフレージングを試みていることがわかる。すごい。すばらしい。テナーの無伴奏になるところ(何回かある)も、あまりにスピード感がありすぎて、バックがなくなったことがわからんほどである。たった11分強の演奏だが、その中身は濃く、LP両面を聴いたほどの充実感がある。これが1970年の録音というのはちょっと信じがたい。オーネット・コールマンがフリージャズというものを開発(?)して10年もたたないうちに、極東の島国でここまでとんでもないレベルの演奏が行われていたのである。これは世界に誇っていいと思う。70年といえば、万博の年であって、マンゲルスドルフやジョン・サーマンを含むヨーロピアンオールスターズが世界最先端のジャズとして来日したころであるが、この山下トリオの音楽のほうがはるかうえを行ってないか? 音楽に上下をつけるのは愚昧な行為であろうが、ここはあえて、当時の山下トリオのすごさをはっきりさせるために、「中村誠一を擁した時期の山下トリオは世界一のグループだった」と断言したい。まあ、ちょっと弱気になって、「グループのひとつだった」でもいいか。坂田明が加わった時期は、もちろん超すごくて超好きで超かっこよくて超おもしろくて私のもっとも敬愛する時期なのだが、そのころは世界中を見渡すとフリージャズのいいバンドがたくさんあって、がんばっていて、しのぎを削っていて、その頂点集団に山下トリオがいたんじゃないかなあと思う。しかし、70年だとちょっとここまでのものは思いつかない。70年って、アイラーが死んだころ、オーネットがデューイ・レッドマンとやってたころ、シェップがBYGに録音してたころ、セシル・テイラーがインデントとか録音するまえでしょう? やっぱり山下トリオは突出していたと思う。2曲目「木輪〜グガン」は「木輪」の部分はソプラノだが、これがめちゃめちゃいい。中村誠一のソプラノはほんとすごすぎる。「ダブル・レインボー」のコンサートのときも、客席で鳥肌がたった。「グガン」になるときにテナーに持ち替えて、パワーミュージック的展開になるが、いやー、この2曲、あわせて23分強のためにこの2枚組を買ってもぜーんぜんだいじょうぶですよ。つづく2曲は沖至トリオで、エレクトリックを導入するまえのアコースティックな演奏。誠実で真摯な演奏だ。あのぎらぎらするような切迫感や、身体が宙に浮くような飛翔感はないが、どっしりと地に足のついた輝きに満ちており、これがあの「殺人教室」と同じ年の演奏だと考えると感慨深い。このあとほんの数年のあいだに彼の音楽はとてつもなく進化し深化していったのだ。2曲目ではバケツの水にトランペットを突っ込んで吹いているらしいが、「ええやん!」と思いました。2枚目は、大野雄二トリオと笠井紀美子の加わった演奏、そしてジャムセッションなのだが、これもたぶん悪くないのだろうが、山下トリオ(と沖至トリオ)を聴いたあとではあまりに軽やかで、はれほれひれはれと流れていくのみ。土台むりがありますよ、この3組を同じアルバムに収めるのは。

「OKEH JAZZ」(EPIC RECORDS EG37315)

 知ってるひとは当然知ってるが、知らないひとは知らないであろうオーケーというレーベルの膨大なカタログから、ジャズっぽいものを集めたオムニバス二枚組レコード。わが家の宝であります。このアルバムがあるから、いつまでもいつまでもレコードプレイヤーをしまえないのです。それぐらい好きで好きで大好きで死ぬほど好きで惚れ込んでいるアルバム。オムニバスにそこまで惚れこむか? といわれると、自分でも、うーん……と思うし、しかも、二枚組のうち、聴くのはほぼ95パーセント1枚目だけなのだが、とにかく好きなのだ。このアルバムのほかに「オーケー・ブルース」とかたしか4種類ぐらい出たと思うが、そんなものはどうでもいい。「オーケー・ジャズ」ですよ! というわけで、なぜこのオムニバスがそれほど気に入ってるのかを書きたい。オーケーというのは、マミー・スミスのブルースなどで有名になったレーベルで、いわゆる「レイス・レコード」を中心にしたレーベルで、黒人音楽史的にはきっと重要なのだろうなあと思うが、ここに収められている演奏はどれも芸術とかそういうものではなく、大衆娯楽路線まっしぐらのエンターテインメント作品ばかり。すがすがしいぐらい。まず、学生時代にこのアルバムを三宮の輸入盤屋で見つけて即座に購入したわけは、A面いっぱいをしめるアーネット・コブの録音。いわゆるスモールビッグバンドで、自身のテナーと、あとトランペット、トロンボーン、バリトンの4管編成。このころはビッグバンド風のアレンジによるコンボが多かった。おそらくそういうサウンドは欲しいのだが、金銭的に無理なので……ということだと思う。ビッグバンドのフィーチュアリングソロイストとして有名になったテナーマンたち、たとえばジャケー(アポロ・セッションその他)もバディ・テイト(セレブリティ・クラブ・オーケストラ)もみんなリトルビッグバンドで自身のテナーをフィーチュアしたバンドをやっている。客はどうせスタープレイヤーのソロだけが目当てだし、しかもゴージャスな踊れるバンドである必要性からの選択だと思う。コブもアポロセッションとか何度もこういう編成を試みているが、本作でのそれが一番成功していると思う。1曲目のおなじみ「スムース・セイリン」から名演ばかり。コブも若くていきいきしているし、バラードはバラードらしく、ジャンプナンバーでは熱いブロウを繰り広げ、しかも、バンドはタイトだし、アレンジはいいし、言うことありません。そのうえ、曲がええんです。「スムース・セイリン」は言うまでもなく、「ウォーキン・ホーム」「ジャンピン・ザ・ブルース」「イン・ザ・ムード・フォー・ラヴ」「ザ・シャイ・ワン」など耳に残る曲ばっか。そして、メンバーも良くて、たとえばトロンボーンにブーティー・ウッド、ディッキー・ウェルズ、トランペットにエド・ハリス、バリトンにジョニー・グリフィン(!)など、錚々たるメンバーである。これはコブ好きならずともぜひ聴いてほしいが、本作には8曲しか入っていない。あと2曲ぐらいだったっけ、入ってる完全盤は昔、なんとかいうレーベルで出ていた「ジャンピン・ザ・ブルース」というアルバムです。そしてB面に行くと、これがまた凄い。コブのバンドでバリサクを吹いていたグリフィンのリーダー録音4曲なのだが、なんとボーカルがバブス・ゴンザレスだ。昔グリフィンのビデオが出てて、ロニー・マシューズがピアノのやつね、あれで、つぎの曲はゴンジの作曲です、というと客が歓声を上げたので、「おっ、おまえはゴンジを知ってるのか。バブス・ゴンザレスのことだ」というようなやりとりがあったように記憶している。バブス・ゴンザレスが入ってるのは1曲目の「フォー・ダンサーズ・オンリー」(これもめっちゃええ)と2曲目の「フライング・ホーム」だけだが、この2曲目はジャケーのハンプトンオーケストラでの超有名なソロをボーカリーズしたもので、テナー吹きならだれでも知ってるソロだ。それにヒップな歌詞をつけて歌いまくるバブスとそれに呼応して吹きまくるグリフィン。かっこいいねー。ちなみにバブス・ゴンザレスはちょっと歌詞を変えて、ベニー・グリーンの「マイナー・リベレイション」(45セッションズ)でも歌ってます。このグリフィンの4曲もめちゃめちゃおもろいのだが、それに輪をかけておもろいのが、つづくレッド・ロドニーの4曲だ。レッド・ロドニーといえばチャーリー・パーカーの相方として有名なバップトランペットだが、ほかの相方(ディジー、マイルス、ハワード・マギーなど)が黒人だったのに対して彼だけが若い白人の兄ちゃんで、差別意識のひどい南部への楽旅などのときは芸名を「アルピノ・レッド」として、本当は黒人なんだということで通したとか、パーカーの悪影響で麻薬でぼろぼろになり、ブランクを経てから復帰したときは絶頂期を過ぎていて……というけっこうな悲惨な人生を歩んでいるミュージシャン、というイメージがあり、このアルバムにおける演奏もさぞかしシリアスで陰影にとんだものであろうと思って聴いてみると……ぎゃーっ、な、なんじゃこりゃーっ!超お気楽でご陽気で、陰影のかけらもない、しかもとてつもなくうまい演奏。脳天気なぶっ飛びボーカルが「アメリカ、アメリカ、シュバオーッ、シュバオーッ!」と叫び、踊り狂う(ような感じ)。トランペットソロは後年の真面目な作品をはるかに凌駕する輝きと迫力、若さに満ち、フレーズも完璧、ハイノートもバリバリで、ある意味、クリフォード・ブラウンのあの初録音の2曲を連想させるような凄いものだが、ボーカルのアホさ加減のせいでほとんど耳に入ってこない。じつは、よく知らないテナーのひとも入ってて、このひとのソロもめちゃめちゃうまいのだ。というわけで、B面のグリフィンとロドニーも凄かったですねー。このまま2枚目も同じようなハイテンションでいくのか、と思ったら、2枚目A面をしめるのは、アーマッド・ジャマル・トリオ。こういうのはほんまようわからん。選曲もスタンダードが多く、スリー・サウンズとかジャマルとか、私にはわからん世界である。最後のB面は、オルガン・トリオのワイルド・ビル・デイヴィスで、ジャマルよりましではあるが、サックスがいないので、あまりピンとこないのです。ベイシーバンドへのアレンジ提供でも名高い「エイプリル・イン・パリス」などもやっていて、なかなかええんですが、サックスがなあ……。ラストは美人歌手アン・マッコールで、これこそ一番興味ないところやろと思うかもしれないが、テナーがデクスター・ゴードンで、これがけっこう良かった。でも、2枚目はやっぱりほとんど聴いてないな。とにかく1枚目はめちゃくちゃおもしろいので、見かけたら是非。なお、ジャケットもそれぞれのプレイヤーの絵で、味わい深い。

「BIG TENORS」(MERCURY BT−5264)
BEN WEBSTER SEXTET/CORKY CORCORAN’S COLLEGIATES/ALBERT AMMONS AND HIS RHYTHM KINGS

 ビッグ・テナーというタイトルをすっかり気に入って買ったレコードだが、ジャケットがいいんです。ベン・ウエブスターと思われる巨体の黒人がテナーを吹いている。まさしくビッグ・テナーだよな。A1〜4はベン・ウエブスターセクステットの演奏。1曲目はまずベンが太い音色で悠揚迫らぬゆったりしたソロをし、つづいてメイナード・ファーガソンがハイノートを駆使して吹きまくるが、そのあとベンがもう一度出てきて、今度は濁った音色でさっきとは別人のようなブロウ的なソロを展開する。最初のソロはベニー・カーターがテナーを吹いてるのではないかとさえ思ったほど。どのソロもすばらしい。2曲目はテナーフィーチュアのバラードで、いやはやさすがですね。貫禄と技術力の歌い上げ。アドリブなんかどうでもいい。圧倒的な「テナーのバラード」を聴いた気分になる。3曲目は単純極まりないリフ曲。最初はベンの軽い感じの音色による、技術力と歌心を誇示するような演奏。ラッパソロのあとに出てくるベニー・カーターの短いアルトソロもすばらしい。ほんと、死ぬまで変わらぬハイレベルの演奏をするひとだった。そのあと、ふたたびベンが登場し、今度はゴリゴリした音色でブロウする。そういう趣向なのか(つまり、最初にちゃんとしたテナーソロ、あとで音色を変えてブロウ)。4曲目は、冒頭ファーガソンがハイノートでエキゾチックなイントロを吹き、そのあとベンがサブトーンでささやくようにテーマを歌い上げて、最高の演奏。この曲、ベン・ウエブスターのオリジナルらしいが、作曲力もあるひとなのだ(コットン・テイルとかね)。続いてのA5〜6、B1〜2はコーキー・コーコランのグループ。例のライオネル・ハンプトンの「スター・ダスト」コンサートと同年なので、バリバリの時期のはずだが、同じくスターダストにも参加しているウィリー・スミスはかなりヨレぎみ。しかし、コーコランはええ音で、堂々たる演奏でなかなかの味わい。コーキー・コーコランという名前は、もしかしたらウッドハウスの「それゆけ、ジーヴス」の登場人物名からとったのかな? 全体に、ギターが活躍しており、コーコランは4曲目の「ララバイ・オブ・ザ・リーヴス」が一番本領発揮しているかも。B3〜6はブギウギピアノのアルバート・アモンズグループ(これだけシカゴ録音。あとの2組はロス録音)だが、ここに収録されたのはひとえに息子であるジーン・アモンズのおかげ。やはりこのなかでは一番バップ的な空気(とブロウテナー的な感覚)が強い。3人並べてみると、アモンズの吹き方が一番ストレートだ(若いしね)。(このグループの)2曲目はアルバート・アモンズお得意のブギなのだが、息子のテナーが大爆発しており、よくこのひとがスティットとバトルするまでになったなあと思うほどにタフでホンカーで、しかもバップでした。最高! 3曲目でもアモンズは感動的なほどに真っ直ぐな吹きっぷりで我々を熱くしてくれる。ラストの4曲目は「ヒロシマ」というタイトルで、アルバート・アモンズのオリジナル。1947年録音という時期的なことも考えると原爆のことをテーマにしたバラードか、と思ったら、ハッピーでにぎやかなダンサブルな演奏でした。

「MELLOW MAYHEM」(JCR RECORDS JCR MC902)
LIVE AT THE JAZZ CAFE

 1987年頃にイギリスの「ジャズ・カフェ」という店で録音されたらしいコンピレーション。ライヴということになっているが拍手や客席の音はほとんど聞えない。A−1はテナー奏者エド・ジョーンズのカルテットで、エド・ジョーンズといえば日本でもおなじみだが、アシッドジャズ、ロック、フュージョン的な活動は知られていても、ここで聞かれるような、デューイ・レッドマンの曲をまるでチャールズ・ブラッキーンのように野太い音でブロウするといった演奏を想像することはあまりないのでは。この演奏はすごいです。すごいし、うまい。ピアノもめちゃかっこいい。2曲目は、このアルバムの白眉というべき演奏で、キース・ティペットとアンディ・シェパード(ソプラノ)のデュオ。例の「44リップスティック」のライヴ盤ということだが、異常に繊細で、凄まじくも、ハイクオリティかつド迫力の演奏が繰り広げられる。この曲以外にもすごい演奏をこのデュオが披露しただろうと思うと、それも聞きたくなってくる。3曲目はマーヴィン・アフリカというピアニストによるボーカル(たぶん本人)入りの謎の演奏で、「ムバタンガ・ブルース」というタイトルだが、まったくブルース形式ではない。線は細いけどやたらブロウする明るいテナーがフィーチュアされており、客も喜んでいる。B面にいくと、私は少なくともまるで知識のないデイヴ・オーヒギンズというテナー奏者(かなり荒っぽい吹き方)のカルテット。ピアノレスでギター(かなり変態)が入っている。曲はオーネット・コールマンのバップ風のブルースで、テナーのひとのソロはバップ的でもあり、モードっぽくもあり、フリー寄りでもある(調べてみると、最近はビッグバンドなんかもバリバリやっていて、リーダー作も10枚以上出ていて、エリック・アレキサンダーとテナーバトルのアルバムも作っている有名なひとらしい)。2曲目は、これは有名なクロード・デッパのトリオ。ドラムがルイス・モホロ。デッパとモホロが掛け合いで「ウォーザ」という言葉を掛け合い風に叫んでいき、それが次第にバップスキャット的になり、そのうちに曲になっていく。デッパのトランペットも相当荒いが、まるでアフリカにいるような、というか原始時代にいるようなプリミティヴな気持ちにさせられる(この面子なら当たり前か)。トランペットだが、ちょっとアイラー的。こういうのはいいなー。ラストはこれも超有名人でフルートのフィリップ・ベントのクインテット。曲はブルースだが、シンセ的な音の不穏な感じが、ゲイリー・トーマスを連想させたりして。このひとはやはりアホみたいにうまいわ。ただしギターソロはややだれる。おもしろいコンピなので好事家のかたは聞いてみてください。

「5 BIRDS AND A MONK」(GALAXY/VICTOR ENTERTAINMENT vICJ−60134)

 私が学生のころに出た二枚組日本制作の企画もの「バーズ・アンド・バラッズ」というアルバムがあり、1枚目はチャーリー・パーカーの曲(1曲だけモンクの曲あり)を5人のテナー奏者(とひとりのアルト)が演奏し、二枚目はバラードをやる、という趣向だった。二枚組で高かったのだが先輩が購入し、我々はそれをカセットテープに入れていただいた。そして、そのテープは今でも持っているのだ。というのは、以前CD化されたときは全10曲中、2曲がカットされた形だったから買わなかったからだ。そして、今聴いているこのCDはそのあと、バラード部分を全カットしてた形で再編集されたもので、こちらのほうがまあ、いいといえばいい。なぜならカットされた曲というのがジョー・ヘンダーソンの「リラクシン・アット・カマリロ」で、これをカットする意味がわからん。というわけで、なんで最初の形でCDにしないのかなあと思いつつも、どうしてもまた聴きたくなったので、今回の形のものを買ったというわけです。内容はもちろん何十回もテープで聴いたものなので、その良さはよーく分かっている。バックはスタンリー・カウエル、セシル・マクビー(とジョン・ハード)、ロイ・ヘインズという強力なトリオが務める。あとは、テナー奏者たちの出来次第だが、1曲目のグリフィンの「ビリーズ・バウンス」はテーマの吹き方がかっこよくてもう最高なのです(ソロは水準)。そして2曲目の「ラウンド・ミッドナイト」は本作の白眉といっていい凄まじいもので、バックは普通に演奏しているのだが、主役のジョン・クレマーはこのバラードをまるで超アップテンポの曲のごとく、ものすごい速さで吹いて吹いて吹きまくることによって、全体として新たなバラードを創出している。クレマーはいろいろアルバムがあるが「ネクサス」とこの「ラウンド・ミッドナイト」がいちばん好き。今聴き直してもこの演奏は凄まじいとしか言いようがない。ある意味、フリージャズのようにモンクの曲をばらばらに解体して再構築している。とてつもないエネルギーの奔流である。最後の延々と続くカデンツァも含めて、「音数の多さ」によって表現されるものもあるのだ、と思い知らされる。3曲目はジョー・ファレルの「コンファメイション」。ファレルというひとはいまひとつ好みではない、ということをファレルの項でさんざん書いたと思うが、この演奏は好きだった。テーマの吹き方がいいんですよねー。テナーの中音域、低音域を使ってパーカーナンバーのテーマを吹くと、新しい魅力が発見されるのだ。本作に収められた曲ではグリフィンの「ビリーズ・バウンス」、ジョー・ヘンダーソンの「リラクシン・アット・カマリロ」、そしてこの曲でのファレルの演奏にそれを思う。ほかにはたとえばワーデル・グレイの「ドナ・リー」とかジーン・アモンズの「スクラップル・フロム・ジ・アップル」とかいろいろだが、私がこの企画物のオムニバスアルバムをずっと好きなのは、「テナー奏者がパーカーの曲のテーマをどう吹いているか」を学んだためだと思う。ファレルの演奏は、ソロ部分も超快調ですばらしいのです。聴き惚れます。あと、テーマまえのリフは、おなじみのアレではなく、別のやつだが(文章では書けない)、これもすごくいいリフなのだ。私はいつも、サックスを練習するときこのファレルのリフをなぜか吹いてしまうのです。ビバップのコードの動きがよくわかるリフです)。4曲目は当時日本制作のアルバムが多かったアート・ペッパーで、曲は「ヤードバード組曲」。ペッパーは、この曲のテーマを大事そうに吹きあげる。この当時は「アート・ペッパーは復帰前と復帰後のどっちがよいか」というアホみたいな議論が盛んで、私のような学生にもその議論の最低なことはわかったほどだったが(個人的には、初期の凄まじいアドリブの奔流や歌心は大好きだが、復帰後の演奏はまるでレスター・ボウイのように「人間」がそのまま出ているように思えて大好きです。つまりどちらも好き。だいたい、ひとりの人間で、一続きの人生なのだから、ふたつに分けて、どっちがいいとか言うのは愚の骨頂)、ここでの演奏はたぶん「復帰前がいい」派のひとでも納得するであろう、逸脱や破綻のない、かっちりした演奏だ。その分、物足りないような気もするが、強面テナー奏者がずらりと並んだこのアルバムにおける一服の清涼剤という感じのすがすがしい演奏である。なお、このCDのライナーにおけるこの曲についての文章は、なんのことかさっぱりわからない。雰囲気だけで書いているのだと思うが、「(アート・ペッパーの)アルトプレイはまったくパーカー的でないものの、アドリブにすべてのエネルギーをぶつける姿勢は彼と同様だった」と、ここまではわかるが、そのつぎの「パーカーが書いた流麗なラインを持つこの曲は、したがってペッパーにとっても吹き易いものだったのだろう」という理屈がまるでわかりません。つぎのジョー・ヘンダーソンの「リラクシン・アット・カマリロ」はリラクシンどころかかなりのアップテンポでジョー・ヘンダーソン自身も気合いが入りまくっている。この、ただのブルースではあるのだが相当ややこしいリズムの切り方をしたテーマをこの速さで吹くだけでも失敗しそう。ソロも、押し流すような迫力のあるフレージングの連発で、ほかのプレイヤーが、企画意図を汲んでか、バップの範疇に収まるような演奏(もちろんジョン・クレマーは別。あのひとはクレイジーだ)なのに、ヘンダーソンはさすがにバップから逸脱した自分の歌を歌っていて見事。ラストはハロルド・ランドの「ブルームディド」。このころのランドはコルトレーン影響受けまくり時代で、私は生で見て以来、あまり好きではないのだが、この演奏でも、ややハードバップ的フレーズとやや新しめのフレーズを併存させて、しかも、それをだらだら垂れ流すように平坦に吹き続けるというこの当時の典型的なスタイルでの演奏。ラストなんだから、ちょっと配列的にどうかなーと思ったりした。

「LIVE AT THE KNITTING FACTORY VOLUME25(SAIDERA RECORDS TKCB−30258)
VARIOUS ARTISTS

 ニッティング・ファクトリーでのライヴを集めたコンピレーション。なんだかよくわからないものから、けっこう古いパターンのもの、どう考えてもジャズじゃないものまで、いろいろ入っててすごくおもしろい。1曲目はサム・ベネットがボーカルで、これがめちゃうまいのだ。ポップで、パーカッションが前面に出た演奏でおもしろい。2曲目はナイロン弦のギター一本でアイラーの「ゴースト」をやっているのだが、途中からカントリー・アンド・ウエスタンみたいになり、ゴーストである意味はよくわからんけど、おもしろい。3曲目はサム・ベネットとネッド・ローゼンバーグとキーボードとボーカルというカルテットで、ネッドのアルトのソロからはじまり(ここは、いつものネッド)、そこにドラムなどが入ってハードロックみたいになってはしゃいだボーカル(めちゃおもろい)が入るというわけのわからん音楽。ネッドがまるで梅津さんのようにロッキンなサックスを吹いていて、おもしろい。4曲目はイクエ・モリ、フレッド・フリス、マーク・ドレッサーという硬派なトリオでのフリーインプロヴィゼイション。5曲目はミラ・メルフォードのソロピアノ。構築美を感じさせる、鈍く輝く黒いガラスのような演奏。おもしろい。6曲目はメルヴィン・ギブスとフェローン・アクラフを擁するソニー・シャーロッククインテットの演奏。めちゃかっこええ。ツインドラムで、シャーロックがひたすらギターを弾きまくる。16ビートのえぐい演奏だが、じつはこのアルバムのなかでいちばんジャズっぽかった。おもろい。7曲目はクリスチャン・マークレイとサム・ベネットのデュオだが、ターンテーブルを使っているので、まるで大勢のミュージシャンがいるような音がする。こういう演奏を聴くと、ターンテーブルを使った即興の意味はすぐにわかるし、このライヴが録音された当時は、まさに最前線ぴかぴかのやり方だったと思う。おもしろい。8曲目は3曲目と同じメンバー。ボーカルのシェリー・ハーシュがあまりに表現力があって、全部を仕切っている感じ。このグループの2曲が、私にとってはこのコンピ中でいちばんおもしろかった。おもしろい。9曲目はジョーイ・バロンのソロなのだが、単なるドラムソロではなく、キーボードやギター(?)やライヴエレクトロニクスなどを中心にした演奏なのである(後半、ドラムソロになる)。こういうことをドラマーがやる、というのが、おそらく当時のニッティングファクトリーの界隈では、あたりまえに行われていたのだろう。そういうことが求められていたし、ミュージシャン側もやる気があったのだろう。おもしろい。10曲目はグレン・ヴェレスというひとのグループで、ムビラやバンスリフルートといった各種民族楽器やパーカッションなどを用いた演奏。プリミティヴだが、現代的な側面もある演奏で、11拍子なのにもかかわらず、聞きやすくておもしろいが、このコンピレーションのなかでは浮いている。でも、当時のニッティング・ファクトリーがこういうものも許容していたのがわかって面白い。考えてみたら、今、けっこう尖った音楽ばかりやってるライヴハウスでも、シタールとかダルシマーとかのライヴやってるもんな。そういう感じなのか? 11曲目は10曲目のメンバーからムビーラをのぞいたトリオ。10曲目よりももうちょっと幽玄な雰囲気で、(たぶん)尺八とかもフィーチュアされるが、途中から細かい律動のある音楽へと変貌していく。バンスリフルート(?)の演奏が非常にテクニックがあるうえ、官能的な喜びに満ちていて感動的である。

「GENE NORMAN PRESENTS JUST JAZZ CONCERTS」(KING RECORDS K18P6259〜61)

 野口久光さんによる参加ミュージシャンの似顔絵のジャケットで有名な、ジャスト・ジャズ・コンサートのLP三枚組。CD時代以降は、いろいろなところで聴ける音源だが、当時、こうして三枚組として集大成された意義は大きかった。5400円と学生の身には高かったが、ソニー・クリスとワーデル・グレイにはまっていた私にはマストアイテムで、思い切って購入。録音のせいで音はそれほどよくはないが(とくにドラム)、なにしろ貴重な内容だし、演奏もすばらしいものが多いし、なによりドキュメントなので、十分だと思う。A面1曲目はレスター・ヤングの名演で有名な「ジャスト・ユー・ジャスト・ミー」だが、「ジャスト・ジャズ・コンサート」という名前に引っかけてか、この曲が演奏される率が高いようだ。この3枚組でも、なんと3回も別々のメンバーによって演奏されている。けっこう荒っぽいテナーを吹いてるのはチャーリー・ヴェンチュラ。ヴィック・ディッケンソンのトロンボーンソロがやたら長い。ギターはアーヴィン・アシュビー(ええソロ)。ベニー・カーターの流麗で洒脱なソロ。トランペットはチャック・ピーターソンというひと。だれやねん。このひともかなり荒っぽいなあ。というような感じでスウィング〜中間派の大物が揃うなかで、ドド・マーマローサが若手バッパーとして参加しているが、ソロ自体はほかのメンバーに合わせたようなスウィングスタイルのものである。でも、すごくええソロです(一番いいかも)。2曲目は、「パーディド」。ディッケンソンが先発ソロ。つづくヴェンチュラのテナーソロは、ほとんどがリフを並べたような感じで、やっぱり荒いなあ。いかにもジャムセッションを盛り上げようという主旨のソロだが長いわ。ピアノソロもいかにもスウィング的で、マーマローサというひとの出自(?)というか素養がよくわかる。ギターソロとアルトソロのあとフェイドアウトっぽく終わる。B面になって、ハワード・マギーがリーダーのビバップセットに。1曲目は「グルーヴィン・ハイ」で、先発はワーデル・グレイ。たいがい先発ソロをつとめるのはこのひとなのだ。くつろいだなかにも、バップ的な音使いを流麗にキメまくるフレージングで、がっちりココロを捕らえる。そうなのです、私はワーデル・グレイが大好きなのです。このソロなど、全部コピーしたらさぞ勉強になるであろう(やらないけど)。しかも、簡単そうで吹いてみるとむずかしいのがグレイのソロなのである。つづくソニー・クリスもめちゃめちゃ好きな私だが、やはりグレイのほうが凄いかも。グレイとクリスは楽器はちがえど、ほぼ同じようなタイプのソロイストだと思う。パーカーから影響を受けているものの、パーカーのような奔放さ(はじめるべきところからはじめず、終わるべきところで終わらない、とか)はなく、きっちり譜面に起こせるようなソロをするが、その歌心は抜群であり、テクニックもすごいし、なにより音色がジャストフィットなのです。ちなみに大和明氏の解説に、「野性的で狂おしいまでの激情を感じさせる奔放で鋭い、直情的なクリスのプレイはジャムセッションでこそその真価が発揮される」と書かれているが、それはクリスの初期の演奏についてのみいえることであって、プレスティッジやザナドゥ、ミューズなどでの陰影のあるすばらしい演奏のことはどうなるのかと思う。そもそも「野性的で狂おしいまでの激情を感じさせる奔放で鋭い、直情的な」という長い修飾語は、ほとんど同じことを言い換えているにすぎないと思います。さて、ハワード・マギーも絶好調で、ハイノートを駆使してバップフレーズを吹きまくる。このままなにごともなかったら、さぞグレイトなトランペッターになっていただろうと思う。そういえば、グレイ、クリス、マギーのこのすごいフロントは、皆、このあと、不幸になっていったわけで、それを思うと心が痛む。でも、演奏はすごいのよマジで。2曲目「ビバップ」は、パーカーの「ラヴァーマン」セッションでも有名だが、そういえばあのときのラッパもマギーだったのだ。ここではグレイのソロが圧巻で、フレーズがつぎからつぎから押し寄せてくるような感じだ。バップのテナーのお手本のような美味しいフレーズがずらりと並ぶすばらしいソロ。しかも、グレイはリズムがいいのだ。軽く乗っているようで、めちゃくちゃかっこいい。マギーのソロも高値安定で、高音部のフレージングやリズムなど、当時としてはなかなか真似できないレベルだったろう。クリスも、しょっぱなから吹きまくり、高いテンションを維持したすごいソロをして、「張り合ってる」感じだ。そのあと4バースになるが、この部分よりも、それぞれのロングソロの部分で競っている雰囲気が感じられる。3曲目は「ホット・ハウス」で、これもグレイが先発。グレイのソロを聴くと、なるほどこの曲はテナーだとこう吹けばいいのか、ということがいろいろと教えられる。(ものすごーく良い意味で)お手本になる演奏なのだ。マギーとクリスのソロもいい。私はたぶん、アルトを吹いてたころ、ソニー・クリスの大ファンで、彼の演奏を聴きたくて、ワーデル・グレイのメモリアル・アルバムなどを学生時代に熟聴して、そのうちにグレイのテナーが好きになって、テナーに転向した……という部分もあるのです。そのあとピアノが短いソロをして、終わり。4曲目は、一転してエロール・ガーナーの「ラヴァー」。豪快な、かなりアクの強いピアノだと思うが、ダイナミクスがすごくて、つい聴き惚れてしまう。アシュビーのギターの四つ切りがなんともかっちょいい。2枚目のA面1曲目は、エロール・ガーナー一派とワーデル・グレイの組み合わせのワンホーンだが、グレイはベイシーやグッドマンオケにもいたことがあるぐらいだから、なんでもできるのだが、見事に融合……というわけにはいかず、どっちのサイドにしても、ちょっと違和感のある演奏かも。やはりこれはガーナー側が主導権を握っている曲でしょう。グレイはわざと音を外したフレージングをして、モダンさを強調しているようにも聞こえる。もっと歌えるひとなのだが、バッパーとしての意地か?(考えすぎか)。解説の大和明氏によると「グレイの代表的名演」だそうだが、うーん、そうなのか。2曲目は「ワン・オクロック・ジャンプ」で、これはスウィング派とバップ組混合メンバー。といっても、バップ組はグレイとマギーだけ。4つ切りのギターが利いているスウィングスタイルのリズムである。ここでもやはり先発はグレイで、セッション全体の質を上げることに貢献している。先発ソロがこのレベルだと、つぎのひともよほどがんばらないといけませんからね。超ロングソロだが、だれないのはすごい。マギーのソロも途中からハイノート中心になり、大向こうウケする演奏になるのは、リズムセクションに合わせたのか。ガーナーのピアノソロになると、がぜん全体がしっくりしはじめる。ディッケンソンのソロやベニー・カーターのソロも、すごく馴染んでおり、リズムセクションもいきいきしてくるように思う。B面に行くと、ナット・キング・コール、オスカー・ムーア、レッド・ノーボ、ジョニー・ミラー、ルイ・ベルソンというゴージャスなスウィングオールスターズ的リズムセクションに、チャールズ・シェイヴァース、ウィリー・スミスというこれまたスウィングど真ん中のホーンという組み合わせなのだが、そこに若き日のスタン・ゲッツが加わっている。ウィリー・スミスのソロというのは、スウィング3大アルトのなかでは、テクニカルで理知的なフレージングで組み立てられているように思われる。このときは調子もよかったのだろう(速いテンポだと、かなりダレるが)。シェイヴァースはユーモアあふれる、といえば聞こえはいいが、大向こうウケするソロで、良くも悪くもオールスタージャムセッションはこう吹けばいいんだよ的な感じのソロに終始している(もちろん盛り上がる)。そんななかで、ゲッツはさすがに音使いも新しいし、歌心もあるし、リズムへのノリもモダンだし、たいしたものである。レッド・ノーボのヴィブラホンもなかなかです。3枚目に行くと、A面はハワード・マギー、ワーデル・グレイ、ヴィド・ムッソという3管で、ソロイストのなかではグレイがダントツにすばらしい。フレーズの澱みのなさ、軽いがじつは激しくスウィングするノリ、あふれる歌心、ちょっとしたホンクに見せる黒人的な感覚など、どこをとっても最高である。しかも、ライヴなので随所に荒い吹き方が見受けられ、そこもまた魅力なのだからしようがない。マギーも、ガレスピー的な高音でのパッセージを破綻なく吹きまくっており、すごいとしか言いようがない。ヴィド・ムッソのテナーは音色が独特で、録音のせいもあるのかもしれないが、非常にエッジが立っていて金属的に聞こえる。ソロは完全にスウィングスタイルで、豪快といえば豪快、大味といえば大味。気合い優先の演奏で、クールにむずかしいフレーズを流暢に決めまくるグレイとは、水と油。どっちがいいかは好みの問題だが、とにかく私はグレイの、低音から高音までを駆使した、一聴簡単そうだが、じつは超むずかしい、歌心にあふれた演奏の大ファンなのであります。正直、ジャストジャズコンサートはグレイによって支えられていたコンサートという気もする。グレイの先発ソロに外れはない。B面は、ピート・ジョンソンのブギウギピアノ(バーニー・ケッセルらが伴奏している)か4曲、エロール・ガーナーのカルテットが1曲、ジミー・ウィザースプーンのブルースが4曲(自分のバンドを従えている)という、ちょっと変わったセット。ウィザースプーンバンドのアルト奏者(ドナルド・ヒル)は線は細いがなかなかええソロをする。

「DROP DOWN MAMA」(CHESS/BLUES INTERACTIONS PLP−807)

 シカゴブルースのなかにある古くていなたいドロドロの部分がこのオムニバスにぎゅうぎゅうに詰まっている。聴いていると涎が落ちそうになるぐらい美味しい演奏ばかり。学生のころに買ったのだか、ほぼA面ばかり聴いていて、B面はあんまり聴いてない。今回久しぶりにB面を聴いてみたが、やっぱりいいですねー。でも、A面の「アナ・リー」とか「スイート・ブラック・エンジェル」とか「ドロップ・ダウン・ママ」とか……もう歌い出しのフレーズとかが声や楽器の音も含めて全部頭のなかで再現されるぐらいで、よく聞きこんでるなあと自分でも感心する。マディやウルフやサニーボーイ……といったひとたちのほかにこんなに個性的で豊饒な人材がごろごろいた、当時のシカゴは凄い。私はブルースファンではないので、ここからたとえばナイトホークの単独アルバムを買うとか(マックスウェルストリートのやつはちょっと欲しいかも)いう方向にはいかず、ひたすらこのアルバムを聴いているだけなんですが。とにかく、どこを切ってもたっぷりと染みだしてくる黒いブルースの「汁」の濃厚さに呆然とするようなアルバム。噎せ返るようなブルース臭っていうやつですね。

「SHOUTIN’ SWINGIN’ & MAKIN’ LOVE」(CHESS/BLUES INTERACTIONS PLP−829)

 チェスには珍しい、ブルースシャウターもののオムニバス。私ごときがぐだぐだ言わなくても、吾妻光良さんのライナーがすべてを言い尽くしているので、買うひとは吾妻さんのライナーがついたP−VINEから出ている日本盤LPを必ず買うように……って無理じゃん。でも、それぐらい充実した、おもしろいライナーなのだ。まずは最初に登場するのが「アンノウン・シンガー」で、ジミー・ラッシングの「ジミーズ・ブルース」を歌っているのだが、これがアンノウンなわりにすごくいい。ジミー・ラッシングとは真逆の、丁寧に歌い上げるタイプだが、かなりの実力。テナーソロは誰だかわからないけどこれも相当うまい。このアンノウン氏は一曲だけで(Bラスにも別テイクで登場)、2番手はまさにそのジミー・ラッシングが登場。堂々たる歌いぶりで貫録を示す。テナーソロがめちゃめちゃよくて、キ○ガイ的な絶叫で頭の血管がぶちぎれるようなソロを展開しているが、これは誰あろうあのフランク・フロアショウ・カリーで、私がブロウの狂人と勝手に名付けている凄まじいホンカー。このひとのソロを聴くだけでも本作を買う価値ありです。そして、これまた大物ジミー・ウィザースプーン。ジャズっぽい選曲だが、これもしみじみしたブルースフィーリングを感じる。テナーソロはハロルド・アシュビーだそうです。B面に行くと、鋼鉄の喉ワイノニー・ハリスの登場である。1曲目の「カムバック」は本作で私が一番好きな演奏である。ジャズファンには「ベイシー・イン・ロンドン」のジョー・ウィリアムスの歌でおなじみだと思うが、それをR&B的な、いや、ほぼファンクといってもいいようなかっこいいアレンジで聴かせてくれる。バリトンの低音でのリフが最高にいいんです。この頃ワイノニーは、キング時代に比べるとかなり落ち目なのだそうだが、私は相当好きですね、この曲。ほかの曲もよくて、ワイノニーファンは絶対聞いたほうがいいと思う。つぎはアル・ヒブラーで、盲目のシンガーである。カークとの共演盤ではけっこうブルースシンガーっぽい感じだったが、ここではビリー・エクスタイン的というか、もっというとシナトラ的な歌いかたでスタンダードを歌う。最後にまたアンノウンさんが出てくるという構成だが、ジャンプファン、ホンカーファンにはかなり来るもんがあるんじゃないでしょうか。チェスってシカゴブルースだけじゃないんだねえということがよくわかる一枚です。

「JUMPIN’ JIVE」(HALLMARK 330182)
VARIOUS

 40年代のジャズとR&Bの接点的なコンピレーション2枚組で、代表的なアーティストは(ジャケットの文章によると)ルイ・ジョーダン、キャブ・キャロウェイ、ファッツ・ウォーラー、タイニー・ブラッドショウ、ジョー・ターナーだという。全部で40曲入っているのだが、バンド名は書いてあっても、だれが参加しているのかはリーダーの名前しかわからない。ライナーもなにもない。いいかげんなコンピレーションかと思ったら、ちゃんとしたチャーリーのライセンス下で出ているのだ。音もいい。そして、なにより選曲がいい。ジャケットには「40曲のアップテンポのジャンプブルース、ジャズ、R&Bクラシックス」と書かれており、アップテンポでなければならないようだが、実際には(あたりまえだが)ミディアムテンポ以下のものも入っている。ジャイヴとか、ゆったりしたものも多いはず。ほかにもワイノニー、クリーンヘッド・ヴィンソン、ウディ・ハーマン、ライオネル・ハンプトン、ホット・リップス・ペイジ、アンディ・カーク、スタッフ・スミス、ジーン・クルーパ、ルイ・アームストロング、アースキン・ホーキンス、ラッキー・ミリンダー、フランキー・ニュートン、ナット・キング・コール、ウィリー・ザ・ライオン・スミス、ジミー・ラッシング、カウント・ベイシー、ルイ・プリマ、ベニー・グッドマン、アル・クーパー……などなど大立者から小立者まで、それぞれがヒット曲やら他人のカバーやらを惜しげもなくぶつけてくる感じ。本当に、この2枚でジャンプ〜ジャイヴ系をある程度俯瞰できそうな気がするほど(もちろんそんなことはない)。でも、とにかく収録曲は粒ぞろいなので、捨て曲が1曲もないのもたしかで、あれが入ってないとかこれを入れなきゃ話にならんとか、そういうのはとりあえず忘れて、ただただこの2枚組を楽しむ……というのが正しい聞き方のような気がする。こういうコンピレーションで聴くと、何度も何度も聴いてるはずの「あの曲」の、「え? こんな箇所あったっけ」という発見ができたりしてあなどれないですよね。

「IMPROVISED MUSIC NEW YORK 1981」(MU WORKS RECORDS TKCB30574)

 デレク・ベイリーを招いて(?)、当時の気鋭のニューヨークのミュージシャンたちが繰り広げた即興三昧……という感じなのかな。参加メンバーは、デレク・ベイリーのほかに、フレッド・フリス、ソニー・シャーロック、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、チャールズ・K・ノイエス。超豪華メンバーだが、たぶん当時はそんなでもなかったのだろう。短い演奏が多いし、クレジットもないので、ギターはだれがどこに参加しているのかよく分からないが(とはいっても、スタイルがまるっきりちがう3人なのでだいたいはわかる)、全員でいっぺんに……ということではないかもしれない。1曲目は、ギターはふたり以上、パーカッション、ヴォイス、ベース……とほぼ全員参加だが1分ちょっとしかない。2曲目はベースの低音が重々しく響くうえを、ギターを中心にいろんな楽器がちょこまかと動く展開ではじまり、じわじわと蠢いていくタイプの即興。ジョン・ゾーンはたぶん、ホイッスル的なものを吹いている。マウピ? 3曲目はベースをパーカッション風に弾くところから、いろいろからんでくる。サンプリング(?)みたいなバップフレーズの断片も聞かれる。テープかも。4曲目はギターとサックスのデュオかトリオ。途中でヴォイスとかも混じる。基本はギター。5曲目はかけあいっぽい即興。6曲目は静かな演奏だが、手探り感もある。7曲目はパーカッションが主体。躍動的で面白い。全体に、今の耳で聞くと、めちゃくちゃ聞きやすいものばかりだが、逆にいうと、あまり当時のとんがった雰囲気が伝わらない、和気藹々とした演奏なのだ。それが悪いということはまったくなく、現に、このアルバム、すでに5回ぐらい聴いている。

「LIVE AT CARNEGIE HALL」(ROULETTE/PARLOPHONE RECORDS WPCR−16606/7)
VARIOUS ARTISTS

 英語の題名は上記のとおりだが、国内盤のタイトルは「カーネギー・ホールのバードランド・オールスターズ」でアーチスト名はカウント・ベイシー、サラ・ヴォーン、チャーリー・パーカー、ビリー・ホリディとなっている。「バードランド」オールスターズなのに「カーネギー・ホールの」というのも変だが、仕方がない。1954年の録音で、歴史的にはめちゃくちゃ貴重な記録だと思う。ベイシーの菅原氏のライナーでは「この、センターマイクを主にした最小のマイクセッティングのライヴ録音をぼくは大変いいと思っている。遠くで聴こえるトランペットセクションの音や、バンド全体のハーモニーが、ソロ・プレイに対してとても具合がよろしいと思うからだ」と書いてあるが、いやー、そんなことはないでしょう。ソロをとる奏者の音だけがやたらでかくて(ルーレットのベイシーでいえば、アット・バードランドにおけるバド・ジョンソンみたいにツブシになっている感じ)、サックスのソリやらブラスによるリズムやらはあまり聞こえず、ビッグバンドとしてのバランスはかなり悪いと思う。でも、まあええんです。このころのベイシーが聴けるんだから(でも、菅原氏のように「これがいい」と持ち上げる気にはならない)。まだバンドに入って間もないフランク・フォスターが大きくフィーチュアされており、そのけっこう粗削りだがガッツのあるソロは「おお、がんばっとるやんけ」と思う。のちにこのひとがメインソロイスト兼名アレンジャーとしてバンドの中核となり、数々の遍歴を経て、おのれのビッグバンドを持ち、最後にはベイシーバンドをリーダーとして仕切るようになるとはこのときだれが予想しただろうか……と書いて、もしかしたらベイシーはある程度の予想はしていたかもしれない、などと思ったりもする。しかし、ウエスがソロをとると、この時点では完全にウエスのほうが、楽器コントロール、アーティキュレイション、フレージングなども上回るからますます面白い。アルバムの構成は、基本的に(めちゃくちゃぜいたくな話だが)ベイシーバンドがハウスバンドのようになり、そこにいろいろな超豪華ゲストが加わるという形である。オープニングのあと、司会者がフランク・フォスターを紹介して1曲目がはじまる、というのだから、フォスターがいかに期待の新人なのかわかる。2曲目はおなじみ中のおなじみ「ブルース・バックステージ」で、ここでもフォスターが先発ソロ。力強いテナーの音色は気持ちいいっすねー。3曲目はフランク・ウエスのフルートとテナーを両方フィーチュアした「パーディド」で、安定感抜群のフルートソロとフォスターに比べると上手さの目立つソロが聴ける(このソロは両方ともコピーして勉強してもいいかも、というぐらいいいソロ)。テナーソロは途中からグロウルして盛り上げるが、フレーズの多彩さは見事の一言。ベイシーはここまでで一旦終了で、つぎはチャーリー・パーカーの登場。3曲演奏されるが、ここはベイシーバンドではなく、ジョン・ルイス、パーシー・ヒース、ケニー・クラークというビバップオールスターズを従えての演奏だ。パーカーはこの数か月後には亡くなるわけで、菅原氏も「ローソクの火が消えかかったチャーリー・パーカー」と表現しているように、時期的にはボロボロのはずだが、これがよく聴いてみると決して悪くないのだ。一曲目の「ソング・イズ・ユー」こそ、ミストーンや指のもつれが目立つが、だんだん調子が出てきて、2曲目の「マイ・ファニー・バレンタイン」の哀切、そして最後の「クール・ブルース」では、艶やかなトーンでしっかりとパーカーフレーズを吹きまくり、その溢れ出るようなイマジネーションは往年を思わせるすばらしさで、この日の聴衆はさぞかし満足しただろうと思う。このあとに出てくるダン・テリーというトランペット奏者〜バンドリーダーがベイシーをバックにロックンロールの走りみたいな演奏を行う。すごく有名なひとらしくて、オールディーズのアルバムなどに出てくるが、私には知識がなくてわからない。このひとは一曲だけで、そのあとはふたたびベイシーバンドをフィーチュアした演奏。「トゥー・フランクス」がすでに演奏されており、いわゆるテナーバトルというにはあまりに芸術的で楽しいテナーの交歓が行われる。ここからビリー・ホリディの登場となる。6曲、それも有名曲ばかりを歌うが、ライナーのスタンリー・ダンスはかなり手厳しいことを書いていて、「聴衆は、すっかり衰えたホリディの姿と歌声を善意で受け止め……」などとめちゃくちゃだが、聴いてみると、しゃがれた声は魅力的だし、リズムも音程もちゃんとしていて、昔とはちがった渋い表現になっている。しかも、それがこれだけの大人数のビッグバンドとちゃんと調和しているのだから文句はない。じつはこの2枚組で、私が一番好きなのはこのホリディのパートかもしれない。ホリディが、ベイシーバンドの溌剌とした伴奏で往年の気力と輝きを取り戻したように聞こえるあたりがグッとくるのです。スタンリー・ダンスはこういうの嫌いやなんな。ここから二枚目に入るが、正直言って、一枚目に比べると私の関心はぐっと下がる。1曲目はベイシーバンドだけの「シュア・シング」という曲で、これはめっちゃいい(リラックス加減といい、ダイナミクスといい、この日のベイシーバンドの白眉と言っていいかも。フォスターのソロも今日イチの出来)。しかし、そのあとレスター・ヤングが登場して2曲演奏するのだが、これがいまひとつなのだ。57年のニューポートでのベイシーとの共演ではなかなかいい感じのレスターだが、この日は体調が悪かったのか。一曲目の「ペニーズ・フロム・ヘヴン」ではリラックスの極みというか、ちょっと弛緩しすぎじゃないですかと言いたくなるようなソロをしており、ある意味クールな感じでいいのだが(最後のカデンツァも見事)、二曲目の「ウッドサイド」では(57年だとこのテンポでもちゃんと吹けてるのに、なんか乗り切れない感じで、リズムもよれているし、指も回っていないように聞こえる。なによりイマジネーション不足というか、レスター独特のひらめきがなく、かなり厳しい。このレスターを聴くのはつらい。半分はホンクみたいなフレーズに終始するのだが、そういうのはリズムがきちんとはまらないとなあ。というわけで、このあとは全部サラ・ボーンなので割愛(内容はすばらしいと思うが、あまり興味がないのだ)。というわけで、賑やかで豪華な二枚組ライヴだが、手放しで全編すごいすごいおもしろいと言えるようなものではなく、いろいろ考えさせられたり、悲しい気持ちになったりするという意味では、もしかしたらドキュメントとしての価値があるアルバムなのかもしれない。

「SAXOPHONE ANATOMY」(DEATHRASH ARMAGEDDON AN−R6) 

 三人のサックス奏者による無伴奏ソロが1曲ずつ入ったオムニバス。まずは最初の中国のアルト奏者LAO DANの演奏に心惹かれる。いきなりのスクリームからはじまるソロは、あらゆるフリージャズのファクターを詰め込んだといっても言い過ぎではないぐらい引き出しの多い、しかもそれらを見事につなぎ合わせてドラマに仕立てたすばらしい演奏で、このひとはアメリカツアーもしているぐらいのひとらしいが、韓国はともかく、中国のフリーインプロヴァイズドミュージックシーンのことはほとんど私は知らないのでちょっと愕然としました(レッド・スカーフという即興グループにも所属しているらしい)。ガッツのある、私の好きなタイプのフリー「ジャズ」という感じの演奏で、途中声を出したり、非常に雰囲気のあるアナーキーなソロで感動。遼寧省にある中国軍の軍事施設の地下シェルターでのゲリラ的な録音なのか? 写真を見るかぎりでは、トンネルのなかみたいなところで髪の毛をぴしっと調えた中国人がアルトを吹いているのだが、演奏はそういう印象とはかけ離れたノイジーなものでかっちょいい。。いやー、中国での即興シーンについて知りたいこといろいろ多し。2曲目はフィリピンのリック・カントリーマンというひとのアルトソロ。これはメロディアスなフレーズが核にあり、それをいろいろ発展させるという感じ。テクニックも含めて非常に安定していて、アイデアをきちんと膨らましていくような正統派のやりかたを根底に、それでもなにかを模索し殻を破ろうという意欲を感じるなかなか感動的なソロ。3人目のコリン・ウェブスターはこのなかでは有名人だと思うがバリトンサックスによるソロ。最近流行り(?)の、低音のタンポをどぅんどぅんと響かせながらそこに高音部のフレーズを載せていくような、いわゆるヴォイスパーカッション的な方法論のソロでめちゃくちゃかっこいい。リズムもいいし、肉感的な息の音などの効果音もいい。循環やフラッタータンギング、マルチフォルックスなども組み合わせつつ、個性をがーん! と押し出している(タンギングのバリエーションはすごいっす!)。しかもバリトンならではの低音の迫力もちゃんとある。これは研究してみたいです。自分の楽器のことをよーくわかっている演奏。ひとから教わったり、教則本見ているだけでなく、自分なりに自分の楽器を見つめ直さないとこうはならないと思う。エヴァン・パーカーをはじめ、改革者はきっとそういうことを行ってきたのだ。というわけで、じつはすばらしいサックスソロ集でした。最近ずっと聴いているのだが、飽きないなー。傑作としかいいようがない。